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公開エピソード01「どこかの宿屋にて」

始めての方には初めまして。そうでない方には、お待たせしました。

趣味で細々とやっていた小説ですが、多くの方の応援に応える為、ちゃんとした小説版「ミセスクイン物語」を発表いたします。

この物語は、日本に住んでいる、日本語を公用語とする人たちに向けて執筆されています。その為、そうでない方には「あれ。こいつ何言ってんだ?」と思ってしまう場面が多々あるかもしれません。どうかご留意くださいませ。

 宣言しよう。この物語には、勝利者と呼べる者はただの一人も登場しない。一人もだ。


 その宿の主人、ゴンザレスの子供の頃の夢は昆虫学者だった。近所に住むどの子よりも虫取りが得意だった彼は、「じゃあ将来は何になろうか」という話題で盛り上がった時に、自然とそう答えていた。

 何も考えずに勢いだけで回答したものの、学校が休みの日に図書館へ出向き、昆虫に関する本を探して読みふける程度にはやる気も持っていたが「どうやらこれは自己暗示というか思い込みというか、そういう類のものらしい」という事をすぐに自覚した。

 だがそれによって得た知識が人生において邪魔になるかというとそうではなく「彼はより虫取りが得意な少年」となり、得意なものが一つあれば自信に繋がり、それなりに充実した子供時代を過ごすに至った。

 40を過ぎた今でも続けている趣味の木彫りは、虫取りの途中で拾った木片で始めた工作がきっかけだ。子供の頃から続けている趣味なぞこれくらいしかない。「きっと自分は、本当はこういうどっしり構えて落ち着いてやる作業に向いていたのだな」と、ある日ふと思った。

 そうやって昔の事を思い出していると「あの時はああすればよかったな」とか「あれは本当に失敗だったな」とか、まあ色々と思い出す。

 あれは彼が二十歳になったばかりの頃だ。

 その頃にはもう昆虫学者になるなんて夢はすっかり忘れてしまっていて、父親の経営する酒場兼宿屋の仕事を手伝っていた。覚えることは山のようにあり、期待もされ、やりがいも感じていたが、この時期の青年にありがちな「自分はもっと何か大きな舞台で活躍できるんじゃなかろうか」という気持ちもあった。

 しかしそれは漠然としたもので、一切具体性をもたない願望である事も理解していた。

 何か大きな、と言っても、結局彼は「ただの町人その一」でありその立場を抜けだす方法を知らないのである。いつか通っていた図書館で、昆虫ではなく政治経済の本でも読んでいたら、今とはかなり違った未来があったようには思う。「今からでも何か勉強してみようか? この忙しい時期に? それは現実的じゃあないな」そうやって悶々とした、ある意味で実に青年らしい日々をおくっていたある日、時代が動いた。

 かねてより財政難とされてきた彼の国は増税を行った。

 しかし、一部の特別な階級や富裕層を除いて、である。

 財政難だから増税すると言っておきながら、最も所得の多いところからはこれまで通りに徴税し、低所得者は経済的大打撃を被ったのだ。もはや財政難であるという事さえ欺瞞なのではないかと思えてくる。

 それどころか、憲法を改変して国民の私権を制限するという意欲を発表した。

 当然これに国民の怒りは爆発。各地で反対の意を示す団体が組織された。「財政難だから」であるとか「国難であるから」という言葉が頻繁に使われ、説明らしい説明を何もしない政府に対し「これは明らかに大臣による国の私物化である!」と、反対運動やデモが行われたが、政府はこれら一連の運動を無視、あるいは「これは明らかな国家への反逆である」と言ってテロリストとして扱って鎮圧しようとした。警察も軍も出動し、デモに参加した者から死者も出た。

 長く戦争を忘れていたこの国は、内戦によってそれを思い出したのである。

 ゴンザレスもまた、義憤にかられた有志としてデモに参加した。そして徹底的に叩きのめされた。

 戦場と化した街中、周囲からは悲鳴が聞こえてくる。だがそんなものに構ってはいられない。ゴンザレス自身も悲鳴を上げる側なのだから。

 目の前の人が警察なのか軍人なのかもよく分からなかった。

 とにかく固い棒のような物で殴ってくるのである。

 ゴンザレスは頭をかばうために両腕をあげていたが、とっくに骨折している。激痛が襲うが、腕をさげれば確実に頭を割られてしまう。「絶対に腕をおろせない」畜生。痛い。おい、こいつは国民を守るのが仕事じゃなかったのか? こっちはもう抵抗なんかできる状態じゃないのに何故殴るのを止めない? くそ。くそ。くそ。そんな事を考えながら耐えた。

 だが助けてほしい気持ちなぞ相手には伝わらない。とるに足りない無力な存在とも思ってくれないらしい。いや、もしかしたら単純に鬱憤を晴らしているだけという可能性もある。

 どうやらこいつは相手が動かなくなるまで殴り続けるつもりらしい。なんてこった。こんな事ならデモなんかに参加するんじゃなかった。お上の言うとおりに従っているふりでもしていれば、あるいは、従って、いつかは反抗してやるっていうポーズだけもでも取っていれば、命かプライドかは守られただろうに、ちくしょう。俺の人生はここまでだ。と、そう思った時である。


「爆発よ!!」


 女の声がして、その一瞬後で、耳をつんざく大音響があたり一帯に響いた。

 その言葉のとおりに強い衝撃に横から襲われた。えぐられて舞い上がった土をかぶり、少し口に入った。しかし、どこかに叩きつけられるか、と思ったものの、そうなる前に何者かの力強い腕に支えられていた。

 支えてくれた腕の人物が、誰かに話しかけた。

「おいカーマイン。もう少し優しくできんのか。民間人を怪我させちまうぞ」

 これに先ほどの女の声が答える。赤い髪の女だった。

「冗談だねシャドウ。火炎放射器もちだしてタバコに都合のいい火加減ができるとお思いかい? あたいが爆発の魔法を使ったんだから、それはあたいに相応しく強い爆発なのさ」

「じゃあなんで爆発の魔法を使ったんだよ」

「華やかだからさ!」

「民間人に配慮せんかあ!!」

(な、なんだこいつらは)

 ゴンザレスは何が何だか分からなかった。

 窮地を救われた、というのはきっと間違いないのだろう。

 だがどうやら魔法使いらしい女には、人を助けるというような意識はないように思える。彼女にとっての敵を倒す過程で自分は救われたらしい。

 自分の魔法のせいで人が怪我を負うかもしれなかったというのに少しも悪びれたような様子はない。目深にかぶったとんがり帽子の陰で表情が見えにくいが、笑ってさえいるのではないだろうか。

 そして自分を支えてくれた男については感謝したいのだが、感謝の前に強い疑問が湧いてそれどころではなかった。何故かこの戦場において彼はふんどし一丁だったのである。嘘だろ!? ああだが何という筋肉だろう。ただデカいだけでなく、しなやかさも兼ね備えた立派な体つきをしている。そして鴉を模した仮面をつけていた。

 仮面に空いた穴の向こうからこちらを見る視線は力強い。だが、暴力的な強さではない。使命に燃える勇者のような眼だ。

 ゴンザレスが混乱から立ち直ろうとしていると、筋肉凄まじき男達の仲間と思しき人が更に二人やってきた。

「かかか。妾にも覚えがあるからのう。耳が痛いわい」

 かかかと笑ったのは、両の拳を血に染めた幼女である。着ている服はフリル過多のドレス。これまた戦場に似合わない。

 あ、あんた達はいったい、とゴンザレスが疑問を発しようとした時、もう一人の言葉がそれを遮った。緑色の髪をした女だった。

「まあ、結果として大事なく何よりです」

 この発言にゴンザレスは怒りをあらわにして抗議した。

 本来なら怒る道理なぞ無い。彼女たちは、経緯はどうあれ彼を助けてくれたのだから。だがこの時の彼は冷静ではなく、そして怒りのはけ口を探していた。正しい事をしたはずなのに痛い思いをしたという理不尽を被るに至り、何でもいいから喚かずにはいられない心理状態だったと言える。

「大事ないだと? 俺の腕を見ろ! 折れている。」

 言葉を遮られた事も感情の爆発を手伝った。言ってすぐに見当違いの事を言っていると思いなおしたが、言い始めた言葉は止まらなかった。

「俺達は正義の為に戦ったんだ! 悪しき行政を正し、国民がまっとうに生きられる世の中の為に! なのに何でこんな事になってんだよ、くそう!」

 周囲に緊張が走る。空気が凍り付いた、と表現してもいい。魔法使いは汚いものを見るような眼をしていた。筋肉凄まじき男は悲しそうな雰囲気が仮面越しにも伝わり、幼女は表情を消した。

 そして緑の髪の女は、何度も繰り返して言ってきたような滑らかさで言った。

「それが悪と戦うという事です」

 ゴンザレスは、説得力、というよりも、その迫力に圧倒された。

 短い言葉だし、語気が強い訳でもない。だが、この女の言葉には逆らえないと思った。理屈ではない。直感でそう思った。爆発の余韻は徐々に弱まり、砂ぼこりが風に流され晴れていく。やがて風が止み。彼女の長い髪が揺れるのも止まった。彼女以外は誰も動かなかった。

 いつのまにか緑の髪の女がゴンザレスの傍まで来ていた。

「悪と戦う事に結果を求める事はできません。何故ならそれが悪だからです。奴らは常に安全圏にいて、勝てる戦いだけを選んで戦います。負けたように見えた時は、負けたほうが利益を上げられると判断された時です。だから戦った時点で、奴らは目的を達成しており、勝っているんです。小さな視点での勝敗がどうあれ、高い目線で見れば奴らの思い通りなんです。…ああすみません。話がずれていますね。ねえあなた、このデモに参加したのは何故?」

「そりゃあ、政治家どもが国民を食い物にするようなやり方が許せなかったからだ」

「つまりあなたの敵は、国民を食い物にするような輩なんです」

「そ、そうだよ、だからちゃんと抗議しないと」

「奴らにとって、あなた方は食い物です」

「…は?」

「牧場の牛や豚が、人間と同じような生存権や何やらを主張しても通用しないのと同じ事です。悪は…今回の例でいえば大臣連中ですが、奴らはあなた方をやかましい動物だと思っています。だから静かにする為に殺処分するんです」

「違う! 俺達は人間だ!」

「奴らはそうは思っていませんし、現にあなたは警察官に殺されかけていましたよ」

「そ、それは…」

「あなた方は二つ、間違いました。一つは、抗議などして言葉を届ければ、大臣も思い直すかもしれないという甘えを持った事」

 抗議としてデモを起こすのが甘えだと言われてゴンザレスは驚いた。

「もう一つは、国はいつでも実力行使で鎮圧できるのに、十分な戦力を用意しないまま集団行動を行った事です」

「十分な戦力って、いや、俺達はテロリストじゃないんだぞ」

「あなた方はテロリストとして扱われています。仮に逮捕されて裁判になったなら、警察も検察もそのように扱いますし、裁判官は一応中立で公正という事になっていますが、そもそも法廷に証拠を持ってくるのは警察なのですし、多くの人にとって、自分がテロリストではない事を証明する証拠の用意なぞできません。テロリストとして報道され、真実を知る方法のない多くの人にとって、貴方がたはテロリストと認識されます。あなた方が有罪判決となっても誰も不自然に思いませんから、裁判官にとっても慎重に判断する理由もありません。そしてあなた方は、その全ての人達に対して無実を証明する能力を持っていないでしょう?」

「嘘だろ…」

 ゴンザレスは吐き気を催した。腕を折られた上で勾留され、家族に迷惑をかけながら有罪になる判決を待つだけの裁判をする事になる様を想像したのだ。

「…俺は、間違っていた、のか?」

「誤解してほしくないのですが、あなた方が間違ったのは二つだけです」

 ゴンザレスは俯いていた顔を上げて緑髪の女を見た。助かる方法があるのか? と淡い期待を抱いているのだが、彼女は間違いの回数について言っているのであって、裁判を勝利する方法については語っていない。だが精神を消耗しているゴンザレスはその事に気づけない。

「圧政に対し怒りを抱き、行動を起こす事は紛れもなく正義!」

「そうだよな! きっと裁判官も民衆もいつか理解するよな!」

「え?」

「え?」

「あー、ちょっとまて。お互いにちょっとずつ理解とか認識とかそういうのがずれているのを感じてないか? そうれはきっと誤解じゃないから、一旦止まって話を整理しよう」

 筋肉凄まじき男が言葉を挟んできた。見た目のインパクトはとんでもないが、今となってはこの非常識極まりない装いの男こそが最も理性的な人物なんじゃなかろうかと思える。

「青年よ。彼女が、誤解してほしくないのですが、と言ったのがまずかったのかもしらんが、君が逮捕された場合に十中八九、有罪判決になるのは間違いない。そして、君達の行動の起点となった怒りや思想については間違っていたとか間違っていないとかを論ずる事はできない。何故なら、思想や考えとは、抱いた段階では誰にも何も影響しないからだ。誰にも何も影響しないという事は、誰にも認識されないという事だ。誰にも認識されない事について善悪を問えん。ここまでは解るな?」

 急に哲学的な話をしだした、とゴンザレスは思った。ただしゴンザレスは哲学についての教養を殆ど持ち合わせていないので、何となく複雑な事を考えさせられそうな事はたいがい哲学的な事と認識してしまうのだが。

「善悪を問う段階とは、誰かに認識された後だ。今回の例で言うと、圧政に対する抗議デモだが、勿論これは正義の行いだ。なぜならこの国には言論の自由と表現の自由と思想の自由と宗教の自由と、あとなんだっけ? まあいい。とにかくそれだけ自由が憲法によって保障されている。政治に納得できんならとことんまで抗議するべきだ」

「そうだろ? 俺達は国民として当たり前の権利を主張するデモをしただけだ。それで何で犯罪者になっちまうんだ!」

「そこが間違いだ」

 それ、ではなく、そこ、と表現された事で、ゴンザレスは何となく考えなければならないポイントを絞れたような気がした。

「この国は行動にまで自由を許してはいない」

「え?」

「飲み込みにくい事実だろうが、まずはそれを飲み込んでくれ」

 何となく。本当に何となくだが、筋肉凄まじき男の言っている事が理解できた。だが認めたくない。心が理解を拒否している。

「警察は正義を執行する組織ではない。『統治するにあたって法律というものがあり、それを国民に順守させる為に武装して見張る組織』それが警察だ。だから君達の行動が正義感からのものだとしても『そんな事は知った事じゃない』のだ。まあ法律違反が、警察が動く為のとりあえずの基準だから、そこ気を付ければやり過ごす方法はあるんだがな」

「俺達は法律を破ってなんかいない! 事前にデモの届け出も出したし、喧嘩だってしていない! この戦闘だって、もとはと言えば『警察が突然に同志を拘束したのが始まり』だったんだ! それを助けようとした他の同志が警察を引き離そうとして…っは!?」

「なるほど。それが典型的なデモ活動の割に、被害の規模がでかい原因か」

「そういうシナリオか。警察はデモを見張っている最中に犯罪行為を見つけて、いや、見つけた事にして、それを取り締まる為に行動したが、デモ参加者にそれを妨害されたから事態を鎮圧する為に、っていう、…そういうシナリオか! そんな事が許されるのか!」

「許すかどうか、という表現は正しくない。許す、というのは優位な立場にいる側が行う事だが、今回の場合それは向こう側だ。そして君達を留置するのは警察だし、起訴するのはお仲間の検察だ。警察の行動をデモ参加者が妨害した記録ははっきり残っているだろうから、裁判でこれを覆すのは一年やそこらじゃ無理だろうな。そして君達は、裁判が終わるまでの間、生活を維持する為の金銭的余裕がある者も少ないだろう。諦めて有罪を受け入れて、執行猶予をとれるよう狙うのがいいと弁護士にも言われる筈だ。そうやった人間を何人も見てきたよ」

「だからかよ。どんな理由でも捕まえてしまえば有罪にできるから、無茶苦茶ができて、一般市民にはまともに裁判なんかできないから、勝つのが決まっているから、弱い奴らを相手にしているから、こんな、こんなっ!」

 ゴンザレスは握った拳を激しく地面に叩きつけようとした。怒りを表すお決まりの動作だ。だが腕が折れている今、それすらできない。かわりに、嘘だ。嘘だ。と何度も叫ぶ。

「さっき彼女が言ったように、奴らは圧倒的に有利な立場で戦っている。いいか? 君達が正義かどうかという事は関係がないんだ。この国はそういう構造になっている。その構造が、悪党の悪行を助けている」

「じゃあ何かよ。俺達は何も主張せずに黙っていればよかったのかよ。搾取される事に目をつぶっているのが正解だったのかよ」

「それは間違いだ」

「え?」

 もう何度目の「え?」であろうか。いい加減疲れてきた。だが奇妙な事だが、疲れているからこそ、他に気を回せないからこそ、一つの事柄に対する思考力が向上している気がする。この「え?」は、考えを一度落ち着ける為の相槌のようなものに思えてきた。

「さっき言われたろ? 間違いの二つ目だ。十分な戦力を用意しないまま集団行動をとった事だよ」

「今から十分な戦力とやらを用意すれば、何とかなるっていいたいのか? 無理に決まってるだろ。きっとそんな事をしてる間に家まで警察がやってきて、何もかも台無しになるに決まってる」

 ゴンザレスのこの言葉に反応したように、周囲の人物が全員動いた。

 筋肉凄まじき男は立ち上がり、魔法使いはそれに並び、血濡れの幼女は踊るようなしぐさで近寄ってくる。そして、緑の髪の女は太陽に向かうように進み、全員の先頭に立つような位置でこちらに振り返った。逆光が顔に影を作り、表情が見えなくなる。

 いつの間にか空は夕焼けで朱くなっていた。

「我々はあなた方を助ける為にきた『十分な戦力』です」

 ばかな事を言い出したぞこの女。と、ゴンザレスは思った。

「あんたたちが戦力? たった四人じゃないか。相手は銃も持っている、戦闘訓練を受けた奴らだぞ。魔法使いがいるようだが、それだけでは…」

 ゴンザレスは彼女の発言を否定しようとした。戦力の足しになんかなるわけがないと言おうとした。だが、言っている途中で『また自分は間違った事を言っているような気がして』きた。

「…何とか出来るのか? もう、警察は俺達をいつでも、いくらでも何とでも出来るんだろう? この騒ぎを切り抜けたとしても、事前の届け出や、記録から、家も家族も抑え込まれる。絶望的だ。こんなのを何とか出来るのか!?」

 緑の髪の女は力強く言った。

「不条理にあらがうは正義の味方の見せ場なれば」

「正義の味方…だと」

 緑の髪の女は、振り返る動作をもって他の皆を促し、歩き出す。

 風に緑の髪がなびき、筋肉凄まじき男のふんどしもなびく。魔法使いは帽子を押さえて歩く。幼女は火照る体を冷ますように腕を広げて風を受けて歩く。

「さあ世界を救いに行こうか」という言葉があった。

 四人の誰かが「さ」という最初の一音を発し、それを受けて、全員が声を合わせて、次のように言ったのだ。


「「「「さあ! 世界を救いに行こうか!!」」」」


 なんと絵になるのだろう、とゴンザレスは思った。そして見送った。

 この後、ゴンザレスは強く「失敗した」と思う事になる。

 結果として、緑の髪の女一行は「警察組織を近隣地域に至るまでを蹂躙し、その後出動した軍隊をも駆逐し、捕縛されていた無辜の市民を開放し、関連する資料を保管する建物ごと破壊して隠滅した」のである。

 ゴンザレスは思った。もしあの時、見送らずについて行っていれば、自分は伝説的な場面に居合わせる事ができたかもしれない。あるいはその伝説に参加できたかもしれなかったのだ。

 しかし現実的には、あのような現実離れした戦果を実現する集団に追従できるはずもなく、足手まといになるどころか巻き添えか何かで死んでいたかもしれないのだが。

 これがゴンザレスが人生で最も失敗したなと感じているエピソードである。忘れる事なぞできない、いつまでも彼に反省を要求してくる思い出だ。勉強不足に認識不足、経験不足に、ついでに運も不足していた。だが足りないなりに出来た筈の事もある筈である。これらを意識する事ができるようになっただけでも、成長に繋がった事だったのだと思える。

 そうやって物思いにふけっていると、呼び鈴が鳴るのが聞こえた。

 お客様がみえたらしい。ゴンザレスは立ちあがる。昔を思い出したせいか、僅かに高揚した心持ちでドアを開ける。

「さあ、今日も見事に仕事を果たそう」

 死線を潜り抜けた彼の精神は非常に大きな成長を遂げた。事前準備や知識を獲得する事の大事さを痛感した彼はとても勉強熱心になり、それらの努力は自信に繋がり、接客においてもそれらは見事に発揮された。そうした仕事の評価は彼にやりがいを持たせ、今ではこの宿屋の仕事にも誇りを持っている。


 ここまで読んでいただき誠に有難う御座います。さて、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、この物語の主人公は、実はゴンザレスではありません。

 ゴンザレスの窮地を救った四人組、その中心人物である緑の髪の女こそが主人公でございます。

 彼女の名はミセスクイン。

 もちろん偽名でございます。

 訳あって名を偽り、仲間を連れて「世直しの旅の真似事」をする女です。

 しかし全く指針のない旅という訳でもありません。

 彼女たちの倒すべき敵、その名は「ガイアァク」といいます。

 奴らは害悪を振りまく存在です。その全容は大きすぎて計り知れず、様々な世界で猛威をふるい、人々を苦しめています。先述のお話に登場した「不条理な増税を行った政治家」もガイアァクの手下でありました。ミセスクイン一行はこのガイアァクを討伐すべく現れたのですね。ゴンザレスを助けたりしていたのは、ついでなのです。また、ゴンザレスには知りえない情報ですが、あの後ミセスクインはガイアァクの傘下となった人物から組織からことごとくを討伐しています。

 何となくミセスクインという人物がどんな人間か解っていただけたなら幸いでございます。

 さて次なるお話ですが、馬頭有菜(ばとうありな)という女性が登場します。

 彼女が属する国もまた、ガイアァクによって侵され、人々は苦しんでいます。

 ゴンザレスの国では、既に民主政治への強い関心が国民に根付いており、内戦まで起きていました。脅威となるガイアァクを排除するだけで、後は勝手に暫定政権が組みあがり、しかる後に新体制での民主国家が出来上がるだろうと予測できましたので、ミセスクイン一行はそのようにしましたが、今度は一筋縄ではいかないようです。

 税によって国民は搾取され、追い打ちをかけるように物価は高騰し、民主国家でありながら政治への関心も参加意欲も国民から消え失せ、そもそも国民の側に、国家元首を選ぶ方法も解任させる方法も無い為に独裁体制と変わりなく、次々と悪しき法律が生まれます。この国では最早、国民というのはお金を循環させる為だけの装置のような物になり果てていました。

 十数年に一度という感染症の流行があった時期にさえ、国は国民に対して厳しい措置をとりました。国が行った場当たり的な対応が被害を広げたのにもかかわらず、それは国のせいではない、病を広げた国民のせいだ、と強調して、移動の自由や営業の自由を侵害するような事を平気でやり、多くの事業者が経営難に追い込まれました。

 経済的な問題から結婚をしない、できない人が続出し、それゆえに加速する少子高齢化は労働力の低減を招き、結果、経済は更に悪化。外国人の積極的起用を促す制度ができた事で、更に国民は仕事を失います。

 資源に恵まれている訳でもない土地ゆえ、資源を有効活用する技術が発展したのですが、技術者の立場はそれほど高くはなく、むしろ中小以下の工場働きは減っていく一方でした。

 学歴のある者でなければ人間らしい生活が難しく、それゆえ大人たちはこぞって子供を大学に入れたがりますが、優良企業に就職できる枠は当然ながら有限であるため、必ず、あぶれる者が出てきます。

 芸術の才能や何かしらの技能を持つ者はまだ救いがありますが、そうでない者の殆どは中途半端な学歴しか頼れる物がありません。そういった人を集めてブラック企業なぞと呼ばれる企業が潤います。そして自殺者は増加の一途を辿ります。

 しかし一時期、この自殺者の数は減少した時期があり、その頃は新聞等でも喜ばしい事だと報道されましたが、何の事はありません「死んだほうがましというラインの人間が、だいたい死にきった」だけの話でございます。

 そういった事を、言われて理解できるちゃんとした人間が数を減らし、言われてさえ理解できない人間が大多数を占める国。

 そんな国を、それでも守ろうとする戦士が登場するお話でございます。



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