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それぞれの思い 水族館(2)

 一方、紫音しおん鈴子すずこは他の魚などには目もくれず、真っ直ぐにペンギンブースの前まで来ていた。ここの水族館は、特別ペンギンを推しているわけでもないのに、ブースの前にイスが備え付けられゆっくりと見れるようになっているのだ。

 紫音はペンギンが好きだ。そのことは鈴子も愛海まなみも知っている。ここに来るとブースの前のイスに座って、ずうっと眺めている。今日は鈴子が率先して連れてきた。並んで空いているところに座る。

 「長屋ながや、あの二人をくっつける気なのか?」

 愛海と海人かいとを置いてきた現状からして、そう考えるのは妥当と言える。だが、鈴子は素っ気なく答えた。

 「あれはまぁ、ついでよ」

 「ついで、か・・・。じゃあ俺に何かあるわけ?」

 ついでのおかげで二人がどうなっているかなど、鈴子は気にもしていないようだ。また紫音の目の下の傷跡に指を当てる。

 「心配いらない」

 紫音はそっと鈴子の手をどけた。

 「ホーリーナイトは顔も大事だし」

 「興味がないならやめちまえとか言ってなかったっけ」

 「そんなこと言った?」

 鈴子はとぼけている。いつもどおりに接する裏で、本当はすごく心配していた。紫音が傷をつけてくるのはこれが初めてではない。でも、顔の見えるところにというのは初めてのことだった。

 「お兄さん、荒れてるの?」

 「いつものことだ。顔を怪我したのは事故だよ。鏡の破片が当たったんだ」

 事故だと言うが、一歩間違えば失明する可能性もあったのだ。そんな簡単に流してしまってはいけない。

 「でもその鏡を割ったのはお兄さんでしょ」

 「悪気があったわけじゃない」

 「なんでそんな風に言い切れるの?これで何度目だと思ってるのよ」

 鈴子は紫音と隆司たかしの関係に恐怖を感じずにはいられない。紫音と隆司は一つしか年の違わない兄弟だが、兄の隆司は紫音を異常なまでに束縛している。自由が許されないうえに不満のはけ口にまでされているなんて、鈴子が放っておける範囲を越えている。

 「隆司は情緒不安定なんだ」

 「それで納得しちゃうわけ?兄弟だからってそんな簡単に受け入れちゃうの?私、これでもかなり心配してるんだけど」

 「わかってるよ。俺だって何をされても平気ってわけじゃない。顔だって大事にしようとは思ってるけど、今回のは本当に事故だったんだ。隆司も反省してる」

 鈴子はまだ納得していない。芸能界は大変なところなんだろうが、だからって紫音がこんな目に合うのは間違っている。

 「こんなことが、このままずっと続くの?もし今よりエスカレートしたら、紫音めちゃくちゃにされちゃうかもよ」

 「長屋、そんなに心配してくれてるの?」

 「当たり前でしょ」

 「でも好きになったりはしないんだ」

 「当たり前でしょ・・・。私は青野あおの先生一筋なんだから」

 青野というのは聖ヶ丘高校の化学の教師だ。見た目も雰囲気もぱっとしない感じで、年こそ若いが化学にしか興味のなさそうな男である。そんな青野のどこがいいのか、鈴子は猛烈な片思いの真っ最中だ。

 「お前といい宮村みやむらといい、本当に変な奴らだな。おかげで安心して一緒にいられる」

 「それ褒めてんの?」

 紫音はふわりと笑った。こういう笑い方をされると目が放せなくなってしまう。いつも見慣れている紫音だが、本当にかっこいいと思ってしまう。テレビで爽やかな笑顔をふりまいているつかさより、ずっとかっこいい。

 だが、これがいけないのだ。紫音は司より目立ってもかっこよくてもいけない。隆司が司として活躍している以上、紫音は彼の影に居続けなければならないのだ。

 「ある意味褒めてる」

 愛海も鈴子もホーリーナイトに囲まれながら、全く自分を飾ろうとしない。外見に惑わされることもなく、相手の心をつかもうと接してくる。そんな二人だからこそ、紫音は一緒にいることができる。自然で落ち着ける。それだけでなく、隆司が仮に何かしてこようとも、二人ならきっと大丈夫だと思えるのだ。

 「なぁ、長屋はなんで青野がそんなにいいんだ?」

 「そう聞かれても・・・なんでかなぁ?」

 「まさか顔じゃないよな」

 「許容範囲ではあるけど・・・」

 「優しくされたことがあるとか」

 「いつも冷たく追い払われてる感じ・・・」

 「お前それ、どこに好きになる要素があるんだよ」

 真剣に考えていた鈴子だったが、一向に答えが出てこないので途中でやめた。

 「あぁ、もうっ。よくわかんないけどさ、青野先生はきっと凄い人なのよ。まだ誰にも気付かれてない凄い部分を感じるのよ。それを私が引き出してやろうと思って、とにかく夢中なの」

 (それって、恋っていうのか・・・?)

 これ以上の疑問を口にするのはやめた。青野のことで喜んだり悲しんだりしている鈴子は輝いている。理由がどうであれ、鈴子がいいならそれでいいのだ。

 「長屋はペンギンと同じだな」

 「それは褒めてるのよね?」

 「ある意味では。ペンギンは自分たちを可愛く見せようとか、人気者になろうとか計算してるわけじゃない。水族館のペンギンはどうかわからないが、南極のペンギンは少なくとも生きるのに必死だ。ただ全力で生きているだけなのに、その姿は愛らしく魅力的で人を虜にする。周りばかり気にして飾り立てている奴には、ペンギンのような本来の魅力は生まれない」

 「さすがペンギン大好き男・・・。極上の褒め言葉をありがとう」

 鈴子は少し照れながら、改めてペンギンを眺めた。

 歪んだ心を何枚もの衣装といくつものアクセサリーで包み隠し、好青年を演じ続ける司。彼の本来の魅力は紫音の心の中にしか表れない。

  

  

 その頃愛海と海人はイルカの水槽まで来ていた。

 イルカの水槽は、ショーが行われるプールの裏手にあり、ショーの時間以外はいつでもイルカを見ることができる。

 「やっぱりイルカは人気者だねぇ」

 賢くて、人懐っこくて、可愛くて、それでいてショーとなればかっこよく技を決める。人気者になる要素をこれでもかというくらい持った生き物だ。

 「ホーリーナイトと一緒だね。可愛くてかっこいい」

 「愛海先輩はイルカは好き?」

 「もちろん好きだよ」

 「じゃあホーリーナイトは?」

 「あのねぇ・・・。一緒って言ったのはそういうことじゃないんだけど・・・」

 愛海は呆れ顔で水槽に視線を戻した。

 イルカは好きだ。ホーリーナイトだって、好きか嫌いかでいったら好きだ。でも海人が聞いているのはそういう好きではない。

 ふと、水槽の中の岩壁に張りついているヒトデに目がいった。イルカ以外の魚は泳いでいないが、小さなヒトデや貝、海藻などは岩場にいくつか見える。

 「もしイルカが海人なら、私はあそこのヒトデだな」

 「どれ?あのちっちゃいやつ?」

 「そう。人気者のイルカと目にも留めてもらえないヒトデ。海人は学校中の人気者で、私はただの生徒の一人」

 水槽の中のイルカは同じ世界にいるヒトデに気付いているだろうか。景色の一部くらいにしか思われていないかもしれない。

 「ねぇ、海人。イルカとヒトデは恋に落ちないと思わない?」

 「そんなことないよ。俺は恋してるし、ちゃんと見てる」

 「でも誰も認めないよ。イルカとヒトデのカップルなんて、不釣り合いにも程がある」

 「じゃあイルカはヒトデを好きになっちゃいけないの?そんなこと誰が決めるの。俺が誰を好きになるかは周りが決めることじゃないよ」

 「ちょっと待って。この時点で私はヒトデで決まりなのね」

 「えっ、あ、違います。愛海先輩はウサギのように可愛らしくて・・・・」

 (海の生物じゃなくなっちゃってるよ)

 急なことにあたふたしている海人をとりあえず落ち着ける。

 「冗談だから、落ち着いて。それに私、ヒトデってべつに嫌いじゃないし」

 「俺も好きです。イルカもヒトデも。愛海先輩のことはもっと好きです」

 大好物のように言われて複雑な気持ちだ。

 「海人の気持ちはうれしいよ。でも現実を考えて。イルカとヒトデ、海人と私、恋していたとしても周りはたぶん認めない。いつかは引き裂かれてしまう」

 「そんなことさせないよ」

 海人は本当に一途だ。愛海にはその気持ちが眩しすぎて痛い。

 (海人とつき合うってことは、ヒトデがイルカになるってことだ。そんなこと・・・・)

 できるとは思えない。

 「海人は自分のことを全然わかってないよ。周りからどんな目で見られてるか、自分の立ってる場所はどこなのか、ちゃんとわかってる?」

 「わかってるよ。でも俺が望んだわけじゃない。俺は愛海先輩のために努力はしたけど、人気者になるための努力はしてない」

 「でも結果的に人気者になっちゃったじゃない。海人が海人である以上、それは変わらないの。ごめん、私変なこと言ってる。でもそのままでいてほしい。そのままで・・・・」

 (私がいつか追い付くその日まで、そのままでいてほしい)

 「大丈夫だよ。俺は何も変わらない。愛海先輩への気持ちも変わらない。世の中に絶対はないけど、俺の気持ちは絶対って言っていいと思うよ」

 「なにそれ、矛盾してる」

 「愛海先輩だって人のこと言えないでしょ」

 二人で笑い合った。

 「ねぇ、愛海先輩」

 「なに?」

 「触れちゃダメ?」

 「はぁ?」

 また甘えているのかと海人を見ると、恥ずかしそうに顔を赤らめている。いけないと思いながらも心が揺れた。

 「少しなら、いいよ」

 海人はいつものように飛び付いてこない。そっと手を伸ばすと、壊れやすいものでも扱うかのように愛海の頬をふわりと包んだ。

 真っ直ぐに見つめられて身動きがとれない。緊張の糸が二人の心と心の間にピンと張られている。この糸を断ち切って思うままに身を委ねるには、考えなければならないことが多すぎる。今はまだこの距離を崩せない。

 「ごめんね、海人」

 愛海は海人の手を優しく外した。

 「さ、ペンギンのところに行こうか」

 「ペンギン?」

 「そこに鈴ちゃんたちがいるよ、きっと」

 そして四人はペンギンブースの前で再び集まった。

 なにが変わったわけでもないけれど、それぞれの思いを整理するために、このデートは必要だったのかもしれない。


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