第一章 森の妖精と、薔薇の城(1)
「うーん、ここがホシメグリ・・・星廻、かあ」
その日。ピューと風の吹き荒ぶ、地球の、とある荒野の、ど真ん中で。
何の因果か、星廻学園理事長になってしまった夢木ソラ(21)は、呟いた。
縦横無尽にそびえ立つ、銀のカタマリの群れ。その正体は、宇宙船らしい。ただし、一隻の宇宙船ではなく、どこぞの船のエンジンルーム、どこぞの船の操舵室、どこぞの通信室、果ては小型探査機だの、惑星間移動のミニバイクだのが、どうやったら繋がるのかまったく謎のくっつき方ーーまるで手のひらでぎゅっと寄せ集めたような感じで、ひとつになっているものだ。船の外壁は大体が銀色なので、結果、巨大な銀のカタマリ達が、実に適当な感覚で、荒野にそびえ立つことになったのだ。
それらは、この荒野の何処まで存在しているのか、ソラのいる場所からはまったく分からない。が、その数が500を下ることはないのだと、聞いた。
そしてこのカタマリの群れ、実は半分が、学園なのである。地球の北半球にある、私立星廻学園。太陽系では名の知れた名門校で、生徒の数は、高等部、大学部を合わせて、約千人。残り半分は、夢木グループ自慢の研究所で、このカタマリの何処かに潜んでおり、研究員の数はもまた千人は下らないーーという、自分には一生縁がないであろうと思っていた場所を、ソラは今、見渡している。
学園は、最寄りのホシメグリ・ステーションから、徒歩五分。今日は日曜日だからか、降りる人は、ソラしかいなかった。一般の人は、ショッピングセンターの一つもないこの場所に用はないだろう。
しかし、ゾイア君に指定された建物は何処にあるんだーーと、ソラがキョロキョロした途端、一週間前母に渡されたブレスレットから、道案内のメッセージが流れ出した。
ーーはいはい、こっちね。で、このまま行くと・・・あれ、もう着いた。よかったー、ステーションの近くにあって。この荒野を延々と歩かなきゃいけないのかと思ったよぉ。でも。
「でも・・・何処が入口なんだろう」
強風に自慢の黒髪を乱されつつ、ソラは呟いた。指定されたカタマリーー塔No.55に扉はいくつかあるけれど、『鍵穴のある扉』は、ない。というか、そんなもの宇宙船にあるのかと、右手の中の鍵を見る。
少し錆びついた、小さな鍵。ゾイア君が送ってきたもの。
『この鍵を使えば、僕の研究所に来るのは簡単だから』
画面の向こうから、いつものように、気取ってウインクをしてみせたけど。
ーーゾイア君はあれでも、星廻では教授で、回線工学では名の知れた人物なんだよね。守らなきゃいけないデータもたくさんあるだろうに、こんな鍵ひとつで研究所に辿り着けていいのだろーか。セキュリティ、やばくない?
ソラは首をかしげた。
もっとも、この鍵で開く扉があればの話だけど・・・。
「一体どうやって、中に入れっていうのよねえ」
軽く唇を尖らせて、ソラは、錆びた鍵で、目の前の扉を突いた。と、
「わ、わ、なにっ!?」
急に足元が緑の光に包まれて、逃げる間も無く、ソラの全身は光の中に飲み込まれた。そして。
「う、わーおっ・・・!!」
巨大な滑り台を一気に滑り落ちる感覚。なのに、体は上へ向かっていく。
どんどん加速して、上へ、上へ、落ちていく。落ちながら、ソラは確信した。
ーーああ、もう、これは絶対、ゾイア君が趣味で作ったルートだ。紅茶片手に、宇宙公式で遊んでいたら、出来ちゃったヤツ。ママが嘆くところの、才能の無駄遣いってやつだ。
そう確信しながら滑り降りて、いや、滑り登って(↑)、ソラはふいに、外へ放り出された。
「いたた・・・もう乱暴な・・・」
ぶつぶつ言いながら立ち上がったソラは、だがあたりを見回して、文句を飲み込んだ。小さく口笛を吹く。
へえ・・・綺麗。
そこは、淡い緑が生い茂る、森の中だった。日差しが優しく降り注ぎ、あちこちで小さな花が群れになって揺れている。そして、白い薔薇に囲まれた城があった。
「え・・・城?」
ーーなんか、百年も前からそこに在るような顔して佇んでるけど、なんで、学園の中に城があるの? もしかしてあの城が、研究所? でも研究所が城である必要って・・・あるの?
ソラは、しばし考え込んだ。
ーー確かに、ゾイア君は、お茶でも飲みにおいでって、画面の向こうで言っていた。それってつまり、王子様ごっこでもしたかったって、ことかしら?? まさかとは思うけど、ゾイア君、変り者だからな。相手のお姫様が欲しくて、あたしを呼んだなんてことは・・・フツーにあり得る。もしや王子様ごっこのためだけに、この森と城を作ったんだろうか。まさか、そこまでは・・・ありえるなあ、ゾイア君なら。
あれこれ考えつつ、城に向かって歩いくと、
「・・・・」
押し殺したような泣き声がして、ソラは足を止めた。多分まだ子供の声だ。なんとなく、その声の持ち主を探して、森の深い所へ足を進めた。
そして。
「・・・わぁ」
その子供を見つけた時、ソラは思わず声を出した。
だって、なんてーーきれいな子なんだろう。
十二歳か、そこらの男の子。豊かに茂った樹の下に佇んで、さらさらの茶色の髪が、森の風に揺れていた。
薄い青の瞳が涙で濡れ、小さな肩が震えるのを必死で堪えようして・・・堪えられていなかった。ぎゅっと握りしめた小さな拳がひどく痛々しい。柔らかそうな赤い唇を、きつく噛んでいた。
男の子は、やけにぶかぶかの白衣を身に纏っていた。そんな現実的なものを身に着けているくせに、彼はまるで、森に住む、孤独で小さな妖精みたいに、ソラには見えた。
「ね、きみ・・・だいじょうぶ?」
怖がらせないように、そっと近づいたつもりだった。
けれど、森の妖精――とソラは思った――は、はっと顔を上げると、威嚇するようにソラをにらんだ。
そして、白衣のすそを鮮やかに翻すと、森の奥深くへ、あっという間に消えてしまった。
「・・・さて。ここは本当に、現実の世界なのかしら?」
取り残されたソラは、腕組をして、首をかしげた。