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カビの痒いとこ  作者: ヘルベチカベチベチ
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 私は柄にもない、木の幹に身をひそめながら百均の水鉄砲を握りしめ、芝の上に漫画やポルノの撒かれた作戦の地点を、およそ五メーター先に見据えていた。お昼も近い運動公園だが、なんとか人目の少ない場所を見つけることができた。そのかいあって、作戦決行を踏みとどまる心配はなくなったのだが、むしろその踏みとどまらせてくれないせいで、この作戦に本気になってしまいそうな自分がいて、ときどき我に返っては水鉄砲のプラスチックが手の熱を通じて温まっているのに驚いた。

 友人はもう自然治癒に頼るのをやめるのだそうだ。これはもちろん右目のためである。栄養が欠けるだけのあの頃ならまだよかったが、今となっては片目や視界半分が欠けてしまっているのだ。賢明な判断だろう。そしてその下した判断を、今からここに右目をおびき出し、友人自ら伝えるのだ。

 この私の持っている水鉄砲はそのときのお守りである。もしも右目と友人の話がうまくまとまらず、右目がどこかへ飛んで行ってしまいそうなときには、私が背後からひっそりと近づき、この水鉄砲で射撃する。水鉄砲のタンクには、今朝私が購入した目薬と同じものが、振ればちゃぷちゃぷ音がするほどには入っていた。目薬さえ差せば羽毛などなくなり、たちまち右目は地に落ちるはずというわけだ。できればこんな手荒なマネはせずに済ませたいが、一度きりかもしれないチャンスだ。やむを得ないときもあるだろう。

 漫画とポルノの前に友人、離れた木の陰に私。そんな状態でただ待つのみ、五分は経過したと思われる。私には待っている間、右目の飛行状況を知るすべがなかった。飛行状況は友人だけが確認できるのだが、彼がそれを伝えようと声をかけてしまえば、私のせっかくの隠密は解かれてしまう。したがって、私は友人の見ている景色右半分が少しずつでも街に降りてきていることを願うしかなかった。

 しかしそう願うと同時に、ひとつ嫌な予感もしていた。というのも昨日に見た夢、あの眼球のキラキラとした輝きがどうにも頭から離れないのだ。それに、友人の右目から生えたのが羽毛であったということ。その二つが引っかかって、どうにも、私たちの用意したことはすべて無駄に終わってしまうような気がしてならなかった。

「……おーい。そっちも一旦隠れるのやめていいぞー。ちょっと休憩ー。」

 向こうから友人の呼ぶ声がした。それに対して私は木の陰から外れ、力の抜けた水鉄砲を軽く上に掲げてみせた。

 私が友人の居るところまで小走りでやってくると、彼はいつ買ったのか、冷えたスポーツドリンクを渡してくれた。それを「ありがとう」と私は受け取り、彼は冗談で金を要求してきた。

 私たちは、作戦の地点の横に腰を下ろした。

「こんなこと言うのもなんだけれど、隠れて待ってる間に、少し嫌な予感がしたんだ。」

「ああ、たぶん僕も同じ予感がしたよ。右目は降りて来ないってんだろう。」

「うん。その通り。」

 彼は私の嫌な予感を見事に言い当てたというのに、案外涼しい顔をして、芝に撒いていた漫画を一冊手に取り読み始めていた。

「ずいぶん平気な感じだね。もう右目はいらないのかい。」

 友人は漫画を目の前に広げたまま、「そうだねぇ」と気のない返事をした。しかしこれは彼の癖で、何かを決めようというときは必ず、ながらで考えをまとめるのだった。曰く、明鏡止水の状態には入れないが、波乱万丈な選択が約束されるらしい。彼は自分の臆病なところをよく心得ていて、たとえばアイデアマンが占い師に背中を押してもらうように、彼は半ば投げやりになってやっと変化に飛び込むのだった。つまり今回、彼が右目の処遇について、一体どんな答えを出したいのかはハッキリとしていた。彼は右目を手放そうというのだ。

 彼が漫画を閉じた。

「よし。今日は付き合ってくれてありがとう。でも、これで解散にしよう。」

「本当にいいのかい。私のことなら気にしないでくれ。」

「いや、いいんだ。お前から聞いた夢の話を思い出したんだ。これは今日一番の妄想だけど、夢に向かって飛んでったヤツの羽をもぐなんて嫌じゃないか。それに俺の右目は、飛んで行ってばかりで、漫画やポルノに惑わされるようなタマじゃないだろうしな。」

「そうかい。君がいいならいいよ。帰ろうか。」

 以来、友人の視界の右半分は、雲の上の青空に食われてしまった。心配こそ尽きないが、常に様子を伺える幸せよ。

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