第二章 君と一緒に迷路の中(3)
そして三日後、今度は学園の全生徒が、口を開けて、星廻学園を見上げていた。
「これ・・・もしかして、星廻学園?」
今朝、ホシメグリ・ステーションを降りると、彼らの前にそびえ立ったもの。それは、巨大な星形のカタマリだった。巨大な銀の塔は見慣れているつもりだったけど、それを十倍にしたような大きさが突然現れれば、やはり口を開けてしまう。
銀色に輝くそれは、朝の光を受けてキラキラと輝いていた。生徒達は、そのキラキラに見覚えがあった。多分これは、形を変えた学園だ。誰かが手でぎゅっと押し付けて作ったような銀のカタマリが、更にいくつも集まって、巨大なカタマリなったのだ。だが他の塔のようないびつなシルエットではなく、美しい五角形となったそれは、胸を張るように誇らし気に、荒野にそびえ立っていた。
と、そこまでは推測してみるものの、やはり生徒達は頭を抱えてしまう。そりゃ・・・今までも色々な船の部分がくっついた不思議な塔だなーって思っていたけど。これって、自在に形を変えられるものだったの!? しかもたった一晩で?
「なあ、お前、寮に住んでるんじゃなかったっけ? 昨日の夜、なんかやってるとか、気付かなかったの?」
「し・・・知らねえよ。部屋に窓なんか付いてないし。外の音なんか聞こえないし」
生徒達がざわついてると、
「はーい、みなさん、おはようございまーす!」
能天気な声がして、皆は上を見上げた。声は星形のカタマリから降ってきていた。
・・・誰の声か、名乗らなくても分かる。あの、突拍子もない理事長だ。
「春の大迷路遠足会にようこそー! みんな、ちゃんと来てくれて、嬉しいでーす!」
「だって・・・来なかったら、卒業に必要な単位をやらないって、担任が言ったから」
最上級生の一人がボヤいた。
そう、ソラがミューゼルに仕掛けたゲームは、全校生徒が参加する、初の行事となった。
午後三時までに、ゾイア教授のシュロス・ロゼに、クラス全員で辿り着くこと。
詳しいルールは説明されず、ただ、お弁当とおやつは忘れずに持ってくるようにと、念を押された。
「春の大迷路遠足会って・・・なに、それ」
「っていうか、どういう意味なの? ただ教授の研究室に辿りつけばいいだけの話なんでしょ?」
「そりゃあ、ゾイア教授の研究所は行ってみたいけど」
「でも、行っていいの?」
「学生は研究所エリアに立ち入り禁止のはずだけど」
「はーい、では、ルールを説明しまーす!」
ざわつく生徒達を前に、ソラは叫んだ。
「と言っても、話は簡単。巨大な迷路を抜けて、ゾイア君の研究所に最初に辿り着いたクラスが、優勝です。優勝したクラスには、理事長へのリクエスト権が与えれます。つまり、何でも好きなことを、あたしにおねだりしてかまいません。ただし、タイムリミットはお茶の時間、つまり午後三時だってことを忘れないでね」
生徒達は戸惑うように、顔を見合わせた。
ーー好きなことをリクエストしていい。それって、本当に何でもいいのかな。今後一切テストはしないとか。まさかね。でも、もしかしてこの理事長なら、あっけらかんと、いいよー、なんて笑うかもしれない。・・・もし、そうなったら? たった一日でいい。勉強なんか忘れて遊べたら? っていうか、あれ、もしかして、今日って、遠足なんだから。勉強なんかしなくていいのかな。そうだよね、だって、今日は授業ない、もんね。
ソラの愉快そうな声が、また上から降ってくる。
「巨大な迷路っていうのは、あなた達の目の前にある、この星形の塔のことです。さあ、今日の学園は、昨日までの学園とは、まったく違うわよ。ボーッとしてたら、目的地には辿りつけないから、そのつもりで。辿り着くまでは、下から上に落ちたりすることもあるから、気をつけてね。ではまず、入り口を出しましょうか」
ソラがぱちんと指を鳴らす気配がした。と、黒の螺旋階段が、ズズッと鈍い音を立てて、巨大な星のあちこちから地上へ降りてきた。それぞれの手すりには、担任の名前を冠したクラス名が刻印されている。
「ゾイア君の研究所は、今あたしがいる、星の天辺にあります。みんなは、自分のクラス名が刻印された階段から入ってね。あと、ただゴールを目指して歩くだけじゃ退屈だと思って、楽しい仕掛けを作りました」
ーーたのしい、しかけ?
ソラの嬉しそうな声は、生徒達の不安を妙に煽った。
「そう。この学園が色んな船の寄せ集めってことは、みんな知ってるわよね。普段はそれぞれの接合部はオープンにされていて、自由に行き来できるわね。でも、今日はその接合部ぜーんぶ閉じちゃいました」
「・・・・は?」
「接合部の回線を解読してひらかないと、先には一歩も進めません。入学の時に配られた回線電卓はみんなの学生証にインストールされてるでしょ? 解読にはそれを使ってね。螺旋階段の上には、宇宙船用工具一式を詰めた道具袋を置いたから、手分けして持ってね。それから、中には開かずの扉ならぬ、開かずの接合部もあるから、その場合は戻って違うルートにトライしてね」
「ちょ・・・っと、待った、そんな!」
「だーいじょうぶ、みんなで力を合わせれば、どうにかなります!」
ソラは言い切ると、満足そうに声を張り上げた。
「さあ、では、新理事長・夢木ソラ就任記念、春の大迷路遠足会を始めましょう。先生達の汗と涙の結晶の、ホシメグリ巨大迷路へようこそ!!」
⭐︎
「え・・・それで、どうしよう」
「どうしようも、こうしようも・・・まずは入口を探さないと」
「ああ、あった! クラス・レージー。うちの担任の名前だ」
こわごわと、しかし進まなきゃどうにもならないものだから。
生徒達は、それぞれのクラス名が刻まれた螺旋階段を上って、星型の学園の中へ入り始めた。
「・・・それで・・・やっぱり、俺達も行くんだよ、なあ?」
「どうして俺に確認するんだよ」
話しかけてきたクラスメートに、ミューゼルはイライラと答えた。
「だって、委員長だから」
「誰が!」
「ミューゼル君が。理事長がそう決めたじゃない」
気が付けば、ソラのクラスは、なんとなくミューゼルを中心に集まっていた。
ミューゼルは、きーっと叫びだしたい気持ちになって、
「俺は委員長じゃない! それは、この賭けに負けたらの話だろ!」
「でも、君は、教授の研究室へのルート解除が出来るんだろ?」
「ああ、教授がルートの途中に仕掛けた問題に答えられれば、研究室に行けるんだ」
「どんな問題が出るの?」
「大学部の入学試験問題」
「それって、まさか、星廻の大学部のこと、言ってる?」
「正解。回答率1%以下だった設問だけが選ばれてる」
「そんなもの、解けない!! やっぱり、委員長についてく!!」
「だから、俺は委員長じゃないっ。人のこと当てにするな。それに今回は、学生相手の試験問題を解けばOK、なんてわけにいかないぞ」
ミューゼルは、しがみついてくるクラスメイトの腕を振り払いながら、言った。
「・・・え、だって」
「あのな。お前らだって、聞いてただろう。接続部の回線を解読しろって。そんなこと、普通は誰がする仕事か分かるか。そうとも、宇宙船を作ったり、実際に乗っているエンジニアが、現場でする仕事だ。入試問題を解く知識だけじゃ、ダメだ。知識を応用出来る力がないと、出来ない仕事なんだよ。・・・あの女、俺の専門が回線工学だって知ってる上で、こんな迷路作りやがったな。・・・なめやがって」
ミューゼルは怒りに燃えて、頬を赤くした。感情を剥き出しにした彼は、いつもよりずっと十二歳らしく見えた。
「そうだ、君、噂の天才少年だった! 君についていけば、どうにかなりそう!」
「だから、俺にしがみつくな!! ・・・あー、もう、とにかく! こんなとこで時間を潰してる場合じゃない。二手に分かれて、まずは、うちのクラスの階段を探せ!」
「了解、委員長!」
「誰が委員長だ!!」
と、言い返すものの。
巨大迷路を何が何でもクリアしたいミューゼルは渋々と、
「とにかく行くぞ、ついてこい」
クラス・ソラの刻印がされた螺旋階段の前、リーダーらしく振る舞うしかないのだった・・・。
⭐︎
「ねー、見て、ユキハラ。ミューゼルがクラスの先頭切って歩いてるよ。ヒュー、カッコイイ〜! もう立派に委員長じゃな〜い。でも、先生達が作った、汗と涙の結晶の巨大迷路は、そう容易くは抜け出せないよ。ね、ユキハラ!」
「言葉は正しく使って下さい。これは、先生達とユキハラの、汗と涙の結晶の巨大迷路です」
ユキヒラが、寝不足で血走った目で、ソラを睨んだ。
場所は、ゾイア教授の研究室。ロマンティックな古城のイメージに違わず、銀細工や鏡にあふれた豪奢な城内、そのうちの広い一室に、ソラ、ユキハラ、ゾイア教授、先生達は集まって、宙に浮かぶ水晶玉を見ていた。玉はいくつもあり、それぞれに各クラスの様子が映っている。
ユキヒラは、ウキウキと水晶玉を見上げるソラに言い聞かせるように、
「忘れないで下さいね。今回の行事のために、事務的な手続きをしたのは、すべて私なんですよ。私がいなければ、こんな巨大迷路は作れなかったんですよ」
「うんうん、ありがと」
「大体ですね、あなたの考えることは滅茶苦茶です。星廻の構造変更なんて、どうやったら思いつくんですか。しかも、設計にかけられる時間は、たったの二日。星廻の先生達と、ゾイア教授まで巻き込んで、ほぼ徹夜で設計図をひいたんですよ。そして実際の組み替えは、たったの一晩! 星廻は、あらゆる船のパーツが集合して出来ているんですからね。パーツとはいえ船なんですから、動かすにはパイロットが必要なんです。たった一晩で組み替えるために、何人のパイロットを集めなくてはいけなかったと思っているんですか。その手配したのは私、このユキヒラですからね!」
「うん、すごーい」
「それだけじゃないですよ。星廻の各研究室に移動のお知らせを回し、協力を願いに走り回ったのは、わたし。生徒に配るメッセージを作成・送信したのも、わたし。そりゃあ、私は、先生達や教授みたいに、宇宙工学の知識はありませんけどね。一番地味で、一番忙しい仕事をしたのは、このわたし、ユキヒラなんです。だからですね、理事長、ちょっと聞いてますか、理事長!」
いつの間にか、他の先生の水晶玉をのぞき込んでいるソラに、ユキヒラはきーっと叫んだ。
ゾイア教授が微笑んで、赤い目をしたユキヒラの肩を叩く。
「あのね、ユキヒラ君。あの子を相手に仕事するなら、肩の力を抜かないとやっていけないよ。父親と同じで、真面目な話なんて半分聞いたら飽きるような子なんだから」
「だからってですね、教授」
「わー、待った、どうしてそっちに行くんだっ!」
ユキハラが反論しようとした時、先生の一人が水晶玉を見て叫んだ。一緒にのぞき込んでいたソラが尋ねる。
「どーしたの、レーカ先生」
「どーしたも、こーしたも! うちのクラスの生徒ときたら、どうしてこのタイプの接続部に、見覚えがないなんて言うんだ。嘘だろう。こんな基礎の基礎、一年生ならいざ知らず、最上級生が解けないなんて。必修で、僕がちゃんと教えてじゃないか! ・・・ああああ、ばか、あきらめるな! そこから、先に通じる通路が開くんだぞ。そこは開かずの回線なんかじゃない。戻ってどうする〜ッ!」
ソラはふむふむと頷いて、
「あー、なんか、あせって、うまく行ってないクラス、多いですねえ。やっぱ現場では、経験が物を言うのかな。ほら、あっち。一年生の子だけど、接合部の扉、上手に開けてますよ。え、なに? お母さんがエンジニアで、小さい時から現場の作業を手伝ってきた? なるほどねぇ」
「・・・そんな。新入生に先を越されるなんて。僕の予定では、僕のクラスが一番先にここに着いて、まだ技術の足りない下級生の助けに行かせるつもりだったのに。これじゃあ、逆になってしまう。・・・あー、もう、見てられない! 僕、ワープ・ボールを使います!」
レーカ先生と呼ばれた中年の先生は、ジャケットの内側から、赤いボールを取り出した。
ソラが、目を丸くする。
「あれ、レーカ先生。もう使うんですか? ワープ・ボールは一回しか使えませんよ。生徒達の手助けを出来るのは、一度だけですからね」
「かまいません、理論を現場で使う方法を、伝授してきます!」
レーカ先生は、自分のクラスが映っている水晶玉に、赤いボールを投げつけた。
と、先生の姿は、赤い煙を残して研究所から消え、迷路で彷徨う生徒達の前に現れた。
「・・・え? レーカ先生? なんでここに?」
「なんでも、かんでもあるか! 君達は何のために僕の授業を受けてきたんだ!」
「なんでって・・・必須単位だから」
「ふーざーけーるーなー。嘘でもいいから、宇宙工学のスペシャリストになるためと言えないのかっ」
「それは、そうなるため、ではあるけど」
「だったら、理論を現場で使え! 現場で棒立ちになるスペシャリストなんて、どこの企業が雇ってくれるんだ。こんな初歩の構造の回線ひとつ解読出来ないなんて、どういうことだ。よく見ろ、まずこのボルトを回して、中の基盤構造を確認する。ほら、スパナ、出して。用意された道具袋の中に入ってただろ」
「先生、スパナって、どれですか?」
「そこからかーっ!?」
水晶玉に映る、レーカ先生と生徒達の様子を見て、ソラはお腹を抱えて笑った。ゾイア教授の肩をぱしぱし叩きながら、
「やだー、おかしい。星廻の生徒が、スパナも使えないなんて。これじゃあ、ちょっとした船の故障も直せないよねえ。ってか、棚の不具合ひとつ直せないじゃん」
「太陽系で生まれ育てば、そんなものだよ。この学園には、他の星系に行ったことのない子が多いんだ。見知らぬ星で、自分の手を使わなければ生きていけない、なんて経験をしたことがないんだよ」
「あたし、簡易キットの家なら組み立て出来るよ。金槌、使えるんだ」
ソラが自慢そうに小鼻を膨らませた。他の先生達は、不安そうに顔を見合わせた。
――簡易キットの家と、宇宙工学を比べて欲しくない。・・・けれど。スパナも使えない生徒より、金槌を使えると自慢する理事長の方が、あきらかに生命力が強そうだ。この理事長なら、どこの星に行っても、明るく生きていくだろう。それに引き換え、太陽系なんて都会育ちの、理論だけはしこたま詰め込んだ、なんだか覇気のないうちの生徒・・・いざ現場に出た時、ちゃんとやっていけるんだろうか。なんだか私達、大事なことを教えることを忘れていないだろうか。
「あの、わたし、ボール使います」
「あ、僕も」
「あたしも。ああ、こんなことなら、愛用の工具一式、用意しておけば良かった!」
「でも、とりあえず、行きます!」
あれよあれよという間に、先生達は生徒の元へ飛んで行った。
☆
一方、ミューゼル率いる(別に率いりたくはないんだろうが)、クラス・ソラの生徒達は、というと。
「ねえ、ちょっと、休憩しない?」
一人が廊下にぺたっと座り込んで、言った。
「もうずっと歩きっぱなしで疲れちゃった。あたし、体力ないのよ」
「え、大丈夫? あたし、チョコレート持ってるけど、食べる?」
「うれしい! 疲れた時は甘いものに限るよね。まさか本当に必要になると思わなかったから、おやつなんて持ってこなかったの」
「・・・・おい」
「あたし、フルーツ持ってるよ。火星産の甘いレモン、かじらない?」
「僕、スナック菓子持ってきたんだ。交換しようよ」
「やだあ、おやつの交換なんて、本当に遠足みたい」
生徒達はきゃっきゃとはしゃぐと、おやつを広げだした。
「あー、もう、十一時か。ちょっと早いけど、昼飯も食べちゃう?」
「俺、海苔巻き、持ってきたよ。たくさんあるから、みんなも食べて」
「すごい! こんなにたくさん誰が作ってくれたの?」
「自分で作ったんだ。俺、料理好きなんだよ」
「・・・・おい」
「うっそ、おいしい! 本当に自分で作ったの? アンドロイドじゃなくて?」
「味もいいけど、見た目も綺麗。断面がお花模様になってる。可愛い〜」
「お前、プロだな、店ひらけよ」
「いや、そんな、このくらいでー。あ、委員長も、良かったら、ひとつどうだ?」
「・・・・おい」
「でもさあ、俺ちょっと安心したよ。ここに来るまでは、俺、すっごくピリピリしてたからさ」
海苔巻きを作ってきた子が、ふーっと溜息をついた。
「星廻に入るために必死に勉強してきたけど、これからはもっと勉強しなきゃいけなんだろうなって思ってたからさ。俺なんかギリギリで入学したのに、授業についていけるか心配で。正直、入学式の前日眠れなかった」
「僕も。友達とも遊ばないで、勉強、勉強。いつになったら一息つけるんだろうって、うんざりしてた」
「ねえ、学校の遠足とか、修学旅行なんて行かなくていい、休んで勉強しろって、親に言われたことない?」
「言われたし、そうした! あたし、学校の友達と遊んだことない。だから遠足って聞いた時は、ホントは、ちょっとワクワクしてた」
「・・・・おい」
「学校から、しかも理事長から言われたんだからって、親の前で、堂々とおやつの準備してやった! 止められないの分かってたからね。行かなきゃ留年だもん」
「そうそう、快感だったー! あの理事長何考えてるんだか、よく分からないけど、なんか面白いよね」
「・・・なあ、おい」
「まさか、学園で遊べると思わなかった。この先何をやってくれるのか、ちょっとワクワクするよね」
「ねー、ホントに!」
クラス・ソラの生徒達は、入学式の覇気のない顔とは違う、海苔巻きが転がってもおかしいといった様子で、笑い合った。
「・・・なあ、おい、だから、お前ら、一体何やってんだ!!」
ちょいちょいと、『おい』って口を挟んではみるものの、綺麗にスルーされてしまったミューゼルが、イラっとして叫んだ。クラスメート達はきょとんとして、
「おやつ交換、とか」
「海苔巻き食べたり」
「雑談したり」
「してるけど?」
「してるけどじゃ、ねえよっ!」
ミューゼルが、今にも地団太を踏みそうな勢いで言った。
「俺はこんなくだらない遠足、早く終わらせたいんだよ。だから、先頭切って、接続部を解除しまくってるのに、なんで、せっかく稼いだ時間を、おやつ交換だの、海苔巻きだのに、奪われなきゃいけなんだっ!」
「だって、疲れたし、おなかすいたし。委員長だって、そうでしょ?」
「俺は、腹が立って、腹が減るどころじゃねえよっ」
なんて言った瞬間、ミューゼルのお腹が見事に鳴った。ミューゼルは真っ赤になり、クラスメートは大爆笑した。
「仕方ないよねぇ。たくさん歩いてお腹空いたんだもん。ほら、あたしの自慢のから揚げ、分けてあげる」
「ねえ、ずっと気になっていたんだけど、ミューゼル君、カバンの中に工具しか入れてないでしょ。おやつどころか、水筒も持ってきてないんじゃない? ダメだよー、飲まず食わずなんて」
「ほら、遠慮するなって。隣、座れよ」
「うっさい、かまうな! とにかくさっさと片づけて、先を急ぐ――う」
「はは、また腹鳴ってるぞ。真っ赤な顔で怒るなよ、かわいいなあ。お前、うちの一番下の弟と同じだもんな。そりゃ、まだかわいい年ごろか。まあ、いいから座れって」
クラスで一番体の大きい生徒が、にこにこと、しかしがっちりとミューゼルの肩を掴んで、自分の隣に座らせた。
「ついでだから、自己紹介なんてしようか。俺は、マーカル・イーズ。十八歳だ。三回受けてやっと入学出来たんだ。趣味はさっきも言ったけど、料理ね」
「あたし、モリス・カナキ。月から通ってるのよ。でもこんな風に楽しくやっていけそうなら、寮に入ろうかなあって思ってる」
「僕はセナオリダール・ペルトネン。地球生まれ、地球育ち。君は?」
にぎやかに自己紹介が始まる中、仏頂面のミューゼルは、差し出された食べ物を口に運んだ。
彼は、とにかく早くこの遠足を終わらせたいはずだった、だけど。
海苔巻きも、から揚げも、火星産の甘いレモンも。虹色のグミも、舌がピンクに染まるチョコレートも。
クラスメートに差し出されるものすべてが、なぜだか妙に美味しくて。
ちょっとだけ寄り道してもいい気分に・・・なってしまったのだった。