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20.ある春の日に

 だいぶ暖かくなってきた。海人かいと優磨ゆうま神崎かんざき邸の庭に出て休憩しているところだった。今頃愛海まなみ翔子しょうこと空手で汗を流しているはずだ。

 「宮村みやむら先輩もよくやるよなぁ」

 「本当だよ。そんなに強くならなくても、俺が守るのになぁ」

 「海人君も鍛えといた方がいいんじゃない?宮村先輩に負かされるようになるかもよ」

 「うっ・・・確かに」

 がんばってくれるのはうれしいが、男としては複雑な心境だ。

 「そういえば、優磨はなんでそんなに強いんだ?翔子ちゃんとも普通に渡り合ってるし、家で特訓してるとか?」

 「まぁ、護身の意味も込めてある程度はやってるけど。でもうちの場合はそれだけじゃないっていうか・・・。翔子より強烈な奴の相手を散々してきてるせいっていうか・・・」

 「翔子ちゃんより?」

 「まぁ、機会があったら紹介するよ。あんまり会わせたくはないけど・・・」

 口に出しただけでげっそりしている。いったいどんな目に合ってきたというのだろう。華奢きゃしゃな優磨に実戦的戦闘能力を植え付けた人物だ。知りたいような知らない方がいいような、海人はそれ以上何も聞けなかった。

 「俺たちにも、もうすぐ後輩ができるんだな」

 「今年はホーリーナイトになる子いるかなぁ」

 「いたらまた仲間が増えるな」

 にこにこと楽しそうな海人に、優磨は水を差す。

 「どうかな。ホーリーナイトになる子が必ずしも仲間になるとは限らないんじゃない?いい子かどうかもわからないし」

 「そりゃそうだけど・・・」

 「ホーリーナイトが増えるってことは宮村先輩に近付く男が増えるってことなんだよ。海人君はもっと心の準備をしておくべきなんじゃないかな」

 次から次へと冷静な言葉で攻めてくる優磨に、海人はたじたじだ。春の陽気に頭がボケそうになっていた海人は、叩き起こされたような気分になる。急に心配になってきた。

 「春って出会いの季節だよね。いろんな人と出会ってさ。でも、その中には悪い出会いもある。会いたくなかった人とも会うかもしれない・・・」

 「優磨?急になんだよ」

 優磨はたまに見せる鋭い視線で、花の間を縫ってゆくちょうを見ていた。

 「いや、ちょっと気になる人物がいたからさ。本当に偶然なんだけど、高校の入試発表の日にさ、僕海人君と同じ中学の制服着た子を見たんだよね」

 優磨の目はそのまま蝶を追っている。

 「珍しいよね。あれだけレベルの高い中学から聖ヶひじりがおかを受けるなんてさ。海人君は目的がはっきりしてたから特別だけど、普通に考えてうちはまず受けないでしょ。彼女にも何か目的があったらわかる話なんだけどさ」

 そこで優磨の視線は海人に移動した。

 「えっ?俺?」

 びっくりして自分を指差す。

 「とは言ってないけど。でも、もし心当たりがあるなら、和やかな春にはならないかもしれないよね」

 海人は心当たりを探す。中学でも人気の高かった海人を慕う後輩はたくさんいた。だがその中に特別想いの強かった子がいるとは思えなかった。

 逆も考えてみる。海人に強い憎しみの気持ちを持っている子がいるとしたら、ここまで追いかけてくることもあり得る。だが、やはり思い当たる人物はいなかった。

 「目的は俺じゃないのかも」

 「だといいね」

 優磨の意味深な言い方に、海人は心の奧がむずがゆくなる。

 心当たりとは違うが、海人には中学時代に関係のあった後輩が一人いるのだ。なかったことにはできない特別な時間。でも忘れてしまえたらとも思う軽薄な関わり。

 (まさかな・・・・)

  

  

  

 愛海は大きく息をしながら床に倒れていた。翔子は涼しい表情こそしているが、肩で息をしている。

 「もう・・・限界・・・・」

 つぶやく声も切れ切れだ。

 「愛海さん、どうかしたんですか?ちょっとがむしゃらすぎますよ」

 「・・・ごめん。私ちょっと間違った方向へいってるね」

 翔子がタオルを渡してくれる。

 「そんなにがんばって、大会にでも出るつもりですか?」

 「まさか。そうじゃなくてさ、なんかこう、心の中のもやもやを晴らしたかったんだよね」

 翔子がいてくれて本当によかったと思う。こうして倒れるまで相手をしてもらっていると、うじうじと考えている自分が小さな存在に思えてくる。結局は何もできない。自分にできることなんて何もない。そう実感すると無力さに情けなくもなるが、逆にすっきりもしてくる。

 「鈴子すずこさんたちのことですか?」

 「うん。私にはしてあげられること、何もないのかなって・・・」

 「たくさんあると思いますよ。ただ、私には愛海さん自身がしたくないと思っているように見えるのですが」

 「・・・翔子さんて私の心の中まで見えるみたい。もしかして特殊な能力があるとか・・・」

 「ありませんよ」

 りんとした表情で真剣に向き合ってくる翔子には嘘がつけない。もしついたとしても全部見破られてしまいそうだ。

 「かなわないなぁ。私さ、どうしたいのか自分でもよくわかってないんだ。鈴ちゃんにも紫音しおんにも幸せになってほしいとは思う。でも二人がくっつくことが幸せかどうかはわからないんだよね。だから私は見てるしかないんじゃないかなって」

 「それでいいんじゃないでしょうか」

 「でもただ見てるだけなんて・・・。紫音の背中を押しておきながら、無責任じゃないかな」

 「人の心は他人が決めるものではありませんよ。あとはお二人が選ぶことです。愛海さんはその選択が絶対に間違っていると思ったときだけ動けばいいんです」

 「翔子さんて、空手だけじゃなくて私の人生の師匠にもなれるよ」

 「いえ、そんな。まだまだ何もわかってないですよ」

 翔子がまだまだだというなら自分はいったいどうなるのか。海人のことをバカにしているが、自分もたいして変わらないような気がしてきた。

 「でも、心配ではありますね。鈴子さんと紫音さんのこともですが、夏芽なつめさんも芸能界でうまくやれるでしょうか」

 「そうだね。甘くない世界だもんね」

 あのとき、夏芽を動かしたものはなんだったのだろうか。あんなに頼りなげな夏芽が一歩も引かなかったのは、本当に大切な仲間のためというだけだろうか。

 (夏芽ちゃん、本当は本気で紫音のこと好きだったんじゃ・・・)

 愛海の推測でしかないが、本当に好きな人のために自分のできることをしようとした一人の少女に夏芽は見えた。愛海が今回の件に手を出せずに迷っているのは、きっと夏芽の気持ちを考えているせいもあるのだ。

 「どうなるのかなぁ・・・」

 「愛海さんはどうなってほしいと思っているんです?」

 「どうって・・・・」

 言葉が出てこない。自分はいったい誰の幸せを願っているのだろう。

 「翔子さん・・・ダメ。降参」

 「すみません。少し意地悪しすぎましたね」

 「ううん。私が甘ちゃんなだけ。これだけいろんな人が関わって、物事が動き始めてるっていうのに、私はどこかで何も変わらなければいいって思ってる。自分のことしか考えてないんだ、きっと」

 「また自分のことを蔑む《さげすむ》おつもりですか?」

 「いや、もうしないよ」

 海人とのことで以前きつい言葉を受け取っている愛海は、もうしないと心に決めている。

 「ただ、やっぱりどうしていいかわかんないや。とりあえず私にできることといったら、紫音と鈴ちゃんとは変わらず屋上で過ごして、夏芽ちゃんには一人のファンとしてエールを送ることくらいかな」

 「それで十分ですよ」

 翔子は優しく笑ってくれた。

 「さぁ、今日はこれくらいにして二人のところへ行きましょう。そろそろ宿題を片付けないと、海人さんに怒られますよ」

 「・・・やっぱり?」

 すっきりと汗を流した後で気分がどんよりしてしまう。

 「あっという間に終わりますよ。終わったらおいしいケーキもご馳走しますから、がんばりましょう」

 ケーキの一言に、少しやる気を出す愛海だった。


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