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22.それぞれの思い 春

 新学期が始まった。

 三年生に上がるときにはクラス替えがないので、愛海まなみたちはまた一緒だ。一方の海人かいとたちは、二年に上がってもバラバラのクラスだった。夏芽なつめまで別のクラスになってしまう。

 「別れちゃったね」

 「でもまぁ、屋上に来ればみんなと会えるし」

 海人と優磨ゆうまは揃って屋上のドアを開けた。

 「あ、桜井さくらい君と竜崎りゅうざき君」

 足を踏み入れてすぐに声をかけてきたのは、眼鏡を外した夏芽だった。紫音しおん鈴子すずこになにやら髪型をいじられている。

 「何してるの?」

 「夏芽ちゃんの髪型、どんなのがいいと思う?」

 「三つ編みやめるんですか?」

 「最初が肝心だからな」

 海人と優磨は顔を見合わせる。

 「最初って・・・なんの?」

 二人の後ろから急に愛海が顔を出した。

 「ついにデビューするの、夏芽ちゃん」

 「宮村みやむら先輩っ。デビューって、もしかして・・・」

 「芸能界に決まってるでしょ」

 「えっ、ええぇ?」

 二人しておかしな声を出す。その様子にはにかむ夏芽は、たまらなく可愛かった。

 「夏芽ちゃん、可愛すぎ。きっとみんなメロメロだよ」

 「そんな。ありがとうございます」

 照れながらもお礼を言う夏芽を見ていた優磨は、あることに気付いた。今までどこか焦点の合っていないような目をしていた夏芽が、今はしっかりと愛海を捉えているのだ。

 「夏芽ちゃん?もしかして、見えてる?」

 「おっ、さすが優磨君。気付いたか」

 「春休みの間に手術したんです。レーザーを使った簡単なものだったんですけど、かなり視力が回復して」

 「マジでっ?最強じゃんか」

 海人は興奮して夏芽にずいっと近寄った。

 「あっ、あの、見えてるんで、あんまり近いと、そのっ、恥ずかしいというか・・・・」

 「あっ、ごめん」

 赤くなる夏芽から急いで離れる。

 「夏芽ちゃん、そんなんで大丈夫?テレビの世界とかって、海人君よりかっこいい人なんて山ほどいるんだよ。いちいち恥ずかしがってたんじゃ仕事にならないんじゃない?」

 「それは・・・そうなんですけど・・・」

 「この際だし、紫音先輩に免疫つけてもらっちゃえば」

 悪気があったわけではない。優磨は知らなかったのだから仕方がないのだが、海人を除いた全員に微妙な空気が流れる。

 「僕、なんかまずいこと言いました?」

 「いや・・・。べつに」

 「隠すようなことじゃないんだし、ちゃんと言った方がよくない?」

 愛海に促されて紫音はため息をついた。

 「要するに、こういうこと」

 紫音はすぐ横にいる鈴子の頬にキスをした。予測していなかった行動に、みんなが驚く。鈴子まで戸惑っている。

 (紫音、やっぱキャラ違うくない?)

 「え・・・えぇ?紫音先輩と長屋ながや先輩が、そういう・・・こと?」

 「どういうこと?」

 「海人、普通わかるでしょ。つまり二人はつき合ってるの」

 「いつの間に・・・」

 いろいろなことが起こりすぎて頭がついていけなくなりそうだ。

 春は始まりの季節。いいことも悪いことも、これから少しずつ動き始める。

  

  

  

  

  

 海人は気持ちが軽かった。紫音と鈴子ならお似合いだと思ったし、二人がくっついてくれたおかげで愛海に対する危険因子がまたひとつ減ったことになるのだ。愛海が卒業するまでの一年間、今まで以上に愛を深められるはず。気持ちが足取りの軽さに表れていた。

 それがまさか、この後訪れる人物のせいで一気に沈んでいくなんて、海人には予想もできなかった。

 「海人先輩」

 帰り道、呼び止められて振り返る。

 「み・・・満月みつき

 「久しぶりです。あれから本当に一度も連絡くれませんでしたね」

 「ごめん・・・・」

 「なんで謝るんですか。約束どおりなんだし、海人先輩は悪くないでしょ」

 海人はうまく目も合わせられない。あの日優磨が言っていた人物は、やはり彼女のことだった。嫌いなわけではない。だが、胸の内にしまっておきたい思い出の人物だ。

 「その制服・・・」

 「この春から私も海人先輩と同じ高校です」

 「なんでわざわざ聖ヶひじりがおかに?」

 「なんでって・・・なんでだと思います?」

 逆に返されて海人は答えられない。考えられる答えは自分しかない。でもそれを口にするのははばかられた。

 「そんなに困った顔しないでくださいよ。ただなんとなくですよ。深い理由なんてないですから」

 その場を取り繕うように満月はごまかした。

 「そういえば、海人先輩例の彼女とはつき合えたみたいですね」

 「あぁ・・・」

 「練習、役に立ちました?」

 「まぁ・・・」

 「ならよかったです。私のしたことが無駄に終わらなくてよかった」

 にこにこと語り掛けてくる満月の笑顔が痛い。

 「なぁ、満月。本当は何しに来たの?」

 「何しにって・・・その言い方ひどくないですか?私はただ、もう一度会いたくて」

 「わかってると思うけど、俺が好きなのは一人だけだよ」

 「それでも・・・」

 満月は力なく笑う。

 「それでもやっぱり会いたかったんです」

  

  

  

  

  

 「ねぇ、知ってる?今年も一人ホーリーナイトがいるらしいよ」

 「そうなんだ。どんな子?」

 「これだけ早く決まるんだから、とにかく顔がいいのよ」

 相変わらず鈴子の情報は早い。どこから仕入れてくるのか、さすがである。

 二人は紫音から借りた鍵で屋上のドアを開けた。  「あ?」

 「え?」

 誰もいないはずの屋上に、金髪の男の子がいた。しかもその手にはあってはいけないもの、タバコが握られているではないか。

 愛海は考えるよりも早く体が動いた。素早く間を詰めると、男の子の手からタバコをひったくる。鮮やかな身のこなしだった。

 「なっ、なにすんだよっ」

 「なにすんだじゃないわよ。学校でタバコなんて、あんたこそ何考えてんのよ」

 睨み合う二人。その様子を見ていた鈴子は、彼の正体に気付き思わずため息をもらした。

 「遠山とおやま明良あきら・・・」

 「なに?鈴ちゃん」

 「彼、遠山明良。冴子さえこ先輩の弟よ」

 愛海は驚いて鈴子と明良を交互に見る。マドンナ的存在だった冴子の弟が、こんな金髪のいかにも悪そうな生徒だなんて。変わった後の冴子しか知らない愛海には信じられない。

 「なるほどね。冴子先輩の弟ならホーリーナイトにもなれるか」

 「ホーリーナイト?」

 「そうじゃなきゃ、なんで屋上に入れるのよ」

 確かに。愛海はもう一度明良を見る。

 目つきの悪さを差し引いてみて、明良は確かに綺麗な顔をしていた。冴子に似ていなくもない。顔だけでホーリーナイトに選ばれたのだとしたら、学校も甘すぎだ。

 「さっきからなんなんだよ。そのホーリーなんとかっていう変な呼び名もやめろ」

 「ホーリーナイトのこと知らないで鍵をもらったの?」

 「知らねぇよ。屋上の鍵くれるっていうからもらっただけだ。ここならタバコ吸えると思ってな」

 「最低っ」

 「うるせぇ。俺だって好きでこんな学校来たんじゃねぇのに」

 「じゃあなんで来たのよ。お姉さんの後でも追っかけてきたわけ?もう行こ、鈴ちゃん」

 空手のおかげか、愛海はちっともひるまない。明良の方がむしろ押されているくらいだ。

 「おい、待て」

 「なによ」

 「鈴って・・・・もしかして長屋鈴子か?」

 「いきなり呼び捨てにしないでよ。失礼ね」

 「俺の姉貴がよく口にしてた。なぁ、お前なら知ってるだろ。姉貴をあんな風にした奴が誰なのか」

 二人はきょとんとしてしまう。知っているもなにも、冴子の恋人の青野あおのだ。冴子は弟には秘密にしているのだろうか。

 「あなた、もしかして・・・」

 「俺はそいつを見つけだして姉貴を元の姉貴に戻すためにここに来たんだ」

 「今の冴子先輩が嫌いなの?」

 「あんなのは姉貴じゃねぇ」

 (こいつ、シスコンじゃん!)

 心の中で同時に突っ込んだ。

 とにかくここで青野の名前を出すわけにはいかない。冴子が教えていない以上、勝手に教えるのは気が引けるし、もし言ったとして大事件になっては困る。二人は無言でうなずき合い、意志確認をした。

 「私たちは知らないわよ」

 「本当か?この学校にいるのは確かなんだぞ」

 「だから知らないって。だいたいその人を見つけだしてどうするつもりなのよ」

 「力ずくでも別れさせる。そうすれば姉貴も目が覚めるはずだ」

 「それで本当に冴子先輩が喜ぶと思ってんの?」

 「恋愛には気の迷いってこともあるんだ。俺はとにかく真意を確かめる」

 明良は頑な《かたくな》に譲らない。

 (困ったことになったなぁ。青野先生大丈夫かな)

 「とにかく私たちは知らないから。行こう、愛海」

 「うん。あ、これは預かっとくからね」

 「ちょっ、俺のタバコっ」

 手を伸ばす明良をさらりとかわして、愛海は箱を振ってみせる。

 「屋上はホーリーナイトの憩いの場なの。タバコは禁止。ていうか、未成年はタバコ禁止」

 「お前、バカにすんなよ」

 「バカにもするわよ。シスコンのくせに」

 さすがに言い過ぎだと思い、鈴子は強引に愛海の腕を引いた。二人で転がるように屋上から出る。

 「俺はシスコンじゃねぇ!」

 背後で明良の叫ぶ声がした。


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