4.かわいい自慢
「それで? 聖女さまとのデートはどうだったんです?」
エレシアを教会へ送り届けてから、休みを取ったが時間があるなら仕事をしようと軍の詰所へ行くと。
ニヤニヤという効果音が聞こえてきそうな笑みを浮かべたアステットに捕まった。
「エレシアは非常にかわいかったな。とにかくかわいい。特に笑顔がいいんだよ。何より春の陽射しがよく似合う」
表情は鬱陶しいが、エレシアのかわいさを語る相手としてはぴったりだ。何せ本人が聞きたいと言っているのだから。
「ほ〜ぉ。かの有名な『氷の聖女』さまも婚約者の前では氷が溶けるってことですか! 何とも羨ましいことで!」
「お前も恋人を作れば良いだろう」
「それができたら苦労しませんよ」
「それなら観念して家の決めた相手と婚約すれば良い」
「それも嫌です。俺は運命の人を探し続けているので」
「そう言っているうちにジジイになるぞ!」
「そんなことありませんー!」
気の置けない相手と軽口を叩くのは本当に気が休まる。
「ま、エレシアは可愛すぎてヤバい、って話だな。ネモフィラ畑で走り回るのもかわいいし、うさぎの親子にくぎ付けになるのもかわいい。あんな風に大人びた感じなのに、動くと小動物みたいなんだよ」
「しかし、聖女さまは『かわいい』んですね。どちらかと言えば綺麗系な印象ですけど」
「その話なんだが、少し相談があってな」
そう前置きして、アステットにエレシアの現状を説明する。
教会に従うようにコントロールされているとしか思えないこと、教会での扱いを不満に思っているようだと言うこと。
「一番重要なのは、なぜそれを教会側が許しているか、ということだ。
本来、教会は聖女を守るためにあるはず。
その存在意義を失くしてまで、エレシアに理想的な聖女像を押し付けるのは何故だ?」
「……今の俺には、何とも。何かの理由はあるでしょうが、教会は公にしたがらないでしょうね」
アステットはあごを撫でて考え込む。
「元々秘密主義な上、おそらく聖女の力の根源的な部分にまつわる話だろうからな。
ただ、こうして教会と王宮が関わりあってしまった以上、俺たちも知らない訳にはいかない。
難しいとは思うが、少しでも情報を探してほしい」
「もちろんですよ。俺の上官の婚約者さまの話ですからね。それに、聖女さま関連ならば充分に俺の仕事の範囲内ですし、しっかり収集してきますよ」
「ああ、頼む。こちらも父上と兄上に話を通しておく」
「それなら、俺の出る幕はないんじゃありません?」
俺の父と兄は、もちろんこの国の王と王太子だ。しかし、彼らは万能ではない。
「上からでは分からない話も多いからな。よろしく頼むぞ」
「はっ」
これは私的な頼みではなく公的に聖女に関して研究しろという命令に近い。それを分かっているアステットははっきりとした敬礼で応じた。
これで噂話の類いは集まるだろう。
兄との話し合いはつつがなく終わった。
というか、向こうもかなり念入りに調べていたからその結果をもらって来ただけとも言える。
そのうちまとめて渡そうと思っていたけれど、俺が取りに行ったからその場にある分全部くれた、という感じかな。
この結果とアステットが持ってくる情報、それに軍本部にある結界関連のデータを照らし合わせて、何か見えることがないかを探ろう。
「と、その前に。エレシアに手紙を書こうかな」
データを付き合わせて考えるのは嫌いじゃないが、愛しいひとへと手紙を書く方が楽しいに決まっている。
女の子への恋文らしく、今までに使ったことのないようなかわいらしい便箋に手紙を書く。
久しぶりの外出で疲れていないか、次はいつが都合がいいか、といった内容は、ありきたりなものだけれど考えるだけで楽しい。
従卒へと渡して教会へ届けさせたら、いよいよ仕事だ。とはいえ今日は本来休みの予定だからエレシアのための研究に時間を使おう。
その後やってきた返事は、エレシアが書いたとはとても思えないほどに格式ばったものだった。
今どきそうそうお目にかからないほどに長い時候の挨拶から始まり、教会お得意の聖書の一節を書いてまた挨拶で締める。
内容の何も無い手紙に、益々不信感は募るばかり。
何か暗号のようにウラがないかとひとしきり考えてはみたものの、解読できそうな部分はない。
いくら読んでも内容の無さすぎる文章を見るに、おそらくこれを書いたのはエレシアではないだろう。
そもそも俺の手紙がエレシアの下に届いたかどうかすら疑わしい。
だが、送り続けることに意味がある。
こちら側には記録が残るし、向こうからしても、いくら慎重に痕跡を消しても、軍の従卒が来たという事実までは隠せない。
それが連続して起こればどこからか歪みが生まれるものだ。
何かの間違いで一通だけでも彼女の手元に届かないかと、そう願いながら毎日送り続けよう。