公開エピソード03「フェニックス再び」
一夜明けて。馬頭は職場への移動の最中も、昨日のミセスクインから聞いた話について考えていました。
いつもより酒を呑んでいた事もあり、もしかしたらこれは呑み過ぎによる記憶の錯乱の可能性も考えましたが、電車の中でフェニックスに会い、ミセスクインの話題を出された事でその可能性が消えました。
「嘘だろ」思わずそう呟いてしまいました。
話題が話題ですので、電車を降り、馬頭はいつもより人気のない道を選んで歩きながら話す事にしました。
「で、さっきの話をもう一回してもらえるか?」
「馬頭さんが担当している新兵器の技術提供者が実は外国からやってきた国家転覆を図っている人物で、馬頭さんがその敵と共謀しているらしい、って所まで話しましたっけ?」
「そんな話になってんのかよ」
「違うんですか?」
馬頭は心の中で頭を抱えました。
フェニックスとは腐れ縁です。バイトを辞めて今の仕事につき、これでもう変な思想にとりつかれた阿呆ともおさらばだ、と思っていたのですが、いつの間にか、所属は違いますが同じ基地で働く事になっていました。
このフェニックスという人物は情報通を気取っている、「実際にはただの噂話が好きなネット依存の阿呆」なのですが、時たまこうして事実にたどり着く事があるので侮れません。特に友人の知られたくない秘密や周囲から悪感情を抱かれかねない内容の話に対する嗅覚は並外れており「わざわざ自分の友人を貶めるような話を暴く才能っていうのは誰を幸せにするのかはなはだ疑問なんだが、……ああ、なるほど、自分が楽しいんだったら、少なくとも自分は幸せにできるのか。だが、一般的に、他人を辱めたりする行為には忌避感を抱くのが人間の美徳と信じる俺様には、その才能を封印しない事にはただひたすらに懐疑的にならざるをえん」と、馬頭が遠回しに「できるだけ君とは話をしたくない」と伝えたにもかかわらず、まだこうして友人のような距離感で近づいてくるタフな精神性を備えた人間です。その根性だけは、フェニックスの呼び名に相応しいと言えましょう。
正直、厄介だ。という感想しか浮かばない。それがフェニックスという男です。
(だがしかし、これは困ったな。「これで逃げられなくなった」)
ガイアァクにある程度の情報が流れているのは分かっていましたが、よもや情報を流してくるとは予想外でした。
(恐らくあの部屋の話は盗聴されている。そして話だけ他人が聞いたなら「頭がイカレてんのはどうしたって俺様とミセスクイン」という事になる。この作戦が成功するならまだいい。だが半端な失敗の仕方をすれば残された家族、友人に至るまでに迷惑が掛かるだろう。俺様が急にテロリストとして扱われるよりも「テロリストかも知れないよ」という情報を先に流しておけば印象を操作しやすい。警察がよくやる手だ。俺様は殺されればそれで終わりだが、残された人間は損害賠等を求められた時、応じるしかないだろう。「事前に分かっていた筈なのに、声をかける事もできなかった」という意識が働くからだ。もちろん。遺族がそんなものに応じる道理は無い。無いが「その情報はいくらでも使い道が」ある。ご近所にふれてまわるだけでどれだけ生活が困難になるか知れようというものだ)
つまり馬頭は、ゲドウ大臣を暗殺するか、ミセスクインを裏切るかの二択でしか行動できなくなったのです。元凶を打倒して事件を解決するか、悪に荷担して安息を得るか、です。もしどちらにも参加しないなら、例えばどこかに雲隠れでもしようものなら「いつでもいくらでも迷惑をかけられるぞ」という脅しなのです。これはガイアァクに負けて殺された場合でも同じです。「解るな? 迷惑をかけられたくなければ我々に味方しろ」というガイアァクのメッセージだと馬頭は受け取りました。
(そしてもう一個困ったのは。今話しているのがこのフェニックスだという事だ)
「こう言っちゃなんですがね、馬頭さんは昔から思い込みが激しい所があると思うんですよ」
「お前さんに言われたくねえよ」
「前からこの国に反発的だったのは知ってますが、テロまでやらなくていいでしょう。何か不満があるんなら、公正な手続きを取って活動すべきです」
「俺様はこの国が大好きだから、国に反発的っていう表現は正しくない。俺様が嫌いなのは悪い政治家と、それを支持する頭の悪い国民だ」
「ゲドウ政権は歴代最長政権という快挙を成し遂げたのですよ。その実力は確かなものです」
「支持率が歴代最低のまま最長政権だっていう部分に目をつむれるお前さんは優しい人間なんだなって思うよ」
「優しい、ですか。照れるなー」
「今ので照れる事ができるような頭の悪さだけは厄介だがな」
馬頭はうんざりしていました。早く話を切り上げて落ち着いて今後の事を考えたいのに話が途切れてくれないのです。
いっその事、無視して歩いていけばいいのかなと思いはしましたが、それをすればきっと報復してくるでしょう。「馬頭はやはりテロリストだから近づいちゃいけない」と方々に言って回るくらいの事はしそうです。鬱陶しくて仕方ありません。
「そもそもお前さんは政治の正しさ、っていうのを根本から履き違えているよな」
そう言いながら、馬頭は以前に、今と全く同じ切り出し方で、このフェニックスという男と話をして、とびっきり嫌な思いをした事を思い出しました。
その時もやはり、馬頭はこの国に対して反抗的だ、というフェニックスの言葉を受けて始まった口論がきっかけでした。
「政治の正しさなんて素人の僕らに分かる訳ないじゃないですか」
その会話はかつてのアルバイトでの勤務終わりの時。駅までの帰り道の途中での事でした。
フェニックスの言っている事は世迷言もはなはだしいと、馬頭は思いました。数学や文字すらない時代から政治というものは存在し、人々をまとめて生活する構造が世界中で構築されたのは、ひとえに、そうしなければ外敵に殺されてしまうからであり、その集団行動を円滑に行い、得られる恩恵を最大化する為にこそ文化は発展してきたのです。読み書き算数どころか、芸術や機械工作、プログラミングの方法さえ学校で習うような今の時代に生きる人間が「政治がわからない」というのは悲劇的であり、当時の馬頭には到底受け入れられない事でありました。
だからつい言ってしまったのです。
「そこが履き違えの出発点なんだよ。政治ってのは何の為にあると思ってやがる」
この数分後。馬頭は強く後悔する事になります。
「そりゃあ、国がより豊かになる為じゃないですか」
「国ってのは何だ?」
「そりゃあ、大きいのから小さいのまでありますよ、ここからー、ここまでー、の土地の範囲? ですか?」
フェニックスは身振り手振りを交えながら馬頭に伝えました。
「つまり、領有権を主張できる土地の範囲そのものが国であると?」
「そう、それです。土地がないと人は生きていけませんからね」
「お前さんのさっきの言葉に照らし合わせると、国が豊かになるとは『その一定の範囲の土地が豊かになる事』となるが、では豊かさとはなんだ?」
「そりゃあエネルギーや食糧に不足してなくて、皆が幸せな事ですよ」
「それは食糧やエネルギーの総量が豊かさの基準か? 皆の幸せが基準か? それとも合わせた数が豊かさの基準なのか?」
「両方合わせた数に決まっているでしょう。何なんですかさっきから」
「食糧やエネルギーは計測して数を出すことができるが、皆の幸せとやらはどうやって判断する?」
「そんなの分かんないでしょう。個人によって違うんだから判断なんかできませんよ」
判断基準としての項目の一つに幸福と言う言葉を使っているにもかかわらず、その幸福は人によって違うから判断できないなぞという世迷言をフェニックスは言っているのです。
「…今こそ聞こう。この国は豊かか?」
「豊かですよ。外国と比べたらよっぽど豊かです」
「お前さんがどこの外国と比べたのか知らんが、過労死は頻発するし、生活苦による自殺はとどまる所を知らず、正規雇用で働ける人間は減少し続け、経済格差は広がる一方で、結婚できる人間も一握り、低所得者は収入の半分ほどを税金で取られるにもかかわらず生活助成を受けられる人は少なく、病にかかり高い金払って治療をしても、しばらく仕事を休んだら職場に復帰できないなんて『ざら』だ。雇用保険に入ってなかったら人生が詰むな。非正規雇用は雇用保険に入れないなんてのも『ざら』だ。それでも来月に給料振り込んでもらって生きていく為にそういう仕事でもやらにゃあならん。ついでに言うと、健康保険税も消費税も徴税しているのに、いまだに医療の無償化を実現できていない。芸術活動をする人間への助成もない」
「ははあん。馬頭さんが無を言いたいか何となく分かりましたよ。そうやって貧乏な暮らしをしている落伍者達が多いこの国は幸せな国じゃないって言いたいのですね」
「俺様は貧乏人については語ったが、それを落伍者と言った覚えはないんだがな」
「でもねえ馬頭さん。お金を稼いで幸せになりたいなら、当人が努力して人を使える位まで出世するべきじゃないですか。それは国のせいじゃないですよ」
フェニックスは馬頭の言葉を待たずにほぼ脊髄反射のような速度で言葉を繋げてきます。でも馬頭はめげません。
「今のお前さんの言葉を考えると、幸せになるには金を多く稼がないといけない、と言っているように聞こえたが。間違いないか?」
「そりゃあそうでしょう。お金は大切ですよ」
「金が大切なのは同意する」
「でしょう? これは昔から変わらない真理ですからね」
真理ときたか。と、馬頭は心の中で笑いました。
「ところで、そうやって金がない家庭の子供がろくに飯を食えない、俗に言う貧困児童というのが問題視されているな。聞いたところだと子供の七人に一人はそうらしい。これに対して政府が何かした、っていうのを聞いた覚えがないんだが、お前さんは何か思う所はないかい?」
「難しい話ですね。でも政治家だって、そういった事情を抱えた家庭を一軒一軒見て回る訳にはいかないんですから仕方ないですよ」
「ところでお前さんはさっき『エネルギーや食糧に不足してなくて』とか言ってたが、子供たちが飯を腹いっぱいに食う事もできんまま対策されない。豊かなはずの食糧が子供の口に届かない。これはどういう事だ? それとも何か? 豊かなはずのこの国で子供たちに労働をしろと言うのか? 未成年者の労働に法律で制限かかってるこの国で、何か努力して頑張れって? どう頑張りようがあるってんだ?」
「なんなんですか馬頭さん。だからこの国は間違っているって、そう話をもっていきたいんですか」
「ついでに言うとお前さんも間違っているんだがな」
「何を間違ったって言うんですか」
「政治っていうのは国民の生存と発展の為にある」
「……は?」
「もっと言うと、この場合の発展とは『生存していく為の手段を多く確立し、安定する事』を言うから、厳密には政治とは国民の生存の為の物だ。発展は手段に過ぎん」
「はあ。いや、でもそれは豊かになる、って表現でもいいじゃないですか」
「ああ、そうだな。だがお前さんは豊かになる事をエネルギーや食糧に不足せず皆が幸せな事だと答えた」
「間違ってないじゃないですか」
「腹をすかせた子供や、子供に飯を食わせる事もできんような環境にいる大人が幸せなはずがあるか阿呆!!」
「そうとは限らないじゃないですか。誰も他人の幸福なんか分からないんですから」
「そこで『分からない』とか『そうとは限らない』とかって言葉が出てくるからてめえらの頭はイカレてるってんだよ。もし仮に『子供にご飯をろくに食べさせられませんがわたくしどもは幸福でございます』なんぞとのたまう親がいたんなら今すぐにでも児童相談所に連絡して親族一同一丸となり親をぶん殴って子供と引き離して然るべき対策をすべきだと思うんだがお前さんはそう感じないのか」
「教育無償化とか、貧困対策推進法とかやっているじゃないですか! 政府はちゃんとやってますよ!」
「それで貧困が解消されたってえんなら褒めてやるが、なあところで貧困は無くなったか?」
「え、それは」
「無くなってねえなら『その対策は間違ってた』って事だ。すぐに考えを改めて対策の練り直しをするべきだがその気配も感じねえ。常識で判断しろ。いいか? ものすげえ大事な事だからもう一回言うぞ。常識で判断しろ!! 手順も方法論も正しいのに結果が伴わないってことは『手順か方法論か、あるいはその両方が間違っていた』ってえ事だ」
「医療は発展しているし、人口も増えています。その数字こそが間違いのない結果ですよ! この国は豊かです」
「話をそらすんじゃあねえ。今は医療の事も人口の事も問題にしてねえ。てめえがとんでもねえ勘違いをしたまま国の豊かさの話をしてるから、それを一個一個潰してるところだ」
「人口が増えれば豊かな人も増えるし、貧乏な人も増える。どっちも増えるんですよ。当たり前じゃないですか」
「お前さんが言うエネルギーや食糧に不足しないってえのは、せっかく作ったそれをどこかに余らせるって意味か? 貧乏人にどうやって充分なエネルギーや食糧が届く?」
「貧乏人なのは当人の責任じゃないですか」
「その通り、当人達の責任だ。だが、お前は言ったぜ?『豊かとはエネルギーや食糧に不足してなくて皆が幸せな事』だとな。そしてお前さんは『この国が豊か』だと言ったんだ。貧乏人の責任の話なんかしてねえ。それとも何か? 貧乏人は人権なんか無いって言いたいのか? 健康に生きる権利や教育を受ける権利という人権がないから、この国の人間としてカウントしてませんて、そういう事か! !」
「そんな事言ってませんよ」
「だったらお前さんは認めなくちゃならねえ。『この国が豊かだという認識は間違い』だったとな。金を持った人間は数を増やし、世界有数の金持ちと呼ばれる人間も多く輩出したが、それは多くの底辺を生きる人間の労働と流血により成り立っているのだとな」
「だったら何ですか馬頭さん。国はそういった貧乏人に食糧の配給やら何やらをするべきだって、そう言いたいんですか」
「んな事ぁ言ってねえ。この国が豊かだってのが盛大な勘違いで、この国はそういった経済弱者を救済する事が出来ず、やる気もない国だっていう事実をてめえが認識しねえと政治の話なんかできねえって、そういう話だ!」
「やっぱり馬頭さんこの国が嫌いでしょ」
「今、俺様の好き嫌いはどうでもいい。肝なのは、今この国が、そういう国であり、これからもそうだろう、という事だ」
フェニックスはため息を一つ。そのわずかな間を演出にして流れを変えようとしました。
「はあ。馬頭さん。それは杞憂と言うものですよ」
「杞憂なんて難しい言葉をよく知ってたな。感心だぜ」
そしてフェニックスのそんな小賢しい作戦は脆くも崩れ去りました。
「……えっと、ですね、いつまでも変わらないものなんて無いんです。今は悪く見えるかもしれなくても、明日には変わっているかもしれないじゃないですか。良くなる事を信じて生きたほうが、暗い考えを抱えたまま生きるより幸せですよ」
ほう、さりげなく幸せという言葉を混ぜて、何となくいい感じに話をまとめようとしてきたか。馬鹿なりに上手いな。と、馬頭は心の中で褒めました。
「そこそこ面白い回答だがバッテンだな」
「なんでですか!」
「政治において、かもしれない、という言葉は対策を検討する時に使う言葉だ。何も行動を起こさない事の理由に使ってはいかん。何故なら。いいか? 何故なら、問題が起きているのに対策しない事で国民の生活が脅かされる事はあってはならんからだ。何故なら対策するのが行政の役目で、その案を出す為にこそ『かもしれない』という言葉は使われねばならん。個人ではやれない情報の集積の為の『組織』であり、そこから立てられる予測の、見落としを限りなくゼロに近づける為に複数の議員が居て、やるべき事を実行する能力の一つとして税金という物を集めているのだ」
フェニックスは頭が痛くなってきました。どうしたらこの女にまともな考えを教育できるのか。まるで見当もつきません。
「そして」
「まだ続くんですか」
「いつまでも変わらないものはないと言ったな。あれは正しい」
「ええ!?」
フェニックスは予想外の言葉に驚きました。
「この国はこれから先もどんどん悪くなっていくだろう。腐った国が更に腐った国になっていくのだ。笑えるぜ」
「笑えませんよ」
この時ばかりはフェニックスは正しい事を言いました。増税が加速し、国民に還元される事のない国家の腐敗。それが進行し、子孫まで続いていくなぞ、笑える事ではありません。
「さて、いよいよ『政治の正しさ』について回答せねばな」
ああ、そういえばそんな話だったな。とフェニックスは思い出しました。
「一言で言うと『結果が全て』だ」
「はあああ!?」
フェニックスはもう驚き疲れました。何よりこれは最も意外な言葉でした。フェニックスは馬頭の事を頭のイカレた女と思っていますから、独裁主義だとか、そういう危ない政治思想を持ち出してくると思っていたのです。
「今。お前さん、俺様は独裁がどうのとか、そういう一般的に危険思想だと評価されているものを喋りだすと思っていただろう?」
「い、いやー、そんな事はない? ですよ? もっと、そう、社会主義とか? 共産主義? とか、そういうのを持ってくるとばかり」
「うん。そういう言葉がでてくるあたりがもう、お前さん達が政治の話を分かってないって、思う瞬間なんだよな」
「どういう事です」
「俺様は政治の話をしているが、民主主義とか社会主義とかいう主義の話はしていない。この国の形態の話や政治批判の一環としてそういう言葉は使う事もあるが、俺様は○○主義とかいう主義思想の話はしていない。俺様は只々『政治とは国民の為にある』という話しかしていない」
「それは政治思想の話じゃないですか」
「お前さんにとっては残念だがこれは政治思想の話じゃないんだなこれが」
「意味がわかりません」
「当たり前だ。足し算を理解してない子供に掛け算だの相対性理論だの説明しても理解できんのと同じだ。政治ってものが『国民の生存と発展の為にある』っていう前提からスタートしなきゃならん話だって理解しないままの奴は、政治の話を『とても難しい話だ』と言って『それでまとめようと』しやがる。話にならない、ってお前さんは思っているんだろうがな、それはこっちの台詞だぜ。いいか? 俺様はこの国が民主主義だろうが社会主義だろうが共産主義だろうが独裁主義だろうがどうでもいい。そこに住んでいる人間が真っ当な人生を送れているかどうかという結果だけが全てだ。仮に独裁主義だろうと、権力の厳格なる行使を自らに課す事のできる支配者をいただき、国民の幸福を第一に考える事のできる大臣を揃える事が出来るなら完璧な支配をしてくれるだろうし、社会主義だろうと、一切の不正なく、他者の為に行動できる労働意欲の発露が文化レベルで構築できているなら何の問題もなく発展していける。そしてそれらを、国民の幸福と言う形で確認できた時、『国民の側から我らは幸福でございますという言葉をもらえた』時、『国家はちゃんと仕事をしていた』と言っていいのだ」
「じゃあなんですか、馬頭さんは自分が幸せじゃないからこの国は間違っているって言いたいんですか」
「俺様の話を全く理解していないらしい返答を有難う。だがまあせっかくだから乗っかっておいてやるぜ。そもそも国民主権ってものがあるんだから個人のそういう感想ってのは何より大切なんじゃあないのか」
ついにフェニックスは黙り込みました。この男が全く納得していないのは顔を見れば分かります。そしてどうあっても理解しないだろう事も馬頭にはわかりました。「こういう人間は」「そういう人間」なのです。誰が正しいとか、何が正しいとか、そういう事でしか物事を判断できないのに「自分自身の正しさの判断基準が曖昧」である事を理解できず、故に、知識の不足を感じる事が出来ないので勉強をしません。ずっと勉強をしないまま不便を感じずに生きてきたので、既に、新しい事を学ぶという発想がないのです。それゆえに馬頭のように全て理屈で説明されると、理解より先に拒否反応が出るのだ、と馬頭は常々思っておりました。
馬頭としては、この日のうちにこのフェニックスと呼ばれる馬鹿者に政治を論ずるに足る最低限の知性を持って帰ってほしかったのですが、結果としてこれは失敗し、今日に至るまでその失敗を払拭できていませんでした。
そして、今。やはり馬頭とフェニックスは政権に対しての不満と心酔をぶつけあい、ちょっとした討論会のような事をやっておりました。残念な事に、その討論を公平にジャッジする人間が不在なのでいつまでも決着はつきません。極端な事を言うと、フェニックスは「それはあなたの思い込みです」という言葉を連発していれば負けはないのです。ジャッジする人間が居ないのですから、それで負ける事はありません。
いよいよもって蓄積したストレスが馬頭の体を蝕んで吐き気すらもよおしてきた、その時でした。
「では、馬頭さんはどうあってもゲドウ大臣と戦うというのですか」
「あ? ……ああ、そういえば最初そんな話だったな。すっかり忘れてたぜ」
「ゲドウ大臣は間違っているから、倒さなくてはならないから、と、そういう事なんですね」
「いや、今いい感じにヒートアップして政治批判をしたのはお前さんがあまりにも馬鹿々々しい事をのたまう事に腹が立ったからであって、国家転覆を起こそうとかそういう事に繋がる話ではないぜ」
「馬……!? あ」
馬頭、に繋げようとしたのか馬鹿、に繋げようとしたのか分かりませんが、フェニックスは馬頭の背後に視線を動かして、何かに気づいた様子で慌てて言いました。
「じゃあもういいですよ。でもこれだけは言っておきますからね。国家転覆とか、そういう事を考えちゃいけないんですからね」
フェニックスは走り去りました。
馬頭は「じゃあもういいですよ」が何にかかっている言葉なのかいまいち分かりませんでしたが、ようやくフェニックスから離れられて安堵しました。
その数秒後、背後からミセスクインに声をかけられてフェニックスの反応に合点がいきました。
ミセスクインの隣にはふんどしのみを身に着けた筋肉凄まじい男がいたからです。
「お前さんが理由かよ」
「うん? 何がだ」
「ああ、いや、いい、相変わらず視界に厳しいが、今回は助かった」
二人は、馬頭の基地への到着が遅い事が気になって様子を見に来たそうでした。
「そうか、心配かけちまったな。だが……」
「うん? どうした。俺の筋肉をじっと見て」
「筋肉をじっと見てはいねえよ。昨日も言ったがよくそんな恰好で街中を歩いてこられたな」
「忍者だからな」
とシャドウは答えました。
「忍者ってすげえ」と馬頭は思い。今後は「忍者ってすげえ」と思い込む事で、この男の非常識さを無視してやろとう心に決めました。
馬頭とフェニックスの会話において、説明不足であるという指摘をいただきましたので加筆しました。今後とも宜しくお願い致します。