第二章 君と一緒に迷路の中(4)
「くそっ、どうして開かないんだ!」
きゃっきゃとなごやかなランチタイムを終えて、(←俺はなごやかじゃないと、誰かの叫びが聞こえる気もするが)、巨大迷路を歩いていたクラス・ソラの一行は、三つ目の行き止まりにぶち当たっていた。
接続部を開口するためのスパナを投げ出したミューゼルは、再び地団太でも踏みそうなほどイライラしていた(←いっそ踏んでしまえば、すっきりするんじゃないだろうか)。
「やっぱり回線の解読がひとつ足りないんだ。畜生、どこに隠れてやがる!」
「各部品のコードは全部解いたんだけどねえ・・・」
クラスメート総動員で、回線電卓を駆使して、こんがらがった部品コードを解読し、接合部をひらこうとするも、撃沈。
「もしかして、これが、開かずの接合部ってやつなんじゃない?」
「だったら、このルートじゃなくて、別の道を行けってことか」
「うえー、それ、かなり遠回りな気がする」
「全体のルートが俯瞰で見れないからねえ、どの道が近道かは分からないけど」
「時間がかかるのは確かだよね。三時までに辿り着けるかなあ」
「・・・・でも。この接合部、存在自体は間違っていない、と思う」
と、クラスメートの一人が呟いた。ミューゼルが眉をしかめる。
「どういう意味だ? 開かずの接続部じゃないかって言いたいのか?」
「うん、だって、試験に出たから」
「は?」
「この接続部の回線、今年の高等部の入学試験にあったと思うの。」
「あ、あーっ、そうか!」
海苔巻きを持ってきた少年、マーカルが、大声を上げた。
「なんか、どっかで見たことあるって、ずっと思ってたんだ! そうだよ、今まで解読してきた接合部の回線、全部、星廻高等部の過去問で見たやつだ!」
「そうなのか?」
「そうなのかって、委員長だって過去問くらいやっただろ」
「やってない。俺が受けたのは大学部の試験だし」
「げ、なんで、委員長、ここにいるの?」
「そんなことは俺が知りたい。それより本当か、この接合部の回線、入学試験に出たやつだって」
ミューゼルが訊くと、マーカルはこくんと頷いて、
「実物見ると、全然イメージ違うけど、そうだよ。うわー、理論と現場って、こんなにギャップあるんだ。この間やったっばかりの試験問題にも気付かないなんて、情けないなあ。そうそう、そうだった。この未完成の回線を完成させ、パスワードを作成せよ、って設問だった。
だから、もしかして、だぞ。俺達でこの未回線を完成させて、パスワード作成して。それを再度解除して、他の部分に繋げたら、ここの接合部、開くんじゃないかなあ」
「・・・なるほど」
ミューゼルは頷いて、
「やってみよう。回答を教えてくれ」
「え、知らない」
「知らないって、試験に出たんだろう?」
「試験に出たけど、解けたとは言ってない! 正直に言うと、解こうともしなかった。だって、あれ、受験生の解く問題じゃないって。本当にあの回線を完成させようと思ったら、星廻の研究室並の設備が必要だし。こんな携帯の回線電卓でこなせる計算量じゃないよ」
マーカルが言うと、クラスメイト達がざわついた。
「ってことは、つまり――お手上げ?」
「え・・・開かずの接合部なら、まだ戻ることが出来るかもしれないけど」
「開けられるものが、開けられない。それって、失格ってこと?」
「・・・冗談じゃない」
と、ミューゼルが目一杯ドスを効かせたつもりの声で、呟いた。
「あの女、俺に入学試験を突き付けて――これが解けないなら、おとなしく学生やってろって言うんだろう。・・・ふざけんな。俺にはそんなヒマ、ねえんだよ」
「あのう、ミューゼル君、もしかして怒ってる?」
「怒ってねえよ。こんな茶番、二度とさせねえって思ってるだけだ。どうして俺が入学試験をパス出来たか、あの女に見せつけてやる。二度と俺に、学生やってろなんて言わせねえからな」
ミューゼルはぶかぶかの制服を腕まくりすると、クラスメイトに振り返った。
「このくらい、大層な設備なんかなくても、大丈夫だ。俺が指揮を執る。計算グループ、四つに分けるぞ。コードナンバーを送るから、結果は片っ端からこっちに戻せ。俺がまとめる」
「ーーそれって、可能、なの?」
「可能にしなきゃ、三時のお茶会に行けないって言うなら、可能にしてやるさ。あんな訳の分からない女に、俺の夢を潰されてたまるか」
「はい、委員長! ついていきます!」
怒りで眼の据わったミューゼルを見て、クラスメート達は声をそろえた。
「だから、委員長じゃねえって言ってるだろ!」
☆
「えー、やだ。ミューゼル、ここの接合部、開けちゃいそう。もう少し手間取ってくれれば、三時のお茶会には間に合わなかったのに。あーあ、鬼みたいな顔でスパナ回して、ミューゼルったら負けず嫌いね」
「ブツブツ言うわりには楽しそうだね、ソラ」
クラス・ソラの映る球体を眺めつつ、教授が言った。
「ふふーん、そういうゾイア君だって楽しそうじゃない」
「まあね。彼等が取り組んでいるのは、私が出した設問だからね。誰も解答を書いてくれなくて、つまらない思いをしていたんだ。やっと解いてくれると思うと嬉しいね」
「へー、そんなに難しい問題だったの?」
「仮にも星廻学園の入試問題だからね。受験生レベルでは解けない問題、研究所で取り組むような問題のひとつくらいは出すよ。あれは一昨年、私の研究所で取り組んでいた案件なんだ」
「ゾイア君、意地悪な顔してるよー。何が目的で、そんな問題出したの」
「解けない時にどうするかを見たかったんだよ」
ゾイア教授は、ふふっと笑った。
「解けない問題だと分かっていても、最後まで粘って取り組む学生はいないかと思ってね。研究者に必要なのは、飽くなき探求心と、執拗さだ。私が試験問題を出す目的は、その二つを持った学生を見つけるためだよ」
「うーん、どっちも、あたしにはないものだなー」
「別にそれが正解というわけじゃないけどね。あくまで私好みの資質だよ」
「で、どう? うちのクラスの子達は、ゾイア君の好みに合いそう?」
「・・・悪くないねえ」
ゾイア教授は目を細めた。
「ミューゼルに助けられてるといえ、あきらめずによくやってる。本気のあの子について行くのは、研究員でもしんどいんだけどね。ぜひ、私の三時のお茶会に来て欲しいね。他の研究室に取られる前にね」
「ゾイア君、今度は悪い顔になってるよ。まるで、それが目的であたしに協力してくれたみたい」
「目的とは?」
「誰も解こうとしない試験問題を、学生に取り組ませるため。つまりこの迷路は、ゾイア君の研究所に相応しい資質を持った学生を見つけるためのものである、なんて」
「ふうん? 君がそう言って、私を口説き落としたんじゃなかったかな。『迷路の課題は好きに出してくれていい、それで学生全体の能力を把握出来たら、研究所にとっても悪いことじゃないと思うなー』って。研究所の人材不足を、私が日々ぼやいているのを、知っている君がね」
「そうだったかなあ。あたし、頭悪いから、すぐ忘れちゃうなー」
ソラは、えへへと笑ってみせた。
ーーさあ、そろそろ本日のクライマックスがやってくる。みんな、目一杯楽しもうよ。三時のお茶にはスイーツが欠かせない。とびきり愉快でワクワクするスイーツを、あたしに見せてちょうだいよ。
ゾイア教授が、ふふんと意味ありげに笑って、ソラを見た。食えない子だね、と言いたげに。