09:破壊は騒々しい
読んでいただけると嬉しい限りです。
天気は快晴。
気温は三月下旬ということもあり少し肌寒いが、日差しは心地よく空気もカラッとしており絶好の日向ぼっこ日和。
しかしながら、自らお金を工面しないといけない学生にとって、それらはただの誘惑してくる邪魔者に過ぎなかった。
現に、アルバイトに勤しむ佑芽も恨みがましい瞳で外を見ている。
「バイトがなかったらのんびりできただろうに」
いつも通り客足の遠い店内はガラリとしており、暇をこじらせて死にそうだったので、目の前で勉強に励んでいる翼に愚痴を言う。
「いままでのんびりしてきた代償だよ」
翼はいっさい参考書から目をそらさず、突き放すような冷たい言葉を浴びせてきた。
「お前は遊びたいとか思わないのか」
「今が大切な時期だからね。ここを踏ん張ればいずれ嫌でも遊べるようになるよ」
「医者がか?」
正直半信半疑だった。
確かに医者の収入面は優秀だ。
ただ、それをもらうだけの忙しさはある気がする。
結局は金だけがたまり、暇が生まれない人生になるのではないかという危惧があった。
まあ翼自身、収入ではなくて誰かを救いたくて医者になろうとしている。
それゆえに、余暇とかがあまりなくてもいいと思っているのだろうが。
「見ず知らずの誰かに尽くすことができるお前を尊敬するよ」
「それは嫌味?」
「いや、本心だ」
翼が鋭い目で見てくるのに対して、内心焦りながらも落ち着いてそう佑芽は返した。
決して何か含みを持たせたわけではない。
ただ、それがあるように聞こえてしまったのも事実だった。
こうなる言葉を見ず知らずの誰かに言っていたと思うと、少しだけぞっとする。
「そういえば、昔パン職人になるとか言って結局やめたのは、不特定多数の誰かさんにじゃなくて、知っている人たちじゃないと喜びを感じられなかったからだっけ」
「よく覚えてるな」
「これでも幼馴染だかね」
男から幼馴染と言われてもあまりうれしくなかった。
「求愛給餌ってことだね」
「きゅうあいきゅうじ?」
突如、翼の口から与えられた謎の言葉に首をかしげる。
「異性を惹きつけるために行われる求愛行動の一つだよ」
「別に異性じゃなくてもよかったんだぞ」
「それはたぶん人間だからだよ。よく言われるのは鳥類だからね」
「なんだ、それ」
教科書に載ってないであろう雑学が暇を癒してくれるが、長くは続かない。
再び虚無が襲い掛かってくる。
「暇だな~」
「いや、僕は暇じゃないんだけど」
「暇だな~」
翼から飛んできた苦言を無視して、佑芽はダルそうな顔をして口を開く。
だらしなく開いたその口は魂が飛び出そうな様相だった。
本当にだらしない。
「何か面白いこと起きねえかな」
そうだったからこそ、その言葉をつぶやいてしまう。
誰しも――特に男ならば一度は考えたことがあるだろう。
その暇でありきたりで代わり映えのない日常の崩壊を。
発見する力がないゆえに多くのものが世界はつまらないという。
雑にこう物事に耽る。
嗚呼、テロリストが学校に来ないかなと。
佑芽はそういう風に具体的なイベントまでは考えていない。
何かが起きればいいと思っている。
ただ、創造することは破壊することでもある。
その行為は今まで享受してきた幸せを壊すことに他ならない。
それゆえに、
「佑芽さん、あなたの愛しの恋人が遊びに来ましたよ」
ろくでもないことが起きる。
「……」
「……」
空気が凍るのが分かった。
ここに自分たち以外なくてよかったと感じた。
この時ほど、お店が繁盛していないことを喜んだ日はない。
「誰なのさ、佑芽」
いち早くそれから解き放たれたのは翼だった。
怪訝な瞳でこちらを見てくる。
そんな目を向けなくてもいいだろと佑芽は思わなくもなかったが、仕方がないことでもあった。
突如として襲来してきた悠莉の服装は前見たのと同じ学生服であった。
それ自体悪いことではない。学生がそれを着るのは当然だった。
ただ、それが悪かった。
「佑芽さんの彼女です」
「嘘つけ!」
「でも、同棲はしています」
大の大人が学生服を身に纏う年の女の子と知り合いというだけで、いささか聞こえが悪く醜聞が立ってしまう。
それにもかかわらず、目の前の女は何も考えずにその口を開く。
顔は笑顔で染まり、それを誰かに自分の現状を伝えられることに快楽を見出しているようだった。
「言葉を慎め。居候と言え、いそうろうと」
苦虫を嚙み潰したような顔をする佑芽。
別に翼自身に知られることはそれほど都合が悪いものでもなかった。
だが、それの伝え方が非常に悪かった。
彼が勘違いしてしまうのではないかと危惧する。
「宇宙人?」
「なんのことですか?」
悠莉が何のことだかわからず首をかしげる隣で、佑芽は肯定するようにこくりと頷く。
「ふーん。で、結局どうなの。付き合っているの」
「そんな事実ない」
「賭けには勝ちました。告白もしました」
佑芽は頭が痛くなり額を手で押さえる。
悠莉の言ったことは間違ってなどいない。
ただ、世の中には言わないほうがよいことなんて山ほどあるのだ。
「賭けで女の子を手に入れるなんて最低だよ!」
「俺が負けたんだよ!」
ジトっとした目でこちらを見てきた翼は、その瞳に失望の色と灯らせながらそう口を開いた。
それの居心地の悪さに、佑芽は声を荒げながら叫ぶ。
自分が負けたという羞恥を自ら知らしめてでも、翼から発せられるそれを止めたかったのだ。
瞬きを一回交わす。そのくらいの停滞。
気まずい雰囲気が流れ始める。二人して顔を見合わせ、どうしようかと考える。
「そうです。私が佑芽さんに一目ぼれをしたんです。もう佑芽さんじゃないと満足できない身体にされたんです」
「いい加減黙ってくれねえかな」
どうにかして穏便に。
そんな想いは諸悪の根源によって儚く散っていった。
「それに、佑芽さんも私のテクにメロメロでした。そのまま眠ってしまうくらいには」
「もう黙れよ。お願い、何も言わないでくれないかな」
知識はある、分別もある、常識もある。
ただ、純粋すぎる。
その事実が自らの口が何を言っているのかを理解してなかった。
その言葉がいったいどんな意味として伝わるのか、悠莉は自分の想像を疑ってなかった。
「……佑芽。良い弁護士を紹介してあげるよ」
「だから誤解だ」
「真実です」
「やっぱり」
「お前は余計なことを言って場をかき乱すな」
知り合い以外誰もいない珈琲店に佑芽の怒号は鳴り響く。
何も考えていないような暢気な笑顔で口を開く悠莉。
暗く希望を失ったような顔でこちらを見てくる翼。
焦りと怒りとでよくわからないような表情になり頭を抱えている佑芽。
まさに阿鼻叫喚であった。
やはり、この日ほど客足が遠いことに感謝した日はない佑芽であった。
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