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公開エピソード08「信仰の自由」

 その声の主はフェニックスでした。

「馬頭さん。そんなテロリスト女の言う事に騙されちゃいけません!」

「……俺様が何に騙されているって言うのか、聞かせて貰えるか?」

「ゲドウ大臣は立派な政治家ですし、ビニール袋の有料化だって、石油資源を守る為にも有用なんです。さらに! この国は世界でも有数の安全大国なんです。貧困から犯罪に走る人間は少ないし、最終的には生活保護という素晴らしい制度によって守られます。この国は生活保護の利用率が平均で毎年2%以下なんですよ? 経済的に豊かな証拠でしょう。人々の生活水準を引き上げたのは、まぎれもなく現政権の手腕によるものです」

 フェニックスは「正義の味方が涙をともなって悪に落ちた友人を説得している雰囲気」を演出して喋りました。演出と記述しましたが、実際彼はこれを本気で喋っているので、その言葉から伝わる感情に訴える迫力は、名優もかくや、というものでした。

 馬頭とミセスクインは、一瞬だけ呆気に取られました。錯覚ではありましょうが、周囲がしんと静まり返って、自分達の周りだけ隔離されて音が消えたように感じました。その呆気から、戦士としての訓練を積んだ馬頭が先に脱し、フェニックスに返事をする事が出来たのはさすがでございます。ミセスクインも遅れはしたものの、すぐに正気に戻ります。

「馬頭さん。彼は……」

「いや、ここは俺様に任せてくれないか」

「……」

「あんなでもな、縁と言うものがあるんだ」

「友人だったので?」

「いいや。いつから『ああだった』のかは分らんが、もしかしたら俺様にも出来る事があったんじゃあないかと思えてやまない。……今、本当の意味で腹をくくれた気がするぜ」

 フェニックスが言葉を挟んできます。

「何を言っているんです? さあ、テロリスト女から離れて下さい。今なら間に合います」

「今から投降すればガイアァクは俺様を許して、安全な生活を保障すると?」

「そうです」と言ったフェニックス。そのすぐ後に「あ」と声を出してしまいました。もう言い訳できません。

「やっぱりか。お前さん。ガイアァクの構成員だったんだな」

 フェニックスは焦りました。彼の任務は、要注意人物である馬頭の友人という立ち位置から監視し、可能であればガイアァクの側へ誘導するというものでした。彼は任務に忠実に現政権の良い所をアピールし、好印象を与えてきたはずでしたが、頭の悪い馬頭という女はいつまでも考えを改めないので疲れ切っていました。そうして生まれた油断から、つい自分がガイアァクの戦士である事を返答してしまったのです。

「ふ、バレてしまっては仕方ないですね。そう、僕はガイアァクのエリート戦士。バーカーを越えるバーカー。その名も『オーバーバーカー』のフェニックスです」

「オーバーバーカーだと!?」

「むう、ガイアァクはそんなものまで作っていたのですか」

「小さな子供に怪我を負わされるような小者ではありませんよ」

 ついに自らフェニックスを名乗った彼の体は、みるみるうちに色を変えていきました。急激な筋肥大を伴いながら、標準的な肌色だったものが、あっという間に全身が緑に染まります。「仮にもフェニックスを名乗るなら赤とか橙じゃないのかよ」と、馬頭は心の中だけで言いました。

 馬頭は銃を撃って牽制しながら大きな声でいいました。

「ここは俺様に任せろミセスクイン! お前さんは必ずゲドウを倒せ」

「ではこれを。発信機になっています。メッセージを自動で暗号に変換し、受信先の端末で暗号解読をするシステムで連絡も取れます」

 馬頭はミセスクインから小さな機械を受け取り、顎をしゃくって促しました。

「ご武運を」といって一人、ミセスクインは国会議事堂を目指して走りだしました。

 それを見送って、改めて対峙する馬頭とフェニックス。ただならぬ緊張感が場を支配します。銃口を油断なく構え、視線を外すことなく狙っていた馬頭の目元が、一瞬だけ緩んで、言葉が紡がれました。

「で、いつからお前さんはガイアァクの手下だったんだい?」

「手下という言い方が引っ掛かりますね。……まあいいでしょう。最初からですよ。貴女とバイト先で一緒になった頃から、僕はガイアァクの戦士でした」

「なるほどな。今もって職場が近いのはただの偶然か?」

「いいえ。貴女はずっとマークされていたんです。ミセスクインもマヌケですよね。あいつは自分がエーテル武装を持ち込んだと思っているようですが、実はもっと前から研究自体はされていたんです。エーテルという名前だけは響きがよかったので採用させてもらいました。馬頭さんは素質がある人だったので、勧誘する機会をずっとうかがっていたんですよ」

「だとすると、俺様もたいがいマヌケだが。お前さんもだな。結局、スカウトそのものは失敗している。エリートが聞いて呆れるぜ」

「いつまでも僕らの理想を理解しない馬頭さんが悪いんでしょう!」

「ああ、そういえば、いつもそんな事を言っていたな。暗歩砲は必要だとか、今だって、この国は豊かだとか『クソたわけた事を』言いやがる」

「事実ですよ!」

 そう叫んだフェニックスは、大きく腕を振りぬきました。握りこんでいた石を高速で投げたのです。魔女王と呼ばれたミセスクインが居た為に、エーテル武装による攻撃は無効化される懸念があったので、物理攻撃の準備をしていたのでした。

 これを馬頭は華麗なステップでかわして見せます。すかさずフェニックスは距離を詰め、腰の後ろに仕込んでいたナイフで切りかかりました。勿論、馬頭はこれも先読みしておりました。投石と斬撃を繰り返して徐々に進路をコントロールし、追い詰めてくる算段だという事も、いずれガイアァクの応援が到着し、自分を包囲して殺すつもりだという事も看破しておりました。

 それでもあえて馬頭はこの戦いにおいて、会話する機会を狙っています。

 フェニックスも、馬頭の挙動の不自然さに気づいて動きを鈍らせました。

 牽制の攻撃が行われ、それをかわす、というやり取りを交互に行いながら会話がなされます。最初に聞いたのは馬頭でした。

「ところでさっき言っていた『この国の生活保護の利用率は2%以下だ』という話だがな」

「なんですか急に」

「どうしてそれが『この国が豊かという根拠に』なるんだ?」

「外国ではもっと沢山の人が生活保護を受けているんです。この国ではそれが少ないという事は、困窮している人が少ないって事でしょう!」

「ははん。なるほど『人々の認識を塗り替える』か。上手いやり方だな」

「なんです。何か違いますか!」

「お前さんは『この国で生活保護を受けるのにはどんな基準を満たさなければならないか』答える事ができるかい?」

「な、なんですか急に。答える義務なんかないですよ!」

「答えられなくて恥ずかしいか? 恥じる事はない。殆どの人は知らない事だ。知らないのに知ったかぶって言うよりは余程健全だぜ」

「馬鹿にしてえ!!」

「恥じる事はないと言っているのにな」

 馬頭はフェニックスの攻撃を避けながら、少しずつ自分に有利な立ち位置を得ようと移動していました。足元をすくうような斬撃を跳んでかわし、そのまま階段を上って高い場所を取ります。いつの間にか雑居ビルが立ち並ぶ地帯の路地に入っていたのです。多人数を相手取る可能性を考えれば、狭い場所への誘導は好手。高い場所を取るのも戦術として教科書通り、しかし、ビルを登ったのでは逃走には不利になります。フェニックスは当初、馬頭はこのまま遁走してミセスクインとの合流を目指すと思っていたのですが、そうならない事に不気味さを感じました。

「では教えてやろう。条件は四つだ。『世帯収入が最低生活費以下』である事、『預貯金、現金、家、土地、車といった財産がない』事、『援助してくれる親族、家族が居ない』事、『病気などの理由があって働けない』事だ。これらを満たした人間だけが、この国では生活保護を受ける事が出来る。どれか一つじゃない。全部を満たさなければならない」

「真っ当じゃないですか! 何がおかしいっていうんです!」

「これまで懸命に働いて納税をし、念願のマイホームを手に入れた矢先、新型感染症の対策だとかいう理由で商業は大打撃を食らい、この国全体が不景気だという事実を背景に、来月以降の生活のアテを失った人々であっても『感染症に負けないくらい健康で元気です』っていうだけで国の保護を受ける事が出来ないし、家や土地なんざ『すぐさま売却できるようなものじゃない』し、年金の支払いを滞納しただけで脱税容疑だなどと言われて、奨学金の支払いを滞納すれば裁判にするぞと脅されて、再就職活動の忙しいさなかにプライバシーとかガン無視して電話がかかってくるようなノイローゼが蔓延するような社会の中で、それでも頑張ってやりくりして家族を支えないといけない使命感をもった一家の大黒柱が『預貯金の中に最低生活費の半額をこえる金を持っていると』、基準を満たしていないと言われて家に帰されるのが、この国の生活保護システムだ」

 馬頭は一呼吸だけ間を置きます。というか、今のセリフをワンブレスで言い切るのですから大した肺活量ですね。

「ちなみに、最低生活費というのは自治体や家族構成等によって違うのだが、そうだな、平均して一人当たり十万前後とかいうのを想定してもらえたらいいんじゃないかな」

 フェニックスは、ぐぬぬと唸って馬頭を睨みます。

「この国はな、生活保護を受けるくらい困窮した人間が少ないのじゃあないんだよ。俺様の知り合いだが、父親が脳梗塞になって働けなくなったから、国の保護を受けるべく代理で申請にいったのだが『普通に断られた』そうだぜ。代理で申請にいった『その子供』が、『援助してくれる親族、家族が居ない』という条件を満たさない根拠にされた訳だな。役所の人間も手慣れたもので『お父さんの面倒を見る気はないのですか?』みたいな感情に訴える言い方をして『いえそんな事はないです』という言葉を引き出してくるそうだからまいったぜ。脳の病気で働けなくなった人間でも慈愛の精神は発揮せず、切れるなら容赦なく切り捨ててくるんだから大した行政だな。お前さんが誇りに思うのもわかるわー」

「そ、そんなの、この国だけじゃない筈でしょう。どこの国だって生活保護には厳しい条件を出しているはずです」

「ああそうだろうさ。それぞれの国でそれぞれ違う事情を抱えているのだから、どんな制度だってお国ごとにそれぞれ違うのだろうさ。俺様が言いたいのはそうじゃない」

「なんだっていうんです」

「お前さんはさっき、この国が豊かだと主張するのに『生活保護の利用率が低い事』を根拠にした。だが生活保護の利用率なんてのは豊かさを計る基準にはならんと教えてやりたいのさ」

 二人は一定の距離を保ちながら階段を駆け上がります。距離を詰めようとするフェニックスに牽制の射撃を放ちながら走る馬頭の巧みさは芸術的ですらありました。やがて階段を登り切り、建物の屋上に出ます。空は曇っており、戦闘の影響で煙も上がっている為、まだ昼頃の筈ですが夕方のような薄暗さでありました。

「ついでに言おう。この国は貧困から犯罪に走る人間が少ないのではない。国民同士での助け合いのコミュニティが多く形成され、その輪の中で生きていくか、そういう輪があってさえ生きていけない人間が次々と自殺していくだけだ。死を選ばなかった僅かな人間は盗み等やるだろうがな。ちなみに貧富に関わりなく傷害事件は普通におきてるぞ。もしお前さんが、この国が安全だという認識を抱いているなら、それは盛大な思い込みだ」

「た、助け合いのコミュニティが出来ていて、それで生きていけるのなら、やっぱり豊かなんじゃないですか。他人を助けられるだけの余力があるって事でしょう」

「馬脚をあらわしたな」

「馬脚ですって!?」

「国が助けてくれないから国民同士で助け合っているんだ。それを、政治家の手腕だとお前さんはさっき言ったな。貧困から犯罪に走る人間は少ないという事を、お前さんはさっきそういう風に言った。国民同士で助け合って生きていけるから国は支援する必要が無いとでも言いたいのか? それじゃ因果が逆転しているぜ。『国が助けてくれない』のが先だ。そして一方的に助けられるとか、助けるという関係じゃない。助け合いによって成り立っているんだ。勿論、一方的な助成としてボランティアをしている人たちはいる。立派だと心から思う。そして、この国じゃ低所得者は稼ぎの半分以上を税金で持っていかれるが、その生活の果てに貧困に行き着いても国は収めた税金を返してなんかくれないし、免税もしてくれん。何十年と粛々と納税してきた人間でも医療が無料になる訳ではないし、食糧支援もされない。『貧乏人には死ねと言っている』のがこの国だ」

「警察による安全の確保や厳正なる司法制度を維持するのにはお金がかかるんですよ。他にも、とにかく政治には金がかかるんですよ。国民の為に働いてくれいる人たちにお金を支払うのは当然でしょう」

「馬の脚がよくよく好きと見える」

「別に馬の脚は好きじゃないですよ」

「警察による安全の確保だと? 厳正なる司法制度の維持? これは俺様の知り合いの話だがな。ストーカーにずっと怯えて困っていたんだが、先日、ついにマンションの出入り口にまで出現したのでその恐怖から警察へ電話したのだが、到着までに15分かかったそうだ。それだけあったらレイプだってできただろうし、殺すのなんかもっと簡単だったろう。更にはそのストーカーの男だって、証拠不十分という事で逮捕すらされなかった。むしろ警察に電話した事でいたずらにストーカーの怒りを買ってしまったわけだな。何とかストーカーをなだめすかしつつ怖い気落ちを抑えて耐えて頑張って努力した報いがこれだ。そいつは監視カメラをベランダや玄関に自分で設置して警戒しつつ、引っ越しをして職場も変えたらしい。ところで、この国の警察は国民の生命や財産を守るのに貢献していると言えるのか? ちなみに俺様もマンションの駐車スペースに止めていたバイクを盗まれた事がある。街中に監視カメラは設置されていた筈だし、それを見ればトラックの荷台にバイクが乗せられて運ばれる様子が映っていただろうにと予想できるが、そういった追跡はされなかったのか、パーツの一個だって俺様には返ってこなかった。司法だと? 年がら年中痴漢冤罪で逮捕されて人生を台無しにされる男性が、台無しにされる事に怯える男性がどれだけいると思う? 弁護士ですら『やってもいない痴漢でつかまりそうになったら走って逃げて下さい』と警告している。起訴されたら99%有罪判決になるこの国の司法はな、警察や検察が優秀だから悪人を沢山検挙できている訳じゃあないのさ。やってもいない事件でも有罪に出来るのがこの国の裁判だ。ついでに言うと、痴漢で訴える側は痴漢された事を証明できなくてもいいが、痴漢で訴えられた側は痴漢していない事を証明できないといけない。留置、拘留されている間に、仕事をする権利も、自由に食事をする権利も、自由に友人と語らう権利も、自由に趣味に没頭する権利も、自由に新聞やラジオで社会について知る権利も奪われて、それでも無罪を主張して半年や一年や、それ以上の時間を使って裁判をやりぬける人間なんか一部の金持ちかバケモンみたいなタフネスの持ち主だけだろうよ。ダメージがいよいよもって深刻になり、社会復帰が出来なくなる前に諦めて有罪を受け入れるのがお決まりのパターンだ」

「保釈制度があるでしょう。たしか、300万でしたか、それだけお金を払えば家に帰って仕事も続けられるはずです。逃げずにきちんと裁判を受ければ、そのお金は返却されるんですから、後ろめたい事がなければそうするはずでしょう」

「そこそこ勉強してるようだがリアルな経験がないとみえるな。俺様の友達が、仕事先で使うように家から包丁をもって出かけたのだが『銃砲刀剣類に関する法律違反』のかどで逮捕された。仕事先は、業務を遂行するにあたり必要な道具は全てそろえていると証言してきた事もあり、彼の包丁の所持は正当性があるとはされなかった。それでも彼は無罪を主張し、弁護士を通じて親族に依頼し、保釈金を用意してもらったが『証拠を隠滅する可能性がある』と検察が書類に書いてそれで保釈されなかった。事件の発端である包丁は警察が押収していた訳だが『どう証拠を隠滅する方法があったのか、全く分らんが』彼は保釈されなかった」

「な、なんなんですか、さっきから友達の話ばかり!」

「俺様の話も入っているぞ」

「そんな事はどうでもいいんですよ。その友達だって、本当は犯罪者だったかもしれないじゃないですか。馬頭さんはその友達を信じたいんでしょうけど、そんなの関係ないですよ。犯罪者は裁かれるべきです」

「クソ訳のわからん理由で保釈がされなかったっていう部分を聞き逃したのか? ああ、そうだな、犯罪者は裁かれるべきだが、俺様が言いたいのは、この国ではまともな裁判なんかされていない懸念があるって事さ。まともに裁判がされないのに犯罪者もクソもあったものか。ちなみにこれは、ミセスクインの入れ知恵なんかじゃない。俺様がこれまで、実際に目で見て耳で聞いてきた事だ」

 とても大事な事なので追記します。実際に「この目で見て耳で聞いてきた事」なのです。

 その言葉を聞いた途端、フェニックスの動きに動揺が生じました。馬頭はすかさず彼の足元に射撃。たまらず足を止めてしまったフェニックスは、続けて放たれる攻撃に後退を余儀なくされます。ある程度の距離をとった所で、馬頭が話を再開しました。

「動揺したか? お前さんはこれまで『馬頭というクソバカ女はミセスクインというテロリストにそそのかされている可哀そうな奴なので、正義の味方である自分が正しき認識というものを提供し、更正させて道を示してあげなければならない』とか、そんな前提で喋っていたのだろう? だがな、俺様はずうっと前からこの国については疑問を持っていたんだよ。そんな俺様がミセスクインの話を聞いたり、ロボットに付け回されていたりという経験を経て『色々なものにすげえ合点がいった』から、今こうしてお前さんとも戦う事になった」

「ミセスクインの話が嘘かもしれないじゃないですか!」

「そりゃあそうさ。ついでにいうとお前さんの言葉も全部疑ってかからないとな」

「僕は嘘なんかいってない」

「ああ、そうさ。お前さんは嘘なんか言ってない。本気で喋ってやがる。だから俺様とミセスクインはさっき呆気にとられたのさ。そういえば、まだ何か言っていたな。……ええと、ビニール袋の有料化が環境にどうたら、だったか?」

「そ、そうですよ。石油資源を守る為にも、これは大切な事なんです。環境大臣もいっていたでしょう。プラスチックは石油から作られているんですよ」

 フェニックスは逆転のチャンスとばかりに顔をほころばせました。

 馬頭は容赦なく、辛い現実をつきつけます。

「プラスチックを作る為にわざわざ石油を加工しているのではなく、石油を灯油などの燃料に加工する段階で生成される副産物を加工してプラスチックが作られるという事実を知らなかったんだな。馬鹿な事を本気で喋る訳だ」

「……え」

「本来ならいらないものとしてゴミ扱いされるものをプラスチックとして利用しているのだから、ビニール袋の有料化によって石油資源が守られる事はない。飛行機にも車にも宇宙船にも火力発電所にも化石燃料は使われるから、これらのエネルギー問題が解決しなければプラゴミが減る事もない。……例えばな? エーテルエネルギーの生産性を向上させて、これらの問題を解決した上でプラスチックの利用に制限をかけるなら俺様も理解できるが、代替エネルギーの利用予定もないのに、副産物の利用には制限を設けますとか言いながら理由が環境への配慮だって言うんだから意味が分からん。つまり環境への配慮ではないんだ。ただの増税だよこれ。指定ゴミ袋買わせたり、販売事業者からは袋の値段分だけ余計に徴税するっていうな」

「そ、そんなわけ、ない! 環境大臣がそう言っていたんだ! それに、代替エネルギーと言うなら、風力発電や水力発電がある、ソーラーパネルの設置を国民に義務化すれば解決ですよ! 星の温暖化を食い止めるのにも貢献できるんですよ!」

「この国は年がら年中どこかで台風被害が出ているし地震被害も深刻だが、それを踏まえて言ってくれ。雪が降る地方では風車が凍って回らなくなる事や積雪で太陽光を受けられなくなる事を想像できないか? 台風で風車が破損して飛んで行ったらその被害はどんなもんだろうな。ソーラーパネルにはセレンやカドミウムといった強い毒性を持った金属が使われるが、地震やら津波やらで破損し流出した場合はどうする? 国民への義務化? じゃあ廃棄物の処理は国がやってくれるのかな。でないと話の辻褄が合わないな。そういった事は環境大臣様が真っ先に考えに至って説明をした上で国民に話始めるべきだと、俺様はこの前ニュース見ながら思ったんだがどうよ?」

 馬頭は今や、心からフェニックスに同情しています。彼はオーバーバーカーを名乗っていました。ミセスクインの解説によれば、人々の認識を塗り替えていく工作の尖兵。その強化されたものがオーバーバーカーだという事なのでしょう。誤った認識を広める事に一切のストレスを生じさせない為に「心の底からその間違いを信じさせる」事で解決とした悲しき存在。それが目の前の大馬鹿者。フェニックスなのだと思いました。そして、ここまでのやりとりの中で、彼の中に確固たるものとして君臨する信仰を挫く事はできないと悟りました。彼は本気で喋っている。人を騙そうとして嘘を言っているのではなく、嘘を使ってその場をやり過ごそうとしているのではなく、本気なのです。馬頭がどれだけ科学的根拠に則った知識を伝えようと、客観的事実に基づいた解説をしようと、人は自分が信じているものを信じ、それを否定する者を、否定しているという理由で否定するものです。もはやこれは議論や口論と呼べるものではない。戦争だったのです。彼の中にある「国の安全神話」という宗教を否定する宗教戦争だったのです。

 戦争には様々な原因がありますが、宗教戦争は相手を殺し尽くすまで終わる事はありません。経済や怨恨やらが原因であれば、それを解決すれば終わらせられますが、信仰しているものが違うからといって起こる争いは「その違うものを信じている者を徹底的に無くすまで」終わる事はありません。もしそれが成される前に終戦したのであれば、それは宗教戦争だったのではなく、宗教を戦争に利用されたのです。しかし、化学が発展し、人の居住できる領域が広がった現代、信じるものや文化が受けいれられないのであれば他所に移動すればいいだけ。その方法が及ぶ地域に生きる人類は、既に宗教戦争を克服したといってもいいでしょう。

 馬頭は少しだけおかしくなって口端があがりました。

「まさか時代の最先端を生きる戦技教導官である俺様が、宗教戦争で人を殺す事になろうとはな。笑えるぜ」

「笑えませんよー!!」

 半狂乱になったフェニックスはこれまでで一番の勢いを伴って馬頭目掛けて突進してきました。これを銃で狙う馬頭の目には決意の光が宿ります。

 フェニックスは最後の最後で正しい事を言いました。信じる物が違うからと言って相手を否定したり、殺したりする事は、決して笑えるものではありません。


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[良い点] 今回は…壮絶の一言。作者のとてつもない念を感じた。 [一言] 作者様には感服しました。
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