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03:生命は痛々しい

 ここまで来ていただきありがとうございます。

 よろしくお願いします。

「佑芽、ちょっとチームに入ってくれないか」



 聞こえなかったことにしてそのまま立ち去ろうか。

 そう考えていた佑芽だったが、声をかけてきた人物が自分のことを良くしてくれる人だったため、おとなしく音のしたほうに振り向く。



「一人が急に残業入ったとかぬかしたんだ、頼むよ」



 どこにでもいるような働き盛りの男性。

 違いがあるとすれば、ストバスのコートに来るだけあってすらりとした体形をしている。

 身長も結構高い。



「だが、俺は普通のことができないぞ」

「それでも頼むよ。それに普通はできないことができるだろ、お前は」



 すでに陽の光が赤く染まり始めた時間。

 仕事を終えた後、近くにあるストリートバスケットコートに顔を出していた。


 ただし、遊びに来たわけではない。

 身体を鍛えるという崇高な目的なわけでもない。

 例えるなら、ギャンブルをしに来たという感覚に近いのだと思う。


 そんなこんなで、誰か1on1での賭けバスケをしてくれそうな人物を探していたわけだが、



「お願いだ。不戦勝だけは避けたいんだよ。負けたときは俺が賭け金払うから」



 欠員が出て困っていた知り合いに誘われたということだ。


 迷惑というわけではない。

 逆にこちらが難儀な思いをさせてしまうのではないかと心配になる。


 ただ、男性もこう言っているのでその言葉に甘えることにした。


 佑芽とて、チームプレイがしたくないわけではないのだ。



「ありがとうな」

「いや、こっちこそ迷惑を掛けると思うが」

「わかってるって。オフェンスは俺たちがどうにかするから、佑芽はディフェンスに力を入れてくれ。ピック・ポケットには期待してるぜ」



 ピック・ポケット。

 ドリブル中の人からボールを奪う行為。

 簡単そうに見えて非常に難しいそれは、NBA選手でも一試合一回できればいいほうと言えばわかりやすいだろう。


 そんなものを期待されている、その状況だけで気が重くなった。



「無茶言うなよ」



 体を温めるように準備運動を始める。

 軽く伸ばしてすぐに戻す。

 軽く走って一度息を上がらせる。

 よくあるウォーミングアップだ。


 そんなことをしていると、先ほどの男性が声をかけてきた。



「あれが今日の対戦相手だ」

「なんかでけえんだけど」



 男性の指さすほうを見た佑芽は、その先にいた予想外の陰に頬を引きつらせる。


 身長一九〇センチを優に越えているだろう背丈。

 それに呼応するかのようにパンプアップされている筋骨隆々のガタイ。

 髪の毛は、テレビとかで出てくるアメリカ人がよくしているようなハードなパーマのアレ。


 ただ、そんな身体情報よりも目に留まった部分があった。



「おい、あれどう見ても本場の人じゃねえか」



 その浅黒い肌は日本人では決してないことを主張している。

 そこから読み取れるのは圧倒的なポテンシャルの差。

 気負わされるには十分だった。



「もともと留学生だったらしくてそのまま移住した人らしい。で、向こうでは賭けバスケなんて普通にあることだろ。でも日本じゃアウトローだ」

「……まあ、そうだな」



 自分たちがグレーゾーンのことをしているという事実に少しだけグサリと心に来る佑芽。



「じゃあ、あれか。ここのうわさを聞きつけてみたいな」

「そういうことらしい。まあ、ああ見えてとてもいいやつだよ。数回やり合ったことあるが日本語もペラペラだった」

「そ、そうか」



 翼から聞いた話にでてくる宇宙人は黒人の彼のことを差しているのではないかと考えた佑芽だったが、男性の口調からそれが勘違いだったことを察した。


 今の時代に外国人を宇宙人とか言って排他的に扱うこともないかという思いもあり、その考えを加速させる。



「あいつに仕事される前に封鎖するのが勝ち筋だな」

「ロックダウンか」

「得意だし好きだろ」

「馬鹿言え。誰でも守るより攻めるほうが好きだろうが」



 やたら自信に満ちた顔でそう言ってくる男性に向かって苦言を呈す佑芽。

 眉を寄せ、これから降りかかってくる苦労を嘆いている。



「でも、やるしかないだろ」

「そうだな」



 佑芽は深くため息を吐きながらコートに向かった、どうすれば勝つことができるのかという無理難題を解こうと頭を動かしながら。





「あれは無理だろ」



 結果だけ言えば負けた。

 一般的な3×3のルールで勝負を初めてしまったのが運の尽きだった。


 実力は拮抗していたのだ、ある部分を除いては。


 シュート力もフィニッシュ力もプレイメイキング力もディフェンス力も似たり寄ったりだった。

 ゆえに、ホット・ハンドのように誰かが極限に調子がよくない限り僅差の戦いになる……はずだった。



「人種の差か」

「どちらかと言えば経験値と戦略の差だな」



 13‐21。

 それがこの試合の最終スコアだった。

 もちろん、シュートタッチの調子が良い人物はいたわけではない。

 むしろ、相手チームのそれは凍り付いていたといってもいい。


 ならなぜか。


 その謎を導き出すのは簡単だ。


 オフェンス・リバウンドを取られまくった


 ただそれだけでしかない。


 あの身長がペイントエリアにある状態でリバウンドを取れるわけなかった。



「忘れてたぜ。1on1じゃシュートチャレンジは基本一回だけでやっていたからな」



 失念していたのだ、3×3だったらリバウンドが可能であることを。


 黒人の彼はその身体と身体能力を生かしてリバウンドを量産した。

 しかしながら、これがもし単純にそれがうまい普通の日本人だったらこうはなっていない。

 セカンドチャンスをつぶせば済む話だからだ。


 ただ、彼は違った。

 あの巨人はそのままダンクにいくのだ。

 平均身長一七〇センチのチームが止められるわけないだろう。



「進撃してきたな」

「巨人がな」



 『on』ではなく『by』であった。

 その巨人に進撃することはできず、逆に蹂躙されるだけだった。

 惨い。

 そんな言葉がよく似合う。


 唯一できたことは、ダブルスコアを防いだことだけ。

 そんなちっぽけなプライドを守れたということだけであった。


 一応、またビッグマンと勝負するときの対策を立てるときの指標になると考えれば成果がなかったわけではない。



「とりあえずは賭けの代償を払わないとな」



 ただ、その勉強料は高くついた。



「いいのか、本当に払ってもらって」

「いいんだよ、俺から誘ったことだし。それに掛け金目当てで賭けをしているわけじゃないしな。本気で勝負ができる建前が欲しいだけなんだ、俺たちは」



 そう言って向こうで勝利の美酒に酔っている対戦相手のほうに歩いていく男性。

 そんな彼の背中を佑芽は見つめながら、そこはかとない罪悪感に襲われていた。



「……建前か」



 そう静かに佑芽はつぶやく。


 自分にとって本気で勝負するための理由がそれだ。

 裏に隠れている本音は金を寄こせになる。

 彼らとは真逆の存在。

 掛け金をいろいろなものに当てており、それが今の環境を支えているため、男性の言葉は深く脳髄を穿ってきた。



「何しているんだろな、俺は」



 自分が生きているのか本気で心配になってくる。

 腕を見るとミミズ腫れの後が痛々しく刻まれていた。

 誰かにやられたものではない。自分でやったもの。


 痛みを感じることによって自分は生きているという快感に酔いしれる時期があった。

 その時の爪痕だ。


 リストカットだけはしなかった。

 剃刀を手に持ったことはある。

 ただ、そこから手が動かなかった。

 横に引くだけ。

 そんなシュートを打つよりも簡単な行為をしきれなかった。


 その日から、自分は臆病であり卑怯者だと佑芽は感じている。


 あの日から死んでいた。でも、死ぬことは怖かった。


 痛みを感じて生きていることを確認した。でも、生命を流すことは怖かった。


 ただ、そんなことをしてでも。



 ――佑芽は生きていたいのだ。


 ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。


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