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殿! 凱旋でございまする!

「バ、化ケ物! 化ケ物ドモガッ!」

「人聞きの悪いことをぬかすな。化け物は貴様きさンらじゃろが」


 最後に残った馬頭鬼めずきの顔面を、血の滴る鉄棍棒で叩き潰した鬼角おづぬは、文字通り死屍累々となった辺りの様子を見回した。


「どうじゃ洸次郎、れべるは上がったか?」

「ああ、三つほど上がったわ。若は?」

「何度か上がったはずじゃが、数えとらん」

「ま、若はそうじゃろね」


 洸次郎や真悟しんご伎丸さえまるの得物も血で汚れているが、目立った傷を負った者はいない。伝えた通りに毒矢には誰もが気をつけたようで、真っ先に弓を手にした鬼を狙ったようだ。


「さて、こいつらどうするかのう」

「放っておいてもええのでは?」

「そうじゃのう。じゃが、もうすぐ西から風が吹く時期じゃからな」

「あぁ」


 このまま放置すれば、早晩これらの死体は腐るだろう。

 腐った死体が放つ毒気は、病を招く。今までにも、攻めてきた化生もんすたあの死体を処理しなかったことで、病を招いてしまったことが何度かあったという。

 山から吹き下ろす風がある以上、百を超える鬼の死体を放置していくというのは危険すぎた。


「條武郎、火の魔術は使えたな?」

「はい」

「ちいと骨じゃが、一か所に集めて焼くしかねえ。日が暮れる前にやってしまおうか」

「はいよぉ!」

「若様、若様」


 とにかく暴れまわったから、数だけは多い。腕まくりをして、気合を入れる。

 と、鉄之進がこちらに声をかけてくた。


「どうした、鉄之進」

「荷車に鉱石を積まんのでしたら、鬼の死骸を蜥蜴頭りざあどどもへの土産にしてはいかがでごじゃいましょう」

「ほう?」

「山に棲む鬼のことを伝えれば、こちらにも目を向けるか、あるいは角亀藩のことを更に畏れ敬うのではごじゃいませんか」

「それもそうじゃな。じゃがこの鬼ども、山に残っとるのかの?」

「……さあ?」


 山にはまだいくつか、生き物の気配はある。しかし、それがここに来なかった牛頭鬼ごずき馬頭鬼めずきのものであるのか、それ以外の生き物であるのかは鬼角にも分からなかった。


「まあ、流石にこの数は積めんし、蜥蜴頭(りざあど9どももここまで取りには来んじゃろ。デカブツを見繕って積むとして、残りは焼くぞ」

「そうでごじゃいますな! それではそれがしもお手伝いいたします」

「おう」


 鉄之進は角亀藩の中では非力ではあるが、それでもそれなりに猪頭おおくなどを倒したこともある武士もののふの一人だ。

 鬼の死体程度ならば、担いで運ぶことは出来る。


「なあ、オドゥン」

「ん? どうした、馬夢ばむ殿」


 せっせと鬼の死体を積み上げる途中で、ケニッヒとバムンジーが近づいてきた。クラースは使い物にならなかったので、鬼の山のところで待機だ。着火の段になったら條武郎の補佐として使い倒す予定である。


「先ほど、レベルの話をしていたと思うが」

「おう。これも詳しく教えてくれたのは出口入道殿じゃ。感謝しとるぞ、馬夢ばむ殿」

「ああ、うん。それはいいんだ。ところで、カッキハンの皆のレベルはいったいいくつくらいなんだ?」

「いくつ? 何度上がったか、ちう話か?」

「うん」

「そうじゃのう、人によって様々じゃと思うが。伎丸!」


 バムンジーの問いに、鬼角は近くにいた伎丸に声をかけた。十四歳で元服したての若衆だが、遠征隊の一人に数えられるくらいには槍の腕に秀でている。


「はい、なんでしょう若」

「お前、今までにれべるは何度上がっとる?」

「ええと、今日で二つ上がりましたから……。覚えとるだけで三十と七です」

「三十七回!?」


 目をむくケニッヒに構わず、今度は山に二体の鬼を投げおろした洸次郎に聞く。


「洸次郎は今日で三つじゃったか」

「せやね。わしゃ全部で七十と二くらいじゃったかな」

「精進します!」

「いやいや、伎丸は早い方じゃ。のう、真悟?」

「いじめんでくださいや洸次郎様! わしじゃってようやっと五十の壁を超えましたわ!」

「お、そりゃめでたいのう。真悟」

「若! あ、ありがとうございます!」


 真悟は十七で、中々五十の壁を超えられないと嘆いていた。

 れべるあっぷが五十を超えると、一人前として藩の皆から祝ってもらうのが角亀藩の習いだ。とはいえこの辺りは、自己申告なのとうっかり数え間違える者もあるのとでずいぶんと緩い。

 真悟の年齢で五十に至るのは、十分優秀な部類だった。

 洸次郎は真悟と同い年なので、その辺りが気安いのだ。


「鉄之進は二十くらいか?」

「は、はい! 面目ごじゃいません!」

「何を言う。お前の家の者が持つ力は藩に大きな益をもたらしたではねえか。武働きばかりが奉公ではねえ、ゆっくりやるがええよ」

「あ、ありがとうごじゃいます!」


 瞳を潤ませる鉄之進。彼の一族は、善小鬼ほぶごぶりんの血が入ったせいか体が小さく力が弱い。心無い者は角亀藩にもそれなりに居て、鉄之進や家族は時折嫌がらせを受けることがあった。

 化生もんすたあの声を聞きとれるという、その特異な才能を聞きつけた洸次郎の推挙で鬼角の近侍に抜擢された鉄之進は、鬼角と洸次郎に大きな恩を感じているらしい。


「條武郎は――」

「いや、オドゥン。それで、お前さんはどうなんだ?」

「わし?」


 鬼角はその問いに思わず顎を撫でた。聞かれるとは思っていたが、実際に答えにくい質問なのだ。

 言いよどむ彼に、バムンジーとケニッヒは何かを察したのか、うんうんと頷く。


「いや、お前さんの強さを見れば圧倒的なのはよく分かる。その若さで百を超えているのは間違いない。それはとても恐ろしいことだよ」

「高地の外では、五十というレベルは超一流の戦士でもそうそうないものです。私でも三十二、バムは二十九しかありません。クラースは長生きですから四十台の後半だったかな。それでも吟遊詩人ということで魔法ばかりに偏っていますけどね。正直、カッキハンの皆さんの強さの秘密がようやくわかりました」

「そうかね」


 鬼角は今度は頭を掻いた。彼らはきっと、高地の外では中堅以上の実力を持っているのだろう。だが、縄張り争いに明け暮れるこの陀羅辣だららつ高地では、その程度の腕では半人前もいい所だ。

 環境が違うのだなあ、と改めて納得する。ともあれ、ケニッヒたちは自分のれべるを言ったのだから、答えなければ不義理だろう。


「わしは、ガキの頃から妙にれべるが上がりやすくてな」

「ほう」

「随分前から、面倒になって数えるのをやめたんよ」

「それは、何とも豪快な話です」

「そやね。若は本当に大雑把でもう」

「やかまし」

「それで、いくつから数えてないんだい?」

「三百」

「……は?」

「十一の歳じゃったかな。それまでにも大概数えきれんことがあったんじゃが、ともかく覚えとる限りで三百も数えた辺りで、もうええ加減面倒になっての。数えるのをやめたんじゃ」


 バムンジーとケニッヒが、何も言えなくなって周囲を見る。

 洸次郎も條武郎も、苦笑するばかりで否定しない。

 ようやく絞り出した言葉は、何とも微妙なものだった。


「そ、それは凄い、な」

「皆さんは、その、疑ったりは」

「ねえて。何しろ若は、七つの時には大殿に勝っとる」

「オオトノ?」

「わしの爺様、角亀藩の十一代様じゃ。その時にれべるが百八十と言うておったかな」


 はあ、とケニッヒが大きな息をついた。何とも清々しい顔で頷いている。

 バムンジーが怪訝な顔をしてケニッヒを見ると、それに気づいたらしい彼が静かに首を横に振った。


「どうしたんだ、ケニー?」

「いや、よく分かったよ。私たちが踏み入ってはならない世界が存在すると」

「……そうだな」


 何か納得できることがあったのだろう。バムンジーもまた、その言葉に深く頷きを返した。

 その様子に、鬼角は確かな別離の気配を感じたのだった。


***


 鬼の死体を焼き払い、蜥蜴頭りざあどに土産を届けて深く崇められた後。

 特に大きな事件もなく、二日をかけて一行は角亀藩領に帰りついた。領内に入った時点で遠征隊は解散となり、鬼角は條武郎と洸次郎を連れて城へ向かっている。

 凱旋だ。遠い昔に水鏡公をなぶり殺しにした鬼の一統を討ち滅ぼしてきたのだ。鉱石探しのついでとはいえ、胸を張って余りある戦果だと言えるだろう。

 バムンジーたちは鬼角の屋敷へ戻った。特にクラースが衰弱しているので、寄り道もするまい。

 他の若衆はそれぞれの家だ。真悟のれべるが五十を超えたので、おそらく晩には宴会になるはずだ。


「育ったもんじゃね、若」

「じゃな」


 帰る間、刀の鋼を食わせ続けた闇捺生ぐらなちうむは、掌大から一抱えほどの大きさに成長していた。鬼角の刀は既に柄だけになっており、鞘と一緒に荷車の上だ。

 闇捺生ぐらなちうむは本当に鬼角を持ち主と認めたようで、まず洸次郎たちが試しに持とうとしたら持ち上げることもできないほどの重さになった。さらに、刀を齧るのも鬼角の手でないと受け付けないほどだ。


「條武郎が鍛えることも許さんとなると困るんじゃが」

「その時は若にお手伝いを頼むことになりますね」


 困った顔の條武郎に、鬼角も頷く。


「わし好みの刀になるまでの間だけ、我慢してくれればええんじゃがな」

「そうですね。まず説得をお願いします」


 そんな話をしながら歩いていると、ふいに慣れた気配が近づいてくるのが分かった。


「リュイ、リューッ!」

「おお、辰六しんろく! 帰ったぞ」

「リュリュ、リーッリュ!」

「怒るな怒るな、役目じゃ役目、仕方なかろ」

「リュリューリュ!」

「土産ぇ? 鬼の角くらいしかねえが、齧るか?」

「……リュリ」


 鬼角が懐から拾ってきた鬼の角を取り出すが、どうやら辰六の好みではなかったらしい。鬼角の肩に乗ると、ふいっと顔を背けた。

 鬼角の手に顎を撫でられてようやく機嫌を直したらしい辰六だったが、今度は鬼角が小脇に抱えている闇捺生ぐらなちうむに目を留めた。

 じいっと見つめ、何やら胸を張る。


「リュリュッ! リュリュリュ!」

「なんじゃ?」


 鬼角が首を傾げると、闇捺生ぐらなちうむが何やら勝手に震えた。

 辰六の態度に反応したようだ。


「ああ」


 洸次郎が納得したように頷いた。

 目で問うと、にやりと笑みを浮かべて納得した内容を口にする。


「辰六が、新しい若の子分に、若の一の子分は自分だと言うとるんでしょう」

「リュッ!」


 同意するように頷く辰六。

 だが、洸次郎は笑みを崩さずに辰六に告げた。


「残念じゃな辰六。若の一の子分はわしじゃ。何しろわしは若が生まれた時から若に仕えておるからの」

「リュギッ!?」


 悲鳴じみた声を上げる辰六と、震えを増す闇捺生ぐらなちうむ

 鬼角はさすがに呆れ声を上げざるを得なかった。


「お前は何を辰六と岩と張りうとるんじゃ……」


***


「ほぉ、それが闇捺生ぐらなちうむか。赤いのう」

「わしを持ち主と認めてくれたようでな、他の者が持とうとすると変に重うなるんじゃ」

「ますます珍しい、これはわしも探しにいくか」

「ご同行します」

「それがしも」


 義堂の言葉に、周りに座る重臣たちが口々に同調する。伝説の霊鋼を鬼角が持ち帰ったのだ、一目見たいと思うのは武門の人情というものだろう。

 それを遮ったのは義秀だった。笑みを浮かべて、それを止める。


「当主が留守にしてどうなさるのです。ここはわしがですね」

「甘いぞ義秀。ここは当主代理として経験を積む好機と心得こころえい」

「そうはいきませぬ。当主がそれほど長く藩を留守にするなど許されぬでしょう」

「なあに、辰吾郎に乗ればひと飛びよ」

「それでは一人でしか行けませぬな? お一人で山をお探しになると」

「底意地の悪いことを」

「父上こそ」


 二人とも笑顔で、しかし目だけは笑っていない。

 いつの間にか始まった二人の衝突に、重臣たちは声を上げられなくなってしまった。

 鬼角はいつも通りのその様子に、唐突に話題を変えることで対応する。これもいつも通りのことだ。


「そうそう父上、客人のことじゃが」

「ん? おお、そういえば根振谷ねふりたに殿は無事じゃったか」

「だいぶ肝を潰したようじゃ、しばらくは起き上がれんじゃろ、あれは」


 からりと笑うと、周囲もそれぞれに苦笑を漏らす。

 鬼角という存在に振り回されるのは、彼らにとっても日常茶飯事だ。角亀藩の屈強な者たちだからこそ苦笑で済むが、線の細いクラースではそれも仕方ないと分かったのだろう。


「ま、仕方あるめえ。『あずねもん』にはええ薬じゃろ」

「おう。それでじゃな、おそらく近々ここを出るんじゃないかと思う」

「む」


 鬼角の見立てに、義堂がぴくりと反応した。

 ほぼ同時に、二人の視線が義秀に向く。


「な、何故二人して私を見るんじゃ!?」

「いや、そりゃあ……」

「……のう?」


 頷き合う二人に、義秀はコホンとひとつ咳をした。

 一切誤魔化せていないのだが、それはそれとして。


「帰ると言いましても、今日や明日のことではないでしょう。それで鬼角、そのまま帰しては危ないと言うておったな」

「ああ。当たり前のことじゃが、今もその見立ては変わらんぞ」

「そうじゃろうなあ。お前の言う通り、高地の外まで誰かが送らんとならんか」


 十日程度で、ケニッヒたちが化生もんすたあたちを自力で討伐出来るようになるはずがない。

 義秀の言葉に、義堂が何やら口元をにやりと歪めて頷いた。これは何か、ろくでもないことを思いついた顔だ。


「よし、鬼角。お前が拾うてきた客人じゃ。お前が責任を持て」

「は?」

「高地の外まで、お前が送り届けてやれ、と言うとるのよ」


 目を円くしたのは、きっとこの場では鬼角だけではなかった。

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