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13.恋の始まり?恋の終わり

 新学期が始まり、またみんなが屋上に集まりだした。イベントの波が去ったので紫音しおんもちょくちょく顔を出すようになった。愛海まなみは相変わらず空手を教わるのに翔子しょうこを呼んでいる。

 「寒い・・・。冬の間くらい屋上以外のあったかいところ貸してくれないのかしら」

 鈴子すずこはもっともらしい愚痴をこぼす。

 「若者よ、わがまま言うな。宮村みやむらを見習え」

 「私と愛海は質が違うの。春になるまでは年寄り呼ばわりしても許してあげるわよ」

 鈴子がうるさいので、紫音はマフラーを貸してやった。紫音のマフラーはストールとしても使える幅の広いもので暖かい。鈴子は遠慮なく借りて首回りをぐるぐる巻きにした。

 「そういえば、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。一年の赤坂あかさか夏芽なつめって知ってるか?」

 あれだけの顔立ちの子だ。この学校に疎い紫音ならともかく、鈴子は間違いなく知っているはずだった。

 「ナツメ?誰それ?」

 「あっ、夏芽ちゃんなら僕知ってるよ」

 予想に反して知っていたのは優磨ゆうまだった。

 「同じクラスなんだ。でも、なんで紫音先輩が夏芽ちゃんのことを?うちのクラスでも地味でおとなしいからあんまり目立たない存在なのに」

 「そんなことないだろ。確かにぼやっとしてて幼い感じではあるけど、目立たないってことは・・・」

 「随分知ってるみたいじゃない、そのナツメって子のこと。ねぇ、優磨くん。今度その子ここに連れてきてよ。紫音も会いたいみたいだし」

 「いいですよ」

 鈴子はにやりと笑う。今まで他人に興味を示さなかった紫音の口から出た貴重な名前だ。こんなおもしろそうなことは飛び付かない方がおかしい。

 「おい。お前なにか変なこと考えてないか?」

 「べつに。紫音が何も話してくれないから、勝手に想像してるだけ」

 「あのなぁ・・・」

 あの気の弱そうな子が鈴子の前に出されて大丈夫だろうか。紫音は身内の心境になってしまう。だが、紫音が一年の教室まで行って彼女を呼び出すのはあまりにも目立ちすぎる。ひっかかるところはあったが、優磨に任せた方がよさそうだ。

 「紫音先輩が呼んでるって言ったらいいんですか?」

 「いや、俺の名前を出してもわからないと思うから。屋上に来たら眼鏡を渡すって言ってくれないか」

 「眼鏡?」

 鈴子の好奇心に満ちた視線が痛い。

 「全部話すから、とりあえずあいつを呼んでくれ」

  

  

 そして赤坂夏芽は優磨に連れられ、初めての屋上へ足を踏み入れることとなった。

 「夏芽ちゃん、緊張しすぎだよ」

 「だっ、だっ、だって、ここってその、ホ、ホーリーナイトの・・・」

 要は紫音がいるかもしれない場所だ。優磨に声をかけられただけでも緊張したのに、紫音と対面したらどうなってしまうかわからない。夏芽にとって、紫音はそれだけ雲の上の人だった。

 屋上では話題の人物の到着を今か今かと待ち構える鈴子と愛海の姿があった。紫音はそんな二人をうっとうしそうに追い払って、離れたところに座らせる。お守り役に海人かいとがつけられた。

 「海人は夏芽ちゃんのこと知ってるんだよね」

 「うん。話したことはないけど」

 「どんな子?」

 「可愛らしい子だよ。なんていうか・・・地味な、お人形さん?」

 「地味な・・・」

 そこがポイントらしい。

 きゃあきゃあ喚いていた二人が落ち着いた頃、当の本人がついに姿を現した。

 「連れてきたよ」

 夏芽の目に飛び込んできたのは、紫音の姿だった。真っすぐに夏芽を見つめている。心臓が爆発しそうな勢いで高鳴る。

 首まで真っ赤になって立ち尽くす夏芽に、紫音が近寄った。

 「わざわざ呼び出してごめん」

 「なっ、なにをおっしゃいますか。私は眼鏡・・・眼鏡を・・・」

 「はい」

 混乱している夏芽の手を取って眼鏡を乗せる紫音。夏芽はその手の平の上のものを見てしばらく固まった。そして眼鏡と紫音を交互に見る。

 「あの・・・これ・・・」

 「必ず返すって言ったろ」

 「えっ・・・・えぇぇぇ!あれって、しっ、しっ、紫音さんっ?」

 あの日の出来事が猛スピードで再生される。真っ赤になったかと思うと、今度は一気に青ざめた。夏芽は思い出したのだ。自分の好きな人の話を、本人に向かってしていたということを。

 (私はなんてことをっ。バカ。バカ夏芽。もう死んでしまいたい)

 あまりの衝撃にぺたりと座り込んでしまう夏芽。

 「おいっ、大丈夫か?」

 目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれている。その様子を黙って見ている二人ではない。鈴子と愛海はすでに夏芽の傍にいた。

 「ちょっと、女の子泣かせるなんて最低よ、紫音」

 「そうだよ。夏芽ちゃん、大丈夫?」

 「おい、待て。この状況は俺が悪いのか?」

 「泣いてる理由が他にあるの?」

 「俺は何もしてないっ」

 夏芽の驚く姿しか想像していなかった紫音は、内心かなり焦っていた。

 「すっ、すいません・・・。ち、違うんです」

 「なにが違うの」

 「紫音さんは、悪くないです。私が・・・私がバカで・・・眼鏡・・・恥ずかしいっ」

 (バカで、眼鏡で、恥ずかしい?)

 「とにかく落ち着こう」

 愛海は夏芽の頭を撫でながら泣き止むのを待った。

 しばらく経つと夏芽も落ち着き、やっとまともにみんなの顔を見れるようになった。改めて自分の状況を確認する。左右には二人の上級生、少し離れて海人と優磨、そして目の前には憧れの紫音。とんでもない世界の中心に自分はいる。

 「あ、あの。眼鏡、ありがとうございました」

 おどおどしながら頭を下げる夏芽。

 「約束だったし」

 「会えばわかるって言ったのは、こういうことだったんですね」

 「ごめん。実はもっと喜ぶと思ってわざと言わなかったんだ。それがまさか泣かせるなんて・・・」

 「いやっ、それは・・・。思い出したらいろいろ恥ずかしくなってしまって・・・」

 もう我慢して聞くだけではいられないと言わんばかりに、鈴子と愛海は身を乗り出している。紫音は呆れ顔でため息をつくと、クリスマスの出来事を二人に説明してやった。

 「そんなことがあったんだ」

 「なんか運命的だね。ドラマみたいだよ」

 うっとりと語る愛海に対し、鈴子は冷静な目で夏芽を遠慮なく観察している。品定めをしているようにしか見えない。

 「あんまりじろじろ見るなよ」

 「だって。紫音は夏芽ちゃんのどこがいいわけ?」

 「どこって・・・」

 「ちっちゃいとこ?ほにゃっとした天然なとこ?おとなしくて害のなさそうなとこ?」

 鈴子の口調は、それ以外でいいとこなんてある?と言っているのと同じだ。失礼な話だが、当の本人はまったく理解していない様子できょとんとしている。

 「お前、いいかげんにしろよ」

 「なによ。興味持ってなにが悪いのよ。あの紫音が女の子と接してるのよ?これは何かあるに決まってるじゃない」

 勝手に決めつけ勢いを増す鈴子。紫音は夏芽を呼んだことを後悔していた。

 「私は好きだよ。なんか可愛い、夏芽ちゃん」

 愛海はにこにこしながら夏芽の三つ編みをもてあそんでいる。近所の子供と遊んでいるようにしか見えないその光景に、紫音はまたため息をつく。

 どうしようか迷った末、紫音は夏芽を抱き抱えるように傍に寄せた。

 「いいか、ひとつ言っておく。俺は夏芽にどんな感情も抱いてはいない。今回呼んだのも眼鏡を返すためだけにだ。だが、夏芽には俺を惹き付けるだけのものがあったのも事実だ。それを今から見せてやる」

 紫音は夏芽の眼鏡を外した。

 「!」

 現れた別人の夏芽に、四人は言葉を失い目を見開いた。この学校にこんな可愛い子が眠っていたなんて、誰が想像できただろうか。

 「かっ・・・可愛いぃぃぃ」

 愛海は叫んで夏芽に飛び付いた。まじまじと見つめる。一方の夏芽は接近されても誰なのか声でしか判断できない。

 「なるほどね・・・。こりゃ紫音も落ちるわ」

 「だからそういうことじゃないって言っただろうが」

 「夏芽ちゃんてこんなに可愛かったんだ。眼鏡やめてコンタクトにすればいいのに」

 同じクラスの優磨も、夏芽の眼鏡を外した顔は見たことがない。

 「コンタクトは合うやつがないんです。私すごく目が悪くて」

 夏芽は紫音から眼鏡を返してもらった。

 「眼鏡、変ですかね」

 「べつに変じゃないよ」

 「それより直した方がいいところが・・・」

 鈴子はおさげ髪を持ち上げ、膝下スカートを引っ張る。今時これはないだろうといった目つきだ。

 「もういいだろ。夏芽はこのままでいいんだよ」

 「もったいないのにって言ってるだけよ。これだけ元が良ければたいていの男は落とせるわ」

 「お、落とせる・・・?」

 「こいつの言うことは聞き流しておけ」

 「失礼ね。せっかく二人の仲を応援してあげようと思ってたのに」

 「だから違うって何度も言ってるだろ。それよりお前の方こそどうなんだ。人のことに首を突っ込んでる場合じゃないだろ」

 「私はもういいのよ。終わっちゃったんだから」

 鈴子はあっさりと言ってのけたが、初耳のみんなは一斉に驚きの声をあげた。愛海ですら聞かされていなかった事実だ。

 「終わったって、どういうこと?」

 「だから、ふられちゃったのよ」

 鈴子は一瞬、瞳に影を落とす。

 「正確には、変えようのない真実を突き付けられたって感じかな」

 「鈴ちゃん?」

 みんなが自分に注目していることを思い出し、急いで元気に振る舞う。これくらいのことで落ち込むなんて鈴子らしくない。

 「私ね、クリスマスの日学校に来てたの。ほら、先生たちって終業式の次の日から休みにならない人もいるじゃない。だから青野あおの先生もいるかなって。もしいたら、改めてちゃんと告白するつもりだった」

 そして理科準備室で青野の姿を見つけた鈴子は、同時に信じられない人物を見たのだ。

 「青野先生さ、冴子さえこ先輩とつき合ってたんだよね」

 「冴子先輩って、あの遠山とおやま冴子先輩?」

 うなずく鈴子。遠山冴子といえば、学校内で知らない人間はいないというほどのマドンナ的存在である。顔よし、学よし、スタイルよしの、絵に描いたような人物だが、そんな彼女に浮いた話のひとつもないのは不思議ではあった。まさか隠れて青野とつき合っていたとは。

 「私の見る目はやっぱり間違ってなかったのよね。冴子先輩もきっと青野先生の隠れた輝きに気付いたんだわ。先を越されちゃって残念」

 超お買い得品を買い損ねてしまった、くらいの軽いノリで笑い飛ばそうとする鈴子に、紫音は真剣に向き合った。

 「お前らしくないな。相手が誰だろうと、そんなにあっさり引き下がったりしないはずだろ」

 「・・・そうね。でも、私が青野先生を想う気持ちより、冴子先輩の想いの方が強かったら、降参するしかないでしょ」

 鈴子にとって、相手が冴子であるということは、美人女優やスーパーアイドルを相手にするよりも痛いことだった。冴子を前にして戦う気力など湧いてくるはずもなく、鈴子はあっさり諦める道を選んだ。

 「鈴ちゃんだって全然負けてないよ」

 「ありがと。でも、あの人には到底勝てやしないわ。私ね、冴子先輩とは中学から一緒なのよ。中学の頃の冴子先輩は、そりゃひどいもんでさ。荒れに荒れまくった不良女だったの。それがどうよ。高校に入ってから見た冴子先輩は見違えちゃってさ。今じゃ女ホーリーナイトよ」

 あの時の衝撃は、今でも覚えている。人はこんなにも変われるものなのか。鈴子の心に光が見えた瞬間だった。

 中学時代、少しすれたところのある鈴子は女の子のグループにうまく入れず、一人でいることが多かった。そんな鈴子にとって、冴子は恐怖であり、厄介であり、興味深くもあり、憧れでもあった。自分は鬱憤を心の中に蓄めて一人でいるのに、冴子は平気で表に吐き出しいつも仲間に囲まれている。不良にはなりたくなかったが、冴子にはなりたかった。

 高校に入ってから自分が冴子と同じ学校へ進学したことを知った。その頃にはもう、遠山冴子の名は全校生徒に知られるほどのものとなっており、鈴子は大きな変化を遂げた冴子を目の当たりにすることとなる。

 「冴子先輩はさ、青野先生のために変わったのよ。そして青野先生も、冴子先輩のために変わった」

 クリスマスの日に見た青野は、冴えない教師などではなかった。冴子を前にして見せる表情は、包容力に溢れた大人の男のものだった。鈴子が密かに嗅ぎつけていた青野の魅力。それが冴子の前では惜し気もなく姿を表す。

 「青野先生ってさ、たぶん元はかなりいい男だと思う。冴子先輩以外の人が近付かないようにわざと野暮ったい教師を演じてるのよ」

 「それで、お前は本当にいいのか?」

 鈴子は少し悲しそうな表情をした後、ゆっくりとうなずいた。

 「私には冴子先輩のように変われないもの。自分の全勢力を使ってまで、あの人から青野先生を奪いたいとも思えなかったし。好きって気持ちは嘘じゃなかったけど、誰にも負けないほど強くはなかったってことかな」

 「俺の愛海への気持ちは誰にも負けないよ」

 「海人のことは聞いてないってば」

 ぎゃあぎゃあとうるさくなった屋上で、夏芽は一人鈴子の言葉を反芻していた。

 (誰にも負けないほど強く・・・・)

 紫音の傍にいるだけであれだけドキドキしていた胸の音が、静かに収まっていくのを感じていた。


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