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2.海人の恋わずらい

 愛海まなみは屋上から、女子達に囲まれている男子生徒を眺めていた。

 「すごい人気っぷり」

 ぽつりと呟く。

 「不満そうだな」

 「なっ、べつにそんなこと思ってないわよ」

 隣にいる紫音しおんの言葉に過剰に反応してしまう。紫音は全てお見通しとでもいう風に、軽く笑った。この笑顔でたいていの女の子はくらっときてしまう。

 「紫音ももっと愛想良くしてたらいいのに」

 「俺はモテたいわけじゃない」

 紫音は素っ気なく言う。この無愛想さを差し引いても十分かっこいい彼は、現ホーリーナイトの一人だ。当の本人に自覚はまったくなく、むしろそう呼ばれていることがうっとうしいというのが本音だった。

 紫音は人付き合いが嫌いなため、恋人はおろか、友人もあまりいない。そんな紫音と時間を共にする愛海は、かなり珍しい人物だ。

 「ホーリーナイトか・・・」

 ため息のように吐き出す。

 今愛海が眺めている男子生徒は、もう一人のホーリーナイトだ。彼は入学してすぐに人気者となり、今では他校にまで知られる存在となっていた。ホーリーナイトの呼び名はかなりの威力を持っている。

 ぼうっとしていた愛海を、紫音が横からつついた。

 「おい、あいつ上がってくるぞ」

 「へっ?」

 下を見ると彼の姿がない。取り残された女の子達がいるだけだ。

 考える間もなく、屋上のドアが勢いよく開いた。この数分で屋上まで来るスピードの速さにただ感心するばかりだ。

 「愛海ぃぃ」

 一直線で走ってくると愛海にがばっと抱きついた。

 「ちょっと、海人かいと!」

 愛海は引き離そうとするが海人は懲りずに甘えてくる。

 「他でやれよ、暑苦しい」

 「紫音さんこそ、また愛海と一緒にいて。あげませんからね」

 「私はあんたのものじゃないわよ」

 「俺もべつにほしくない」

 「紫音。その言い方はないんじゃない」

 「そうですよ。俺の愛海をいらないだなんて」

 「あんたどっちなのよ。私を紫音にもらってほしいの?」

 「まさか。愛海は俺のものだよ」

 訳が分からなくなりそうな会話に紫音はうんざりしかけている。

 そもそも愛海と海人は恋人同士ではない。海人が一方的に好きなだけだ。

 入学式のその日に、海人は愛海を見つけだし、熱く告白した。

  

  

 「宮村みやむら愛海さんですよね」

 「そう・・・ですけど」

 入学式でもひときわ目立っていた綺麗な顔立ちの男の子に声をかけられ、愛海はどぎまぎした。紫音を見慣れているためイケメンに免疫はあるつもりだが、この子はまたべつの意味でかっこいい。

 「俺、桜井さくらい海人です。覚えてますか」

 「桜井・・・海人・・・カイト・・・・」

 名前を聞いてもピンとこない。だいたいこんな目立つ子を忘れたりするだろうか。

 「小学生の時、俺を助けてくれたの覚えてませんか」

 「小学生の時?」

 「俺、女みたいな顔してたから、いじめられてて」

 「あっ!カイトくんっ」

 思い出した。一つ下の男の子で、本当に女の子のようにかわいい男の子だった。それゆえにからかわれていた海人を、愛海はいじめっ子も含めてみんなで遊ぶことで助けたのだ。

 「助けたってほどのことしたつもりじゃないんだけど」

 「俺はあれから本当に学校が楽しくなったんです」

 「それならよかったけど。それにしても随分男前になったじゃない。男の子って変わるんだね」

 「俺は変わりたくて変わったんです」

 「からかわれないように頑張ったんだ」

 「違います。そんなことはどうでもよかったんです。ただ俺は、愛海さんにふさわしい男になりたくて頑張ったんです」

 「・・・は?」

 「本当は同じ中学に行きたかったけど、学力を上げるために必死の思いで私立に入りました。姉貴の力を借りて見た目も磨きました。今度は俺が守ってあげられるよう、部活で体も鍛えたつもりです」

 「ちょっ、ちょっと待って」

 「俺はずっと愛海さんを想ってきました。あなたが好きです」

 「何言ってんの」

 「まだ頑張りが足りませんか?」

 「そういうことじゃなくて」

 「もしかして、もう彼氏がいるとか」

 「いないけど。だからそういうことじゃなくて」

 「ダメなところがあるなら言ってください。必ず直しますから」

 愛海はイラっとしてきた。

 「だぁ、かぁ、らぁ。海人くんが想いを寄せてたのは昔の私でしょ。今の私はこんな感じで、今のあなたは数倍かっこよくなってるの。それでつり合いがとれると思う?もう一度私をよく見て。海人くんの中の理想とは違うのよ」

 海人は言われたとおりじいっと愛海を見る。

 穴が空きそうなほどじいっと見た後で一言。

 「俺と付き合ってください」

 「付き合えませんっ!」

  

  

 あれ以来、海人は何度も愛海にアタックし、その度に断られている。

 「いい加減付き合っちまえよ。傍から見たら似たようなもんだぜ」

 紫音はこの二人のやりとりを嫌というほど見てきている。正直うんざりしているのだ。

 「そうですよね。もう付き合ってるも同然」

 「私はそう思ってないけどね」

 愛海はついに海人を突き放した。

 「なんでダメなの?どこが気に入らないの?」

 「べつに海人がダメなわけじゃない。っていうか、むしろダメなところなんてないわよ」

 「じゃあなんで」

 「それは・・・」

 じっと見つめられて、愛海は言葉に詰まる。

 「これは私の問題なのっ」

 本心を言うべきか迷って結局言えず、愛海はそれだけ吐き捨てて屋上から逃げていった。その後ろ姿を、海人は悲しげに見つめる。

 「紫音さん。俺ってどう思われてるんですかね」

 「・・・・」

 「うざいですかね」

 「俺にとっては」

 「そんなにはっきりと。ひどいですよ」

 海人はしゅんとしてしまう。こういう時の海人は、紫音が見てもかわいいと思うくらい幼く見える。

 「俺はずっと愛海のことを想って努力してきたつもりなのに」

 「その努力は認めてやるが、お前は肝心なことを置き去りにしてしまっている」

 「肝心なこと?」

 「お前はバカか。宮村のことがそんなに好きなら、今あいつが何に苦しんでるのかぐらい考えろ。考えてもわからないなら、調べてでも知るべきだ」

 「愛海が苦しんでること?紫音さんは知ってるんですか?」

 「知ってても教えないけどな」

 「えぇぇ」

 必死で頑張ってきた勉強も、恋愛にはまったく通じない。それどころか、一途すぎるがゆえに海人は恋に関しては正直おバカさんの部類である。

 「ひとつだけ教えてやるよ。あいつはお前のことを嫌いなわけじゃないんだ」

 紫音は励ますように海人の肩を軽く叩いて屋上から出ていった。

 一人残された海人はその場に座り込み、日が沈むまで考え込んでいた。


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