暴徒化した人達が現れる!
抉られた体に、漂う血の匂いに対してこみ上げる吐き気。
逃げている人、襲ってくる人、戦っている人、警察官が制止に入るもその警察官すら襲われ、押し倒された警察官に一気に群がってくる人の形をした獣。
阿鼻叫喚が響き渡り、あちこちから火の手が上がっている。
この状況を神の恵みと叫ぶ者まで現れ、あちこちの店では略奪が横行している。
怖い。
僕も早く逃げなきゃなんだけど─···
「おい! 兄ちゃん!」
ビルの隙間に隠れていた僕に声をかけてくれたおっさんの手には、略奪してきたと思われる品々が。
ダメだ。今襲われたら抵抗できない。
はぁはぁと緊張と恐怖から息が荒くなる。
意識がぼんやりしてくる。
ダメだ。意識を保てない、体が熱い、動けない、僕は死ぬのか?あいつらになるのか?
そんなの嫌─だ···。
──────────
どれほど意識を失っていたのだろう?
騒がしかった周囲も今は静かだ。
とりあえず状況確認だ。
まずは、自分の体から。
目が開かない···
指···は動く。
足···は動かない。
腕···も動かない。
クソッ! 誰かが気づいて救助に来てくれないと動けそうにないな。
それにしてもひどくお腹が空く。
──!!
凄く美味しそうな匂いが近づいてきてる事に気づいた。
この食べ物の匂いは例えるなら───そう!うなぎの蒲焼きみたいな物だ。
どうしょうもなく食べたい衝動を抑えられない。
体が痛いけど、無理やりにでも動かしてみようと力を込めたら足が動き、体を起こす事が出来て、ふらつきながらも歩く事が出来た。
食欲って凄いな。って改めて思う、さっきまでは全然動かなかった体が食べ物?の匂いがした途端動いたのだから。
匂いのする方に近づいて歩きだした。
目はまだちゃんと見えていないから匂いを頼りに進むと、僕の仲間が沢山集まって来てる──なぜか直感的にそう思った。
"いい匂い"
"腹が減りすぎてて気持ち悪い"
"早く食べたい、このいい匂いがする食べ物を"
喋るというよりも頭に響いてくる感じだが、みんなとちゃんと会話出来ている。
「うぅおぉ~あぁ」
言葉にしようとするダメみたいだ。
目が覚めてから喉がずっと熱いんだけど、それが原因かな?
話かける練習は後だ、喉の焼けるような熱さが治まればきっと喋れるだろう。
「ヴゥオォ!!!!」
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!」
「グリョオァ"ァ"!!!!」
メチャクチャ良い匂いが強くなってみんな興奮状態になり、叫び声をあげて足を速めるのがわかる。
僕も動きにくい体を必死に動かし近づく。
グチャッ!
ブチュッ!
棒か何かを振り回している気配と、何かの鈍く乾いた音が耳に入ってくる。
"なんで素直に食わしてくれない?"
"こいつら俺らに食べさせないつもりか?"
"仲間を殴る音じゃないのかこれは?"
"ふざけるな! 俺達は腹が空いてるんだ! 目だってちゃんと見えてない位に体調も悪いんだ!"
「──!」
何かの音?が聞こえるが、もうみんな興奮状態になり良い匂いがする食べ物に群がっている。
べちゃ···くちゃくちゃ。
くちゃくちゃ···。
"美味い! めちゃくちゃ美味しいぞ! 何だこれ?"
くちゃくちゃ···ぼきっ
くちゃくちゃ。
───何時間も夢中になってみんなで食べているうちに明らかに体に変化が起き始めていた。
「おぉ!! さっきまであった体中の痛みや喉の熱さもなくなった!」
「俺もだ!」
みんな体中の痛みが取れた喜びで"食事"をやめているようだったが、視力が回復していない為どうなってるか確認できないが、僕らがみんな一様に歓喜の叫びにも近い声で喋っているのはわかるから、満面の笑みと感動に顔をくしゃくしゃにして喜んでいるのは間違いない。
違和感といったら口の中に広がる鉄の味と···ッ!?
うげぇ!!
ごほごほっ!!
ぺっ!
突然訪れた吐き気のタイミングもみんな一緒みたいで、僕らは一斉に吐き散らかした。
凄く気持ち悪い。
そして次に···。
───!?
「なぁ! なんだよ···これ?」
僕らの視力が戻り、今まで食べていた物が目に入り込んできた現実···僕らの良心が受け入れるのを躊躇う光景が広がっていた。
真っ赤な血を辺りに撒き散らし、内臓を食い荒らされ手足をもがれ、頭蓋を割られ脳ミソがなくなっている肉の塊が2つ。
頭を潰されていた人間が4つ。
合わせて6体の死体が僕達の前にあり、僕達4人はまだ付いて間もないと思われる血を浴びていた。
「とりあえず口元のこの血を拭いとこうぜ?」
それは言えてる。
こんな姿を見られたら完全に不審がられる、とりあえずゾンビらしき者の服は意外と汚れてなかったので、僕ら4人は近くに水道管が壊れてたのか、雨でも降ったのかわからないが、水たまりがあったので服を浸しそのまま顔を拭いて、血の付いた体をみんなで拭っていた。
───その時
「おい! 無事か!? 叫び声が聞こえてかけつけたんだが、お前ら4人か?」
突然ヘルメットをして、腕に段ボールを巻きつけ、手にはバットやバールを手にした3人の男が現れた。
「俺達は無事だ。」
「なら良かった。この6体は君らが?」
「来た時には二人が4体のゾンビらしき者に食べられていて、こいつらを僕らが倒したんだ。」
よくもこんな嘘を平然とつけるなと僕は思ったが、今はこの嘘が絶対に僕達4人を助けたと思う。
みんな口にはしないが、僕らは多分人間を食べて人間に戻ったゾンビらしき者で、そんなのは絶対信用されないし、下手をすれば殺される。
「そうか。一応傷がないかだけ確認をさせてくれ。」
そういうと3人の男は僕らの体をあちこち調べようと近づいてきた。
これはマズイ。
僕らは元ゾンビらしき者で、僕にも腕を噛まれた傷が······ない!どういう──
「よし、どうやら傷はないみたいだな。」
他の3人も同様に傷がないらしい。
いや、僕は確かに噛みつかれたのは絶対だ。
人間に戻る際に治ったのか? そういえば体の痛みや視力、喉の焼けるような熱さが治まったのは、超回復みたいな作用が僕らの体に起きたのか?
「どうする? もし定住先がないなら俺らの基地に来ないか? 基地と言っても俺ら3人しかいないし、コンビニを拠点にしているだけなんだがな。」
どうやらこの眼鏡をした無精ひげのおっさんがリーダーらしい。
しかし、定住先がないってなんなんだ? 僕には自宅があるし、彼ら元ゾンビらしき者の男達にも自宅はあるだろうから定住先がないなんて事は···。
「いや、俺は自宅があるし家族も心配だから帰らせてもらうよ。」
俺も、俺も、俺もとみんな口々にそういうと無精ひげのおっさんは呆気に取られていたが「そうか。じゃ、気をつけてな。」と言って見送ってくれたが、僕は今から帰っても途中で夜になるし、現状を教えて欲しくて眼鏡の無精ひげのおっさん達に付いて行く事にした。
「あ、あの···今日1晩だけで良いので、泊めさせてもらえますか?」
一瞬間が空くもすぐに眼鏡の無精ひげのおっさんは、ちょっと嬉しそうに「そうか。君は来るか? 大したおもてなしは出来ないけど、ジュースやお菓子はあるぞ」と言って快く承諾してくれた。
僕と同じ元ゾンビらしき者だった彼らともお別れを済ませ、眼鏡の無精ひげのおっさん達と拠点と言うコンビニに向けて歩いて行く道中で、自己紹介と今この地域がどういう状況なのかを教えてくれた。
この眼鏡をした無精ひげのおっさんが、紅林さとしさん。呼び名は「さとちゃん」
もじゃもじゃ髪で小太りな青年─20代かな?─が青木としやさん。呼び名は「とし」
最後の1人が···本当に特徴なくて困る人なんだけど、ずっとニコニコ笑っている人が「ニコニコさん」
とにかく喋らないらしい。
「それじゃ、君の名前は?」
「あ、僕は···」
え? 名前が思い出せない。
さっきまでは、絶対わかっていた。
自分の名前を確かに覚えていたんだ。
「おいおい、どうした? 緊張するなよ。」
さとちゃんがメチャクチャ笑顔で肩をバンバン叩いてくる。
──くっ!
骨が折れるような痛みが走り、僕はうずくまってしまいさとちゃんが慌てて肩を抱えてくれる。
「大丈夫か? ごめん、そんなに力を入れたつもりじゃなかったんだが···。」
「いえ、大丈夫です。 ちょっとさっきのゾンビらしき者と戦った時に痛めたみたいで。」
「おいおい、ガキぃ? お前弱すぎだろ? 本当にさっき戦ったか? あの3人の影に隠れてただけじゃねーの? 名前も教える気ないらしいからガキって呼び名で良いだろぅ?」
「よさないか! 彼はまだ子供だ! だけど、そのゾンビらしき者って呼び方しないでもゾンビって言ってしまわないのは?」
「ゾンビなんてものは映画の中の話で実際病気だけなのかもしれないから、らしき者なんです。」
「なるほど。 確かに君の言う事にも一理あるし、その呼び方の方が希望を持てるな。」
ちっ! と舌打ちをして、としさんはどんどん先に歩いて行ってしまった。
「ごめんなさい、名前がまだ思い出せなくて。 実は僕頭を打って気絶していた所を彼らに助けてもらい、数時間だけ行動していたので。」
「そうか。 なら記憶が戻るまでゆっくりすると良い。ただ呼び名がないのは困るから、栗田くんで良いかな? 俺の親友の名前なんだが。」
「ありがとうございます。 栗田で構わないです。」
よし決まりだ。と言って、としさんやニコニコさんに栗田として改めて自己紹介させてくれた。
しかし、自分の考えや意識はちゃんとしているのになんで名前や家族、住んでいた場所を思い出せないんだ?やはり元ゾンビらしき者だった事に何か関係が?
しばらく歩いて行ってたらデパートが見えてきて、ここに寄って行き物資を調達しようという事になった──元々そういう計画だったらしい。
それとここに来るまでの道中で、現状をさとちゃんに教えてもらった。
さとちゃんが言うには、今この地域一帯にもゾンビらしき者が歩き回るようになり、人間はゾンビらしき者に変わったか、食われたか、隠れて生き長らえているという事。
法律なんて今は存在していなくて、無法地帯になってしまった事。
警察や自衛隊も最初は来ていたが、ここ1週間は見かけなくなったし、ラジオやテレビ、ネットも使い物にならなくなってしまった事などを簡単に教えてもらっていた。
なので、物資を調達する事は生きる上で必要だし、食べ物や武器を手に入れるチャンスなんだ。
ただ、それには危険もやはり付きまとうわけで···。
「よし! それじゃ準備は良いか?」
としさんの問いに僕達はうなずき、僕は防御するものがないけど武器になる金属バットを持たしてもらい、としさんから順番にデパートの搬入口から入って行った。