第二章 君と一緒に迷路の中(5)
そして舞台はまた、船内に戻ってーー
「み、つけた! これが最後の・・・回線だっ! スパナ、よこせっ!」
マーカルの左手から、ミューゼルの右手に、見事なタイミングでスパナが手渡され、金色のボルトが半ば力づくで外された。と、目の前で円形のドアが軽やかに回りだし、そしてーー
「うわ・・・別世界」
クラスメイトが、あっけにとられたように呟いた。
「ここ・・・どこだ?」
「ここが、ゾイア教授の研究所がある森だよ」
淡々と答えるミューゼルに、皆は信じられないという顔をした。
「は? え、森に研究所? それって、いいの?」
「凄い。ここ、どっかの、御伽話の中ーーみたいな」
「それに、あっちには・・・えええ、お城!? しかも、でかい!」
「だから、あれがゾイア教授の研究所だ。ほら、行くぞ。残り時間、無駄にするな」
ミューゼルは慣れた足取りで森の中を歩き出した。クラスメートはあっけにとられたまま彼についていくが、その歩みは遅い。
「うっそお・・・星廻にこんな森あったんだ」
「空気いいなあ。昼寝したくならない?」
「でも、歩きにくい。俺、森の中なんて歩くの初めてーーうっわお! いま、なんか横切った!」
「え、リス? リスじゃない? 生き物までいるの?」
「もしかしてクマも出たりして・・・・」
「やめてよ、そういう冗談言うの!」
「冗談ーーなあ、もしかして、この森って教授の冗談なのか?」
「どういうこと?」
「だって、星廻の中に本物の森があるわけないじゃないか。これ絶対、作り物だろ?」
「回線工学の権威が、なんでイミテーションの森を作る必要があるんだよ」
「だから、冗談ーーっていうか。遊び心で作ったのかなって」
「それは・・・果てしなく馬鹿馬鹿しい遊び心なんじゃない?」
「確かに・・・あの古城が、おそらくは宇宙最先端の研究所ってのも、相当バカバカしい、よなあ?」
生徒達はピタリと足を止め、互いに顔を見合わせた。一瞬の沈黙。それから皆は一斉に吹き出した。
「やっだあ・・・! この学園って、変わってるー!」
「ほんとだ。もっとガチガチでつまらないとこかと思ってたけど」
「扉の向こうには、何があるか分からない、って感じね」
「いやー、遊び心にも、ほどがあるって! 俺、いつか、こういうとこで働きたいなあ」
「いいのぉ? 毎日すっごい難解なルートを通らないと辿り着けないかもよー」
「それもただ、研究員が道に迷ったら面白いかなあ、なんて、くだらない理由で」
「いいじゃん、楽しそう」
笑いが笑いを呼び、クラスメート達はお腹を抱え、涙が出るまで、ゲラゲラと笑い続けた。
それこそ、馬鹿馬鹿しいほど明るい声が、森の緑を揺らす。
「おい! 笑うのは後にして、急げって!」
ミューゼルだけが、時間を確認してイライラしていた。
「あの城まで、意外に距離あるぞ。油断してたら、三時に間に合わない」
「あ・・・・うん」
クラスメートは我に帰って、歩き出した。が、その足取りは何とも遅い。というのも。
(もうちょっとで終わり、かあ)
(つまんないな)
(もうちょっとみんなと)
(ミューゼルと)
(遊びたかったけど)
(この遠足ミッションが無事成功したら)
(ミューゼルはもう一緒に遊んでくれないかな)
(くれないよね、きっと)
(それはちょっと、さみしい・・・かな)
(つまんない・・・かな)
「おーまーえーらーなー」
先頭を歩いていたミューゼルが、イライラと振り返った。
「ここまで来て、俺に嫌がらせするのか。何で、そうノロノロ歩くんだよ。お茶会に間に合おうって気は、あるのか!」
「ない・・・かも」
「はぁ?」
「だって、お茶会に間に合ったら、ミューゼル君、委員長なんかやらないでしょ」
「当たり前だ!」
「だったら・・・間に合わなくてもいいかなあ」
「はーーはあ????」
全く何を言っているのか分からない! ミューゼルが髪をかき乱した時。
「やだあ、これじゃ、時間に間に合っちゃうじゃない」
ポンっと軽やかな音がして、ソラが皆の前に現れた。
「り・・・じちょう? なんでいきなり、ここに??」
「お前、まさか、ワープ・ボール使ったのか!? ゾイア教授が開発中のーー」
ミューゼルがぎょっとして訊いた。ソラはケロッとして、
「うん。でも、ボールは一回しか使えないルールだよ。先生達がそれぞれ持って、自分のクラスの生徒が困った時に、助けに行くことが出来るの。もっともうちのクラスは優秀で、あたしが助ける必要はなかったけどねー」
「お前の助けなんか、いるか。そこをどけ。ゴールはすぐそこなんだ」
「だから、邪魔しに来たんだ〜」
ソラはうふっと笑うと、ミューゼルの肩をガッチリ掴んだ。
「ボールをどう使うかは、自由だからね。他の先生は生徒を助けに行ったかもしれないけど、あたしはみんなのゴールを邪魔することにしたの」
「ふざけんなっ!! 自由にも程があるッ! この、離せ!」
「ねえ、みんなだってホントは、ゴールしたくないんじゃない?」
ソラは、生徒達に問いかけた。
「時間通りにゴール出来たら、ミューゼルは委員長にならないし、これからみんなと一緒に行事に参加することもないんだよ。それってつまらないと・・・おっと! ・・・つまらないと思わない?」
暴れるミューゼルと楽しそうに格闘しながら、ソラは言った。生徒達はモジモジして、
「そりゃ・・・ミューゼルと一緒に遊びたいと思うけど」
「断る!!」
「ここで理事長の味方をするのは、友達としてどうかと思うし」
「誰が友達だ!」
「でも、自分の意志も大事にしたいっていうか」
「俺の意志が先だ!」
「ってことで、ここはやっぱりーーごめん、委員長!!」
「だから俺は委員長じゃないって・・・この裏切り者ーっ!!」
ようやっとソラの手を振り払ったと思ったら、自分に襲い掛かってきたクラスメート達に向かって、ミューゼルは絶叫した。彼等の手からギリギリで逃げ出し、シュロス・ロゼに向かって懸命に走る。すぐに追いつかれるかもしれないが、いいのだ。
ーーそっちがそのつもりなら、こっちだって考えがあるんだからな!
ミューゼルは背負っていたリュックに、素早く手を突っこんだ。赤いボールを取り出すと、クラスメートが追いついたタイミングで、地面に向かって力強く投げつけた。赤く光る煙が舞い上がり、皆が悲鳴を上げた。そして次の瞬間。
「あ・・・れ。お城にーー着いちゃった。どうして」
クラス全員がシュロス・ロゼの前にいた。ミューゼルは、フーッとため息をつくと、「ワープ・ボールだよ」と言った。
「このボールの開発には、俺も参加してる。ワープ回線の応用なんだ。まだ完成してないし、長い距離の移動は無理だけどね。迷路で迷った時のために、一応用意はしておいた。でも全員が飛べる保証はないし、一人だけ飛び道具を使うのは流石にどうかと思ったからな。使うつもりはなかったけどーーああいう態度を取るなら、話は別だ」
ミューゼルにぎろりと睨まれ、クラスメート達はしゅんとした。言い訳をするように、
「でも、あたし達、本当に、これから先もミューゼル君と一緒遊びたいな、と思って」
「ごめんだね。遊びたきゃ、俺抜きでやってくれ。あの女に頼めば、いくらでもバカ騒ぎさせてもらえるだろうよ。さぞかし楽しい学園生活だろうな」
ミューゼルはけんもほろろに言うと、シュロス・ロゼの正面扉に向かった。時間は14:55分。クラスメートは、トボトボと彼の後に付いて言った。ミューゼルは大威張りで先頭を切り、なめらかな頬を紅潮させた。
ーーふん、俺の邪魔なんか、誰にもさせるもんか。あの女の思い通りになんか、俺はならない。茶番は終わりだ。ゾイア教授にだって文句は言わせない。明日からずっと研究所に入り浸ってやる。・・・見てろよ、俺の未来の姪っ子。お前のおじさんは、こんなところで負けたりしないってことを証明してやるからな。
気分が浮かれてくるのを止めることが出来なかった。ミューゼルは、勝ち誇った顔になると、
「ゲームセット。俺の勝ちだ」
そう言って扉に手を触れーー触れた瞬間に、しまったという顔をした。そして、すっと姿を消した。
「・・・え?」
残ったクラスメート達は、ポカンとした。「あれ・・・ミューゼルどこ行っちゃたの?」
わけの分からないまま周りを見渡すと、鐘の音が辺りに鳴り響いた。そしてソラが、のんびりと森から現れた。
「はーい、三時です。残念だけど、時間切れ。惜しかったねー、みんな」
「あの・・・理事長。ミューゼルが消えちゃった、んだけど」
「うん。落とし穴に、落ちちゃったのね」
「お、としあな?」
「そうよ。最初に言ったでしょ。『下から上に落ちたりすることもあるから、気をつけてね』って。ミューゼルも詰めが甘いなー。ゾイア君の研究所に、日替わりのトラップがあることを忘れるなんて。勝ったと思って、浮かれてたんだね。何よぉ、まだまだ子供っぽいところあるじゃない。かっわいいー」
ソラはけらけらと笑って、生徒達に向き直った。
「さあ、庭へどうぞ。ゾイア君が、美味しいお茶を用意して、みんなのこと、待ってるよ」
「お茶・・・も、いいですけど。理事長、ミューゼルは何処に行ったんですか?」
「さあねえ。今頃上から下に、滑り降りているんだと思うけど」
「は?」
「時々バグを起こすらしいから。異空間に飛んでなきゃいいけどね。やーだ、冗談よ」
固まった生徒の肩をポンと叩き、それからソラは、ふっと艶やかな笑顔になった。
その笑顔に見惚れたように、森の風が一瞬止まった。
「ーーとにかく。ゲームセット。あたしの、勝ち。クラス・ソラの委員長は、ミューゼル・エルノリアに決定!」
思いがけない表情にドギマギする生徒達に、ソラは高らかに宣言した。
第二章 君と一緒に迷路の中 了 〜第三章へ続く!!