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07:社会は堅苦しい

よろしければ、読んでいってください。


「一体どういうことだい、それは」



 結論から言うと、佑芽と悠莉の関係は翼にあっさりとバレた。


 何気ない会話からだった。

 佑芽はそのことを隠そうとは思っていなく、翼もまた知りえないことなので追及などしてはいなかった。

 それがまずかった。


 後ろめたい状況ではない、そんな気持ちが佑芽の心を無防備にしてしまった。


 いつもの有栖川珈琲店。

 いつもどおりに客足の遠い店内。アフターティータイムにもかかわらず、今日は人っ子一人いない。

 マスターも姪のお遊戯会に行ってしまい、実質とかではなく本当に翼と二人っきりの状況。


 むろん、男と二人っきりになっても佑芽はあまりうれしくはない。



「この前言っていた宇宙人の話だよ」



 無警戒。

 あれを話してしまった暁にはこうなってしまう、というような予測ができなかった――しなかったが故に起きた事故。


 それによって、今佑芽は翼に問い詰められていた。



「ストリートに出ていた宇宙人の正体は今年高校生に上がる女の子であり、挙句の果てに佑芽の家に居候している? いったいどこの昼ドラ主人公なのさ」

「昼ドラと決めつけるな。ドロドロすることが確定みてえじゃねえか」

「でも、お相手さんは佑芽に好意を寄せているんでしょ」



 翼の言葉に目くじらを立てながら反論する佑芽だったが、それがどうしたといわんばかりに返ってきた声に頭を抱えた。



「ほんとにそう思うか」

「というと?」

「相手は子供だぞ。それもまだ中学生。そんな子供が大人に対して好意を寄せるとか、自分の母親や父親に好きって言っているのと変わらんだろ」

「佑芽みたいにね」

「う、うるせえ」



 自分の名前が出てきて焦ってしまう。

 だが、自らの親を大切に思うことのどこが悪いのだろうか。

 少なくとも、不義理を働くよりはましだろう。



「でも、僕たちと違って女の子の精神成長は三年早いって言う論文があるよ。その少女は十八歳でしょ。そうなると適切だと思うな」

「怖いこと言うなよ」



 ゴリゴリゴリと豆を挽きながらため息を吐く佑芽。

 その一定のリズムで音を立てるコーヒー豆を羨ましそうに見つめていた。



「でも、事実だということも考えておかないと」

「そう……だよな」



 今日何回目かになるかわからないため息。

 自律神経の乱れが数多くの吐息を身体に吐かせていた。

 幸せが逃げるという迷信があるが、すでに逃げているから吐くのだろうと佑芽は常日頃からそう持っている。



「はぁ」



 今回のため息の原因は、もちろんあの疫病神。


 何か運んできたわけではないが、何かを運んでくる可能性は大いにある。

 現に、この会話もそれに該当しているのかもしれない。



「あともう一つあるんだけど……」

「なんだ?」

「とても耳の痛い話だよ」



 不安そうな顔で覗き込んでくる翼。

 それを見て佑芽は自分の背中に冷や汗が流れるのを感じた。


 翼は大学生であり頭も切れる人物だということは身をもって知っている。

 それゆえに、無駄に不安を煽ったり当てずっぽうなことはいったりはしない。

 さらには理系であるため、その言葉は妙に理論的であり説得力のあるものになるのが通例だった。


 それを知っている佑芽としては、彼の口から何が紡がれるのか気が気でなかった。

 できれば杞憂であってくれと願いを込めずにはいられない。


 しかしながら、



「未成年を家に泊めるって、確か犯罪だったよね」



 その願いが叶うことはなかった。



「未成年誘拐罪だっけ。あっ、でも権利の保障はされているから違うか。確か……保護監督権の侵害だった気がする」

「よく知っているな」



 どうにかして気丈を保とうとする佑芽だったが、その顔はひどく引きつっていた。


 それを見て見ぬふりをした翼は質問に答えるため口を開く。



「大学生だからね」

「俺もそうだ!」

「あっ、そうだったね。忘れていたよ」



 困った顔を見て悦に浸っているのか、嬉しそうに微笑みながらそんな冗談を言ってくる翼。

 人懐っこく整った笑みを見せており、深層の令嬢と言われても納得してしまう容貌がそこにはあった。


 しかし、それを楽しむ余裕など佑芽にはない。


 そこに備え付けられていた瞳は、誠に残念ながら真剣そのものだったからだ。



「……よし、こういうのはどうだ」



 眉間にしわを寄せ、それを指の腹でなでるように人差し指を当てた佑芽。

 じっくりと考えるように瞼をかみしめ、パッと目を見開いたあと口を開く。



「まずは、あいつの権利のすべてを保証しているということで誘拐の事実を消す。もちろん無理やり拉致したわけじゃないから可能なはずだ」

「ふむふむ」

「次に権利の侵害だが、未成年だと知らなければ罪に問われない可能性が高い。幸いにもあいつは大人の女性顔負けのスタイルだ。俺がそう証言しても問題はない」



 さあどうだ、というように佑芽は胸を張った。


 完璧なアイデア。検察官もたぶんお手上げの言い訳。

 これをひっくり返せるものなど超能力者しか居まい。


 佑芽はそう考えていていたが、その自信に反して翼は難しい顔をしていた。

 腕を組み唸り、空を仰ぎ叫び、再び顔を俯かせる。


 それを何度も繰り返す。


 そして、満を持したというように彼は口を開いた。



「彼女が学生服来ているときにあっているから駄目じゃない」



 かくして、佑芽の完全無欠の策は翼の言葉の前にいともたやすく崩壊した。



「そうだった……ッ」



 大きな声を出しながら頭を抱える佑芽。


 はじめは彼女に黙ってもらえばいいとも考えたが、搦め手を知らない少女がそんな器用な真似できるはずがなかった。

 警察から問われてしまえば彼女は素直に答えるであろう、学生服を着た状態で面識があったことを。


 ショックのあまり、この世の深淵を見た後みたいなため息を吐く佑芽。

 ひどく鈍重なそれは一瞬のうちにして空気を重くし、店内をさびれたものに変える。



「どうするのさ」



 当事者でないがゆえに出る翼の軽い声が店内に響く。

 今の空気に不釣り合いの声音。

 それに佑芽は苛立ちを覚えられずにはいられなかった。


 だが、ここで争っていても仕方がない。

 それよりも、どうにかして解決案を出すことのほうが優先だった。



「……よし。少女が勝手に上がり込んできていて、実際には俺が権利を侵害されているっていうのはどうだ」



 実際には真実だった。

 過程はどうであれ、ある一部分だけをくり抜けば正解であろう。

 それゆえに、この言い分が通る可能性はある。


 ある一つの障害さえなければ。



「成人の男性がそう言っても信じてもらえないよ。相手は未成年の女の子なんだから」



 諸行無常。そんな言葉がよく似合う。



「やっぱりか」

「やっぱりね」



 結局、司法にバレないようにするのが一番であった。



「何かあったら、学校側から腕のいい弁護士でも紹介してもらおうよ。状況次第では無罪になるかもしれないから」

「そもそも訴えられたくないんだが」

「それはあきらめてよ」



 実際に事が起こればどうなるかわからない。

 警察と検察と佑芽と悠莉だけだったら、何も起きない可能性が高い。

 彼らにも心がないわけではないのだ。


 しかしながら、今回はここに悠莉の親が絡んでくる。

 この人たちがモンスターペアレントであり、被害妄想のすごい人たちであれば民事で訴えられる可能性は高かった。



「はぁ。できるだけ早く出ていってもらうしかねえな」

「でも、聞いた話では週末にしか来ないんでしょ」

「週末に来る時点で大問題だ!」



 早めにこの関係を解消する。

 それが佑芽に取れる最大の選択肢だった。


 それが失敗し衆目の目に晒されたとき、佑芽の身に待ちわびるのは死の一文字。


 それだけに、この問題を解決するのは急務であった。



「いつかやると思っていたんで――」



 そう佑芽が頭を悩ませている横で下手糞な演技をする影が一つ。



「インタビューの練習止めろ。俺は傘を持っていくから雨が降る。持っていかないから雨は降らないって思うタイプなんだからな」



 唐突に質疑応答の練習を始めた翼に苦言を呈す。

 彼なりに冗談を言って空気を弛緩させたかったのであろうが、さすがに心臓に悪かった。



「そういえばお前、今日の講義はどうした?」



 話題をそらしたかった佑芽は何かないかと周りを見渡す。

 その結果、十四時を少し回ったくらいをさし示す時計を見つけ、翼の講義があったことを思い出した。


 これは来たと考えその言葉を彼に投げつけるのだったが、思ったよりも効果は芳しくない。

 件の男は飄々とした態度をしながらパーカーの紐を引っ張ったりして遊んでいたのだ。



「いいんだよ、今日はいなもっちーの授業だし」

「それでいいのか、医学部」



 目の前の人物が医者になる未来が見えないと思いつつも業務をこなしていく。

 洗い物や補充をこなし、時間があるからバリスタになるための練習をし始める。


 翼もまた、参考書片手に勉強を始めた。


 作業音とクラシックだけが流れる心地よい環境。


 だが、それは長くは続かなかった。



「はい。こちら有栖川珈琲店――」



 滅多になるはずのない電話が店内に鳴り響く。


 久しぶりの電話対応に緊張する佑芽は、声がひっくり返らないように最大限の注意を払いつつ口を開いた。


 なんだろうか、クレームだろうか、店長がいないから難しいことを言われても分からないのだ、頼むから楽なものであってくれ。


 そんな不安とともに電話の向こうにいる人の声に耳を傾ける。


 それを聞いた瞬間、刹那の時間に緊張が霧散したのを感じた。



「翼、お前宛だ」

「僕?」



 スタスタと彼のもとに歩き、雑に電話の子機を投げ渡す佑芽。

 翼は恐る恐るといったようにそれに耳を近づけていく。



「……っ……」



 そこからがおもしろかった。


 はじめは目を見開き驚いていた翼だったが次第に笑顔になる。

 嬉しそうの言葉を口にする彼。

 でも、それは長くなかった。

 急激に顔が暗くなったように感じる。

 ちらりと見てみると、申し訳ないと思っているのか平謝りを繰り返していた。

 翼は電話をしながらいろいろな仕草をしてしまう人であるのだ。


 そこからは、ごめんとかわかったとかとかの言葉を繰り返していく。

 最後にここ一番の顔色の悪さを見せ電話を切っていた。



「彼女が講義に出ろって脅してきたよ」

「だろうな」



 電話にでた瞬間、聞き覚えのある声から翼はいるかと質問されたのでなんとなくこうなることは予想していた。

 しかしながら、あそこまで下手に出る翼は初めて見たので、佑芽は内心驚いている。



「じゃあ、行ってくるわ」

「あっ、おい」



 本当に怖いことを言われたのだろう、翼は貴重品だけを持って店を飛び出していった。

 参考書とかの重い荷物は店内に放置してだ。



「戻ってくるんだよな」



 無造作に置かれた本。

 多くの書き込みがされたノート。

 飲みかけのコーヒー。


 佑芽はそれらに視線を這わしていく。

 それと同時に虚無感が心を蝕むように少しだけ襲い掛かってきた。



「おいていかれちまったな」



 男子、三日会わざれば刮目してみよ。

 そういう慣用句があることは有名だが、これはなかなかに嘘であり真実であると感じていた。


 三日で変われるほどこの世は甘くはない。

 それに三日坊主という言葉もある。

 次の日からさぼりだしている可能性もあるのだ。


 ただ、少しの時間で成長してしまうのも真実であろう。

 どちらかというと、高校を卒業した後からが男子の成長の本番である。

 親の目が届きにくくなった時の男の子たちの成長には目を見張るものがある。



「はぁ……」



 誰もいなくなった店内を見やる。

 本当に居なくなったわけではないが、そこは儚く寂しいものであった。



「どうにかしないとな」



 佑芽は無意識にそう呟いた。


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