公開エピソード04「戦う幼女。唯一必死祈願」
シャドウやミセスクインと合流した馬頭ですが、安堵できるかと思いきや、すぐに周囲の不穏な気配を感じ取りました。
彼女は友人知人から、理屈屋で虚勢をはるような印象を持たれがちで、端的に言うと精神的には弱く見られがちですが、この国の防備を司る機関の人間であり、訓練された戦士です。そうして研ぎ澄まされた感覚が告げるのは、おびただしい数の殺気。それらが全て自分を中心として注がれているのに気づいて緊張し、続けて、訓練された戦闘技術の発露として脱力しました。いつでも戦える状態です。
「なあ、シャドウ」
「うむ?」
「この殺気の正体ってのは、お前さん達に関係するのかい?」
「御明察の通りだ。さすがだな。ミセスクインが見込んだ人間だから優秀なんだろうとは思っていたが、この殺気に気づくかね」
「昔、恨みを買って背中から襲われた事があってな。以来、特に感覚を鍛えるようにしてたんだ」
「この国はそういう傷害事件は少ないと聞いていたが」
「少ないんじゃあないのさ。他人に関心を持たない国民性が行き過ぎて、知り合い以外が殺されても興味を持たないし、多くの人にとっては知り合いじゃない人間のが圧倒的に多いし、殺された人間は声をあげないから迷惑にもならない。だから事件は少ないという誤解が生まれて、生まれたまんま放置されてるのさ」
「……殺された人間は声をあげない、か」
シャドウの顔に一瞬だけ影がおちたように見えました。
「どうした?」
「いや、どこの世界にも、似たような悲劇はあるのだなと思っただけだ」
このような軽口をたたきながらも、馬頭とシャドウとミセスクインはお互いの死角を補うように移動し、体を向け、言い終わる頃にはすっかり臨戦態勢を整えました。
馬頭は護身用の刃渡り六センチのナイフを構え、シャドウはボクシングのようなファイティングポーズをとり、ミセスクインは仕込み銃をいつでも抜けるようにします。
しかし、この張り詰めた雰囲気を意外な形でぶっ壊しにくる乱入者がいました。
空に、一瞬だけ光る点が現れたかと思うと、続いて空気を無理やり引き裂くような、あるいは大きな扉を急に開いて空気が叩かれるような音が響き、それを聞いた、と思った時には、何かが勢いよく落ちてきて、自分達から5メートル程離れた場所に爆発のような現象が起きました。
それは唯一必死祈願が飛び蹴りの姿勢で勢いよく登場し、着地の衝撃で地面がえぐれ、その瓦礫や粉塵が舞ったのだと、後で分かりました。
「な、なんだ!?」と馬頭が言うのも無理からぬ事。しかし、ミセスクイン達は「ああ来ましたか」というような顔で平然としています。
はてさて派手な登場をしてみせたこの幼女。胸を張り、高らかに名乗ります。
「妾こそ! 位階序列第三位! 唯一必死祈願である!」
事情を知らない人には全く意味が分からない固有名詞が響きます。
しかし。
「なに、唯一必死祈願だと!?」
「唯一必死祈願が!?」
「唯一必死祈願ですって!?」
などという声が周囲の物陰から聞こえてきましたので「え、知らないの俺様だけか」と馬頭はなんだか仲間外れにされたような気持ちになりました。
「さて馬頭さん。これは丁度よい機会ですので、唯一必死祈願について知っていただきたく思います」と、ミセスクインは言いました。
「おいおい、まさか雰囲気から察するに、この幼女に戦いを任せるってのか?」
「そのまさかでございます」
「妾が来たからには大船に乗った気でいるがよい。この名を聞いて驚くような輩には負けはせんよ。少なくとも『名前の意味を知っていて、自分が下だと理解できる程度にはわきまえておる』という事じゃからな」
「では殿下。宜しくお願い致します」
「殿下?」と馬頭が疑問を発しようとした時には、唯一必死祈願は稲妻のような速度で突撃を開始しておりました。馬頭からはまだはっきりと敵を視認出来ていなかったのですが、唯一必死祈願はまるであらかじめ敵の位置を知っていたかのように的確に撃破していきます。
その攻撃手段は「素手で殴る」でした。
「……なんだあの幼女は」
馬頭は驚きました。茂みの中へ幼女が入ったかと思うと、80キロくらいの肉の塊をボディビルダーがバットで全力殴打したかのような音が響き、血しぶきが上がり、その次の瞬間には建物の陰に身を潜めていたらしい敵が吹っ飛ばされて出てきます。その背骨は背後から丸太をくくり付けた車にでもはねられたのかと思うほど綺麗に弓なりに曲がって折れておりました。隠れ潜んでいた敵達は殆ど声を上げる事も出来ずに、反撃らしい反撃も許されず殺されていきます。唯一必死祈願が顔を殴れば、頬骨が砕け散ると同時に、急激に高まった内圧により頭蓋骨は内側から爆発するように破砕します。そのまま振りぬかれる拳の勢いで、残された首から下の部分が空中をくるくると回って落ちました。そしてそれ程のパワーを持つという事は、それに応じた速度を持つという事です。さながらそれは自由に軌道を変える砲弾のように、しかし、衰える事無く縦横無尽に動き回り、武器を構える時を与えず、狙いを定めるいとまを与えず、あたり一帯の敵という敵を殺してまわりました。
馬頭は不思議に思いました。人間の体なぞ、所詮は肉と皮で血を包み、骨で支えているだけの物。大きな力で殴れば破損するのは道理。しかし「殴っている方も肉と骨と皮と血でできている以上、衝撃の反作用で損傷するはずだろうに」と。
それにはミセスクインが答えてくれました。
「それは、唯一必死祈願が『魔術の極み』というところから説明せねばなりませんね」
「……殴っているように見えるが、あれも魔術なのか?」
「いえ、あれは見たまま殴っているのですが、唯一必死祈願という存在そのものが魔術なのです」
「もしかしてよくラノベにあるような『死そのもの』とか『力そのもの』とか『神の意思そのもの』とかいう中二ワードが飛び出してくるのか?」
馬頭はそういう、ふわっとした表現で理屈の説明にもなってないような説明がされる本が嫌いなタイプでした。
「はっはっは、もしかしたらそうかもしれませんね」
そう笑って、しかしミセスクインは少し悲しそうな雰囲気を漂わせながら語りだします。
唯一必死祈願。それはとある古い魔術の名であり、それを扱う者の呼び名。
魔術の名を、それを扱う者が名乗るようになったのには訳があります。というのも、その時代に一柱しか生存できないという制約があり、それを行った者は人でなくなる故に、人であった頃の名残たる名を捨てる事が慣習となり、いつしか魔術の名である唯一必死祈願をそのまま名乗るようになった為でした。
なお、位階序列の一位と二位は、世界と神で、同列首位です。
およそ人が到達できる最高の位と言われる序列三位。それが唯一必死祈願です。
この魔術における儀式の内容は至って簡単。「世界中の人から嫌われる」というものでございます。
多くの人にとって一切のメリットがない条件。手に入るのは神をも殺す力。しかし「わざわざ神を殺す理由を備えている人もまた殆ど居ない」のです。
ただ普通に生きているだけでは偶然にだって達成する事は不可能な条件である為、達成する者は必然的に望んで努力し、世界を敵に回す必要があります。
故に、世界を滅ぼすような大層な理由でもなければ誰も行使しない魔術でした。
そして達成は非常に難しい。まず、どんどん人に嫌われてくので「仕事につけない」というのが大きい。法律が邪魔をするので、直接的に殺されるような事はあまりないですが、差別や迫害というものがついてまわります。お金を持っていても、物を売ってもらえないというのが普通ですし、公共の交通機関を利用しようとすると不審人物として扱われて乗車拒否されます。暴力や嫌がらせを受けて怪我をしても、警察や役所への訴えは「相談」として受け付けられ、対応なぞされません。病院で診察を受けても(待合室にいつまでも居られると他の患者から文句がくるので診療自体は受けられる)、問題なしと言われるか、効果がないのに高価な薬を買わされて終わる。差別とはそういう事です。そして、生活苦による死を回避しなければならないのですが、例えば自給自足の生活をしたり盗みを働いたりといったやり方では、生存に必要なエネルギーを得るだけで一日が終わり、世界中の人に嫌われるという努力が進行できなくなるのです。
という説明までを聞いて、我慢できなくなった馬頭が口を挟みます「ちょっとまて、お前さん達が彼女に悪感情を抱いているようには見えないし、俺様も嫌ってなんかないぞ」と。ごもっともでございます。
「この世界は我々にとっては別宇宙でございますし、すでにお気づきかと思いますが、私共は皆それぞれ『尋常な人の枠』を外れております。詳しくは後程お伝えする事となりましょうが、馬頭さんもまた『そういう素質』をお持ちなのです。多くの人にとって、どれだけ望んでも得られない素質です」
馬頭はちらりと隣の忍者を見ました。
「……なるほど。エーテルへの親和性とかもそうなのか?」
「いえ、それはまた別でございますね」
さて説明を続けます。といって再び語られる唯一必死祈願の説明です。
この世界にも多くの英雄が出現し、世を動かしましたが、順風満帆な人生をおくった者は少ないように思います。
有名な所で例をあげますと「国を統一する戦争にあと一歩で完全勝利する筈だった武将が部下に裏切られて殺されたり」ですとか「祖国を戦勝に導いた神の声を聴いたという乙女が魔女として殺されたり」ですとか「貧しい生まれから出世して皇帝にまで上り詰めたやり手であったが部下に裏切られて流刑先で死んだり」ですとかです。
とても古い時代に、こういった「英雄であるがゆえに多くの負の念に晒されて最後には殺される、裏切られる、呪われて死ぬという因果を逆手に取り『先に人々から忌み嫌われるという結果を得て、それが故に英雄である』という拡大解釈を用いた魔術」が研究されました。それが唯一必死祈願。
「あの名前の由来は『この世でただ一人、必ず死ぬように祈り、願われる』というものです。そして、世界中の人から嫌われて、本当ならもう死んでいる筈なのにまだ生きている化け物。それを体現する者。人の理解を超える者。人の世界を脅かす者。世界の敵。神を信奉する全ての人が死を願っているのに生きている者。すなわち神と対立し、神と対立しているのにまだ生きている信仰の敵。神にも殺せない者。神の敵。神殺し。それが唯一必死祈願なのです」
馬頭はミセスクインの話を聞いて、その全部を納得した訳ではありませんが「なるほど。神とかいうのはとりあえず脇に置いておくとして、もし本当にそんな荒行を実践して生き残ったんだとしたら、あの戦闘力も理解できる。というか『あれぐらいできなきゃ生き残れない』だろうな。魔術の成果かどうかは知らんが、あの娘っ子は間違いなく英雄級の化け物で、だから生き残れたんだろう。おめでとう。完全勝利だな」と言いました。
「いえいえ、あれでもまだ道の途上」
「あれ以上、何をできるようになりたいんだ」
「言いましたでしょう。世界を滅ぼすような理由でもないと誰もやらないと」
「あの娘っ子は世界を滅ぼしたいのか?」
「殿下が望まれたのは『ガイアァクを許容する世界の破壊』なのです」
「……二つ、感想を言っていいか」
「なんなりと」
「ものは言いようだな。なりふりかまわず世界を破壊、ではなく、限定した条件の世界の破壊とは。あとに残るのはガイアァクの居ない世界。平和な世界ってわけだ」
「左様。もう一つは?」
「ガイアァクってのは、あんな化け物でも殺し尽くせない相手だってのに俺様を巻き込んでくれたんだなアンタ」
文字だけみれば馬頭は文句を言っているのですが、彼女は笑っております。後に聞いた話では「ああいう現場を目の当たりにして、ファンタジーな話を聞かされるとリアリティが半端ないんだよな。もうあの段階ではワクワク感が湧いてしょうがなかったぜ」との事でした。
その時、彼女の眼前にあった光景は、子供の頃に夢見たものそのもの。
小さな体で大きな敵を倒し、返り血を浴び、それを振り払い、たった一人で世界の運命を背負おうかという決意が見える戦いの風景でした。
「それについてはまことに申し訳ございません」
「いや、いいさ。まだ知っておかないといけない事はあるのか?」
ミセスクインは顎に手を当て「そうですね」と前置きして言いました。
「したがって唯一必死祈願とは、そのように厳しい試練を越えて人の枠を超え、神に並び立つ魔術なのです。すなわち神と対等になるという事。神と対等だからこそそれを殺す事が可能になるのですね。世界中の信仰を敵に回しますからそれはもう大変です。術の本質としては祈祷や呪術に近いのですが、発祥が古すぎてそういう細かい分類ができません。そして、聡明な馬頭さんならもうお気づきでしょう。神と戦える戦力がいて、なお勝てないという事は『向こう側にも神に相当する戦力』があるという事です」
「……ついに敵側に神がいるというワードが入ってきやがった」
「まあ、それはもう一回倒したのですが」
「神、倒したのか!?」
「とはいえ神ですからね。何度も生まれる事もありましょうし、新しい神の誕生もあるかもしれませんし、不干渉だった神がかかわってくる事態もありましょうし、ああ、ちなみに、馬頭さんが『神がいるというワード』という事を仰いましたので神について追述しましたが、厄介なのは『その神と共闘できる敵である』という点です」
「……つまり、敵側にもあの唯一必死祈願のように、神に並んだとかいう化け物がいるという事か。そういえば神が扱う奇跡に近い権能を持つとか言ってたな」
「左様。我々の敵は神と対等であり、だからこそいつも我々の戦力は足りていません。馬頭さんには是非とも共に戦っていただきたく思います」
神と戦う陣営に協力しろだと? 中々に無茶を言う、と馬頭は思いました。
その時です。順調に隠れ潜んでいた敵を殺して回っていた唯一必死祈願ですが、突如として敵の死体を背後に向かって投げました。
それは空中で何かにぶつかったように衝撃でバラバラになり、あたりに血や臓物や糞便が飛び散ります。すると、ああ、何という事でしょう。急にロボットが出現しました。既に大口径ライフルの銃口が唯一必死祈願に向けられています。
「な、あれは!?」
あれこそは、この国のテクノロジーを結集させて作られた最新の兵器。超軽量単座人型戦闘車両2020型です。馬頭はその性能を知っておりました。
それは人をそのまま巨大化させたようなシルエットの全長約3メートルの機械でした。
人が中に入って操縦する事も、遠隔操縦でも扱う事が出来、二足歩行で最高時速90キロで走行可能な、光学迷彩によって隠密行動できるすぐれものです。
人の特徴そのままの両腕は状況に応じて武器を使い分け、壁を登る事も出来、人を殴って殺すのも編み物でマフラーを作成する事も出来る高性能。
その光学迷彩は周囲の様子を複数の超小型カメラで撮影し、体表面のスクリーンに同時投影する構造の為、被弾したり汚れたりすると最大のアドバンテージを消失する欠点はあるものの、戦闘能力だけでも充分に人の脅威になれる人型兵器です。
馬頭はその能力の詳細を知っていたからこそ「背後までとって絶好の奇襲の機会だったろうに何故姿を。…ああ、なるほど。死体をひっかぶっちまったから迷彩の意味が無くなり、バッテリーの消耗を気にしてAIが判断したのか」と結論しました。
そう、このAIによる高速での判断こそがこの兵器の最大の長所です。
渡航者を含む国内全ての人を顔認証ができるように整備された時代、人相からその人の犯罪歴や財産や家族構成や住居やよく食べる食品からお気に入りのアプリに至るまで機械で即座にデータを取得できるようになりました。
それらを判断材料にして「殺しても特に問題ない人間を機械に判断させて殺せる」為、操縦者のストレスは激減したのです。
本来は敵、味方、民間人を識別して、銃口を適当にふっているだけで「敵に当たる時にだけ弾丸が発射される」機構で「操縦者は攻撃の意思表示としてトリガーを引く」だけで作戦が遂行されます。無駄弾を節約し、誤射による被害者を減らすのが目的の発明でしたが、顔認証システムとの連動をさらに発展させる事で「任務の継続と達成の為には殺してもやむをえない人間を識別し、社会の構成の為に最も合理的な判断で攻撃できる」システムとなったのです。
すなわち、犯罪歴がある者や、所得が少なく社会への貢献度合いが低い者は「損益を考慮した場合、死んでも仕方がない。合理的な判断だった」と言われる時代が来た事に、この兵器の発表当時、馬頭は人間として激しい憤りを感じましたが、人間の記憶に頼らずに機械で素早く犯罪者を識別、判断して検挙できるという部分だけは時代に即した犯罪抑止たりえると思ったものです。
「あんな物までよこされていたのか。ガイアァクも本気だな」
「なるほど、普通の人間の目では発見は困難な相手のようですね」
「俺や唯一必死祈願なら、音や地面からの振動、筋肉の脈動でわかるがな」
「おまえ筋肉言いたいだけだろ」と馬頭は心の中だけで言いました。
はてさてしかし、馬頭はこの戦闘機械の性能を知る故に心配です。なにせこの機械は無駄な挙動をしません。過去の戦闘データから算出して、状況に最も適した選択を操縦者に提案し、緊急をようする回避行動等は全自動で行えるのです。人間では蓄積しようのない情報の処理を、人間を越えた判断速度で行える敵を相手に「存在そのものが魔術」といわれる幼女はどのように立ち向かうのだろうか、と。
さて、ここで物語の視点を一度、人型機械の操縦者に移してみましょう。
唯一必死祈願の機転によって発見されてしまったあわれな戦士。
その名をゴルバチョフと言いますが、この戦闘による経緯はともかくとして、その経歴は紛れもなく歴戦の猛者であり、この戦場における最高指揮官でありました。
そして指揮官がいるという事は、指揮される部下がいるという事であります。その部下とは当然「唯一必死祈願によってぶっ飛ばされたマヌケ」の事ではありません。
あれらは「AIによる判断で攻撃が鈍らないように」犯罪者共を、減刑を取引材料として兵士に起用しただけの、いわば捨て駒。殺しても構わない人材です。
本隊は既に、ミセスクインや唯一必死祈願をいつでも殲滅できるよう配置移動を行っている最中でした。
当初の任務は、馬頭有菜とかいう女を監視する事でした。
そこにミセスクインが現れた為、急遽、これを抹殺する任務が追加され、そこに幼女が現れたと思ったら、それが唯一必死祈願を名乗るものだからもう大変です。
数々の戦場を渡り歩いたゴルバチョフですら困惑しましたが、愛用の人型兵器(彼はこれにキャサリンという愛称をつけています)のAIが正確な情報を彼に与え、最も的確な提案をしてくれます。「全く便利な時代になったものだ」と彼は思いました。少し昔なら、背後から味方に撃たれるなぞ日常で、当たり前の事でした。多くは誤射だとされますし、誤射だと言い張られますが「実際には、とてもいいタイミングで背後を見せてくれた気に食わない同僚を撃ち殺す」が決して少なくない頻度で起きているのです。しかしこの2020型を用いての戦闘では「殺していい人間だけを殺す」が徹底されますから、どれだけ横暴な指揮官でも現場で部下に殺される事はありません。コンビニの店長等がこれを聞いたら「マジで! パワハラし放題なの! やったぜ」と言って従軍志願者が急増してインフラ破綻がおきるかもしれないと真剣に議論された程です。
迷彩はともかくとして装甲は厚く、内部はエアコンで快適な環境が保たれ、少量であれば嗜好品を持ち込んで小型冷蔵庫を利用する事も出来、ついでにAIに従っていれば指揮官は判断を間違わないのです。
しかしながら「提案に対してのGO」だけは人間の責任で行う必要がありますので、全ての工程が機械の速度で決着しないのは仕方がありません。
しかしたいした事ではない。もうすぐこの戦闘は決着する。俺とキャサリンのコンビは無敵だ。とゴルバチョフは高揚と共に気を引き締めました。
彼はかつての上官から「兵器に女の名前をつけるのは、それらは乗るものであり、上手く扱わなければならないものだからだ」と教わりました。女とは、男にとって乗りこなすのが至上の使命であり、大切に扱わなければならない、己の命を預ける信頼を置く存在であり、いざという時の心の拠り所だからだと言われました。昔は戦場と言えば男ばかりの環境でしたからそれが通用したのですが、最近はセクハラだなんだと面倒くさい事が増えて息が詰まる。男女平等だの雇用機会均等法だの。いつからそんな事が当たり前に言われるようになったのだろうか。と、彼は戦場にまで女性が進出するのに反対する側の人間でありました。
だからこそ、当代の唯一必死祈願が女性である事に憤りを覚えます。
しかし油断はしません。事前に目を通した情報が確かなら、魔術の極みたる唯一必死祈願は年齢を重ねないのだとか。だとしたら、目の前にいるのは見た目通りの幼子ではなく年を経た戦士と判断すべき。自分自身の主義や主張はともかくとして、戦場に身を置く者として冷静な判断力を有している事が、ゴルバチョフの戦士としての根幹だったのです。
「いくぞキャサリン。こうなれば俺達が囮となって、他の攻撃で確実に仕留めるよりない。伝達してくれ」
了解しました。と、聞きなれた電子音性が操縦席に響いた矢先。
き
「き?」という電子音が聞こえ、ゴルバチョフが「何のことだ」と質問しようとした次の瞬間には、彼自身が意識を完全に失っておりました。死んだのです。
「……唯一必死祈願というのは説明にあった通り化け物なんだな」
馬頭は素直な感想をもらしました。
人型兵器の構えたライフルが発射されようという瞬間、唯一必死祈願は勢いよく走り、殆ど飛ぶような勢いで相手に近づいていきました。銃を見た時の人の基本的な反応として、後ろに逃げたり、横に移動して射線を避けようとしたりするのが普通ですが、彼女は接近したのです。
それ自体は正しいのです。相手はAIによる自動照準で絶対に当ててきますので、発射されるまでの間に、すなわち「ライフルの引き金が絞られる前に」懐に飛び込んでしまい、格闘戦に持ち込めば銃による攻撃は恐ろしくありません。人の行える戦術を全て再現できる機械兵士の難点の一つ。武器、装備もまた、人と同じ対応ができる。です。
懸念されるのは攻撃手段でした。
いかに唯一必死祈願が化け物のような戦闘能力を有していても、戦車の装甲を抜ける程の強度を持っているとは馬頭には思えませんでした。仮に強度が充分で、パワーも充分だったとしても、横から殴ったのでは物理の法則上、体重が軽い唯一必死祈願が弾かれてしまいます。登場した時のように自然落下の勢いをつけたなら、高度によっては効果的な攻撃だったかもしれませんが「唯一必死祈願はまっすぐ横に移動した」のです。
一体どうするつもりなんだ、と思った時には彼女は戦車の足元にとりつき、あろうことか「その足を持ち上げて胴に向かって突き上げた」のです。
例えばおはぎに刺さっているようじをつまみ、おはぎに向かって押し込んだなら、いずれようじはおはぎを貫いて、乗っている皿が紙皿だったなら、恐らく皿も貫いてしまうでしょう。
唯一必死祈願は人型兵器の足を凶器にみたて、勢いよく突き上げる事で、先ずロボットの股関節を破壊しました。ロボット自体の重量があるため、唯一必死祈願が加える力はロボットを弾いて逃がすことなく、十全に作用し、股関節を破壊した後もそのまま装甲の内側を貫き続け、胸のあたりまで足を差し込んだ所で止まりました。
硬いロボットの足を壊して折って、ロボットと同じ硬さの折れた足でロボットを串刺しにして壊すという「子供が思い付きで始めた遊び」のような感覚で、超軽量単座人型戦闘車両2020型は攻略されてしまったのです。
この兵器は胸部中央に操縦席を設けている為、操縦者は今頃、無理やり押しつぶされた肉の塊になっているに違いありません。
この場にいる誰にとってもどうでもいい情報ですが、ゴルバチョフがキャサリンから最期に聞いた「き」という音は「危険です。脱出を推奨します」の最初の一音だったのですが、機械の警告も、自動脱出装置の起動も間に合わず、無残な結果となりました。
「ところで殿下、どのようなご用向きで?」
ミセスクインは疑問を投げかけました。馬頭も後でこの質問の意味を理解しました。唯一必死祈願がここでの戦闘を想定して飛び込んできたとは考えにくい。何か別の用があって移動し、そうしたら戦闘状態だったので参戦した、というのが最も真実に近いだろう、と。
「うむ、昨日食べた美味いクッキーがコンビニに売っておりゃせんかと出かけたのじゃが、そこで監視役の馬鹿が功を焦ったのか襲い掛かってきてのー。殺してもうた」
「ああ、あのクッキーは緑色の制服のお店のギフト物でしたよ。店の名前は忘れましたが」
「まて、その話の前半部分に食いつくのおかしくね?」
「糖質は筋肉の回復に不可欠だが、取りすぎはよくないぞ」
などと戦闘のさなか、残党の攻撃をかいくぐりつつ、他愛のない雑談を交えながら情報交換がなされました。
シャドウと唯一必死祈願は肉弾戦を、ミセスクインは仕込み銃を抜き応戦。そして馬頭は唯一必死祈願が倒した敵が落とした銃で身を守ります。
推測ですが、恐らく唯一必死祈願を襲ったという馬鹿は、超常的戦力である唯一必死祈願であろうとも、単独で行動している時に不意をつけば殺せるのではないかと判断してしまい、見事に返り討ちに会う。この報告を受けた上層部がミセスクイン一行の報復を懸念し、バラバラに行動している今のうち、合流されて手が付けられなくなる前に殺してしまおうと命令を発信。時を同じくしてミセスクインとシャドウが、やはり監視されていた馬頭に寄ってきたので、そのまま監視部隊に殺害命令が届いたのでしょう。
「どうするミセスクイン」と唯一必死祈願が言い、シャドウは「判断に従う」と、目線とうなずきをもって表しました。
「本当は馬頭さんにはもう少し考える時間を取ってほしかったのですが、こうなってはむしろ、一人にするほうが危険かもしれませんね。……馬頭さん、私共はこれよりゲドウの元へ向かい、討伐します。一度撃ち合いを始めた以上は、向こうも途中でおさめる事はしないでしょう。どうしますか。暗殺に参加はせずとも、ここは行動を共にするのが最適かと思います。一人になれば、恐らく殺されます」
「よし殺しに行こう。プランはあるか?」
ミセスクインは少し驚きました。
「どうした。ミセスクイン」
「いえ、こうも早く決断されるとは思っていませんでしたもので」
「状況が違っちまってるからな。もう一時間前とはまるで違う。やるもやらないもない。やるしかない。ガイアァクは確実に俺様を殺すだろう。あのロボット軍団を見ちまった俺様が仮に『降伏します』と言っても誰も信じない。銃をもった奴につけ回されて平静に日々を過ごす女がいるなんざ誰も信じない。だから殺される。だったら、俺様を殺すかもしれない奴等をことごとく殺すしか、俺様が安心する方法はない。それにな……見ろ」
そう言って馬頭は手元の銃について言いました。
「こりゃあエーテル武装だ。きっとそうだろうなとは思っていたが、俺様のテストや技術は情報が流れているなんてものじゃない。あいつらはもう量産も始めているようだ。これは想像だが、奴等も奴等でテストはしていたんだろう。俺様がメインテスターだったんじゃあなく、恐らくこちらが本命。なるほどな、ゲームのバグ取りはなるべく大人数でやったほうがいいって理屈かクソったれ。いよいよもって俺様を奴らが生かしておく理由が見当たらん。ミセスクインの首でも手土産にすれば話は分からんがな」
ミセスクインの首という言葉に、シャドウと唯一必死祈願が反応して緊張しましたが、当人は全く平然として言いました。
「私の首を手土産にはなさらないのですか?」
「言っただろ? 『分からん』と。上手くいくかもしれんが、いかないかもしれん。結論は変わらない。俺様が今後も確実に安心して眠る為には、ことごとく敵を殺し尽くすしかない」
話は決まりました。
「ならばここは妾が引き受けよう!」
唯一必死祈願が銃弾の軌道を手のひらで逸らしながら言いました。彼女の斜め後方に飛んで行った攻撃が建物に当たって破壊します。
「おぬしらはゲドウの元へゆけい!」
そう言った唯一必死祈願は、泥を浴びて姿を現した戦闘機械の足を掴み、重心を崩して倒し、倒れきる前に振り回して投げて手近な所にいた敵を薙ぎ倒します。身長差も体重差も超豪快なジャイアントスイングです。
「ご武運を。殿下」
ミセスクインが一度頭を下げた後、馬頭を促すようにして走り出します。続いて、シャドウが戦場を離脱しながら言いました。
「ミセス。俺はいつも通りでいいんだな?」
「よしなに。今回も期待しています」
「こちらシャドウ! 承知なりい!!」
そう言うが早いか、シャドウは本職の忍者の如き俊敏さで跳んでいき、姿が見えなくなりました。
馬頭が質問します。
「いつも通りとは何だ?」
「彼は最強の囮役です。隠密が自在という事は、人の視線のそらし方や集め方を熟知しているという事です。私共も、少しは動きやすくなるでしょう」
「……なるほど。忍者は伊達じゃあないって事か」
「もう一つ」
「うん?」
「私や殿下同様、彼もまた特殊な特化戦力。仮に私共が罠によって倒れようとも、いずれかが生き残ればゲドウ打倒は叶います」
馬頭はミセスクインの言葉に頼もしさを感じつつも、それと同じくらいの危うさを感じました。まるでこの女は、自分が死んでも悪党を殺せればそれでいいとでも言っているようだと思ったのです。それは馬頭に言わせれば非常に無責任な事でした。悪とは言えゲドウ大臣はこの国の国家元首です。これがテロによって死亡すれば、国内外に混乱が起きます。それを収束させる事まで見据えて戦うべきだと馬頭は思います。しかし、今はそれを問う時間は無いようです。ミセスクインはどんどんと先に行ってしまいます。
「で、聞きそびれたがプランはあるのか」
馬頭はミセスクインを追いながら別の事を問いました。思想や思想の背景となる文化まで聞いていては時間がいくらあっても足りませんが、最低限、作戦の内容や前提となる勝利条件は聞いておかねば話になりません。
「難しい事はありません。このまま国会議事堂まで侵攻し、ゲドウを討ちます。しかる後、全員と合流して逃げ、後は通信にて現地協力者の方々に根回しをお願いして、新政権の立ち上げまで誘導します。今日の所は『とりあえずあの悪党に目に物みせて殺して終わる』くらいの気持ちで良いかと」
背後からは「うおおおおおおおお」という唯一必死祈願のものと思しきおたけびが聞こえ、破壊される金属の音も響いてきました。もう後戻りはできません。振り返ってみれば、もしかしたらこれもまたミセスクインによる、馬頭を引き入れる為の演出だったのではと疑ってしまいますが、仮にそうだとしても、やはり馬頭は、いずれはこうしてテロリストに荷担する道を選んでいたのではと自嘲するのです。何故ならフェニックスのように、頭のおかしい馬鹿がはびこるこの国を馬頭はずっと憂えていたからです。
いずれはこの戦いを「いい機会だった」と思える時がくるのかもしれないと、馬頭は思いました。
本当は完結させてから投降したかったのですが、事情がありまして、改稿が済んだ物から順次、発表していきます。少しづつ読み進めていただければと。