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23.過去と現在と

 「海人かいと先輩」

 「海人先輩っ」

 「海人せぇんぱい」

 毎日のように名を呼ばれ、海人は正直困っていた。冷たくあしらうこともできず、かといって親しく接しているところを愛海まなみに見られるのも困る。

 そんな海人の苦悩をお構いなしに満月みつきはしつこく寄ってくる。

 「なぁ、お前ってそんなしつこいタイプだったっけ」

 「どうですかね。あの頃はいろいろ隠してたこともあったから」

 (今も隠しといてくれるとありがたいんだけど)

 満月が寄ってくるようになってから愛海と会う時間が減ってしまった。このままではまずい。そう思うばかりで中途半端なままだ。

 「海人先輩、迷惑ですよね。それはわかってるつもりなんですけど」

 「いや、迷惑っていうか・・・。俺には何もできないんだ。だからどうしていいかわからなくて」

 「私もどうしていいかわからないんです。ただ、私のことをなかったことにしないでほしくて」

 「なかったことには・・・できないよ」

 目を伏せる海人を見て、満月は胸が痛む。海人はなかったことにしたがっている。でもできない。そういうことだ。

 中学時代、離ればなれになってもなお愛海を想い続ける海人の元へ満月は現れた。なまいきで少しませた年下の少女は、果敢かかんに海人を誘惑してみせた。

  

  

 「会うことも触れることもない人のことをずっと好きでいるなんて、すごいですね」

 「俺は必ず会いに行く。あの人は俺の全てだから」

 「数年分の想いをぶつけて、受け入れてもらえなかったらどうするんですか」

 「その時はその時だよ。でも簡単にはあきらめないけど」

 「強がってるけど、本当は辛いんじゃないですか?離れたこと、実は少し後悔してたり・・・」

 海人は心の内を見透かされたような気になる。不安がないなんて嘘だ。もしこうだったらという、ありもしない仮説に悩まされているのも事実だ。

 「今こうしてる間にも、その人は別の誰かと一緒にいるかもしれない」

 「それはそうかもしれないけど・・・・」

 「海人先輩が会う頃には、その人は変わってしまってるかもしれませんよ」

 「変わっててもいいよ」

 「大人の女性になってても?」

 「それ、どういう意味?」

 満月は意地悪く笑う。愛海のために様々な努力を重ねていながら、まったく見ていなかった部分。

 「海人先輩、私と疑似恋愛しませんか」

 「は?」

 「その人のこと好きなままでいいです。だから私と、恋人同士を演じてください。海人先輩、一途ですごいとは思うけど、正直恋愛にはうとそうだし。その人とつき合えたときの練習だと思って、私と形だけの恋人になりましょ」

 もちろん海人は断った。だが、その後何度か押され、最終的には満月の言葉にのってしまったのだ。

  

  

 「バカだね、本当」

 鈴子すずこの言うとおりだと思う。海人は二人の前でしゅんとなる。

 あれだけまとわりつかれて鈴子にばれないわけがない。海人は真相を確かめるためにと、鈴子と愛海の前に連れ出されていた。

 「あの頃はどうかしてたっていうか・・・。愛海が先にいろんなこと知ってて俺がリードできなかったら格好悪いかなとか、若さゆえの気の迷いといいますか・・・・」

 「それ言い訳?」

 「違うよ。って言っても説得力ないけど。でも、遊びたいとか、満月のことが好きになったとかいうことじゃないんだ」

 「それって逆にひどいよね。彼女は海人くんのことが好きなわけだし、中途半端に喜ばせて時期が来たらじゃあね、なんてさ。海人くんは利用しただけかもしれないけど、彼女の方は吹っ切れてないじゃない」

 だから困っているのだ。満月はどこかに可能性を求めていたのかもしれないが、海人は結局愛海以外を好きになることはなかった。恋人として一緒にいても、心はどこまでも愛海ばかりを想っていた。

 「海人って本当、ちょっとズレてるよね」

 「ちょっとどころじゃないわよ。で、どこまでしたの、その満月って子と」

 「ど、どこまでって・・・」

 「愛海のためにしたんでしょ?練習」

 愛海のため、というところに力を込めて鈴子は問いただした。

 「キ・・・キスはした・・・」

 「そこまで?本当はもっと先のことまでしたんじゃないの?」

 「してないっ。本当に、本当にしてないからっ」

 海人は必死に答える。まるで裁判を受けているようだ。

 鋭い目で海人を探る鈴子に対し、愛海は傷付いた表情を隠せずにうつむいていた。

 「キス・・・したんだ。好きでもないのに」

 「いや、その・・・・。ごめん」

 これ以上言う言葉がない。過去に戻れたなら、あの日の自分に言うのに。やめておけと。

 「あのさ、愛海」

 「ごめん、ちょっと頭冷やしてくる。一人で考えたいの」

 引き止める暇も与えず、愛海は屋上から出ていってしまった。こんなに大事になると思っていなかった海人は途方に暮れるばかりだ。

 「私に言わせれば二人共青いよね。まぁ愛海の場合経験がないうえに純粋だから仕方ないんだろうけど。普通に考えてこれだけのいい男に何もなかったって方が不思議なくらいでしょ」

 「鈴子先輩は紫音しおんさんの過去のこととか気にしないんですか?」

 「気にしても仕方ないじゃない。私たちは今つき合ってるんだから、大事なのは今なのよ。ただ、海人くんが問題なのは、過去が現在に続いてるってことよ。満月って子もこのままじゃ先に進めないし、愛海のためにもきっちりここで終わらせなきゃ」

 「そうですよね」

 「綺麗事はなし。自分を守るのも、逃げるのもなし。恋愛なんてわがままなもんなんだから、誰かが傷付くことなんて当たり前にあるのよ」

 あの頃の自分はあの頃の自分だ。今は違う。

 満月と向き合わなければ。海人はやっと動き始めた。


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