第1章 見えている未来
早朝のバイトとジョギングを終え帰宅した俺は、架空の
敵を想定した訓練を日課と決めている。一心不乱に木刀を
振りかざしながら、攻撃と防御の繰り返しをする。
4月も月末というのにかなり肌寒かったが、もう汗が滴り
落ちている。だがそんなことは構わず訓練に没頭してると
、パジャマ姿にサンダルを履いた人物が近づいて来た。
現れたのは、黒髪のオールバックに顎髭の男だ。
だが構わず木刀を持つ手を緩めるどころか、更に勢いを
止めることはしなかった。
「相変わらず訓練に余念がないなお前は」
「ああ」
声を掛けてきた彼の名は、神代 劉星。
陽斗、摩璃子、そして俺が居候している神代家の当主で
様々な事業を手掛ける経営者でもある人物だ。
昨晩の討伐は、この男の指示で動いていた。
腕時計を見ると、学校へ行く時間に迫ってきたこともあり
訓練を止め傍らに置いていたタオルで汗を拭い、
ミネラルウォーターが入ったペットボトルで喉を潤し
ながら、劉星は更に言葉を繋げる。
「昨晩はご苦労だった」
「あぁ」
ぶっきらぼうだが、彼なりの礼を述べてきた。
「本当にお前には感心する。私は経営している身だから、
必然的に朝早く起きるがな。
ついでに少し仕事をこなして様子を見に来たがさすがだ。
経営者としての第一歩は早起きが大切だ。
何よりも習慣化するだけでも価値はある」
「そうらしいな。あんたも結果を出しているからな」
「どうだ、将来はグループ傘下で就職をしてみて・・」
「遠慮するって前から言ってるだろ」
言い終わる前に遮った。目の前にいるこの男は後継者候補
を早い段階から探していて、何故か俺を指名してきた。
まだ高校生なのに。
こいつの周りには優秀な人材が大勢居るはずなのに。
全く理解できない。本当の俺は、俺は・・・・・
「ハハハハハ、次に期待するとしよう。お前はこの私に
とって、いやこの世界にとっても貴重な逸材だからなぁ」
「あのなぁ、本当の期待ってのは自分自身に対してする
もんだ。他人がするものじゃない」
「はは、所でまだあの2人は眠っているのか?」
「いつもどうりだな」
そう言って神代家を見た。外壁に覆われたかなり広い
庭付きの3LDKの一戸建ての色違いの同型がなんと
二軒ある。因みに白が俺達3人、黒が神代一家でそれぞれ
生活している。しかも共に新築一戸建てでおまけに、少し
離れた所には道場もある。建物が完成する前はこの土地
にかなり大きな武家屋敷があった。だが老朽化が進み今の
時代にそぐわないと判断した目の前にいるこの人物が、
取り壊しを決断して今の状態になった。だがそこに至る
過程で、この男の父親と食事の席でもかなり揉めていた。
以前は共に生活していたが、現在は別々に暮らしている。
そんな事を思い出していると、黒髪のセミロングに
エプロン姿の1人の女性と小さい男の子が近づいて来た。
「劉星さん、暁人君おはよう」
「おはようございます」「おはよう」
声の主が挨拶をすると同時に、俺達の挨拶も重なる。
劉星の妻、勝美だ。そして隣には息子の瞬が彼女の陰に
隠れて俺を上目使いで見ている。父親と同じくパジャマ姿
だが、起きたばかりなのか寝癖があった。
「瞬、隠れていないで挨拶しなさい」
母親に注意されながら言葉を発した。
「お、おはようございます」
まるで勇気を振り絞って声を発したような挨拶だ。
「うむ、おはよう。我が息子ながら元気でよろしい」
「オッス、瞬」
「暁人、オッスとは何だオッスとは。普通に挨拶が
出来ないのか貴様は!」
「お説教なら別の機会にしてくれ。もう時間がないんだ」
少し焦っていた俺は、身支度を済まそうと早歩きでこの
場を去ろうとする。
ふと瞬が木刀を持っている事に気付いた。
「あ、あの」
「ワリィ、瞬。また今度な」
そう言って頭を軽く叩いて今度こそこの場を後にした。
ここ最近、俺に鍛えてほしいと言ってきた。
どうしても強くなりたい。同じ幼稚園児のいじめっ子を、
見返したいから強くしてくれと稽古に付き合うように
なった。まだ5歳と幼いがしっかりしている。
(最近か)
分かっているんだ。俺にとっては最近ではない事に。
学校へ行く時間も迫っていたが、別の理由で
急ぐ必要があった。
「今日は寝坊したな、瞬」
「父さん、どうして起こしてくれなかったの」
「昨日、早く寝なかったお前が悪い」
息子が不貞腐れている姿を劉星、勝美は微笑ましく
見守っている。
「さあっ朝ごはんにしましょうね。あの2人もそろそろ
起きてくる頃だからね」
勝美が呟くと3人揃って俺の後を追うように歩きだす。
身支度を済ませ神代家の食堂につく頃には、勝美が用意
した朝食があった。ごく一般的な和食。テーブルを
見た瞬間、ガキの頃を思い出す。狭い六畳一間の部屋には
俺1人で、ちゃぶ台にはコップ一杯の水と僅かな小銭。
それが昔の日常だった。
二度と思い出したくもない過去だ。
足音に思考が遮られ、あたふたと寝坊した2人が
やって来る。
「あっ君おはよう、あ~ねむ~い。ホントにいつも
早起きだねぇ」
「おはよォ~。朝は本当にニガテ」
摩璃子に続き、陽斗も欠伸をしながらやって来た。
今は制服を着てるが、昔は揃って登校時間ギリギリで
あられもない姿の時もあった。
ちなみにこの2人は、いわゆる美男&美女というやつで
ファンクラブもあるらしい。陽斗は俺よりも体格が良く、
確か身長は183cmのやや筋肉質、茶髪に逆立った
ツンツンヘアーの陽気な男だ。
その性格と見た目のお陰かわからないが校内の女子からは
憧れの対象のようで、ラブレターや告白といったお決まり
の出来事に遭遇してる場面を、見かけた事が何度もあるが
それらを全部断っていた。昔はモテる男像は、自惚れが
強いと一方的に思っていた。
だが陽斗に関してはそれがない。対して摩璃子も同様に、
男からの誘いを断っているだけでなく女生徒のトラブルを
引き受けたりと他の生徒からは、女番長的な立ち位置に
見られる。だが極端に世話好きなだけだがな。
後、彼女の最大の特徴は、日本人離れした顔立ちと茜色の
髪だ。おまけに170cmの女性しては高身長とあの
ロングヘアーだから校内の男共の注目の的でもある。
その理由は彼女がハーフの賜物であるからだ。
端的にいって彼らは、目立ちすぎるので
距離を取っている。色んな意味でだ。
普通なら劣等感をイヤでも持ってしまうかもしれないが、
今はもうそんな感情すら湧き上がってこなくなった。
というより比較の対象が過去の自分に自然となった。
やがて全員集合すると、いたただきますの一声で朝食に
ありつこうとする側で、湯呑みの中のお茶を一気に飲み
干して食堂を後に、そのまま学校へと向かい始めようと
する。その瞬間、摩璃子と陽斗が慌てて声を掛け
引き留めようとした。
「ね、ねえ朝食の準備してあるんだからみんなで
一緒に食べたら?」
「そうだよ早朝からのアルバイトとトレーニングでお腹が
空いてるんじゃない?」
更に身体を鍛える一環として、三年になったと同時に昼食
からしか取らなくなったので要らないと一言だけ言った。
途端にそろって落ち込んだが、構わず神代家を後にした。
「まったく、暁人の奴は」
「ま、まぁ劉星さんあの子は、何も思い付きで朝食を
取らなくなった訳じゃないと思うわ」
「勿論、分かってる。だが折角の一家団らんがなぁ」
勝美が劉星を励ましている所に、陽斗が慌ててフォロー
する形で会話に加わってくる。
「でもあっ君は凄いよね。小さい頃はかなり怠け者だった
気がするけど」
陽斗に続くように摩璃子も暁人の変化に戸惑い気味だ。
「うん、昔は病気がちで泣き虫な所があったのがウソ
みたい。本当に私が知っているあっ君と同一人物なの
かなって。何故かは解らないけど急に別人の様に
変わった気がして。そんな姿を見てたら私も頑張ら
なきゃと思うようにはなっているんだけど・・・」
「まぁ、無理に変わる必要はないさ。
お前達のペースで変われば良い」
と劉星の言葉を勝美は微笑みながら繋げる。
「そうねぇ~。あなた達もようやく寝坊だけはしなく
なったしねぇ」
瞬もその通りと言いながらうんうんと頷く。
「そりゃあないよぉ~」
と陽斗のツッコミで笑いに包まれたが劉星は内心、穏やか
ではなかった。暁人から例の件で話があると言った
からだ。4人の笑顔を見ていると言い出せずにいた。
その頃、俺は神代家の敷地から少し離れたところある私有
の駐輪場にいた。目の前には銀色シートに覆われたものが
あってシートを取ると一台のオートバイが現れた。
400㏄、4ストローク・DOHC・水冷直列4気筒の
エンジンを採用しているネイキッドタイプだ。
急いで出てきたのは、陽斗、摩璃子が通学でも使用して
いる自転車がここにあって、まだ内緒にしてるからだ。
劉星以外には近所の住民が、敷地を借りている
事にしている。
(乗っている姿をまだ見られたくないし、
通学で使ってるのも黙ってるからな)
四輪車に限らず二輪車のエンジンには、低~中回転と
中~高回転などといった偏った物もある。だがこれは、
低~高回転でも安定した走りが出来る使用となっている
お気に入りの一台だ。
今回は三年の進学と同時に購入した。バイトを掛け持ち
したおかげで中古だがローンを組まずに済んだ。
そう、今回はだ。
この意味を考えると、正直しんどいなんて
一言ではすまない。
だが目の前の状況を受け入れ前進するしかない。
そんなことを考えながらキーを差しイグニッションまで
回して、セルを押しエンジンを始動させる。暖気運転が
終了すると、持っていたリュックの中からヘルメット、
グローブを取り出して装着する。再度、ジッパーを閉め
終えると背負って固定状態を確認し、ようやく愛車に
股がり学校へと向かうべく走り始めた。
マフラーから聞こえる重低音が心地よい。
俺が住むF県f市は、約160万人以上もいる都市だ。
居候先付近にはO公園というかなり大規模な公園がある。
敷地内には数店舗の喫茶店と美術館もあり平日でも
ジョギング、ウオーキングをする人々や休日になれば
外国や他県からも観光客が来る公園もある。俺自身も
早朝から走り込みをしている。おまけに少し離れた場所に
F城というこの市内でも有名な城がある。その他には車で
数十分も移動すれば商業ビル群も建ち並ぶf市最大のc区
もあり、俺が通う高校もこの区の中にある。
交通網に関しても地下鉄、市営バスといったり、国鉄に
空港もあったりとかなり発展した都市ではあるが個人的
には少々住みづらい。朝は車の渋滞は当たり前で、おまけ
にバスも電車の中も人で埋め尽くされてうんざりする。
だから尚更、移動手段は欠かせない。
以前はスクーターだったが、より早い通学と普段の移動に
使用するため購入した。実は入学当初に普通二輪免許だけ
は取得していたが、欲しい車体は高くて買えなかった。
だが、新聞配達と他にもう一件のバイトでようやく
手に入れた。
代わりに入学して半年後に手に入れたスクーターは下取り
に出し、そこで得た金額とバイト代を足して現在の愛車を
手に入れる為に手放した。
正直、公共交通機関を利用するのはかなり苦手で、あの
混み具合を見ると気が滅入るから、手に入れて本当に
良かったと思う。
一瞬ガレキに埋もれた街並みが脳裏を駆け巡った。
(はぁはぁはぁ大丈夫だ。もうあんなことはない。
絶対にない)
深呼吸で乱れた精神を整え、再び運転に集中した。
1000万人規模の都市に比べて、僅か100万人規模しか
いないこの都市でも朝はかなり渋滞する。
だから小回りが効く乗り物はうってつけだ。
だが交差点で赤信号ばかりに遭遇すると、燃費が悪くなる
だけではなく財布に響くもんだから朝の通学は面倒だ。
本当だったらこのままどこか遠くへ、正直に言ってこの
都市から、今の自身の取り巻いている状況から離れたい。
遠くへ行きたいという強い欲求に駆られるもんだから
困ったもんだ。だから今の自分になってから内緒で1人、
他県へレンタルバイクでツーリングを決行するように
なった。ちょっとした旅行をしたかったからだ。
望む理想の生活へと必ずたどり着くためにも早く退屈な
学校生活と、闘いの日々が終わって欲しいと心から思う。
だがこうやって物思いにふけながら走らせていても、行き
交う人々も何処にどんな人が居るかもある程度把握して
いると気が滅入る。なにが世間一般に流行っているかも、
どんな事件が起こるかも実は知っている。
見えないからこそ未来なのであって、既に分かってる事を
未来とは呼ばない。
(おっと残念ながら駐輪場が見えてきた)
今日も1日平和に過ごせるようにと願った。
もっと上手く表現出来るように、早く投稿出来るよう心掛けます。