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8.恋する姫君

 なんだかややこしいことになってしまった。毎日いろんなことが起こって、愛海まなみの周りは賑やかである。そこにまた新たな人物が加わってきたのだからたまらない。

 「宮村みやむら愛海さんですよね」

 渡り廊下の反対側から、表情ひとつ変えずに近付いてきた女子生徒は愛海の前で止まった。あの日、優磨ゆうまが降ってくる前に見かけた子だった。聖ヶ丘高校の制服は着ているものの、鈴子すずこに聞いても知らないと言われた人物だ。

 「そうですけど、なにか?」

 「私とおしゃべりしませんか?」

 真顔で怪しげな誘い文句を口にする。愛海は思いきり警戒した。

 「そんなに恐がらないでください。私は、ある意味では怪しいですが、危険な人間ではありません。あなたに何かしようという気もありません」

 (何かされる前に逃げるよ)

 愛海は相手をせず立ち去ろうとしたが、あまりにも鋭い視線を向けられているためか動けずにいた。彼女の目には、怒りや憎しみなどといった感情からはかけ離れた別の冷たさがある。どこまでもクールで無機質なもの。

 「どうですか?私とおしゃべりしてくれませんか」

 「おしゃべりっていったって・・・私はあなたと話すことなんてないんだけど。そもそも誰かも知らないのに」

 「そうですね。あなたのおっしゃることは正しい。では、全てお話しますので行きましょう」

 愛海は強引に手を捕まれて引っ張られた。

 「ちょっと、私は話すなんて言ってない・・・って聞いてないよ・・・」

 後ろを振り返ることもせず、ずるずると愛海を引っ張っていく女子生徒。あまりの強引さに抵抗する気も失せてしまった。そのまま中庭まで連れていかれ、花壇の縁に座るよう促される。黙ってそのとおりにすると彼女もすぐ傍に座った。

 至近距離でまじまじと見つめる。サラサラの髪。長いまつ毛。作り物のような白い肌。見とれるくらいに美しい。おかしな発言、強引な行動、刺さりそうな視線の全てを差し引いてもおつりがきそうだ。

 (私って美男美女に縁があるのかも)

 ホーリーナイトに囲まれているだけでも普通じゃないが、こんな美人な子におしゃべりしようと誘われる日がくるなんて、思ってもいなかった。

 「申し遅れました。私は神崎かんざき翔子しょうこと申します。ここなら少し落ち着いて話せそうですね。校舎内にいるとどうも落ち着かないものでして」

 「いや、どっからどう見ても落ち着いてたようにしか見えなかったけど」

 「何をおっしゃいますか。他校の制服を着て潜り込んでいるのに落ち着けるわけがないでしょう」

 「はぁ?」

 (今さらっとすごいこと言ったよね、この子)

 「あなた、うちの生徒じゃないの?」

 「はい。私は桜蘭おうらん学園高校の生徒です」

 「桜蘭って、あの名門私立の?それがなんでうちの学校に?」

 「竜崎りゅうざき優磨を知っていますよね」

 「うん。優くんの知り合いなの?」

 「えぇ、まぁ・・・。あの、愛海さん」

 翔子はずいっと身を乗り出してきた。鼻が付きそうなくらい近くまで顔を寄せる。

 「なっ、なに?てか近すぎ」

 「愛海さんは優磨のことどう思ってますか?」

 「どうって・・・・」

 「優磨はあなたのことを好きなようなのです」

 「えっ、ええぇ?」

 愛海は驚いておかしな声を出した。頭が真っ白になりそうだ。自分の身に起こっていることに、ついていけなくなりそうである。

 「ちょっと待って。その前に少し離れて」

 奇声をあげてもなお鼻の先にいる翔子と、とりあえず距離をとる。

 「それ本当なの?だとしたら、なんであなたが知ってるの?っていうか、あなた何者?」

 「私は神崎翔子といいます」

 「いや、名前はわかったから」

 「私は神崎グループの社長の娘で、優磨の幼馴染みであり、いいなずけです」

 「へぇ、いいなずけね。・・・・っ、いいなずけっ?」

 「そんなに驚かなくても」

 あまりに話がぶっ飛びすぎてパニックを起こしそうだ。深呼吸をして今までの話の内容をまとめてみる。

 (彼女はでっかい会社の令嬢で、桜蘭学園の生徒で、優くんのいいなずけ。その彼女がうちの学校に潜入し、私に優くんへの気持ちを問うていると・・・)

 訳が分からない。

 「もしかして、翔子さん優くんのことが気になってわざわざうちの学校に?」

 「私はいつも優磨を気にかけています」

 「優くんと私が一緒にいるから心配になってるの?だったら大丈夫だよ。私と優くんは友達なだけだから。それに、こんな綺麗ないいなずけがいるのに他に目移りするなんて、あり得ないでしょ」

 「そんなことありません。優磨は桜蘭学園の中等部にいるときから何人もの人とおつき会いをしていました。どれも長くは続きませんでしたが。あ、決して私が邪魔をしたというようなことはないのですよ」

 大きな家同士の婚約がどういうものなのか、愛海は知らない。だが優磨のしていることは、少なからず翔子を傷付けているように思えた。

 「翔子さんはそれでいいの?」

 「優磨の周りには魅力的な子がたくさんいますから、仕方のないことです」

 (あなたより魅力的ってなかなかいないと思うけど・・・)

 「私にも愛海さんのような力があったら、優磨は離れていかなかったのかもしれませんが。あなたといるときの優磨は本当に楽しそうですから」

 「私には力なんてないよ」

 「愛海さんは自分のことをまだ知らないのですね。あなたはとても魅力的ですよ。だからあなたの周りはいつも華やいでいるのです。私は優磨のあんな自然な顔は久しぶりに見ました。あれを見てしまうと、優磨は転校してよかったと思えてきます」

 「翔子さんて、ずっと優くんのことを思ってきたんだね」

 「恥ずかしながら、おっしゃるとおりです。幼い頃はまさかこんな風になるなんて思っていませんでした。いつまでも傍にいると信じていたからこそ、離れていってしまう寂しさをひしひしと感じてしまって。今ではいいなずけという言葉にすがるしかなくなってしまいました」

 悲しげな横顔がたまらなく美しい。こんなに綺麗な人でも恋に悩むものなんだなと、妙に納得してしまった。それと同時に、ホーリーナイトの相手はやっぱりこういう人だよなとも思った。

 美人に恋わずらいをさせてしまうくらいの存在がホーリーナイトだ。なのにあとの二人ときたら、人に興味を持たない性悪男に、愛海にしか興味を持たないおバカちゃんである。なぜこの学校の生徒たちは二人をホーリーナイトにしてしまったのだろう。

 「力になってあげたいけど、どうしていいか・・・」

 「いえ、そんなつもりでお話ししたわけではないのです。それに、優磨が誰を好きになろうとも私は見守るだけですから。ただ、愛海さんは今では見てきた方々とは違う気がして」

 「そりゃ私みたいなのが桜蘭学園の人と同じなわけないでしょ」

 「そうではなくて、愛海さんなら優磨とよいおつき合いができるような気がしたのです。もちろん、愛海さんに気持ちがあればの話ですが」

 「だからさっき私の気持ちを聞いたんだ」

 確かに優磨にドキドキさせられたことはある。でもそれは、強引な彼のペースに巻き込まれているだけのことで、恋しているのとは違う。

 「ごめん。私、優くんのことそんな風に思ったことないんだ」

 「優磨があなたを好きだと言っても?」

 「うん・・・・」

 ほっとしていいはずなのに、翔子はむしろ悲しそうな顔をした。愛海は罪悪感に打ちのめされる。こんなにも好きで、自分のものになることよりも優磨の幸せの方を考える翔子に対して、ひどく恥ずかしいことをしている気になった。手に入るところにあるのに、自分のことばかり守ろうとして逃げている恥ずかしい自分。海人かいとがいつまでも傍にいると自惚れてしまっている。

 (私は海人を失うまで気付かないつもりでいたんだろうか)

 「私ね、他に好きな人がいるの」

 初めて会った人に、鈴子にも言っていないことを打ち明けてしまった。仕方のないことだとも思う。翔子の態度、想いは信用に足るものであり、嘘をつくことは罪だとさえ思わせる力があった。

 「その方とはおつき会いを?」

 「ううん。でも、翔子さんと話して心を強く持とうって決めた。私、素直になってみる」

 「そうですか。よくわかりませんが、お役に立てたようですね。ということは、優磨はふられてしまいますね」

 「それは優くんが私を好きならの話でしょ。翔子さんだって直接確認したわけじゃないんだし、私はたぶん違うと思うよ」

 「そうでしょうか」

 「翔子さんて優くんと話とかしてるの?」

 「それが、あまり・・・というか全然できていないのです。少しずつ疎遠になっていって、今では避けられているような気さえします。家同士の繋がりはあるのですが、優磨は竜崎りゅうざきの家からさえ逃げるようになってしまったので」

 優磨が自分の家から逃げていると言っていたのは本当のようだ。いったい何があったのだろう。

 「ちょっと難しいかもしれないけど、翔子さんは優くんとちゃんと話した方がいいと思うな。気持ちを確かめ合うっていうか。私にはどうしても理由があるような気がして仕方ないの」

 「理由・・・ですか」

 「なんとかそういう場面をつくれないか考えてみる。みんなにも協力してもらえばきっとできるはずだから」

 鈴子と紫音しおんの力を借りれば、たいていのことは可能になると愛海は信じている。

 「私のためにいろいろ考えてくださって、ありがとうございます」

 「いや、私の方こそ会えてよかったよ」

 愛海は拉致のような状態で中庭に引っ張り込まれた経緯などすでに忘れている。昔からの友人でもあるかのように、ひっしと手を握りあっている。

 こうして愛海は嵐の中に自ら飛び込むこととなった。もちろん本人に自覚はない。


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