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殿! われわれは噂になっているようでございます!

「お初にお目にかかります。大瀬戸おおせと條武丸じょうぶまるでございます。ご本家の方にお会いできたこと、心より嬉しく思います」

「ご、ご丁寧にどうも」


 板の間に平伏する少年に、バムンジーは困った顔で応じた。

 十二歳という彼の背丈は、彼女よりもかなり高い。だが、まだ少年にもかかわらずみっしりと生えそろった豊かな髭と顔つきは、確かに彼女の知る祖父そっくりだった。


「出口殿の孫と聞いたが」

「あ、はい」


 鬼角の屋敷を出た後、四人はカッキ城の中層階にある、ヒョウジョウの間という広間に通されていた。

 一段高い場所に座る男性の問いに、頷いて返す。

 男は鬼角おづぬの父で、義堂ぎどうと名乗った。言われてみれば鬼角にどことなく似ている気もするが、鬼角ほどの得体の知れなさはない。


「爺さ――祖父は若い頃、この魔王領で遭難したと聞いています。そこに住む人たちに助けてもらったうえ、貴重な鍛冶の技術を教えてもらったと」

「うむ。出口殿のことは当家六代、鬼宮きのみや緋山ひざん公の頃に保護したと聞いている。のちの七代様である鋼李こうり様が見つけられたとか」

「コーリー様については、祖父から聞いています。コーリー様のお陰で生き延びて、帰ることもできたと」

「そうか。そこの条武丸の祖は、出口殿がまだ満足に起き上がれなかった頃に身の回りの世話をしていた娘との間に出来たという。出口殿は外で家族があったのやもしれんが、許してほしい」


 頭を下げる義堂に、慌てるバムンジー。

 傍若無人な冒険者である彼女も、小さいとはいえ一国の主に頭を下げられて平然としていられるほど肝が太くはない。


「い、いやいや! 気にしないでください。爺さんはここだけじゃなくて、色んなところに現地妻と隠し子がいましたし」

「ほう! その話は初耳だ。出口殿は冒険者としては凄腕だと聞いていたが」

「ええ、それは間違いないです。酒と女がロマンだって言い張ってもう」

「だが、我々が彼に感謝しているのは間違いないのだ。出口殿が来てくれたお陰で角亀藩は『れべる』を知り、魔法によってこの世界の言語を得、また新たな鍛冶技法を得られたのだ」

「レベルを、知った?」

「うむ。出口殿いわく、我々の祖先は自分たちの住んでいた天地から、土地ごと別の天地に迷い込んでしまったものらしい。原因が分からんから帰る術も分からず、この地で生きていくしかないと今では我らも覚悟をしておるが」


 義堂の言葉に、クラースが目を輝かす。が、ケニッヒが横で目を光らせているためか騒ぎ出すことはなかった。


「爺さんは、魔王領に住んでいる皆さんのことを懐かしんでいました。改めてこの町に顔を出したいと何度も。でも、トルレープ鉱山の鉱山長になった爺さんは簡単には出られませんでしたし、そもそも魔王領に人が住んでいるなんて爺さんの言葉を最初は誰も信じようとしなかった」

「出世したのだな、出口殿は」

「それも皆さんのお陰だと。爺さんの鍛えたカットゥーナの技法、この町で学んだと聞いてます。誰も信じなかったけど」


 祖父ディグジーはカットゥーナを鍛える技法を伝えたが、自身はある時期からそれを作ろうとはしなくなった。周囲はディグジーを天才ともてはやしつつも、彼が学んだという魔王領の町の話は信じようとしなかった。

 バムンジーが魔王領に挑む冒険者になったのは、それも理由のひとつだ。祖父は数いる孫の中で彼女が一番自分に似ていると言い、そしてバムンジーもたった一人魔王領にある人里の存在を信じたからだ。

 ケニッヒやクラース、キドといった変わり者とパーティを組み、一年。魔王領の中にある町を目指した四人は戦闘馬車による強行軍でディグジーの通ったといううろ覚えのコースを突破した。

 バムンジーが鬼角の話を聞いて興奮したのも、ディグジーの言葉が嘘ではなかったことを証明できたからというのが大きい。


「カットゥーナ? おお、刀のことか。鬼角、馬文路ばぶんじ殿にアレを見せてやるといい」

「おう」


 軽く応じた鬼角が席を外す。

 得体の知れない青年ではあるが、見知った人物がいなくなると途端に居心地が悪くなるものだ。

 鬼角はすぐに戻ってきたのだが、左手に随分と大きな剣を持っていた。鞘に入っているが見慣れていたバムンジーには分かる。カットゥーナだ。


「出口殿の倅、條右衛門じょうえもんの作だ。ご覧になるといい」

「あ、ありがとうございます」


 ずい、と差し出されたカットゥーナを手に取る。

 と、横から誰かが悲鳴を上げた。


「いけん!」

「え?」


 瞬間、妙な力を感じてバムンジーの体が傾いだ。

 カットゥーナを持ったまま倒れ込みそうになったところを、誰かに支えられる。


「え? え?」

「ちょいとこいつは重いんじゃ。危ない危ない」

「あ、え」

「鬼角、気をつけないけんよ。誰もがお前のように力が有り余っているわけじゃないんじゃからな?」

「じゃからちゃんと端を持っとるぞ。……悪かったわ兄上」


 優しげな雰囲気の男性が、バムンジーの肩とカットゥーナを支えている。

 鬼角に向けられた言葉も怒っているわけではなく、たしなめている様子だ。

 兄上と呼ばれていたが、鬼角とはあまり似ていない。逆に義堂とは確かによく似ていた。


「ご挨拶が遅れました。銅槻あかつき義堂が嫡子、鬼宮きのみや義秀よしひでと申します。鬼角はご無礼を働いておりませんか?」

「ひでえわ兄上!」

「あ、いえ。だ、大丈夫、です」

女性にょしょう斬鱗刀ざんりんとうを無造作に手渡しとる時点で危なっかしいんじゃよ。ほれ、そのまま押さえておけ」


 言うが早いか、義秀はするりと鞘からカットゥーナを抜き放った。

 赤みを帯びた刃の色と、独特の反りが何とも艶めかしい。


「間違いない、カットゥーナだ」


 魅入られたように、ケニッヒが呟く。

 トルレープ鉱山街の特産品となった魔剣、カットゥーナ。その技術は門外不出で、扱いにも特段の心得が要るが、熟達者は鋼の鎧さえ斬り裂くと評判だ。

 その原点がここにあるのだ。ハイランダーのケニッヒが心を奪われるのも無理のないことだった。


「この刀、よろしければ持ってみますか」

「よろしいのですか!」

「少々重いので、お気をつけて」


 義秀から無造作に『刀』を手渡されたケニッヒが、顔を真っ赤に染めて震え出した。

 どうしたのかと思ったところで、ケニッヒの体が傾ぐ。

 そのまま倒れそうになったところで、するりと近寄ってきた鬼角が刀を取り上げる。


「おっとと、危ない危ない。兄上も似たようなもんじゃ」

「ん、そのようじゃな。失礼しました霧名ぎりな殿」

「驚いた。カットゥーナとはこれ程に重いものなのですか」

「いや、これは特別製じゃ。この辺りで取れる二番目に重い鋼を使っておるもので、角亀藩の宝なのよ」


 こちらの様子を楽しそうに眺めていた義堂が、ケニッヒの問いに答えた。

 鬼角が歩きながらカットゥーナを鞘に納め、義堂に手渡す。義堂は受け取った刀を目の前に置いて、続ける。


「大瀬戸條右衛門の鍛えた大業物、斬鱗刀ざんりんとう焼刃拵やきばこしらえ。かつてこの地を襲った黒龍ぶらっくどらごんの翼を断ち、大地に叩き落とした銘刀よ」

「私と辰佐しんざ、そしてここにはおりませんが末弟の辰吾郎の父に当たります。私たちと角亀藩を結び付けてくれた偉大な刀でございますよ」

「!?」


 義堂の脇に座っている辰太しんたが笑顔で言う。

 結局鬼角から教えてもらえなかった、二人の親の話であるらしい。

 が、バムンジーが気になったのはそちらではなかった。


「もしかしてこれ、アダマントですか」

「はい」

「こんな大きさのカットゥーナを、アダマントで?」


 アダマントは硬く、重い希少な鋼だ。

 確かにドラゴンの鱗をも断つと言い伝えられるが、重過ぎるのと希少なのとで本来は合金として使うのが普通とされる。

 それでも出来上がった剣はひどく重いために使い手を選ぶ。ドラゴン殺しの英雄は大概アダマントの武器を持っているが、それを扱えるだけの怪力があるとも言えた。


「オドゥン殿と、ヨシヒデ殿は普通に持てるのですか」


 材料を知ったからか、ケニッヒは何やら驚いた顔で斬鱗刀を見つめる。


「私は辛うじて振れる程度ですね。父上や鬼角は手足のように扱いますが」

「兄上だって振り回せるじゃろう。とは言え、持ち歩くには大きすぎて不便でなあ」

「……世界は広い」


 腕力に優れ、剣士としても一流であるケニッヒが天を仰いで嘆く。

 バムンジーがどう話題を変えたものかと思っていると、表がにわかに騒がしくなった。

 鬼角が片目を閉じて、何かを探るように頭を動かすのが横目に見えた。


狼頭らいかんじゃな」

「東か、鬼角」

「おう、父上。蘇我大森そがのおおもりの方から殺気が近寄ってきとる。今夜は双子月も揃って望月になるしな、狼頭らいかんどもが興奮しとるんじゃろ」


 鬼角が言い切ると同時に、ダンダンと駆けてくる音が聞こえてきた。

 板戸が開かれると、崩れ落ちるように男が駆け込んで来て平伏する。


「殿! 東の蘇我大森に狼頭らいかんが集っております! 夜には――」

「任せたぞ、鬼角」

「おう! 辰吾郎を借りるぞ、父上!」

「許す」


 すれ違う報告を最後まで聞くことなく、鬼角が歩き出す。

 広間を出たところで、傍に控えていたらしい少年からカットゥーナを受け取っている。斬鱗刀ほどではないが、大きなカットゥーナだ。


「あの」

「ん?」

「あたしも、手伝わせてください!」


 バムンジーは自分でもなぜか分からないが、思わずそう言い放っていた。


***


「辰吾郎、そう拗ねるな」

『そうはおっしゃいますがね、若』


 鬼角は苦笑いを浮かべて、辰吾郎の首筋を撫ぜた。

 彼が拗ねている理由は明白なので、鬼角もあまり強くは言えない。


『おいらは義堂様や義秀様、若については文句は言いませんや。もちろんその奥方様や御子様だって文句は言いません。でも、そこの小娘は別にそういうんじゃないんでしょ?』

馬夢ばむ殿は客人なんじゃ、大目に見てくれ。まあ、もしかしたら兄上あたりが見初めて嫁にと言うかもしれんし」

「は、はぁっ!?」

「なんじゃ、兄上に助けてもらった時に熱い目で見とったじゃないか。惚れたんと違うのか?」

「え、いや、確かに涼やかでカッコいいと思ったけど」

「ほら、な?」

『それならそれで、そういう抱え方は問題なんじゃありませんかぁ?』


 バムンジーが手伝うという言葉は、義堂達に簡単に受け入れられた。遅れてケニッヒたちも手伝うと言ってきたが、それも同様に。しかし、急ぐ鬼角は辰吾郎に乗って向かうつもりだったのだが、そこに難色を示したのが当の辰吾郎だった。

 どうしても乗せたくないとごねる辰吾郎に、鬼角は小柄なバムンジーを背中に紐で結び付けることで強引に解決を図った。尻さえ触れなければ乗っていないのと同じだ、という理屈である。

 鬼角としてはキドでも良かったのだが、キドは何かを察したのか馬を守りたいと言い出したのでバムンジーが選ばれた形だ。

 結局、キドとクラースが馬と馬車を守り、ケニッヒが走って後を追ってくるという段取りになっている。

 荷物のように背中合わせでくくられているバムンジーは、最初は随分とごねたものの空中では思った以上に静かだった。


『まあ、今回だけならおいらも我慢しますよ。そこの小娘に同情しないこともないので』

「同情?」

『つきましたよ、若ぁ』


 バムンジーが同情の意味を確認する前に、辰吾郎が何とも意味深な猫なで声で鬼角に声をかけた。

 鬼角も辰吾郎が何に同情などと言い出したのかは分からなかったが、いつも通りに立ち上がる。


「おう、ご苦労」

「え? え?」

『あぶないですよー、若ー』

「ちょ、何で立ってるの? 危ないって何? え、着いたならなんで羽ばたいてるの? 降りる場所を探してるんじゃ――」

「よいしょっと」

「あっきゃあああああああああ!?」


 鬼角もまた、バムンジーの問いに答えるでもなく中空に身を躍らせた。後ろから聞こえてくる悲鳴がやかましい。

 日は沈みかけており、少しばかり薄暗くなっている。

 まだ狼頭らいかんどもは藩内に入り込んではいないようだ。

 地上には東側の防衛を担当している者たちが集まってきていた。

 誰もいない辺りに着地する。


「きゃぁっ!?」

「若! 珍しく女子おなごみたいな声を上げて……って」

「待たせたな、藤次とうじ。声を上げたのはこっちの御仁じゃ」


 バムンジーを括り付けていた紐を緩め、地面に下ろす。

 と、バムンジーは何も言わずにそのままへたりこんだ。


「お?」

「何です、このわらし

「聞いとらんか? 外からの客人でな、大瀬戸の本家筋でどわあふという種族らしいわ。これでもわしより年上らしいぞ」

「お客人!? 駄目ですって若。若が辰吾郎さんから飛び降りるのはいつものことですけど、お客人は初めてなんですから、そりゃ腰抜かしますよ」

「そうか? わしは初めっから腰なんぞ抜かさんかったが」

「っしょに……」


 こりこりと頬を掻く鬼角に、バムンジーが振り返った。

 涙目で、怒り心頭といった様子で。立ち上がれないのは藤次の言うように、腰を抜かしているためだろうか。


「あんたと一緒にすんな、馬鹿ぁぁっっ!」

「あぁ……すまんかった」


 そのまま泣き出したバムンジーに、鬼角は素直に頭を下げたのだった。

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