殿! 来客でございまする!
鬼角はひとまず、馬車を角亀藩に連れていくことにした。
乗っている四人を見て、特に領民に害を及ぼすことはないだろうと判断したからでもある。
角亀藩の敷地に入ると、鬼角の帰りを待っていた領民たちがわらわらと集まってきた。
「若ぁ!」
「おう、洸次郎。すまんな」
「そんなん別にええんやけど。何ですの、そいつら」
「拾った」
「人を小動物扱いすんじゃねえよっ!」
馬上からきゃんきゃんと騒がしい小人の小娘には構わず、鬼角はすたすたと進む。
馬車から四人が下りたところで、視線が鬼角から四人に向けられた。
「んで、若? この馬と乗り物、どうすればええやろ?」
「そうだなあ。怖がらない辺りで繋いでおいてくれ」
「はいよぉ」
「怖がらない辺り?」
耳の長い男が聞きとがめるのと同時に、馬が突然地面に突っ伏した。
がたがたと震えて、動こうとしない。馬車から降りた四人は何が起きたのかと周囲を見回しているが、洸次郎をはじめとした周囲の者の反応は鈍い。
「ああ、やっぱり無理じゃったなぁ」
「しゃあないわ、若。あ、やっぱ来とる」
「ん。おぉ辰六、ただいま」
「リュイ! リューッ!」
城の方から一直線に飛んできて、まとわりつく辰六の頭と顎を柔らかく撫でてやる。嬉しそうに喉を鳴らす辰六を肩に乗せてやると同時に、四人が愕然とした声を上げた。
「ド、ドドッ、ドラゴンの幼生!?」
「しかもその鱗の色! ブラックドラゴンじゃねえか!」
「確かに生息しているって聞いてはいたけど」
「凄い、これは凄いな!」
訂正、一人は嬉々として紙に何やら書き込んでいる。
ともあれ、今は馬の方が優先だ。猪頭程度が相手ならば恐れたりはしないのだろうが、竜が相手ではそうもいかないらしい。無理もないことだ。
怯えが過ぎて死んでしまっても、耐え切れずに逃げ出して化生の餌食になってしまっても哀れだ。鬼角は辰六を彼らから離してやることを優先することにした。
「洸次郎、わしは辰六を連れて屋敷に戻る」
「頼んます、若。おう、お前ぁちょいと城に走ってくれんやろか。若が外から客を連れてみえたんで、殿様にお知らせを」
「分かりましたっ」
洸次郎の指示を受けて、若衆の一人が城に向かって走り出す。
鬼角は早々にこの場を離れようとしたのだが、すぐには歩き出せなかった。
「リューイ? リュッ?」
「違うぞ辰六。それは飯じゃねえ」
「リュギュ!」
馬に興味を示した辰六にそう告げると、途端に辰六は不機嫌になる。
ちらりと視線を向けると、何やら馬を睨みつけている。乗るための獣だと理解したらしい。
「心配せんでええわ、辰六。わしが背に乗るのはお前か辰吾郎だけよ」
「リュイー?」
「本当じゃ。あの馬は客人が連れてきた、客の連れじゃけ、食うたらいけんぞ」
「リュ! リューリュ!」
納得したようにうなずく辰六の顎をもう一度撫でてから、鬼角は明らかに警戒感を強めた様子の四人に笑いかけた。
「済まんけど、先にわしの家に寄らせてもらうわ。茶ぁくらい出すけん、ちょいと遠回りになるが許してくれ」
***
角亀城の城主である義堂が、鬼角が客を連れてきたことを知ったのは、そのすぐ後のことだった。
「客、なあ」
「殿」
「馬を連れてきたというが、どう思う? 辰太よ」
報告を受けて顎を撫でると、義堂はすぐ傍に座っている糸のように細い目をした人物に問うた。
聞かれた男は首を傾げたが、確信を持った様子で答える。
「この高地に住んでいる馬は、決して他の生き物に心を許しません。いやまあ、鬼角の若様ならそんな常識をひっくり返して、平然と連れてきてしまいそうな気もしますが。辰六を乗騎にすると決めておられるようですし、そんな事はされないでしょう」
「うむ。あれは辰六には甘いからな、そうなると」
「この高地の外、人里からやってきたと考えるしかないかと。となると、客も異族ということに」
「異族か。七代様が童の頃だったというだから、百二十年くらいぶりということになろうな」
角亀藩は四方を化生の縄張りに囲まれているため、人里と交渉を持っているわけではない。
しかし、何やらこの辺りを探索しようという物好きが遠方からやってくることがある。
大抵は化生達に襲われて、死体か食われて骨になった姿で見つけられることが多いのだが、たった一人、悪運たくましい人物が生きて角亀藩に保護されたことがあった。
その人物は化生との戦いを繰り返していた角亀藩の者たちにとって、初めて出会う意思疎通の出来る『人』だった。
深い傷を負っていた彼は十年ほど角亀藩で療養し、その間にこの『世界』の知識や色々な技術を残して故郷へと帰って行った。
藩にとっての大恩人である。
「鬼角のやつが拾ったというのも、巡り合わせというやつかもしれんなあ」
「御意」
「うむ。わしらもこの場所にいつまでも留まっている時ではないのやもしれん」
「殿、それは」
「もしや若様を」
側近たちの言葉に笑みを浮かべると、義堂は辰太に向けて指示を出した。
「辰太。辰佐を鬼角の屋敷に遣わせろ。わしが首を長うして待っとると伝えい」
「分かりました」
困ったような顔を見せる側近たちとは対照的に、辰太は口元に笑みを浮かべてその場から立ち上がる。
ずるりと尻尾が板の間を滑って音を立てた。
***
鬼角の屋敷は、角亀藩の中心にある城から少し離れたところにある。
使用人に茶の用意を任せると、鬼角は四人を居間に通した。
「まあ、疲れてるじゃろうし適当にくつろぐとええ。礼儀とかも気にせんでくれ」
「……ええと。このたびは危ない所を助けていただき」
「おん? 礼なぞいらんわ。わしはやかましい気配を感じたんで様子を見に出ただけじゃし」
「やかましい気配、ですか」
「追われとったじゃろ」
「ええ、まあ」
四人のまとめ役らしい猿顔の異族が頷く。背負っている弓はなかなかの逸品で、それだけの弓を引けるだけの筋肉質な肉体は鬼角から見ても見事の一言だ。
そこでふと、鬼角は四人の名前も聞いていないことを思い出した。
「おっといけんいけん。まだ名乗りもしとらんかった。わしはこの角亀藩十二代、銅槻義堂が倅、鬼角じゃ。いつまでの付き合いになるか分からんが、よろしゅうな」
「オデュ……オドゥン殿か。済まない、発音が難しい」
「まあ、仕方ねえわ。無理して直さんでええよ」
鬼角は苦笑いで彼らの発音を受け入れた。
何しろ、藩の者たちも言いにくいからと『若』と呼んで済ませているのだ。今更よその連中にどう呼ばれても気にはならなかった。
と、四人が居住まいを正す。次は彼らの番だ。
「では、俺から。冒険者パーティ『ドルナッヂの翼』のリーダー、ケニッヒ・デ・ギリナだ。ギリナ山の中腹に住むハイランダーの氏族の出身で、二十九歳になる」
「僕はサブリーダーのキド。家名はないんだ。旅をして過ごすハーフトールの氏族だから、故郷も分からない。歳は二十三だよ」
「二十三!? その恰好でわしより七つも上なんか」
「えっ」
キドの名乗りに驚いてみせると、キドの方も鬼角の年齢に驚いたようだった。
驚いたのはキドだけではないようで、他の三人も目を見開いている。
「参ったな、年下かよ。あたしはバムンジー。バムンジー・オーセットだ。歳は十九。トルレープ鉱山に住み着いたドワーフの氏族だ。よろしく」
「最後は私だね。クラース・ネフリターニャ。アクラネフリの森を祖とする静寂を愛する森の民、エルフの氏族だ。歳は二百から数えるのを止めたので、その辺りは許しておくれよ」
「ほうほう、霧名殿に城戸殿、大瀬戸殿、根振谷殿だな。根振谷殿は二百歳以上か。すげえのう」
鬼角は四人の名前を繰り返して、最後に聞いたクラースの年齢に感心する。人里の異族というのは何とも多様な姿をしているものだ。
うんうんと頷いてから、バムンジーの方に目を向ける。大瀬戸という名に心当たりがあったからだ。
「ところで、大瀬戸殿」
「悪い、家名で呼ばれるのは好きじゃねえんだ。名前の方で呼んでくれ」
「馬文路殿」
「バムンジーだ、バ・ム・ン・ジー。言いにくかったらバムでいい」
「では、馬夢殿。あんた、大瀬戸出口殿とは同郷かね」
「デグ……? も、もしかして!」
鬼角の問いに、バムンジーは身を乗り出してきた。目が煌々と輝いて見えるのはどわあふの特性なのだろうか。
「デグチじゃなくてディグジー! ディグジー・オーセットか!? それはあたしの爺様だ!」
バムンジーは真っ赤な髪を掻きむしり、湧き上がる感情を持て余しているような様子だ。
ちょうど使用人が茶を持ってきたので、鬼角は彼女が落ち着くのを待つことにする。
「取り敢えず、茶でも飲んどってくれ。馬夢殿が落ち着くまで、ちょっと話の続きは待つとするかの」
***
バムンジーが興奮のあまり珍妙なダンスを踊っている間に、ケニッヒは気になっていたことを聞くことにした。
「オドゥ……済まない、オドゥン殿と呼ばせてほしい。オドゥン殿たちはドラゴンに庇護されている一族なのか?」
「ん、辰六のことか?」
「ああ。ブラックドラゴンと共生している人が居るというのは、我々にとっては常識を超えた話なんだ。良ければどのようにしてドラゴンの庇護下に入ったのか教えていただけると――」
「――違いますよ」
声は、部屋の外から聞こえてきた。
瞬間、ケニッヒは思わず背負っていた弓に手を伸ばした。キドもクラースも、興奮していたバムンジーまでが厳しい顔で臨戦態勢に入っている。
その中で鬼角だけが普通の様子で、部屋の外に居る人物に呆れたような口調で声をかけた。
「辰佐。彼らはわしの客人じゃ。脅すな」
「しかし若。皆様が我々の庇護下にあるなど、ご一族に対する侮辱でありましょう」
「別に間違ってねえだろう。お前たちが来てからというもの、周りに住んでいる化生どもが目に見えて近づかなくなったと聞いているぜ」
「そのようなこと! 身に余る光栄ではございますが、みだりに仰ることのありませんよう。私どもは皆様と同じ、角亀藩の民でございますれば」
横開きの板を押して入ってきたのは、一見して人の姿をしていた。
しかし、腰の辺りから伸びる鱗に覆われた尻尾と、何より額から後頭部に向けて伸びている二本の角が、普通の人ではないことを如実に示していた。
「そ、その姿。ドラゴニュート、いや」
「どうも。ブラックドラゴンの辰佐と申します。兄の辰太と共にこの角亀藩に仕えております」
「仕えて⁉ ブラックドラゴンが、人に仕えているだって⁉」
「ええ、かれこれ六十年ほどになりますか。そこな辰六は私の倅に当たります」
誇らしげに笑う辰佐は、これみよがしに鬼角の隣に跪いてから、ここに来た用件を伝える。
「若。殿がお客人にお会いするのを『首を長くして待っている』と」
「おう。今しがた茶を出したばかりだ。取り敢えず飲み終わったら連れていくわ」
「分かりました。そのようにお伝えしておきます」
「ああ、あと條武丸を同席させるように」
「條武丸殿をですか?」
「ああ。そこのどわあふの馬夢殿、かの出口入道殿の孫にあたるらしい」
「何と!」
ブラックドラゴンが人の姿を取り、表情豊かに鬼角と会話をしている。
その様子を信じられない思いで見るケニッヒは、しかしどうしても弓を掴む手を戻すことができないでいた。
満面の笑顔で鬼角と話しながら、辰佐はしかしこちらに敵意をさざ波のように向けてきているのだ。
「しかし若、それであれば條義斎殿もお呼びすべきでは?」
「わしもそうしたいところじゃが、條義斎は途中で邪魔をされるのを何より嫌うからよう」
「確かに今時分はちょうど鍛冶の最中でしょうね」
「父上と顔合わせをしたらすぐに帰るという訳でもねえんじゃ、條武丸から事情を伝えさせれば、明日には顔を出すじゃろうよ」
「成程、ではそのように」
鬼角に反論することなく、恭しく頭を下げる辰佐。
片方にドラゴンの特徴さえなければ、臣下と主君の関係として何の違和感もない姿なのだが。
辰佐はこちらへの敵意を最後まで解かないままで、静かに戸を閉めて去って行った。
気配が遠ざかり、ようやく緊張から解き放たれてへたりこむケニッヒ。と、空気を読まない最年長が、我慢できなくなったのか鬼角に詰め寄った。
「お、おおおオドゥン殿! ぜひ、ぜひ! どのようにして皆さんがブラックドラゴンを配下にしたのか、教えていただきたいのですがっ!」
「ん。わしゃ構わんのじゃけど」
鬼角はそこで初めて、少しばかり表情を苦いものに変える。
ちらりと板戸の向こう、去って行った辰佐の方に視線を向けると、
「辰佐の親父のことに関わる話なんでな、辰佐か辰太の許可を得ないとわしからは言いにくいわ」
何とも気まずい溜息をつくのだった。