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氷の聖女に「貴方を愛することはありません」と言われたけど、この子俺のこと好きすぎないかな?  作者: ことりとりとん


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2.ネモフィラと青空

 


 数日後。

 朝の祈りが終わったころに、教会へ出向いた。


 最近は何かと王宮に居ることの多い彼女だが、朝は祈りのために必ず教会に居る。

 せっかく無理して開けた時間だから、少しでも早く会うためにわざわざ出向いたのだ。


 二人乗り用の鞍をつけた馬を走らせ、教会の裏口で待つことしばし。

 第二王子のする振る舞いではないと思うが、教会と王宮はあまり仲がよろしくないし、何より彼女を驚かせてみたい。


「……んっ!?」


 トコトコと出てきた彼女は前と同じ無表情だったが、わずかに目を見開いて驚いたのが少しかわいい。


「やあ、エレシア。出かけようか」


「……今すぐですか?」


「そのつもりだが、何か問題があるか?」


「いいえ。大丈夫ですわ」


 この前会った時はクールビューティーな聖女らしい子だと思ったけど、今回の印象は少し違う。

 意識して聖女らしくしているだけで、本当のエレシアは別の少女なのではないだろうか。

 それが、少しばかり崩れた氷の無表情から感じられた。


「じゃあ行くぞ。馬には乗れるか?」


「乗ったことありません」


「それなら、ここに足を掛けて。そう。行くぞ、せーのっ」


 押し上げるように彼女を乗せ、自分も続いて跨る。

 自分の前に、抱きしめるように彼女が乗っているというのは、思っていたよりもずっと良いことだと気付いた。

 馬に慣れたら一人で乗れるように訓練しようと思っていたが、その予定は中止になりそうだ。


「気分はどうだ?」


 軽く馬を歩かせてみて、そう聞く。

 慣れない者は怖がることもあるから。


「とってもいいですわね」


 呟くように言う彼女は氷の無表情を崩していて。

 かわいらしい唇が、ほんの少し弧を描いていた。


「そうだろう。気に入って貰えて良かった」


「こうして、お外へ出るのは久しぶりです」


「普段はどうしているんだ?」


「馬車を出してくれています。わたくしは、歩いて行けると思うのですけれど」


 王宮と教会の間には、それなりの距離がある。

 確か、彼女の生まれは平民だと聞いたから、どこへでも歩いて行く文化があるのかもしれない。


「歩いて行ける、というより、君は歩く方が好きそうだな」


「そうかもしれませんわね」


 先程から呟くように話すエレシアは遠くを見つめていて、何か深く考え込んでいるよう。


「教会には教会なりの思惑があるとは思うが、個人的には年頃の女の子に窮屈な思いをさせるのはどうかと思うな」


 少し踏み込んでそう言ってみた。

 彼女がそれにどう反応するのかを知りたくて。


「教会の方々が、ラーシャさまのようだったら良いのに」


 ……聖女であることに強い自覚を持つ彼女がそこまではっきりと言い切るとは思わなかった。


「いえ、教会の皆さまは良くしてくださるのですけれど」


 取ってつけたような声音でそう言う通り、彼女は教会での暮らしにあまり馴染めていないのだろう。


「では、今日は思い切り遊ぼうな」


「ありがとうございます」


 まっすぐに俺を見つめてくれる、微笑ののったアクアマリンの瞳がとても美しかった。




「わあ、ステキ!」


 連れてきたのは王宮の狩野原にある一面の花畑。

 今の時期は真っ青なネモフィラが咲き乱れていて、まるでエレシアの瞳のよう。


 春爛漫といった風情の景色を見ると、先程から崩れかけていた聖女教育の仮面は、見事に剥がれ落ちた。


「とってもとっても、キレイですわ!」


 感動する彼女は確かに笑みを浮かべていて、走り出したくて堪らない、というようにうずうずと身体を動かす。


「ここなら、誰の邪魔も入らない。好きなだけはしゃいでいいよ」


「そうなのですか!」


 危うく馬から飛び降りそうだったので慌てて止めて、ゆっくりと降ろす。


「はい、いいよ。好きなところへ行っておいで」


「はいっ!」


 ずっとそうしたかった、と言っていた通り、神衣が汚れるのも構わずに動きまわる。

 時々はしゃがみこんで足元の花をじっと見たかと思えば、またキョロキョロと辺りを見回して別のところへ走っていく様は、落ち着きのない子どものよう。


 俺の視界を右へ左へ流れる銀髪が眩しくて仕方がない。


「ラーシャさま! かわいいうさぎちゃんが居ました!」


 遠くから俺を呼ぶ彼女はとても楽しそうで、満面の笑みを浮かべている。


「おう!」


 行ってみると、そこから少し離れた木の根元に、うさぎが巣を作っていた。

 エレシアは、それをしゃがみこむようにして眺めている。


「かわいらしいですわよね!」


「ああ、そうだな。子どももいるんじゃないか?」


「ほんとうですわ! なんてかわいいの!」


「うさぎを見るのは初めてなのか?」


「大人のうさぎは見たことがありますわ。でも、子どもは初めてです! 小さくって、とてもかわいいですわね!

 触ってもいいでしょうか?」


 身体はしゃがんだまま、首だけでくるりと俺の方を向く彼女は、もう氷の聖女ではない。ただの、年頃のかわいらしい娘がそこに居るだけだ。


「いや、止めておいた方がいい。子どもに人間の臭いが付くと、母親が子どもを捨ててしまうから」


「……なるほど。わたくしたちは、うさぎから見たら敵ですものね。でも、かわいいですから、しばらくここで見ていたいですわ」


「好きなだけ眺めたらいい」


「ありがとうございます!」


 エレシアは弾けるような笑顔で飽きもせずうさぎの親子を眺め続け、俺はそんなかわいいエレシアを眺め続けた。


 ようやく満足したらしいエレシアが立ち上がり、縋るように言う。


「祈りも勉強も、ちゃんとしますから、また連れてきてくれますか?」


「もちろんだよ」


「うふふ。それなら、わたくし、お祈りもお勉強も、もっとがんばりますからね!」


 そう言うエレシアの表情は今日の太陽よりも晴れやかで。

 この前会った時の頑なな彼女ではなく、春の麗らかな日差しの下で笑う彼女の方が何倍も魅力的だから。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 新作! [一言] 目の前のラーシャもまた、エレシアの愛する世界の一部だと早く気づくといいね。
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