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布団の上というのは、どうしても他より埃っぽい場所であり、そのせいで目の不潔は増して痒くなってしまう。夜になって、よし一日分の目の労をねぎらおうというときに、今日一番の苦労どころがまさにその瞬間というのは、いささか目に厳しすぎるのではなかろうか。私は目の痒いのを抑えるのに、手でそこを擦ってやることしかできない。
擦りすぎて涙が出てきて、私はやっとこの手の不毛さを自覚した。つまりはこの手だって不潔なのだ。おにぎりを手づかみで食べようと問題ないが、目は内臓よりも繊細である。ましてや毒をみる味覚や、ゴミを溶かしてしまう消化液も持たないか弱い器官だ。四六時中不潔とつるんでいるような手に当てられ、目が無事でいられる道理はなかったのだ。
私は諦めて痒いのを我慢することにした。瞼で周辺の不潔をガードし、先住の不潔に対しては、瞼の裏で目を掻くような力のコントロールをした。とうぜん楽ではなかったが、十分くらい経ったころにはこれにも慣れて、眠気も近づいてきてくれそうだった。
私はもうほとんど寝かかっていたのだが、窓の方から何かがぶつかったような音がした。それも小石や甲虫といった衝突にありふれたものでなく、もっと柔らかい何かがぶつかったような音で、その意外性も相まって私はよく目が覚めてしまった。
布団を抜け出し、音のあった窓へ近寄ると、雨など降っていないというのに窓の一部分が透明な水分で濡れていた。その範囲は、窓の内側から重ねた人差し指の先からはみ出るくらいで、さっきの衝突音に見合った、飛び散ったような濡れ方をしていた。窓を横にスライドし、地面に何か落ちていないか見まわしたが、その正体らしきものは見つけられなかった。
そのまま興味も失った私は、布団に帰ろうと窓を元に戻し、そのままカギに手をかけたのだが、視界の端、窓の中で動きがあった。その方に目を向けると、窓の先に一つの眼球が、羽を広げて浮かんでいた。その白目は真っ赤に充血しており、逆に黒目は夢に満ち溢れてキラキラとした輝きを放っていた。また涙を流してもいた。その涙には伝う肌がないので、宙に浮かぶ眼球を滑りきると、南極の地点からぽたぽたと果汁のように落ち続けていた。
この眼球をみつめていると、私の右目はひどい痛みを覚えた。右目というのは、ここ数日カビの生えたような思いをした目である。今までは痒いばかりであったというのに、ついに症状の本領を発揮してきたということなのだろうか。目の背後をハンマーで叩かれるような鈍痛。私は目玉が飛び出ないよう、閉じた瞼の上から必死に右目を押し込むが、痛みは一向にやむ気配をみせない。もう片方の、痛みのない左目であの眼球を見てみるが、向こうは私に目もくれず、大きく広げた羽を動かし、さっさとここから飛び立とうという様子だった。そして眼球はすぐに窓から見えなくなってしまい、それと同時に私の右目も痛みが和らいでいった。
一体あの眼球はなんだったのか、アラームが鳴って目を覚ました今でも分からないままだが、ただの夢だったと思えば素直にそう思えるくらいに、私は眠っている間にあのときの実感を忘れてしまったらしい。それよりも今は、相変わらず右目が痒いことの方が切実な問題だった。私は布団から出るなり服を着替えると、朝ごはんすらすっ飛ばして、近所のドラッグストアへと車を走らせた。