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殿! 客人のお相手をせねばなりませぬ!

「……して、蜥蜴頭りざあどどもは何と?」

「喜んで引き取るそうじゃ。連中の住処を見てきたが、まあひどい」

「ひどい?」

「でけえ川沿いに穴を掘って暮らしとったが、数が多過ぎて魚じゃ足りん」

「わしらの所に攻めてきたのもそれが理由か。難儀じゃのう」


 陀羅辣だららつ高地は、化生もんすたあや人の社会に交じれなかった異族なるのおまたちが縄張りを主張してひしめき合う魔境だ。

 彼らの縄張りは有限で、そしてその空間で養える数には残念ながら限りがある。

 言葉の通じない種族同士にとって、それぞれが出会った時に始まるのは対話ではなく戦闘だ。

 敵を倒し、縄張りを広げる。倒した敵を食糧として、仲間を養う。

 角亀藩は多少なりとも食糧を生産する技術と、彼らをぎりぎり養えるだけの環境があったことが、そういった修羅の生き方から彼ら自身を守ってきたといえる。


「ともあれ、食い物さえ用意してやればこちらに攻めかかって来ぬというのであれば重畳よ。鉄之進、見事。大手柄ぞ」

「きょ! きょきょ恐悦至極にごじゃいます!」


 義堂の言葉に、鉄之進が平伏して身を震わせる。震えているのは緊張が原因というばかりではないだろう。


「り、蜥蜴頭りざあどがこちらの話を聞くのも、先日わ、若様が蜥蜴頭りざあどの部将を一太刀で斬り伏せてしまったことが、が、大きかったようでごじゃいます! けして、決して私ばかりの手柄ではごじゃいませぬゆえ!」

「謙遜すな、鉄之進。わしゃ今更首手柄なんぞ要らんぞ。蜥蜴頭りざあどどものことはお前の手柄として貰うておきゃええ。お前の家はただでさえ家人が多いんじゃ、わしに気を遣う暇なぞあるめえが」

「若様!」


 鬼角おづぬの言葉に、鉄之進がとうとう泣き崩れる。

 義秀はそんな二人を眩しそうに眺めていたが、ふと気づいた様子で鬼角に声をかけてきた。


「で、鬼角。客人の様子はどうだった?」

「討ち漏らしの相手に随分と手間取ったみたいでな。怪我はしてねえが、随分と疲れとるみたいじゃ」

「そうか。無事ならいいんじゃ」

「なんじゃ兄上、やはり惚れたか?」

「なっ!? 何を言うんだ鬼角!」

「分かりやすすぎじゃ、お前は」


 鬼角だけでなく、義堂にまで言われて顔を赤らめる義秀。

 鬼角はまだ髭の生えてくる様子のない顎を撫でながら、義堂に問う。


「父上。客人をどのようにするんじゃ?」

「なんじゃいきなり」

「いやな、ここで暮らすにせぇ、帰るにせぇ、どの程度世話をするかってことよ」

「む」

霧名ぎりな殿は上背もあって肉付きもええ。鍛えて猪頭おおくどもと暫く斬り結べば随分と強うなるじゃろ」


 鬼角の言葉に、義堂が口元を押さえて考え込む。

 そして義秀が眉をひそめた。鬼角の言い方が突き放しているように感じたらしい。


「鬼角。馬夢ばむ殿は出口入道殿のお孫様だ。私たちは出来る限りの恩返しをせねばならん」

「そりゃそうじゃ、兄上。暫くここに居るならともかく、すぐ帰ると言い出したら困るじゃろ。このまま帰せば、おそらく途中で死ぬるから言うとる」

「何じゃと?」

「言わんかったかの、客人たちは最初、均吾ヶ原で黒猪頭くろおおくどもから逃げとったんじゃ。来るときには無事でも、帰りもそうとは限らんぜ」


 鬼角の言葉に納得が行ったのか、義秀もまた考え始めた。

 すぐには結論が出そうにないと頭を掻く鬼角の横で、半ば放置された形の鉄之進が小声で声をかけてきた。


「若様、若様」

「んぉ、どうした鉄之進」

「このような大事なお話、私めが聞いても良いのでごじゃいましょうか」

「ふむ? 何か隠さなきゃならんようなこと、あったか?」

「い、いえ」

「ならええじゃろ。父上、兄上。鉄之進が飽きたみたいじゃ、どうするかは考えといてくれ」

「わ、若様ぁ!?」

「おう、考えとくわい」


 義堂も義秀も鬼角の『鉄之進が飽きた』という言葉を信じてなどいない――というより、言いたいことを言い終わった鬼角の方便だと分かりきっている――が、鉄之進にしてみれば恐ろしい物言いだった。

 涙目ですがりつく鉄之進を無視して、鬼角はそのまま立ち上がった。


「今日はわらしどもの調練か?」

「そうじゃな。あとは客人たちに藩の案内を……あ」


 義堂の問いに答えながら、鬼角はにまりと笑みを浮かべる。


「のう、兄上」

「なんじゃ?」

「わし、チビどもの調練をせんといけんから、兄上に客人の案内を頼みたいんじゃけど」

「へぁ?」


 何とも間の抜けた反応を返す兄に、鬼角と義堂は喉を鳴らして笑うのだった。


***


「すみません、ヨシヒデ様。ご案内いただいてしまって」

「良いのです。本来なら鬼角がせにゃあいけんところですが、大事な役目がありましてね」

「大事な役目というのは、やはり何かと戦うような?」


 興味津々といった様子のクラースの問いに、義秀は首を振った。


「いえ。狼頭らいかんがここに攻め込んだことは分かっているでしょうから、他の地に住む化生もんすたあどもは暫く寄りつきはしないでしょう」

「おや、消耗しているところを狙ったりはしないのですか」

「ははは、それをするような危険な知恵を持っている連中なら、その縄張りまで踏み込みますから。で、二度と近寄りたくならないように徹底的に追い散らすことになるでしょう」


 和やかに笑う義秀に、クラースとキドが同じく笑みを浮かべる。

 しかし、その少し後ろをついてくるケニッヒとバムンジーは頬を引きつらせた。

 昨日、角亀藩の戦闘の現場に立った二人は義秀の言葉に一切の誇張がないことを理解しているのだろう。逆にクラースとキドは話半分に思っているということだ。


「鬼角の役目というのはですね。ああ、いたいた」


 義秀が向かっていたのは、鬼角が居る場所だ。

 今日の調練の場所は、藩の西側にある長屋の辺りだ。草地の真ん中に、簡単なつくりの土俵がある。たくさんの子供たちに囲まれた鬼角は、ほぼ裸と言っていい格好で楽しそうに笑っている。


「ほれほれ、どうしたどうした」

「ええいっ!」

「甘いのう」


 その中心では、似たような姿の少年が鬼角に素手で立ち向かっている。

 何度となく転がされたようで泥だらけだ。肩で息をしているから、交替が近いだろうか。


「うおおっ!」

「やけになるのはいけんなぁ。ほい、交替じゃ」

「だはぁっ! あぁ、ありがとうございましたぁ!」


 ぽい、と土俵の外に放り投げられた少年が、ごろごろと転がって立ち上がる。

 一瞬だけ悔しそうにしたものの、頭を下げて鬼角に礼を言う。


「よおし、今日こそ鬼角様を動かしてみせるぞっ!」

「おう、久吉きゅうきちか。やってみいやってみい」

「はあっ!」


 体を低くして、獣のような速度で突進する久吉少年。鬼角はその衝撃をしっかりと受け止めるが、足は根でも張ったように微動だにしない。


「いい体当たりじゃ。じゃが止められた後を考えとらんのう」

「わわっ!」


 久吉の両脇を両手で掴み、軽々と持ち上げる。


「このまま頭から落としたらおしまいじゃ。これだとさっきの伊助と変わらんぞ」

「こなくそっ!」


 足癖悪く久吉は鬼角の胸板を蹴りつけるが、やはり鬼角の体は揺らぎもしない。


「そうそう、ちゃんと次の手を考えて動かんとな。持ち上げられてしまうのは死に体じゃから褒められんが、そういう時は目玉を狙って蹴るのもええぞ」

「ひぇっ!」


 言いながら鬼角に無造作に頭上に放り投げられ、久吉の体が強張る。

 落下してきたところを鬼角が軽く受け止め、地面に転がす。


「ふぎゃ!」

「ほい、もう一回。次は抱えられんように考えるんじゃぞ」


 鬼角が言うまでもなく、久吉は跳ね起きると今度は鬼角の周りをぐるぐると走り始めた。その間に方法を考えようというのだろう。

 鬼角と子供たちの様子を眺めていると、ケニッヒが怪訝な顔で声を上げた。


「あの。オドゥン殿は何を?」

「あれは体術の調練ですな。角力すもうです」

「スモウ」

「鬼角はあそこにいるわらしらとほとんど歳が変わりませんが、すでに武技では藩では並ぶ者がありませんからね。ああやって鍛えてやっているのです」


 日々の調練と、農作業。藩の周りの見回りに、柵や石垣の手入れ。角亀藩の民はそのすべてが武士もののふであり農民である。

 鬼角も別の日には畑の手入れを手伝うし、武技一辺倒ではなく自分の役割を素直にこなす若き俊英を誰もが眩しく見守っている。それは兄である義秀も例外ではなかった。


「あれは武に愛されておりますからなあ。溺愛と言って良いでしょう。民を、仲間をその武によって守るのが我らの矜持。強さによって成り立つこの藩では、鬼角の在り方こそが何より正しい」

「なるほど」


 クラースが何度も頷きながら手元の紙に硬筆ぺんとやらを走らせている。

 と、鬼角が今日は角力で調練をしていると聞きつけてきたらしく、体格のいい大人たちが何人か集まってきていた。


「あ、若殿」


 そのうちの一人が、客人を連れて眺めていた義秀に気づいた。悪戯を見つかった子供のような顔でへらりと笑う。


「なんじゃ、お前たちも鬼角に転がされにきたのか?」

「へい。今日こそ倅に父親のすげえところをと思っておったのですが」

「私は客人の案内のついでに寄っただけさ。自分たちの役目が終わっているのならば私から言うことはないよ」

「それはもちろん、ぬかりなく終わらせてごぜえます」

「ん。疲れを明日に残さぬようにな」


 子供に顔向けできないような負け方はしないように、と言うのはさすがに憚られた義秀だ。


「さ、次の場所に行きましょう」

「次はどちらへ?」

馬夢ばむ殿に所縁ゆかりのある場所ですよ」


 言いながらにこりとバムンジーに笑いかけると、バムンジーは顔を真っ赤にして義秀から視線を逸らした。


***


 総武総農令。

 二代鬼宮きのみや四元しげん公が唱えた法が今でも角亀藩の藩是であるが、実は角亀藩で二家だけ、総武総農の役目を免除された家がある。

 ひとつは大工棟梁の幸崎こうざき家。分家まで含めた五十人ほどが、農業従事の代わりに家や蔵の普請と補修で休みなく藩の中を駆けまわっている。

 もうひとつが、義秀がバムンジーを連れて行きたいと言っている、角亀藩鍛冶総支配の大瀬戸おおせと家であるという。

 ドワーフであるディグジー・オーセット――この地では大瀬戸出口入道が開祖となった大瀬戸家は、角亀藩では二番目に新しい家だ。それまで鍛冶に従事していた鉄屋かねや家を吸収するかたちで大きくなり、総支配に就いた。

 両家ともに農武どちらの役目も免除されているが、幸崎家は木材を、大瀬戸家は鉱石を藩の領外まで取りにいく関係上、武技にも極めて長けているのだと道行きに義秀が説明してくれた。


「ご本家がお見えと倅より伺っておりました。お初にお目にかかります。大瀬戸家当代、大瀬戸條義斎じょうぎさいでございます」

「あ、はい。バムンジー・オーセットです。よろしく」


 平伏する條義斎は、みっしりと顎に生えそろった茶色の髭が特徴の大男だ。

 歳は三十九。元々は條膳じょうぜんを名乗っていたが、義堂に佩刀を納めた際に義の字を与えられたために改名している。

 條義斎が顔を上げ、バムンジーと仲間たちを眺める。ケニッヒだけ長く見つめた條義斎は、穏やかな口調で断定した。


「そちらの御仁は弓と剣をお使いになりますな」

「分かりますか」

「ええ。そして私どもの鍛えたものは重くて体に合いませんでしょう」

「は、はい。そんなことまで」

「鍛冶をしておりますと、どれをどのように使うかが何となく見えてくるものでございます。我々も軽く、よく斬れ、何より丈夫で折れず曲がらぬ刀や槍を目指しておりますが、中々上手くは参りませぬ」


 緩やかに息を吐く條義斎に、バムンジーが問う。

 鍛冶に関わる者として、聞いておきたかったのだ。


「ジョーギサイさん。何故あんな重い武器を作るんです? いくら丈夫でも、重くて使えないのでは」

「それは簡単なことでございますご本家様。角亀藩の武士もののふの数に対して鍛冶の数が少なすぎること、そして化生もんすたあどもの襲撃が多すぎたこと。普通の刀や槍では、損耗に作刀が追いつかないのです」


 條義斎は壁に立てかけてある刀を見た。

 刀身が半ばで折れていて、何故それが飾られているのかバムンジーには分からなかった。


「出口入道様が魔法による鍛冶の技法を伝えてくださるまでは、角亀藩の武士もののふは鍛冶の手伝いまでしておりました。そのような形では無論出来上がりにもむらが生じます。その刀のように、昔の武士もののふの死因には、不出来な刀や槍が関わっていた事例が多くございました」

「う……」

「出口入道様に伝えていただいた鍛冶法により、これまでは溶かせなかった鋼も溶かせるようになり申した。これまでよりも短い時間で、これまでよりもつよい刀を鍛えることが出来るようになったのです。しかし、依然として武士もののふの数よりも鍛冶が少ないことには変わりありませぬ。むしろ魔法を使える者が少ないぶん、手伝いも出来なくなりました」

「それは、分かります」


 ドワーフが鍛冶のために使う魔法は、独自の理論のものが多いためにドワーフ以外は使えないとさえ言われている。それが外ではドワーフの技術の独自性という価値に繋がっているが、ここではそれは死活問題だったということだろう。


冦万十あだまんとの鋼は軽く作ろうとすれば重さの調整に手間が要ります。軽さを取って時間をかけるか、重いままにして数を作るか。八代様の治世の折、今の刀槍の基準が定められたのです。いわく――」

「『刀が振れぬほど重いのであれば、振れるだけの力持ちに鍛えよ。大瀬戸の腕に咎は無し。力が足りぬ我らにこそ咎がある』。総武総農を藩是とするこの角亀藩では、何より力が足りぬことを恥じよというのが累代の決まりです。皆さんから見れば奇妙と思われるかもしれませんが、昔の角亀藩は襲撃されてから三日も経たぬうちに別の化生もんすたあに襲われることもありました。刃を研ぐことくらいは誰にでも出来ますが、折れた刀を直す時間などないことも多かったのです」


 條義斎の言葉を、義秀が継ぐ。

 と、そこで重くなってきた空気を払拭するように、義秀が軽い調子で続けた。


辰太しんたたちが角亀藩に住むようになって、襲撃の頻度は大きく減りました。が、今度は普通の刀では軽くて使いにくいと言い出すようになったわけです」

「え」

「本当に困ったものです。特に鬼角の若様は重ければ重いほど良いと仰られますもので。若ご自身は良いのですが、若の武威にあやかりたいと言って真似をしたがる者が最近とみに増えてしまって困っております」


 同じく條義斎が笑い飛ばすが、バムンジー達はどう反応すればいいのか分からず、困った顔で軽く苦笑いするしかないのだった。

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