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6.紫の瞳

 



 教会へ着いても、いつもと同じように静まり返ったままだった。知らせは届けさせたし、何らかの準備は始めていると思ったのだが。


 それどころか、正面の門に誰もいない。普段なら俺を止める門番が居ないとは、どういうことだ?


「お待ちしておりました。こちらへ」


 疑問に思う俺の前に、見覚えのある紫瞳の神官が現れた。


「……どういうつもりだ?」


 コイツは俺を排除する先頭に立っていたはずだが、どういう心境の変化だ?

 時間が惜しいからだろう、歩きながら説明するという彼について行く。


「私は、聖女さま付きの神官、ケハトと申します。端的に言いますと、今の教会は腐りきっております。なので、トスタント様には、

 ……聖女さまを攫って頂きたく思います」


「は?」


 思わず足を止めそうになった。それほどの衝撃。


「聖女さまが教会に入られて少ししたころから、教皇猊下は病に伏せっていらっしゃいます。外へは漏らしていませんが。

 それに伴い、各派閥の勢力争いが激化し、何事も決められなくなってしまっております」


 アメシストの瞳は未来を憂いながらも、まっすぐに俺を見つめる強さがあった。


「私は聖女さま付きではありますが、権力はないのです。そんな私には、貴方様に頼ることしか出来ないことをお許しください。

 あれほどまでに熱心に聖女さまを愛して下さる貴方なら、聖女さまと一緒に、この国を救ってくださると信じております。

 欲に目が眩んで、魔物に立ち向かえない教会の上層部とは違って」


 俺に出来ることは、組織を裏切るような真似をしてまでエレシアを守ろうとする彼の期待に応える、それだけ。


「なるほど。協力に感謝する」


「では、こちらへ。聖女さまがいらっしゃいます」



 ケハトが開けた扉の向こうには、まさに『氷の聖女』と呼ばれる彼女が居た。

 透き通るようなアイスブルーの瞳はただひたすらに冷たく凍りついていて。

 これでは、結界強度が上がらないだろうと誰もが納得できるような様子だ。


「……?」


 俺のことも、上手く認識していないのでは、と思われたが、ここで説明している時間はない。


「申し訳ありませんが、お急ぎください。他の神官が来る前に」


 ケハトに言われるまでもなく、エレシアを横抱きにかかえる。


「エレシア、すまん。少しの間、辛抱してくれ」


「わたくしは、せかいを、あいしております」


 薄く開かれた唇からは呪文のような言葉がこぼれ落ちた。

 どこにも焦点のあっていない空虚な瞳は、彼女が壊れかけてしまっていることを如実に示している。


 エレシアをここまで壊した教会という組織全体に殺意を覚えた。


 確かに、聖女付きとして日々エレシアを見ているケハトは、この惨状をどうにかしようと憂えるだろう。

 そして、自分の出来る限りのことをした、それがエレシアの誘拐補助。

 実行するのには組織を裏切る勇気が必要だったろうし、今の彼の瞳には強い覚悟が宿っている。


 ……コイツ、このまま置いといたら、自殺でもしそうだな。


「あ、いい事思いついた。お前、馬には乗れるか?」


「はい? まあ乗れますが」


 悲壮な覚悟をキメている男に対して残酷かもしれんが、貴重な教会側の協力者を失う訳にはいかない。


「じゃ、着いてこい。真昼には出陣だからそのつもりで」


「は!? な、……どういうことですか!?」


「着いてこい。以上だ」


 ここで押し問答する気はさらさらないのでとっとと歩き出す。


 エレシアを抱えたまま外へ出て待たせていた馬に乗りしばらくすると、彼女の手が俺のシャツをぎゅっと握った。


「ん……? ラーシャ、さま……?」


「ああ、ラーシャだ。迎えに来たよ」


「……ん」


 うまく返事も出来ない様子だけれど、言葉よりも雄弁な指先によって、彼女の想いは伝わってきた。


「……ふぅ」


 そして、安心しきったかのようにため息をひとつつくと、そのまま眠ってしまった。

 彼女の瞳と同じくらいに青白い顔色が痛ましい。

 止まって休ませてやりたいのだが、状況がそれを許してくれない。


「ちょっ、私を連れて行ってどうするつもりですか!? 私は戦えませんよ!?」


 ケハトが叫びながら追いついて来た。


「いきなり戦えとは言わんさ。ただ、エレシアにも馴染んだ者がいた方がいいだろう。

 ウチの連中はむさ苦しい奴ばかりだからな」


「それにしても……」


「文句は後で聞く。今はとにかく、エレシアの心と身体を守ることを考えてくれ。

 それはお前の仕事だろう?」


 多少挑戦的に睨んでやれば、それだけでケハトはやる気になったようだ。


「当たり前です。私は聖女さま付きの神官ですので」


「なら、頼むわ。よろしくな」


 扱いやすい、とは言うまい。

 自分の役目に真摯に向き合う神官が、教会内に居て良かったと心の底から思う。




 □□□□□




「エレシア、悪いがここに居てくれ」


 自分の執務室の応接ソファにエレシアを降ろし、暖かな春だというのに冷えきった手足にブランケットを掛ける。


「俺は戦いの準備に行かなければならない。その間、ケハトが居てくれるから、ここで待っていてくれるか?

 ここは俺の部屋だから」


「……ラーシャさまの、おへや?」


「そうだ」


「ん、わかった」


 俺の部屋だと言っただけで、ふわりと花が開くように笑った。

 彼女の凍りついた心を少しでも癒せる存在だということが何よりも嬉しい。


 こうして二人で寄り添っていてあげたい所なのだが、状況がそれを許してくれない。


「ゆっくりしていてくれよ」


 ぽんぽんと子どもにするように頭を撫でてから、部屋を出る。


「あとは頼む」


 扉近くでエレシアを護るケハトに後を託して。




「兄上、遅くなった。聖女はこちらに確保したから安心してくれ」


「は? どういうことだ?」


「一旦俺の執務室に寝かせてきた」


「お前、それが許されると思っているのか!?

 教会と争いになるぞ!?」


「だが、後でエレシアに会えば分かる。彼女はもう壊れる寸前だし、教会は聖女を守る役を成していない。

 戦場へも彼女を連れていくつもりだから、そのように手配して欲しい」


「……戦場へ聖女を連れていくなど、聞いたこともないが、まあいいだろう」


 国境までは歩兵を入れても一刻ほどで着くとはいえ、エレシアの身体の負担になるだろうが、どうしても彼女の力が必要なのだ。




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