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9.氷の加護



「傷つけられたものたちに、女神の癒しを!」


エレシアを呼びに行かせたのは、彼女に負傷兵の手当てをしてもらうため。

なので治療をすることは期待通りなのだが、彼女は前線まで来るまでの間にも癒しの力を使ってくれていたらしい。


「ラーシャさま、お呼びですか?」


「癒しの力を使って欲しいんだ。負傷者があまりにも多すぎる」


「わたくしにも活躍のチャンスがあって良かったですわ! それでは、怪我をした皆さまは少し固まっていただけます?」


これだけ酷い戦場だというのに、彼女は生き生きとしている。

静謐な教会よりも、血みどろの戦場が似合う聖女とは、とも思うが。


「傷つけられたものたちに、女神の癒しを!」


彼女が力を振るう姿は神々しくてずっと見ていたくなるほどだったが、俺ものんびりはしていられない。

既に部隊の合流はしているが、刻々と変化する戦況に対応し、『魔封じの剣』を振るわなければならないのだから。


俺の髪と瞳の色合いと同じ、ルビーの赤とサファイアの青が入り交じった聖剣を握り、彼女を振り返る。


「後方は、頼んだ。俺は行ってくる」


「ラーシャさま! 頑張ってくださいませ!」


「ああ!」


彼女の期待には、俺の剣で応えなければ。






兵が傷ついても消耗することなくすぐに戦線復帰できるというのはこれだけ戦況が変わるものか、と感動せずには居られない。

厄災級の魔物とそれに従う無数の配下を相手取った死戦になることが想定されていたが、こちらの損害は予想よりもかなり少なかった。


エレシアのおかげだ。


ただ、彼女の力も無限ではない。

聖女の力を使えるうちにカタを付けなければと思うものの、厄災級を討伐する取っ掛りすら掴めていない。


既に俺も含めて軍は全力を出している。

そこへ、厄災級がぐんぐんと近づいてきた。


今まではのっそりとした動きだったから、予想外の俊敏な動きに、こちらに動揺が走る。


「狼狽えるな! これはチャンスだ! 一気に仕留めるぞ!」


少しのことですぐに戦線は崩れてしまう。

そうなる前に、一喝した。


「行くぞぉお!!」


隊長クラスの手練れたちの雄叫びと共に厄災級へと突進する。

だが、周りを固める魔物も前の方にいた物より明らかに強くなっており、そちらにすら手を取られてしまう。


弱い敵なら結界で多少は食い止められるが、これだけ強い魔物になるとそれも期待出来ないだろう。


厄災級と、その周りの強力な魔物。


明らかにこちらの軍より強力で、少しずつだが確かに戦線は押されてしまう。


エレシアの癒しがなければとっくの昔に崩壊していただろう。だが、それは皆が察してしまっている。今はまだ気合いで持ちこたえているが、厄災級に結界を越えられそうになれば、離脱する兵も出るかもしれない。


しかし、俺は指揮官として、そして最強の『魔封じの剣』を持つ剣士として、絶対に退く訳にはいかない。


弱気を見せることすら許されない状況下ではあるが、気になったのはエレシアのことだ。

力を使いすぎて倒れはしないだろうか、戦場という未知の空気感に、心がまた壊されないだろうか、と。




だが、そんな心配は無用だった。


押され続けてこのままでは危ない、という戦況が長く続いていたその時だ。




後方から、澄み渡った祈りの声が届いたのは。


「世界を愛しているのは、わたくしだけではないのですね。わたくしは、この世界に住まう全ての人々と共に、世界を護っているのです!」


聖女の高らかな宣言に、そんな場合ではないのに彼女の方を振り返ると。


アクアマリンの瞳から、大粒の涙が溢れ出していた。

後から後からこぼれ落ちる涙は恐怖ではなく感動からくるもの。それを表すように、彼女の表情は戦場には似つかわしくないほどに輝いていた。



「わたくしは、世界を愛していますわ!」



その言葉と共に涙の雫が地に落ちた瞬間。



ーーーーしゃらん



鈴を鳴らしたような、静謐で神秘的な響きと共に、薄れつつあった結界が復活した。

それも、今までに見たことがないほど強力なものが。


世界の全てを護るための壁は、彼女の瞳と同じアイスブルーの色合いで。

冷たい氷色の結界は、なによりも暖かく俺たちを護ってくれていた。



□□□□□



しかし。


「動きが止まらない、だと!?」


結界付近に居た弱小の魔物たちは強まった結界の力によって一気に浄化された。

強力な魔物もほぼ力を失い、立っているだけの的と化している。


それだけ強力な結界に生まれ変わったにも関わらず、厄災級の動きは止めきれていない。


「わたくしの愛が、足りないのですか!」


叫ぶエレシアの声にはほんの少しの絶望が交じっていて。


「そんなことはない! ここからは、俺の出番だ!!」


反射的にそう切り返していた。


彼女の想いが足りないことは絶対にない。

ただ、それよりも相手が強かった、それだけ。


ならば俺たちは力を合わせて、戦えばいい。

彼女の結界だけに頼るのではなく、それぞれが持つ力を振り絞って迎え撃つ。


「うおおおおぉ!!」


王祖より伝わる『魔封じの剣』。

魔物の力を削ぎ落とし、巨大な鬼に斬り掛かる。


鬼は腕を一振りしただけで暴風が吹き荒れ、その先にいた人々は吹き飛ばされた。

息をひとつ吐くだけで、熱風によって先陣は大火傷を負う。


だが、傷を負った直後には、後方から聖なる光が舞い降りて、何事も無かったかのように全てを癒してくれた。


それに士気が上がらないはずがない。


「行くぞ!」


その短いひとことに、部隊が着いてきてくれる。


自分の身長よりも何倍も大きく、大人と子ども程の差がある。

しかし、何度も何度も諦めずに攻撃し続けたら。


「よっしゃあ!」


鬼は力を失ってついに膝をついた。

その瞬間を狙い、一気に首を狩り取る。


弱点を的確に突かれた鬼は完全に息の根が止まり、どう、と地に伏せた次の瞬間には結界の力によって跡形もなく浄化されていた。


「俺たちの、勝利だ!!」

「よっしゃああ!」

「うおおおおぉ!!」


『魔封じの剣』を高らかに掲げ、全ての兵士と共に勝利の喜びを分かち合う。


「聖女エレシアに、感謝を!!」

「感謝を!」


俺の身体が汚れているのも構わずに、エレシアが抱きついてきてくれた。

そんな彼女が愛おしくて、しっかりと抱き締める。


その後、皆に彼女の功績を見せつけるように俺の肩へエレシアを乗せた。

いつも抱き上げた時には軽いと思っていたが、これだけ軽くか弱い彼女が最前線で戦ってくれたことには本当に感謝しかない。


「聖女さま、万歳!」

「聖女さま、万歳!」


その声を受けたエレシアは少しくすぐったそうだがとても誇らしげで、澄んだアクアマリンの結界も、彼女の心を映してきらきらと輝いていた。





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