公開エピソード09「英雄は舞い踊る」
「認めよう。これは復讐である」
唯一必死祈願は、あたり一帯に響くように言いました。
その周囲を取り囲む機械の兵士たちは戸惑います。正確には、人型の戦闘機械に乗り込んだ兵士たちが戸惑いました。不思議な事ですが、外殻を通して中に居る人の動揺が伝わってきたのです。雰囲気や空気感というものの伝播は、戦場においてこそよく表れるのかもしれません。
「何を言っているんだこいつは?」と、兵士たちは無線でやりとりします。しかし結局は、彼らの任務は目の前の脅威の排除です。相手が何を言おうと、どんなつもりでいようと関係がありません。
唯一必死祈願は、そんな彼らのやりとりを目で見て耳で聞いていたかのような間を取って言いました。
「いや、なに、ガイアァクの事じゃ。どうせもう妾についての詳細な情報がその機械人形に送信されておるのじゃろう? それを見たら当然に思うであろうおぬしらの感想を肯定したまでよ。ああ、そうじゃ、これは復讐である」
実際のところ、兵士たちは唯一必死祈願についての詳細な情報を送信されてはおりましたが「まだそんなに詳しく見てなかったので何とも言えません」でした。正直に言うと対応に困りました。
しかし、唯一必死祈願はそんな事おかまいなしに喋ります。
「あのゲドウめはこう主張するじゃろう。『我が党は国家の状況を鑑み、適切な対応に全力を尽くし、財政危機を克服する等の課題を解決し続けてきた。国民への説明責任が充分に果たせず、テロリストの活動を許してしまい、死傷者を出してしまったのは遺憾であるが、しかしだからといって殺人をともなった報復など許される事ではない』とな」
機械人形の群れは、しばし任務も忘れたようにぢっとして話を聞いているように見えました。
「今、おぬしらは心の中で『間違ってないじゃないか』と思ったじゃろう?」
動揺が走りました。声にこそ出さなかったものの「この幼女は人の心が読めるのか」と思った者が大勢いました。唯一必死祈願は魔術の極み。それくらいできてもおかしくないのではと勘ぐったとしても無理からぬ事でしょう。
唯一必死祈願は続けます。
「欺瞞である!!」彼女はその言葉を強く言い、印象付けてから「財政危機の克服だと? そりゃあできるじゃろうよ。国民の生活がどれだけ厳しいものになろうと増税すればそれだけ税収は増えるのじゃからな。国民負担を変えずに財政難を解決できたなら大したものじゃが、奴はそうしたか? していないよなあ? つまり『国家は仕事をしていなかった』のじゃ。国民の生存と発展と言う大前提を無視して増税を繰り返しただけ。それでどれだけが国民へ還元されたね? むしろ生活に必要な額は増えたのではないか? 休みの日にも仕事を持ち帰ってこなさなければならない者や、副業で稼がなければならない者が減るどころか増え続け、老後資金を蓄えられる者さえわずかであり、生活保護の受給基準が引き下げられる事も無いし、住居の無償提供や食糧配給が行われる訳でもないのに納税額は増え続けるのでは話にならん。そもそもからして、あ奴は『国民に何かを説明した事なぞ一度もない』しな。毎度毎度『できそこないのポエムのできそこないのような話を聞かされて』妾は毎回毎回ぶん殴りたい気持ちで一杯だったのじゃ。説明責任が果たせていないのではなく、最初から説明自体がされておらんのに、馬鹿の一つ覚えの『今後ご理解いただく為に説明責任を果たしていく所存です』なぞと『そりゃあ殺されるのが当然』じゃろうよ。頭に虫でも湧いとるのか」
と、ここで、唯一必死祈願が喋っている間に作戦を立て、戦闘準備を終えた戦闘部隊が攻撃を開始しました。正確にはAIからの提案に操縦者が同意するだけの作業でした。唯一必死祈願はこれを見事な動作でかわしてみせます。
「ああ、すまんの。話が少しそれたな」彼女は大口径ライフルの斉射をいなしながら変わらぬ余裕で喋ります。「しかしながら、民主国家である以上、選挙や情報発信、署名活動等をせずに武力によって政権を打倒しようというのは、確かに褒められたやり方ではないのー。それはもう、本当に申し訳ない」
なんと、これまでゲドウ政権の悪口を言っていた口で今度は謝罪してきました。
操縦者たちは驚愕しました。何人かは思わず呟いてしまった程です。「陽動の為に姿を晒している機体の攻撃をさばけるのはともかくとして、光学迷彩で姿を消している機体の攻撃による十字砲火をどうやってよけているんだ! こいつは!」そう、唯一必死祈願の発言に驚いたのではく、演説のようなものを喋りながらの奇跡のような挙動。いえ、奇跡そのものとしかいいようのない事象を目の当たりにしたのです。
その様子を感じ取ったかのように唯一必死祈願は言いました。
「ああ、なに、簡単な事じゃよ。聞いた話では、その機械はAIによる行動予測で『絶対に当たる機会に発砲する』のじゃろう? ならば、絶対に当たる機会において、妾がその絶対に当たる場所に居なければよいのじゃ」
「その理屈で避けられる訳ねえだろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
操縦者の慟哭はもっともな事でした。それは人間にできる動きではありません。野生を生きる動物ですら不可能でしょう。だからこそ、銃という道具は長く狩猟の道具としても戦争の道具としても発展してきたのです。筋肉の収縮の速度を上回る行動は動物にはできないのです。例外的に、重力加速等を用いてそれを可能にする生物はいますが、自身の行動起点そのものは筋肉によってなされます。そして、唯一必死祈願の挙動は明らかに筋肉によってなされています。それはまるで舞のよう。優雅なる舞踏会ででも踊っているかのような軽やかさで戦場を翻弄している幼女の姿は、戦士たちには悪夢のように見えました。
「さて、故に、妾の行動には一切の正当性は無い。国家の安全や統治責任を鑑みれば、妾を排除するのはむしろ当然と言える。ならば、これを革命だとか、改革だとか、社会正義だとかいうのは少々はばかられるのー。……故に!」
唯一必死祈願はこれまでで一番冷たい目で、冷酷な目で、冷ややかな目線で周囲を見ながら言いました。
「これは復讐である」
さて、一方その頃、囮役として走っていたはずのシャドウですが。
「うわははっははははっはっはっは、げほ、うわははっはっはっは」
時々むせながらも笑いながら戦場となった街中を走りまわり、見事に囮の役を全うしておりました。
ゲドウの私設警備兵と衝突した後、彼は衆目を集める事に専念しました。
その結果として、警察車両、戦車、装甲車、ヘリコプター、白いバイクに主に追われており、それを追うようにテレビ局の車両やヘリが存在し、騒ぎを聞きつけた民衆が野次馬となって敵の対応力を削ぎ、それが電子端末の機能で情報拡散されてさらに人が集まるのです。ビルからビルへ跳んで移動し、どのような難所も手足を駆使して踏破する様子は見る者の心を感動で埋めました。鴉を模した仮面のふんどし男の話題は事件の後もしばらく世を騒がせ、真似して警察に捕まる人間も出たといいます。
さて、そろそろシャドウがなぜ忍者を名乗りながらもこんなに目立つ姿をしているのかを解説しましょう。これぞ、彼流忍術「人遁の術」なのです。
多くの人が勘違いしており、その勘違いの多くが「大ヒットしたコミック作品やアニメや映画の影響なので受け入れられないという人が多数を占める情報なのでとても言いづらい」のですが、「本当の忍者は火を発生させて飛ばしたり風を操ったり水や動物を空間転移させたりしない」のです。忍術に詳しくない人でも、火遁の術であるとか水遁の術であるとかを映像で見たり聞いたりした事があると思いますが、遁術の遁の字は遁走の遁です。すなわち、身を隠したり逃げたりする事を主目的とした技術、それが忍術の基本です。
物語によく登場する火遁の術は、勢いよく火炎を相手にぶつけるようなイメージの術ですが、本来の火遁は、火事を発生させて人の注意をそちらに向けて逃げたり、暗い山の中に松明等を置き、人を引き付ける等して逃げたり、その光によってできる物陰に隠れ潜んだりといった方法論の事です。そもそもからして忍者の主な任務は破壊工作と諜報活動です。苦労して敵国に紛れ込んだのに「身バレした上に死ぬかもしれない戦闘行為なぞするのは未熟」なのです。
そして彼の人遁の術もまた、人の心理や行動を利用して安全圏を確保しているのです。
現状、彼は多くの民衆の目にとまり「なんかよくわかんないが凄い変態」として認識されています。それは携帯端末によって動画撮影されたり、それが拡散されて保存されたりします。もしこれをガイアァクの手下が射殺したとしたらどうなるでしょう? そうなれば「なんかよくわかんない変態だったがただそれだけの人が射殺された」事になります。人を害した訳でもない盗みを働いた訳でもない人間が殺されたとあれば、世間は大いに騒ぐでしょう。もしかしたら敷地内への不法侵入くらいは取り付けられるかもしれませんが、射殺の理由としては難しいですね。麻酔銃の使用だって「やりすぎだ」と言われるでしょう。これはガイアァクにとって面白くありません。そもそも当のこの国では裁判を受けさせずに犯罪者を殺すのには少しばかりのステップを踏まなければいけなくなっていますので、ただ逃げる分には、衆人環視の中、興味を持たれる事こそが有利なのです。もし人目につかない所を走って逃げたならば「凶器を振りかざして襲ってきたので『やむをえず射殺した事に』される」可能性が高まり、非常に危険です。
そしてこの人遁の術。そもそもシャドウ本人の身を守る為のものではございません。火遁が火を囮にする術ならば、人遁の術は「シャドウ自身がミセスクインを生かす為の囮」なのです。故に、彼はいつだって目立ちます。その活躍もあって、実に多くの敵を引き付ける事に成功しました。民衆もどんどん集まっています。その人の流れは、ちょうどミセスクインの侵攻ルート上を移動し、ガイアァクは思うように戦力を展開できていない事でしょう。少なくとも、現状シャドウは、下位の警察官や治安維持に携わる人員の多くを連れていますので、敵方は人手不足に猫の手も借りたいはずです。にゃー♪
しかしながら、そうして予定通りに走っているシャドウだったのですが、違和感を抱いてもいました。人の集まり方が想定よりも早いのです。まるで、すでに集まっていた何かの集まりを自分が横からかっさらったかのような感覚でした。
その予感は的中しました。シャドウは逃走の途中で困っている青年を助けました。
彼は有志からなる反政府団体の一人で、デモの最中だったというのです。
「なるほど、ガイアァクの得意なやつだな。どうせあれだろ、危険行為があったとかなんとか言って警察が出張ってきたんだろう?」
「そうなんだ。そんな事は無いのに『話は署で聞く』の一点張りでほとほと困っていたら、急に遠い所で騒ぎがあったらしくて、その警察官は応援とかでそっちにいったんだ。でも、僕はその時に足を怪我しちゃって…」
「そうかそれは災難だったな」シャドウは怪我をした青年を背負ったまま苦でもないように走りながら言いました。そして内心で青年の冷静な判断力を称賛しました。警察官が青年をすぐに逮捕しなかったのは、その時点では逮捕できる充分な材料が揃っていなかったからでしょう。しかし、もし促されるままに警察署にでも行こうものならこれは「自首した扱い」にされてそのまま留置所に入っていた可能性があります。何も悪い事をしていないのに警察で拘束される事は普通の人間には耐えがたいストレスです。裁判を待たずに自殺するケースだってあります。そうならなかった事を心から喜びました。
なお、自首と出頭は、犯人が警察に出向く部分が共通していますが、「自首は事件や犯人が明確でない場合に犯人自身が申告する事」を言います。出頭は明確な場合です。警察の側に逮捕するだけの十分な根拠がない時によく使われる罠ですので「とりあえずパトカーに乗って」といった誘いには決して応じないように注意が必要です。
「ところで君はどんな事を主張して警察に捕まったんだい?」
「皆が思っている事を、言いにくい人たちの代わりに言ってやったのさ。『政府は新型感染症についての対応の間違いを認めず、責任を民衆や事業者に押し付けて、あげく、政府関係者が会食などを行った事に頭を下げるパフォーマンスをしてまで、複数人での行動や外食を悪い物に仕立て上げようとしている。これは明らかな責任転嫁であり、国民への攻撃である』ってね」
「ほう、若いのにたいしたものだな」
「え、いやあ、それほどでも」
気分を良くした青年は、SNS等で発信した言葉などもあげました。どうもそれも含めて警察が自分達を敵視しているような雰囲気を感じ取ったというのです。
そのSNS上での会話の一つが以下のようなものでした。
「そもそも連日のようにカラオケでクラスターだの、会食でクラスターだの言ってるけど、皆そろそろこれがおかしいって気づくべき」
「え? だって感染症なんだから人が集まった所で広がるのは、そうなんじゃね?」
「よく考えてくれよ。例えば四月一日に空桶という名のカラオケ屋に集まった人たちの間でクラスターが発生したとしよう」
「うん」
「その四月一日にカラオケを使ったのは空桶という名のカラオケ屋に集まった人たちだけだと思うかい?」
「あ」
「そうだろう? カラオケで遊んだ人間なんかいくらでもいるし、会食した人間だって会場だっていくらでもあるよ。でもニュースではまるで『その一か所だけが悪かった』みたいに言うじゃない? じゃあ『他は問題なかった』って事じゃない? もし他も悪いっていうんなら、ニュースで報道されるその一か所だけ悪く言われるのはおかしいよ」
「確かに」
「不気味だね。まるで『会食や集合が悪い』っていうのが世間の常識として定着するまでずっとこういう事を言い続けるつもりみたいだ。政府が進めた感染症対策が間違いだったって認めない為に、国民の認識を塗り替えようとしてるみたいに感じるよ」
と、そういった事を話したそうです。
この青年の話を聞いてシャドウは強く感心しました。
誰かに言われるまでもなくガイアァクの脅威に勘付き、力及ばないながらも戦おうとする者がこの国でも生まれていようとは、素直に意外でした。しかし、馬頭のような特殊な人間が生まれる例もあります。数は少ないながらも、居ないという事はないのだ。その認識はシャドウに強い活力を与えました。
シャドウは青年をおろすのに都合の良さそうな場所に目星をつけて、そこに向かいながら言いました。
「青年よ。なぜこの国に言論の自由があるかわかるか?」
「え? それは、憲法によって保障されているからでは?」
「その通りだ。だが外国には言論の自由が保障されない国家もあるな」
「え、うん。悲しい事だね」
「それはなぜ保障しないのだと思う?」
「それは、国民を支配するのに不都合だからじゃない?」
「ああ、そうだな、その観点をもってもう一度考えて欲しい『なぜこの国で言論の自由が認められている』のかを」
「憲法で保障されているっていう以外に理由があるのかい?」
「君がさっき言った通り、言論の自由は国民を支配するにあたって都合が悪い場合が殆どだ、だが政府にとって有用となる場合もある。ものすごく現実的で、どうしようもない理由がな」
「えーっと、例えば国民の不満を知って、もっといい政策の為の参考にするとか?」
「いいや、それはとても善良で希望的な考えだが、今の場合では違う。では逆に考えよう。もし、君のように正義感を抱いた気骨ある人間の集団に対して、言論を封じたらどうなるか?」
「え、秘密裏に集まって準備を整えて一斉決起かな。……は!?」
「気づいたな? そうだ。十分な教養や経済力が伴った人間を相手に言論を封じると『地下組織のようなもの』が出来上がって一気呵成に攻撃が始まる。では言論の自由、例えばデモ実行の権利や署名活動を行う自由を認めたなら?」
「政府に不満を持つ多くの人間は正当であろうとする。そして正当な方法があるのにそれを選ばなかったら、革命をおこせても国民や外国に正当性を主張できない。だから合法的手段としてデモをおこす、だがそれは政府にしてみれば『テロ攻撃が始まる前に相手の大まかな規模や行動力を判断する有用な材料』になる!? ばかな」
シャドウは安心しました。この青年は充分な素養がある。この局面を生き残り、鍛錬を積めば、きっと素晴らしい革命家に成長するだろうと。
シャドウは青年を病院近くのタクシー乗り場でおろしました。ここに至るまでに、忍者としての隠形の術を用いていますので、素早く病院へ逃げ込めば塁が及ぶ事も無いでしょう。ベンチに座らせながら最後のアドバイスを伝えます。
「青年よ。この国には言論の自由があり、それを活用して世に正義を伝えるのは尊い行為だ。だが気をつけろ。政府はそれをいつでも利用して君を追い詰める事が出来る。今日のようにな。可能な限り一人では活動するな。友人でも仲間でもいい、活動に一緒に参加する人間でなくてもいいから『情報を共有する人間を』作って行動しろ。常に人の目のある所を選んで歩け。いっそ有名人になれ。『急に消えたら不自然に思った世間が騒ぐくらい』のな。どんな場合でも、自分と仲間の命を最優先に考えろ。いいか? 思想や正義よりも、自分と仲間の命を最優先に考えるんだ」
シャドウのいきなりの迫力をともなった言葉に、青年は少したじろぎながらも言いました。
「もし、思想や正義を優先しちゃったらどうなるの?」
シャドウは、今日初めて会った青年にさえ抜群の説得力をもつ声音でいいました。
「殺されて地獄に落ちるか、生き残っても、地獄を生きる事になる」
さて、一方その頃、カーマインはと言いますと。
部屋に突入してきた者達から情報を引き出したあと速やかに移動を開始し、廊下やエレベーターホールで待機していた部隊をもことごとく制圧し、今はホテルの一階ロビーに到達しておりました。
望遠で情報を得たのか、途中からエーテル武装ではなく実体弾の攻撃が始まりました。それどころか爆弾やガスによる攻撃、ヒ素や塩素まで使うなりふり構わない攻撃が連続して行われました。
だがカーマインはその全てを防ぎ切り、脅威を的確に排除してみせました。
特殊部隊には魔法使いに対抗する為の予備知識がありましたが、残念ながら大魔女についての詳細な情報はないらしく、その攻撃のことごとくは「ある一つの前提を見事に欠いている」粗末なものだったのです。
その様子を解説いたしましょう。今からちょうど、対戦車ロケットランチャーによる攻撃が始まります。人間一人相手に何を想定して持ってきていたのでしょうか正気を疑いますが、大魔女に対してはこれでは全然たりません。
ロケットが発射されました。容赦ない破壊力の塊がカーマインに向かって飛んでいきます。そうすると彼女の口が動きました。
「爆ぜよ」ロケットは爆ぜて粉々になりました。
その一言は力ある言葉でした。彼らは知らなかったのです。優れた魔法使いが身振りだけで魔法を使えるという所までは知っていましたが「大魔女が言葉を発するだけで魔法を使えるとは知らなかった」のです。
手を使うよりも集中を必要とするので普段は使わない方法ですが、大魔女カーマインはこれを可能とする熟練の魔法使いだったのです。したがって、指や腕を動かすよりも素早く魔法が使えます。極論「破」の一言でも「破」という事象を引き起こす事が可能で、目に見える攻撃は全て認識してからでも充分に対処できました。目に見えない攻撃については既に、部屋を出るときに万全の防護を身体に付与してきております。光学兵器は拡散させて無力化できるフィルターを展開し、ガスや音波による攻撃に対しても流動操作の魔法によって対処、これを使うと周囲の音が聞き取りにくくなるのが難点だと常日頃から悩んでいるのですが、贅沢は言っていられません。
シンプルな銃撃に対してはシンプルに「肉の壁を」用いて対処しました。情報を聞き出して用済みになった敵兵の脳をわずかに溶かして、命令にだけ反応して行動するリアルゾンビを作成し先行させます。敵と戦う度に可能な限り行動不能にしてから同様の処置を施し、戦力を拡充しながら進む姿は正に「魔女」のそれでございました。
地下を抜いてきたり、天井を落としてきたり、単純に周囲を火で囲んで酸素を奪ったりと言った古典的な戦法に対しても準備があります。定期的に振動探知や電波探知を用いて周囲の変化を観察しているのです。ガイアァクにもそれは分かっているらしく、思い切った戦力展開が出来なくなっていました。うかつに人員を割いてしまうとたちまちのうちに反撃され、防御が薄くなった所を一気に叩かれてしまうからです。
しかしながら大魔女は、そういった「一応戦略とか練ってます」というポーズが通じるような生易しい相手ではありませんでした。
実はここまでの戦闘で集めた「カーマインが喋るだけで魔法を使える」という情報すらカーマインの真骨頂ではなかったのです。
カーマインとルルは思考の中だけで会話しました。
(ルル。そろそろ向こうも準備が整う頃だ)
(なにの?)
(飽和攻撃だよ。最初のうちはただの女を殺すつもりだったからあんなもんだったが、そろそろ多方向からの同時連続攻撃であたいをミンチにしてそのままこんがり焼き上げる算段で仕掛けてくるだろう)
(あさからハンバーグだね)
(食べたいのか?)
(うん)
(じゃあこれを片付けたら、朝からでもやってるファミレスを探すか)
(やったー!)
(それじゃあいくよ「準備はいい」か?)
「わかったよ。カーマイン」
特殊部隊を指揮する男は、標的の女が急に独り言を喋ったのを「ついに集中力を切らしたか」と判断し、部下に命令しました。カーマインが予想した通りの飽和攻撃です。もし彼がもっと冷静だったなら、標的の女は独り言をつぶやいたのではなく仲間と無線のようなもので連絡を取り合っていたと思ったかもしれません。そう思うべきでした。そうであれば、もしかしたら違う命令を下した可能性もあります。この戦場を生き残ったとしたら彼は強い後悔に苛まれ続けるでしょう。
カーマインのその様子は歌っているように見えました。
「さあ『爆ぜ』よ『飛べ』よ『転べ』よ『痛み』に『苦しみ』を『分かち』あい」
大魔女がそう言葉を発するたびに、それが示す通りの現象がそこかしこでおきました。
一人ずつ人が爆ぜ、それが飛び、転び、痛みと苦しみが伝播し、ついでに物理的に体が分かれてしまったのです。ぱかあっと。
「何がおきてるんだ!?」と、指揮官が事態を把握しようとする間にも、次々と被害が拡大していきます。
一部のよく訓練されたガイアァク兵士たちは、そんな中でもなんとか命令を遂行しようと奮闘しました。実体弾も爆弾もエーテル武装による攻撃も織り交ぜたものです。
「ほら『死がお前を襲う』ぞ! 『灼熱が風と共にやってくる』ぞ! 『呼吸するだけで肺がただれてもう立っていられない』だろう」
魔法を行使する言葉は、段々と文としての形を取り始めました。
そして、特殊部隊の面々はようやく気づきました。いつの間にか標的の女は踊っていたのです。
くるくると回り。艶めかしく指を動かし。時々強く床を踏み。一挙動の度に空中や足元に淡い光が煌めきます。それらの光はエーテルによる攻撃を無効化し、防御の為の魔法のほころびや破損を修復し、探知魔法の効果をより優秀なものに拡張していきます。
これこそがルルルカーマインの必勝の型でした。
訓練してもいない多くの人は、右手と左手で同時に別々の文章なぞ書けないでしょう。
しかし、ルルちゃんとカーマインの二つの人格が同時に覚醒している状態でなら、彼女はたやすくそれを行って見せます。
今彼女は、口頭による魔法の発動をルルちゃんが担当し、周囲の感知と、体の駆動による魔法の発動をカーマインが担当して戦っているのです。この時ばかりはルルちゃんも普段のぽやんとした雰囲気を捨て去ります。きちんと漢字も使うのです。
「さあ『跪け。頭を下げろ。大魔女の前である。不敬は決して許されない。生きたまま心臓を凍らされたいか。それとも千の虫が身の内側を食らう感触を知りたいか。あるいはそう、体が腐り、止まらない痒みを抱きながら血便を撒き散らしながら乾いて死ぬ』か」
もはや彼女の歌が聞こえる範囲において正気を保っている人間は居ませんでした。
相手の位置や行動に合わせていちいち発動する魔法を選ぶのではなく、大規模広範囲に効果を及ぼす魔法による殲滅攻撃です。この魔法は歌が進行する程に威力も範囲も増していき、耐性の低い人間から準繰りに殺していきます。耳を塞いでも意味はありません。聞いている人間に影響を及ぼしているのではく、歌が響く範囲に影響を及ぼしているからです。しかし、たまたま魔法への耐性があったのか、歌詞の後半まで生き残る者も一定割合で出るのが難点ですが、そういった敵が決死の反撃を行っても、カーマインが抜群の感知能力と防御で相手を絶望させ、やがてその敵も死に至ります。大魔女の本気になった魔法に抗える耐性を持つ者なぞ、それこそガイアァク幹部クラスか神か悪魔くらいのものなのです。
「『あははははははは! 捧げよ。死を捧げよ。死ね。死んで詫びろ。害悪め』」
くるくると大魔女は回って踊ります。
今より少し前に「君は完全に包囲されている。今投降すれば、弁護士をすぐに用意し、正式な手続きにのっとった裁判を受ける事ができる。これ以上罪を重ねるな」という事を、拡声器を用いて言ってきた者が居たのですが、彼らにしてみれば常套手段なのでしょうが大魔女に対しては最悪の一手でした。「罪を重ねるな」とは今現在既に犯罪者である事を前提にしていますが、裁判を受けていない者を犯罪者として周知させようなぞという浅ましさをこそ大魔女は嫌います。かつて大魔女を不当に逮捕しようとした警察どもが「抵抗するな」といって喚いていた記憶も呼び起こされて特に不快です。更に、裁判を受けられる事をとても素晴らしい事のように言っていますが、彼ら自身は大魔女を犯罪者として扱うのですから、裁判を受けても犯罪者として扱われる未来は変わりません。ついでに言えば、今回、カーマインはこの国において何もしていません。
馬頭との面会に出席したのもルルちゃんですし、昨夜の会議にもルルちゃんしか出ていません。カーマインはこの国を民主国家として残す事に完全に反対の立場であったので、ミセスクインの意向と反発するからです。
ミセスクインとしては、この国が、かつて自分が治めた国と似ている状態であるので、国民自身に国の事を決めて欲しいと思っていたのだろうが、この国はもう詰んでいる。未来はない。どんな教育機関を設立しても学ぶ人間に学ぶ意思がないし、学ばなくても誰からも悪く言われないという社会構造がそれを助長するのでどうにもできない。というようにカーマインは考えておりました。王族としての使命感を持つ唯一必死祈願や、革命家としての意地を持つシャドウはともかくとして、研究者であり教育者である大魔女は、ガイアァクへの報復はしたいが「この国を民主国家のまま統治させるという『しち面倒くさい』仕事」には積極的になれなかったのです。
ルルはアホなリアクションをふりまきながらクッキー食べたりしていただけだし、自分はテレビ見ながらクッキー食べたりしていただけだ。それでホテルまで押し入ってきて攻撃してきたのはガイアァクだ。奴等が言うには「正式な手続きにのっとった裁判」とやらを受ける前に殺しに来た。自分はそれに反撃して殺したのだ。奴等が死んでいくのは完全に自業自得であり、それでも自分達は正しいと主張して攻撃を続行するようなのがテロリストに対抗する作戦を行う部隊の構成員なのだから、ここの国民のレベルも知れようというもの。そうカーマインは思いました。
ルルちゃんが歌い、カーマインが踊ります。
「『死ね害悪め。死ね害悪め。死ね害悪め。死ね害悪め。死ね害悪め。死ね害悪め』」
最後、デスメタル風に歌いながら、くるくる回って踊ります。
一方その頃、シャドウも踊っておりました。
逆さまになって足を大きく広げて回転し、ふんどしはためく音も豪快に、その動作をもってガイアァク陣営の射撃をかわします。事情を知らない人間はブレイクダンスのパフォーマンスと勘違いしたでしょう。
背中、肩、首後ろと、地面に接する部位の筋肉を起用に駆使して細かく移動しつつ、うわははははと笑いながら敵をおちょくります。
街中にある手すりや街灯、ベンチや植木に信号機等を使った鉄棒や体操のようなアクションも見せて、観衆の目を楽しませました。
事ここに至り、ついにガイアァクもなりふりかまわずに射撃なぞしてくるようになりました。
ところで皆様お気づきでしょうか。ミセスクインを筆頭に超常的な戦闘能力を発揮する一行ですが、シャドウはまだ一人も人を殺しておりません。
本来ならば、最も戦闘において活躍するのは筋肉キャラであるシャドウの筈ですが、彼は常に回避や防御、民間人の避難を担当しておりました。
まあそれも無理からぬ事。実はこの一行の中で最も戦闘能力が低いのはシャドウなのです。
もちろん彼が本気になれば、唯一必死祈願のように殴るだけで頭蓋骨を破砕させられるでしょうが、彼は魔術も何も関係ないただの人でありますから、透明武装を失った今、それをすればすぐに拳が使い物にならなくなりますし、スタミナの消耗も激しいものになります。彼がこの一行の中で優れたものとして発揮できるのは筋肉のみなのです。
しかしそれでいいのだと彼は考えております。様々な局面に対応して集団が生き残る為には、様々な局面に対応する手札の数が重要です。魔法だの魔術だのしか手札の無い、炊事も洗濯も掃除に至ってすら苦手とする女性陣をこれまで支えてきたのは自分だという自負もあります。地図を見るのも上手なのはシャドウですし、お金の計算もシャドウは得意とする所。このふんどしだって、自分の手による裁縫でこしらえているのです。考えれば考える程、自分はこの一行にとってなくてはならない存在だとシャドウは思うのでした。
そして何より、魔法や魔術、呪いに祈祷といった手段が通用しない事態となった時、純粋な物理によって解決できる彼の筋肉は、最後の希望たりえるのです。
かつて、誰から聞かれたのか記憶も朧気ですが「魔女王なんていう大人物の傍にいて筋肉しか取り柄が無いとか、気持ちが萎縮したりしないのかい?」と言われ、彼は次のように回答しました。「鋭いナイフとフォークしか無いのでは、スープを飲むのに不便だろう? そんな時、スプーンがあればとても便利だ。使う機会があるかどうかは別にして、用意だけはしておくに越したことはない。俺の筋肉の存在は、そういうものだと思っている」と。実に彼らしい、上手い例えですね。
「くそう。このふんどし野郎。どうしてだ。どうして当たらない」
ついにゴリアテの時と同様に、冷静な行動が出来なくなったガイアァク兵士をチラ見しながら、緩急をつけたダンスの動きで上手に射撃を避けていくシャドウ。直立姿勢かと思えば急に足を開いてしゃがみこみ、そのまま片方の足を引きつつ軸足の力のみで半回転しながら柱の陰へ移動し、立ち上がり、腕を上に伸ばして完全に柱に隠れ切ったと思ったら、次の瞬間には側宙の動きをもって、回り込んできた兵士を引き離します。
(ふ。俺も、武術を学び始めた最初の頃に比べたら、まあ上手になったものだなあ)
シャドウは戦闘の最中の束の間、少しだけ昔を思い出しました。
彼の故郷において、武装が許されない法律があった、という事は覚えておいででしょうか。
細かい差異はあるものの、どこの国にも存在する「銃砲刀剣類に関する法律」により、正当な理由なく人を殺傷する道具は持ち運べない国でした。
その銃砲刀剣類に関する法律は、その国に住んでいる人であれば殆どの人が知っている事なのですが、意外と知られていない法律があります。「軽犯罪に関する法律」です。
その法律によりますと、スタンガンや特殊警棒といった、基本的には護身の為の道具でさえ、人に危害を加える可能性がある道具である為「正当な理由なく持ち運ぶ事は許されない」のであります。
多くの人は誤解しています。「正当な理由があれば持ち運べるのだから、護身の為であればそれは正当だよね」と。「実は、そうはならない」のです。
この法律における護身の正当性とは「暴行などを実際に受けている時にのみ」発揮されるのです。つまり「暴漢に殴りかかられたので、スタンガンで反撃した」は正当性がある事になりますが、「暴漢に襲われる懸念があるのでスタンガンを持って家を出た」は正当性があるとみなされないのです。本当です。
こういった法律の存在を知らない民間人は、警察にとっては実に都合のいい点数稼ぎの標的になります。これをシャドウが学んだ時には、彼の故郷はガイアァクによる侵攻が致命的かと思えるほど進んでいましたので、身の危険を感じた人が刃物でもない銃でもない武器を持って外を歩けば、警察は好機とばかりに追い詰め、軽犯罪に関する法律違反で逮捕して有罪にし、犯罪者を検挙したと言って喜ぶのです。
そこで、素手ならばいいのだろうと、何かしらの格闘技を学んだ人間が、その正義感から飲食店で酔って暴れている人間をこらしめて痛めつけたならば、これも暴行に関する罪により裁判までされたなら不利に働きます。
そこでシャドウが身に着けたのが、この「完璧な回避と防御」です。
鉄板を仕込んだ靴や、同じく鉄板を袖に仕込んだ服を着て、小さい鎖で編んだ下着をまとい、それをもって近接での刃物を防御し、射撃に対しては視線誘導や、逆に視線から弾道を予想して回避行動を機敏にこなし、敵の武器を不能にする機会をうかがうのです。
それらを可能とする動体視力と、圧倒的な数による戦闘経験、そして生まれ持ったセンスによって、シャドウはこの現場における戦闘を成立させているのです。今や、彼は鎖かたびらすら必要とせずに、十や百と言った敵を前にしても一切反撃する事無く翻弄する技術を手に入れているのでした。
いつの間か、シャドウとそれを追う者達は、街の大通りを端まで埋めて歩く程の規模に膨れ上がっていました。
ガイアァク兵士が射撃し、それに対し両手をあげてジャンプしてかわしたシャドウの動きにシンクロするように、ガイアァク兵士の背後、シャドウから見れば正面の観衆は同じように飛び跳ねて動き、ガイアァク兵士がそのあげられた手を狙って射撃したならば、腕を引く動作と共にパンチのような動きをし、観衆も同じようにパンチのような動きで追従します。
シャドウのステップをそっくりまねて沢山の人が動き、その足音が通りに響き、衣擦れの音、呼吸すらBGMとして、まるで映画のような風景を作り出して忍者は任務を全うします。
「あソーレ、踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃそんそん♪」
ちょうどその頃、唯一必死祈願が担当する戦場は決着がついておりました。
優雅に舞っているようにしか見えないのに、一切の攻撃が通用しない事に苛立った兵士が、作戦の変更をAIに提案したのがきっかけでした。
馬鹿な事をしたものです。AIがデータに基づいた、より有効と判断できる作戦を立案しても、機械に責任を持たせる事が出来ない以上、その提案に対するGOの意思だけは人間が発揮する必要があります。つまり僅かな時間だけ攻撃が止んだのです。
その瞬間を逃さず、唯一必死祈願は攻勢に転じました。ロボットの胸元、操縦席があるあたりにとりつき、衝撃を浸透させる打撃を打ち込んで中の回路を破壊します。
彼らの判断の間違いの原因は「圧勝を望んだ」事でした。確かに彼らの攻撃は唯一必死祈願に対して決定打を持たないものでしたが、彼女が攻撃をしてこないという事は、足止めにはなっていたのです。最初にAIが提案した作戦はきちんと機能していたのです。
周囲のロボットは銃口を向けるものの「許可されていない人間(正規兵)」を攻撃する可能性がある為に射撃ができず、もたもたしている間に、唯一必死祈願は次々と敵を撃破していきました。光学迷彩で隠れていた敵に対しても、適当にあたりをつけてそこかしこに転がっている死体を投げつけ、発見し、始末します。
やがて、機械の残骸と死体の散乱する中、唯一必死祈願は言いました。
「これは復讐であり、妾の行動に一切の正当性はない。しかしながら、そなたらがその仕事についたのはそなたらの責任であり、いつでも国の非道に心を痛めて辞職する機会も、この戦闘から離脱する機会もあった。泣き言は聞かんぞ。泣き言は言うな。せめて戦士らしく、いさぎよく死に、妾を呪い、地獄に落ちるがいい」