それぞれの思い クリスマス(2)
海人と愛海は予約していたクリスマスケーキを取りにいき、買い物をして家に帰ってきた。今日は愛海の家にお呼ばれしているのだ。
「ごめんね、いっぱい手伝わせて」
「いいよ。楽しいし」
人様を呼んでおきながら、愛海の両親は今日も仕事で準備ができない。愛海一人で用意しようと思っていたのだが、海人は一緒にやると言って聞かなかった。
「夕飯の準備をするにはまだ早いし、先にクリスマスツリー飾っちゃお」
愛海は別の部屋から大きな箱を抱えてきた。
「昔、近所の公園に飾られるでっかいツリーに憧れて、お姉ちゃんと一緒にねだって大きいやつ買ってもらったの。あの頃は楽しかったんだけど、さすがに毎年のこととなると飾るのもしまうのも面倒なだけでさ」
愛海は海人の助けを借りて、巨大なツリーを組み立てていく。愛海の身長を上回るツリーはリビングを占領して枝を広げる。その姿は年期が入っていてもやっぱり立派だった。
今日買ってきたものも足して飾り付けていく。一面深い緑だった空間が、宝石をちりばめたようにキラキラと輝きだす。
「海人がいてくれてよかった」
台を使って一番上の星のオーナメントをつけ終えると、愛海は海人に笑いかけた。
「このツリーね、毎年お姉ちゃんと飾り付けしてたの。でもお姉ちゃんが大学に行くために家を出て、今年は一人でやるのかなって思ったら結構憂鬱でさ」
「美波さん帰ってこないの?」
「いろいろ忙しいみたい。それにあっちで彼氏もできたみたいだし、今頃デートでもしてるんじゃないかな」
「俺の姉貴も今日はデートだって。それでもって両親もデート。うちの家って両親ラブラブだから毎年子供置いてディナーに行っちゃうんだよな」
「じゃあ今日って家に誰もいないの?」
「そう。だから愛海ん家にお呼ばれしてすごくうれしいんだ」
海人がうれしそうだったので、愛海もつられてうれしくなる。こういう時間を過ごしていると、幼い頃なんの心配もなく一緒に遊んでいたときに戻ったようで心が軽くなる。大人になっていくうちに身も心も重くなってしまう。あの頃のままではいられない。
「なんかさ、海人ってあっさりうちに馴染んじゃったよね。三年以上もブランクあるのに、お母さんあの日海人に会っただけでクリスマスに呼んじゃうし」
愛海が風邪で休んだ日に海人と母は会っているが、それ以外で特になにがあったわけでもない。確かに昔はちょくちょく愛海の家にも遊びにきていたのだが、それも愛海が中学に上がってからはまったくなくなり、昔のお友達くらいの認識になっているはずだった。
「まさか、これもホーリーナイトの力?」
「まさか」
「でも私が海人とつき合ってることまだ言ってないし。普通男の子一人だけ呼んだりしなくない?」
いぶかしんでいる愛海に対し、海人は急に居心地悪そうにしはじめた。
「あのさ、そのことなんだけど・・・」
「なに?」
「つき合ってること、言っちゃったんだ」
「えぇ?」
愛海は初めて知る事実に驚きを隠せない。いったいいつの間に母と海人はそんな話をしていたのだろう。
「愛海にも言わなきゃって思ってたんだけど、なんかバタバタしてるうちに機会を逃しちゃって」
「いつの間に話したの?」
「愛海が風邪で休んだとき。お見舞いに行って、愛海の部屋を出た後、すぐ帰らずに下でおばさんと話してたんだ」
「どうして言ったの?」
責める気持ちはなかったが、なぜそのタイミングでわざわざ報告したのか愛海にはよくわからなかった。母は海人が相手なら反対するとは思えなかったし、二人の仲が安定してからでもいいことのはずだ。
「怒ってる?」
「そういうわけじゃないけど、なんでそんなに焦ってたのかなって思って」
「俺なりのけじめだったんだ。だって大切に育ててきた愛娘をひどい目に合わせちゃったんだよ?あのときは、もっとエスカレートしていくんじゃないかっていう不安もあったし、何かあったら俺が責任をとらなきゃって思って、それで打ち明けたんだ」
海人は愛海の身に起こったことを話し、それが自分のせいであることも告げた。それでも愛海から離れたくなかった海人は、愛海の母に頭を下げて二人の仲を見守ってもらえるようお願いしたのだ。
「お母さん全部知ってたんだ・・・」
こんな髪になってしまったことも必死でごまかしていたのに、全部知られていたなんて。今更ながら恥ずかしい。
「お母さん、そのときなんて言ってた?」
「愛海が決めたことならそれでいいって。でもちゃんと責任はとれって」
「あのさ、そのさっきから言ってる責任てどういうことなの?」
「決まってるじゃん。愛海がたとえどんな風になっても、将来必ず俺がお嫁にもらうってことだよ」
海人はにっこり笑う。その笑顔を唖然として見つめる愛海。人の知らないところで何を約束してくれているのだ。
「なっ、なに勝手に本人を置いといてお母さんと話を進めちゃってるのよ。誰がいつ結婚の約束なんてしたの」
「俺とじゃ嫌なの?」
「そういうことを言ってるんじゃないってば」
「じゃあいいじゃん。もちろんまだ先のことだし、今からあれこれ考えても仕方ないよね。でもさ、今の気持ちだけで考えて教えて。愛海は俺とじゃ嫌?」
夕日の差し込みはじめたリビングで、海人は愛海を抱き寄せた。目を閉じたら眠ってしまいそうな心地よさが愛海を包む。
「今のままの気持ちでずっといられるなら・・・」
「いられるなら?」
「私は海人の傍にいたい・・・。この先の未来も、ずっと」
愛海の返事に海人は満足気だ。
「俺も同じだよ」
鏡の前にはお互いを見比べる隆司と紫音がいた。
「やっぱり兄弟だね。そっくりだよ」
紫音に自分の衣装を着せた隆司は、上機嫌でうなずいている。一方の紫音は、自分の私物を一色纏った隆司を見てじっと黙っている。
よく知る人間が見たらわかるだろうが、遠目にはどっちがどっちか判断がつかない。
隆司のお願いとは、紫音に自分の代わりになってもらうことだった。イベントは終わったが、外にはまだ司のファンの子たちがうろうろしている。下手をすると芸能関係の人間なんかも紛れて隠れているかもしれない。それらの注意を全て引き付けて、紫音はここから離れなければならないのだ。
「ごめんね紫音。どうしても彼女のところに行かなきゃならないんだ」
「わかったよ」
紫音の眼差しは暗くなる。紫音には隆司の行動が予測できた。隆司はクリスマスの夜を彼女と過ごすためにこんなことまでしているわけではない。おそらく今夜別れを告げるために、わざわざ彼女のところまで行くつもりなのだ。クリスマスという恋人たちにとって特別な日に別れを告げることで、相手を傷付けるのが目的だ。
隆司は司である限り、非常にもてる。ファンの子はもちろんだが、芸能人でもテレビ関係の人間でも、隆司が目を付けた子はたいていおちる。だが、隆司は本来恋愛などにはまったく興味がなく、どんなに綺麗な女優だろうとときめいたりしない。それなのに彼女をつくるのは、紫音にまとわりつく女性を排除するためなのだ。
そして今回別れを告げられるであろう女性は、ドラマの撮影現場で紫音のことを見て恋に落ちたらしく、親しくなろうと寄ってきた若手女優だ。隆司はすぐに反応して彼女を落とすためのシナリオを頭の中でつくり、彼女が紫音と連絡先を交換するより前に自分のものにしてしまった。その行動の早さと的確さは天才的としか言いようがない。
「じゃあオレは紫音が出た後にそっと車の方に行って・・・」
隆司は周辺の地図まで用意していた。ペンで印をつけながら説明する。今日のことは明らかに前々から計画されていたことだった。まったく同じ車種の車を二台用意していたことから明白である。
「紫音はファンの子たちをかわしてここの交差点まで行って。そこに車が用意してあるから、それに乗ってあとは家に帰ればいいし。運転手はマネージャーだから、報道の人間もオレが乗ってるって疑わないはずだから」
「ちょっと距離があるな」
「なるべくこの場所から離れてほしいんだ。オレの乗る車が少し離れたところの駐車場にあるから大丈夫だとは思うんだけど、なるべく気付かれる可能性を下げたいからさ」
楽しげに話す隆司とは逆に、紫音はどんよりしていた。過激なファンに追いかけられればその分走らなければならない。走れば速いが、走りたくない。それに司を装う以上、なりふり構わず逃げるなんてできない。
「なにかあったらすぐに助けにいけるよう、事務所の人間が交差点までの道のりに数人いるから」
「べつに気にしなくても大丈夫だ」
「そうだよね。紫音ならこんなのちょちょいとこなしちゃうよね」
嫌味ともとれる発言を邪気なく言う隆司が憎らしい。今更やめようと言っても聞く相手ではない。紫音は心を決めた。
「じゃあ行こうか」
通用口を使って表に出た紫音は、とりあえず辺りをうかがった。様々な状況を想定してはいるが、誰にもばれずに車まで行けるのが何よりもいい。だが、あの車までの距離を考えると、それはほぼ不可能といってよかった。
ビルの前には興奮冷めやらぬ女の子たちがまだうろうろしているはずだ。紫音はそっとビルの裏側から離れていくように道を選んで歩いていった。すれ違う人に気付かれる程度なら紫音でも軽くかわせるが、さっきイベントを見ていた人たちに見つかれば衣装だけでバレバレだし、きっとファンの波が押し寄せてくる。紫音は徐々に早足になっていた。
わざわざ遠回りをしてきたが、交差点に行くのには一度ビルから一直線に伸びる大通りに出なければいけない。そこで紫音はついに熱狂的なファンに見つかってしまった。
「ちょっと、あれ司じゃない?」
「本当だ!」
「きゃああ、うそぉ」
あまりの大声に周りにいたファンの子たちが寄ってくる。サインを求められてもできないし、写真に映るわけにもいかない紫音は、困ったあげく精一杯の愛想を込めて手を振ると、交差点に向かって駆け出した。その後を巨大な波となった人々が追いかける。
司を演じている以上、全速力で走るなんてみっともない姿は見せられない。ましてや転ぶなんて論外だ。こんなにいろんなことを気にしながら走るなんて、そうないことだろう。
紫音は無駄に疲れながら交差点にたどり着いた。ところが、なんとそこに停まっているはずの車がないではないか。見渡しても周囲には見当たらない。
(話が違うじゃないかっ)
ここで止まっているわけにはいかない。振り返ればさっきより人数の増した人々が迫ってきている。マネージャーと連絡がとれるまでなんとか逃げ切らなければならない。
紫音は片手で電話をかけながら再び走りはじめた。マネージャーになかなかつながらない。携帯を持っているせいで走りにくくなり、紫音は苛々しはじめていた。
(早く出ろよ)
何度かかけ直した後、やっとつながった。
『もしもし』
「なにしてるんですかっ。車どこ・・・・うわっ」
電話がつながった瞬間、周囲への注意を怠ってしまったようだ。紫音は体に強い衝撃を受けて倒れ、携帯は手から飛んでいった。打ち付けた痛みですぐに立てない。とにかく自分に起こった出来事を把握しようと周りに意識を向ける。
紫音の前に一人の女の子がいた。同じように地面に倒れている。どうやら彼女とぶつかってしまったようだ。
「ごめん。大丈夫?」
「あぁ、はい。でも眼鏡が・・・」
「眼鏡?」
見ると、おそらく彼女のものであろう眼鏡が、レンズが割れて使い物にならなくなった状態で歩道に転がっていた。紫音はそれを拾い上げてため息をつく。弁償だな。そんなことを考えた矢先、人の追いかけてくる気配を感じて現状を思い出した。逃げなければならない。
紫音は壊れた眼鏡と飛んでいった携帯、そしてぶつかった彼女を全て拾い上げて走りだした。女の子はわけもわからず引っ張られて懸命に走る。
一直線の道をいくら走っても逃げ切れない。紫音はふいに横道に入ると、そこから路地へと入り、入り組んだ細い道を駆けずり回ってなんとかファンの子をまいた。
二人ともへとへとだ。肩で息をしながら座り込む。
(マネージャーはいないし、事務所の人間は助けにこないし、いったいどうなってるんだよ)
隆司はこんな姑息な嫌がらせはしない。おそらく手違いがあったかなにかだろう。
「ごめん、走らせて。大丈夫?」
呼吸が整いやっと話せるようになった。隣の女の子はまだ声がまともに出せないようで、首を縦に振って応える。紫音は背中をさすってやった。ふと、コートの下に見えるスカートに目がいった。見覚えがある。
「もしかして、聖ヶ丘高校の子?」
体が小さかったので完全に中学生だと思っていた。しかも自由な校風の聖ヶ丘には珍しいであろう、きっちりおさげ髪だ。そこに眼鏡が加われば、地味で真面目な印象が出来上がるのは必至だ。
「なんでこんなところに制服でいるの?」
今日司のイベントが行われたファッションビルは、聖ヶ丘から電車で一時間くらいかかる場所にある。学校が休みに入っているなか、わざわざ制服でこんなところにいるのは不自然だった。
やっと落ち着いた彼女はゆっくり話した。声もなんだか幼い。
「今日、友達に誘われて、司さんのイベントを見に来たんです」
紫音はぎょっとした。その司のふりをして逃げているのだ。だが、彼女は隣にいる人間が誰なのかまったくわかっていないようだった。息苦しくてずっと下を向いていたから見ていないだけかもしれない。こっちを見れば嫌でもばれるだろう。
「いきなり電話がかかってきて、すぐに出ないと間に合わないからって言われて。服が決められないって言ったら、制服でいいから来いって。それで制服なんです」
紫音の周りには強い女が多い。こんな押しに弱い子と接する機会なんてあまりないことだった。
「司のファンなの?」
「友達がファンなんです。私もかっこいいなとは思うけど、私の学校にはもっとかっこいい人がいて、芸能人じゃないけど、私はその人のファンなんです」
「へぇ」
聖ヶ丘高校でファンができるような存在といったらホーリーナイトだろう。愛海を襲ったような過激な子もいれば、こんな地味な感じの子もファンの中にはいるんだなと、今更ながら納得する。
「いつもクールで、おしゃれで・・・。その人、紫音さんていうんです」
女の子が顔を上げて初めてこっちを向いた。紫音に衝撃が走る。目と耳からそれぞれ信じられないような情報が入り、心臓がいったん止まってしまったかと思った。
はにかんだ顔を見せる彼女は、びっくりするくらい可愛かった。もし紫音にビジネスの心があったなら、間違いなくこの場でスカウトしていただろう。芸能界で様々な女性を見てきたが、その世界に入れても引けをとらないくらいの輝きが彼女にはある。紫音は呼吸も忘れて彼女に見とれていた。
「私、何言ってるんだろ。初めて会った人にこんな話・・・」
紫音はやっと我に返った。肺が酸素を求めて苦しがっている。深呼吸をして気持ちも落ち着けると、もう一度彼女と向き合った。
「君はその、紫音て人が好きなんだ」
「す、好き・・・ですけど、憧れみたいな気持ちっていうか・・・。私みたいなのは相手にもされないだろうし、遠くから見てるだけで幸せなんです」
その紫音が目の前にいるというのに、彼女はまるで他人に話すように語り掛けてくる。ファンだという人間がわからないはずがないのだが。
「あのさ、俺のこと知ってる?」
紫音はたまりかねて疑問をぶつけた。
「えっ。もしかして・・・・」
やっと気付いたかと思った矢先。
「お知り合いの人でしたか?そういえば聖ヶ丘のことも知っていたし。同じ高校の人でしょうか?」
紫音はがっくりした。期待を大幅に裏切る返答である。
「すいません、気付かなくて。なんせ見えないもので」
「は?」
「私すごく目が悪いんです。眼鏡がないとこの距離でも人の顔とか識別できなくて。今は手術で視力を戻したりできるみたいなんですけどね」
紫音は手元の壊れた眼鏡に目をやった。大事なものを壊してしまったことに心が痛む。それと同時に自分が紫音だということに気付いてもらえない寂しさを感じた。ばれなくてよかったと思う一方で、ばれてほしかったと思う自分がいる。こんな複雑な気持ちになったことは今までなかった。
「ごめん、眼鏡壊しちゃって。今すぐ買ってあげたいけど、これだけ度がきついとすぐには作れないよな」
「大丈夫です。家にもう一つありますから」
「見えないんじゃ家まで帰るに帰れないだろ」
「友達に電話してみます。さっきもはぐれて探してたところなんです。ちょうど連絡しようと思ってたところですし」
女の子はカバンから携帯を出すと、電話をかけようとして手を止めた。
「すいません。画面が見えないんで操作してもらっていいですか?」
「ああ・・・」
受け取ると、画面に受信メールがあることを知らせるアイコンが出ていた。
「メール来てるみたいだけど」
「開けてみてください。友達からかもしれないですし」
人様の携帯を盗み見るようでいい気はしなかったが、言われたままにメールを読む。
「探したけどいないし先に帰るね・・・・だって」
「・・・・」
(これって本当に友達なのか?いいように利用されてるだけなんじゃ・・・)
「帰っちゃったんですか・・・。仕方ないですし、家の人に電話してみます」
「いや、ここまでわざわざ来てもらうなんて大変だろ。俺が送っていくよ」
「そんな迷惑かけられません。目は見えないし、足も遅いし、足手まといになっちゃいますから。あなたは逃げなきゃいけないんでしょう?」
すっかり忘れていた。どれくらいここにいたのかわからないが、もうファンの子たちも帰っていっただろう。
「もう大丈夫だから気にしなくていいよ。俺も聖ヶ丘の方まで行くから一緒に行こう」
紫音はマネージャーに電話して近くまで来てもらうように言った。さっき一度電話がつながっただけで連絡の途絶えたマネージャーは、ずっとこの辺りを車でうろうろしていたらしい。紫音の声を聞いて安心したようだ。
車が到着すると、紫音はまずマネージャーに何もしゃべらないでほしいとお願いした。紫音のことも司のことも今はばらしたくなかったし、彼女のことをいろいろ詮索するのも今はやめてほしかった。
一時間以上の道程を、マネージャーには申し訳ないが黙って運転してもらった。
聖ヶ丘の駅で二人は車を降りた。駅からそう離れていないというので、ここからは歩いて送ることにしたのだ。聖ヶ丘の土地勘は紫音にもある。
「後で全部話すから、隆司にはこのこと言わないでおいてくれないかな」
「わかりました。司さんには適当に話をつくっておきます」
マネージャーも隆司の異常さはそれなりに知っている。ありのままを話せば発狂するのは目に見えていた。紫音がひどい目に合うのを望まないマネージャーは快く承諾してくれた。
「あの、本当にすいません。わざわざ家まで送ってもらっちゃって」
おぼつかない足取りで歩く彼女を見兼ねて、紫音は手を貸した。おそらくこの暗さではほとんど見えていないだろう。
「やっぱり同じ学校の人なんですね。この辺の道も知ってるみたいだし」
「まぁね。ちゃんと眼鏡は弁償するから」
「いえ、もう気にしないでください。私がぶつかったのも悪かったんですし。それに、私の眼鏡って結構高いから買うの大変なんです」
「なら、なおさら弁償しなくちゃ。そんな高いもの壊しちゃったんだし」
「すいませんっ。そんなつもりで言ったんじゃ・・・」
「わかってるよ。心配してくれなくても、俺意外と収入あるんだ。ちゃんと買って返すから、冬休みの間この眼鏡預かっててもいいかな?」
「はい」
紫音は歩きながら、自分がいつになくよくしゃべっていることに驚いていた。なぜだかわからないが、彼女に対しては警戒心が働かない。彼女の持つ独特のほんわかした雰囲気がそうさせるのかもしれない。
家の前まで来て、紫音はそっと手を放した。
「新学期が始まったら眼鏡を渡しにいくよ。名前教えてくれる?」
「はい。一年三組の赤坂夏芽です。あの、私もお礼がしたいので、よかったらお名前を」
紫音はちょっと考えてから答えた。
「会えばわかるから、新学期まで楽しみにしておいて」
紫音はそこから離れると、駅まで戻り、マネージャーに送られて家まで帰った。
どっと疲れがでた。横になって壊れた眼鏡を手に取ると、彼女の顔が浮かんでくる。とんでもなく、なんとも不思議なクリスマスだった。