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01:恋愛は狂おしい

初めましての方は初めまして。

昔に私の作品を読んでくれたことのある方はお久しぶりです。

埋木埋火です。


今回の作品は、私の母が不倫されたことにインスピレーションを受け、それを物語のテーマにしています。


女子高生を拾う話が好きだとか、大人と子供のラブコメが好きだという方は読んでいただけると幸いです。


1週間ですべてを出し切りますので、本当によろしくお願いします。

 ――これであなたは私の奴隷です。


 そう宣言され交わされた約束を、俺は自らの手で白紙に戻してしまった。

 その日から、ずっと隣にいた彼女の姿はどこにも見当たらなくなった。


 これはよくある……失くして初めて気が付いたとか言われる、そんなおとぎ話になっているのだろう。

 たぶん。



          ◇



「好きです」



 はてさてどうしたものか、そう綿貫佑芽は困り果てていた。


 もし、この言葉から新しい物語が始まるとしたら、三十点くらいの導入だろう。

 ありきたりでありつつ、それでいて何が何だかあまりよくわからない。

 この三十点もセリフから始めたとかいうただのボーナス点だ。



「私と付き合ってください」



 しかしながら、これは決して子供に読み聞かせするようなおとぎ話ではない。

 都合のいいことなんて起きようがないし、現実というルールに縛られている。


 今回のこれも、そのありきたりな決まりの中で唐突に起こるハプニングの一つだ。



「えっと……まあ、嬉しいのは嬉しいんだが」



 別に愛の告白をされること自体を迷惑に思っているわけではない。

 むしろ、飛び跳ねて喜ばないまでも好意的には感じられるものである。


 しかしながら、今回は素直に喜べない事情がそこにはあった。



「君、高校生か?」



 少女のいで立ちは誰がどう見てセーラー服。

 基本的には学生が日常的に身にまとうものである。

 例外はコスプレイヤーくらいだ。


 ここは見通しの良い並木道。

 赤レンガで綺麗に舗装された道は荒んだ心に一滴の雫を落としてくれるかのような情景をしており、沿うように植えられた街路樹もそれに拍車をかけてくれる。

 人通りもそれなりにあり、通行人の一部はこちらに奇異の眼差しを向けているように感じた。


 そんな天下の往来で、目の前のセーラー服に身を包む彼女が学生ではなくコスプレイヤーだったら、そっちのほうが困りものだ。


 ただ、少女がそれである可能性もぬぐいきれない。


 まず背が佑芽よりも高い。ざっと見てニ十センチほど。


 さらには、その立派な双丘だろう。

 子供離れしたそれを従えた彼女を子供だと判断することを頭は恐れていた。

 自然と目が吸い寄せられそうになる。



「え、えっと」



 佑芽の質問に困り眉になってしまう少女。

 あたふたしているとまではいかないが、その仕草には若干の焦りが見て取れる。


 髪の毛はブロンド。

 瞳はアンバー。

 顔の掘りは日本人と比べると深い。

 そのせいで少しばかり大人びた雰囲気を感じる。

 しかしながら、その容貌は子供の顔つきそのものだった。



「……はぁ」



 ため息を吐きながら佑芽が己の性と格闘していると、彼女はゆっくりとその花弁のような口を開いた。



「ら、来月から高校生です」



 瞬きを二回。

 すぐには理解できなかった。



「そ、そうなのか」



 高校生――JK。

 いまはまだJCか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 問題は目の前で起こっていることをどう片付けるかのほうが重要だった。



「あのさ、俺が一体何歳かわかってる? 高校生とかじゃないんだぞ」

「はい。二十五歳ですよね」



 少しだけ頬を膨らまして口を開く少女。

 その目には、そんなことくらい知っていますと書かれているように思えた。

 何にも気が付いていないその屈託のない瞳。

 とてもきれいでいつまでも見惚れていられる美しさだった。


 でも、年齢を正確に当てられたという事実が、そんな風に俗世に溺れるような邪な考えを霧散させていく。



「なんで好きになってくれたんだ」



 とりあえずは訳を聞こう。

 もしかしたら、何かしらの事情があるかもしれない。

 それはそれで赦しがたいものがある気がしたがひとまずは置いておこう。


 じっと佑芽が見つめると、少女は何かもじもじしたような感じになる。

 頬を染め制服のタイをしぐしぐをいじり始めた。



「あぅ、えっと、その。…………一目惚れ、です」



 佑芽は思わずため息を吐きそうになるが、目の前の少女を傷つけてはいけないと思い堪えた。



「あのな、君と俺は初対面だろ。確かに一目惚れとか言って行動できる年齢ではあると思うが、もう少し自分を大切にしたほうがいいぞ。もし、俺が悪い大人だったらどうするつもりだったんだ」

「す、すいません」

「はぁ、まったく」



 とうとう我慢できずに佑芽は深くため息を吐く。


 若者――というか学生の特権の一つだろう。

 一目惚れ、懐かしく良い響きだ。

 むろんその経験はあるし、勢いに任せて告白したこともある。

 玉砕はしたが。



「別に一目ぼれすることを悪いとは言わねえけど、もう少し考えたほうがいいと思うぞ」

「そ、そうですか。それでお返事は」



 彼女はあまり人の話を聞かない人物だった。



「返事か」



 はぐらかすのが正解か、素直に伝えるのが正解か。

 難しい選択だった。

 こうなることが分かっていたなら、かあさんにでもはぐらかし方を聞いておけばよかった。

 後の祭りなのだが。



「悪いな。君とは付き合えない」

「な、なんでですか。さっきは『あーあ、結婚相手が欲しいな』とか呟いていたじゃないですか」

「……聞いていたのか」



 それは最近の口癖だった。

 この年になると、このまま一人で孤独に誕生日を迎えていくのかと考えてしまう。

 将来に関する不安がのしかかってくる。

 そういうことを考えてしまう年齢だとは知っていても対処しきれないのが人間だった。



「だから、いいじゃないですか」

「どこの世界に中学生と婚約する馬鹿がいるんだよ」

「世界を探せば普通にいると思いますよ」

「少なくとも日本にはいねえよ」



 先ほどからの仕草から内気な少女かと思っていたら、想像よりも積極的で厚かましい性格をしているらしい。

 想像以上に食い下がってくる。



「でもいいじゃないですか、彼女にするくらい」

「良くねえよ!」



 もう我慢する必要はないと感じた佑芽は、堂々とした面構えで嘆息した。



「目の前でため息を吐かれるとショックです」

「俺もショックだよ、はじめてされたプロポーズがこんなもので」

「なにが不満なんですか」



 少女のその言葉に佑芽は少し眉を寄せた。


 何が不満か。

 お前の名前すら知らないとか、大人と子供が恋愛できるわけないとか、俺の事情を考えてないとか、言い出せばキリのないくらいある。

 パズルのピースが一つも余っていない、それに似た感傷を覚えるほどだ。



「一目惚れで告白したのがいけないんですか」



 それもある、とは言わなかった。


 一目惚れが恋愛においてどれだけ危険なものか、佑芽のような大人ならばおのずと理解することなのだ。

 しかし、子供がそれを呑み込むのは少し無理がある。

 あまり大人の社会に染まってほしくはないという気持ちもあった。



「悪くはねえよ」



 確かに、きっかけがそれだったということは数多くある。

 だが、きっかけに過ぎない。

 それだけを糧に突き進むなんてナンセンスだ。


 想い人の素性を知るために下調べをして、交友関係から現在付き合っている異性はいるのかというところまでは最低限調べる。


 相手から告白させるために惚れさせるといったことは極端な例だが、自分が告白したときにできるだけ勝率は上げておく。

 そのために外堀を埋め、できるだけ想い人の近くにいて異性と認識させる。


 誰でも無意識にやっていることだ。



「なら……ッ」

「ともかく、俺はお前と付き合うことはない」



 だからこそ、彼女の思いを受け入れることはできない。


 少女は本来積み重ねる行為を一足飛びにスキップしてきたのだ。

 下積みがなく、いきなりお城を立てるようなものだ。

 そんなよくわからない人物の願いに対して簡単にうなずくことができるほど暢気な大人ではない。



「そんな」



 泣きそうになる少女の顔を見ながら、佑芽はそっと目をそらした。



「ううっ……」



 恋愛は卑劣だ。

 こんな可憐な少女をいともたやすく裏切り、簡単に海底に沈める。

 それにもかかわらず、恋愛がないと人生は成り立たない。

 馬鹿げていることだ。

 ただ、人生もたいてい馬鹿げているものなのだから、それもまた一興であり尊いものなのだろう。


 佑芽は静かに近くにある街路樹に背中を預けた。



「はぁ……」



 彼女がこの馬鹿げたお戯れを乗り越えてくれるよう祈るしか、いまの佑芽にできることはなかった。



「佑芽さん」



 ビクリ、と佑芽の身体が跳ねる。



「私と付き合えないことは分かりました」



 少女が引き下がってくれたっことに対して素直に安堵することはできなかった。

 なぜ名前を知っているという怪訝が脳裏を駆け巡り、全身から血の気を引かせていくのだ。



「そ、そうか」



 絞り出せたのはそんなハリボテのような言葉のみ。



「はい」



 少女が真摯に向き合っているとは言えない彼女から出る雰囲気に佑芽は充てられ、怖気づくように後ずさりをしてしまう。


 佑芽は忘れていた。少女の見せた涙に魅せられ、今までの経験から導きだせるであろうことを見落としていた。


 一目惚れしたという理由で、結婚相手が欲しいとつぶやいていたという理由で、ただそれだけの理由で、見ず知らずの自分より十歳も年上の男に告白する子供が普通の女の子であるはずがない。



「ですから、私を佑芽さんの奴隷にしてください。それが嫌だったら、私の奴隷になってください」



 そんな可能性を失念していた。



「私のことを振ったんですから、これくらいはいいですよね」



 まるで不良たちが己の希望を通すために、はじめはあえてきついお願いをして本命を通しやすくするように、少女は蟲惑魔のような笑みでそう言ってきた。


 最初から目的がこれじゃなかったのかと勘違いするくらいに猟奇的。

 難しい言葉なんて必要ない。

 瞳に飛び込んでくる彼女の姿は、狙った獲物を逃がさないように噛みついてくるプレデターだった。



「……」

「……」



 瞬き一回。

 回れ右一回。

 足で地面を蹴ること複数回。



「……っ……」

「あっ、待ってください!」



 佑芽が逃げ出したことを責められる人物などいるはずがなかった。


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