(21)戦士ギルド長の背中
時は遡り、場所は西都の中央広場。相変わらずの接客で早々に牛乳を売り終えたクルミは、一刻も早く横助の元へ行こうと急いで店じまいをしていた。そこへ知り合いの商人が声をかける。
「クルミちゃん、お疲れ様」
「あ、お疲れ様です!」と愛想良くはしているが、内心では用がないなら早く行ってくれと思っていた。
「何かありましたか?」
「ああ、レインさんが呼んでいたよ。商人ギルドの彼の部屋まで来てくれって」
「そうですか……。ありがとうございます!」
思わず落胆の色が顔に出てしまう。クルミとしては横助を最優先にしたいのだが、レインに呼ばれたとあっては行かないわけには行かない。商人としてもそうだが、レインは一応西都という一国の長でもあるのでなおさらである。
「はぁ……早く会いに行きたいのに……」
知らずにそう呟いて、クルミは思わずはっと自分の口を押さえる。幸い周りの人達には聞かれていないようだった。
恋愛には疎いクルミであったが、自分の横助に対する気持ちにはすでに気付いていた。それは、はっきり言って一目惚れだった。だが、それも仕方がないとクルミは思っていた。なにせあんな衝撃的な出会いをしたのだ。気にならない方がおかしい。あの時からクルミはずっと横助を見ている。母のヘーゼルには一瞬でバレた。父のアルモンドも色恋沙汰にはかなり疎いが、さすがに娘に関することには敏感だったようだ。気付いていないのは横助だけ。
(あの時の横助さん、かっこよかったです……)
思い出してクルミは思わず頬を赤く染める。
だが、クルミには一つ気になることがあった。横助はなぜかよく一人になりたがるのだ。男にはそういうこともあるのだろうが、それでも一緒にいるとき、特に複数人でいるときにどこか寂しげなのは気に掛かった。目を離したらいなくなってしまいそうな危うさが横助にはあったのだ。
(横助さん、大丈夫でしょうか……)
一人で南門にたたずむ横助を思い浮かべる。なぜだか嫌な予感がした。
「いえ、ここで悩んでいても仕方がありません」
即効で片付けて、即効でレインの用事を済ませて南門に行く。クルミは気合いを入れて片付けに取りかかった。
クルミが商人ギルドに向かった数分後、西都の中央広場。
「よし、全員集まったな」
戦士ギルド長のサンズは集まった者達を見て言った。集めたのは戦士ギルドから数人、それと狩猟ギルドから数人。昨日の調査で見つけた、シルバーウルフが襲われたらしい場所を詳しく調査するために集めたメンバーだ。昨日の今日で早すぎるかも知れないが、サンズはあの現場を見てからずっと嫌な予感を覚えていた。
(何もなければいいが……)
サンズはそう思った。しかし、その思いはすぐに打ち砕かれることになる。
「サンズさん!!!」
戦士ギルドの所属の戦士が慌てた様子で駆けてきた。
「何があった!?」
「西門に、ゴブリンが現れました!数は三十体ほど!現在守衛の二人が交戦中とのことです!!!」
報告を聞いて、サンズは顔をしかめる。『西都襲撃』という言葉が頭をよぎった。集まった戦士と狩猟ギルドの面々にも緊張が走る。
(だが、なぜ西門なんだ……?)
サンズがそう思ったその時、別の戦士が息を切らせて走り込んできた。東門の守衛を担当している戦士だ。
「東門にゴブリンと思われる魔物が多数出現し、複数の負傷者が出ています!守衛が三人で応戦していますが、いつまで持つか……!」
それを聞いてサンズの頭に一つの考えが浮かんだ。
「くそっ……!そういうことか……!!!」
西門のゴブリンは囮。本命は東門だ。西都で一番交通量が多いのは間違いなく東門。そのため出来るだけ被害を大きくしようと思ったら東門を襲撃するのが一番いい。
(この野生とは思えない襲撃は…………やっぱり奴らか……)
サンズは苦虫をかみつぶしたような表情を見せた。しかしそこは歴戦の戦士ギルド長。調査のため集まっていた各ギルド員達に冷静に指示を飛ばす。
「聞いての通りだ。悪いが狩猟ギルドはこのまま西門に向かってくれ。戦士ギルドは今から東門の制圧に向かう」
「了解!!」
徐々に混乱の波が押し寄せる広場を割ってサンズは駆けた。
サンズが東門に着くと、そこにはギルドの戦士達を率いて戦う若き将、アーサーの姿があった。もともとその実力には目を見張るものがあったが、先日の合同演習で横助と出会ってからまた一皮むけていた。以前は小手先の技術だけで力を隠すような素振りさえ見せていた男が、その瞳に熱い闘志を滾らせている。今も少ない戦士をフル活用して商人の救出と門の防衛という二つの任務を見事に遂行していた。
「アーサー!待たせたな!」
サンズが隣に立つと、アーサーはホッとしたような表情を浮かべた。
「サンズさん!」
「状況は?」
「例のアンデッドゴブリンと思われる魔物が五十体ほど。数はそこまで多くありませんが、民間人が多く救出が難航しています」
「なるほど、な!」
サンズは襲いかかってきたゴブリンを斬り伏せる。だがさすがはアンデッド、のろのろと起き上がると再びサンズに向かってくる。
「くそっ!やっかいだな……!」
今度は剣の腹で叩いて遠くにはじき飛ばす。その隙にサンズは周囲の状況を改めて確認した。
(アンデッドゴブリンが五十か、妙に少ないな……)
王都襲撃のときに現れたのは一万。その規模とまではいかなくとも、西都を落とそうとしているならさすがに桁が二つは足りない。現に人手不足で人数の揃っていない戦士ギルドでも十分押さえ込めていた。
(まさか、本当にただ人を殺したいだけなのか……?)
サンズは眉をひそめるが、今は考えている場合ではない。指揮を執るべく前線に向かったアーサーを見送り、目の前にいる三体のゴブリンと向き合った。体には無数の傷がついているが、全く痛みは感じていないようで、万全の状態と変わらない勢いで飛び込んでくる。対してサンズは自慢の大太刀を振るい三体まとめて薙ぎ払う。だがゴブリン達はすぐに起き上がるとまた向かってきた。
「くそっ……!」
それを再び薙ぎ払いサンズは戦場を見る。戦うことを専門にする戦士達。当然ゴブリン程度に負けることはない。しかしなれないアンデッドとの戦闘と言うこともあり、今ひとつ押し切れていなかった。やはりいくら攻撃しても起き上がってくるというのは、肉体的にも精神的にもやりづらい。かく言うサンズも戦闘を続けるうちに少しずつ精神的な疲労が蓄積していた。
そしてそこに追い打ちをかけるように新たな情報が飛び込んでくる。
「サンズさん!」
「なんだ!」
「伝令より情報です!北門に複数のゴブリンが出現し、建築ギルドのギルド長およびギルド員が交戦中とのことです!!!」
「なに!クラウディアが……っ!?」
サンズは思わずゴブリン達から目を離す。建築ギルドの面々は腕の立つ者が多い。が、さすがに戦闘に関しては素人だ。このゴブリン達とまともにやり合えるのはクラウディアぐらいだろう。そのクラウディアも怪我が治ったばかり。しかも今回現れたものと同じ、アンデッドゴブリンによってつけられた傷だ。
本心では、今すぐ助けにいきたい。しかしここの戦況も芳しくない。サンズが抜ける穴は大きいだろう。
「くそっ……どうすればいい……!!!」
悩むサンズの耳に複数の足跡が聞こえてくる。はっとして目を向けると先程のゴブリン達がすぐそこまで迫っていた。
「しまッ……!」
振り下ろされる棍棒と爪は何とか防ぐが、三体目の短刀を腕に受けてしまう。
「くうっ……!」
痛む腕をかばいながら、サンズはかつてある人に言われた言葉を思い出していた。
(そういや模擬戦やる度に同じこと言われてたんだよな……)
サンズの脳裏に声が響く。
『お前には戦いながら考えるなんて器用な真似はできないだろ。だったら────』
「余計なことを考えるな、取りあえず戦え。考えるのはその後でいい」
その瞬間、破裂音と共に目の前にいたゴブリン達が続けざまに吹き飛ぶ。サンズが振り返るとそこには元戦士ギルド長、ガロンの姿があった。現役時代、戦鬼と呼ばれ恐れられた男の手には銃という特殊な武器が握られていた。
「何度も言って聞かせたのに、もう忘れたのか?」
「ガロンさん!!」
安堵と驚きの入り交じった顔でサンズはガロンを見る。
「北門の状況は聞いているな?」
「は、はい!」
相変わらずの凍えるような声色に思わずサンズは背筋を伸ばす。
「なら話は早い。北門には俺が行く。お前はここを片付けたらすぐに南門へ向かえ」
「南門ですか?」
てっきり北門に来るよういわれると思っていたサンズはそう聞き返した。
「西と東と北に襲ってきてるんだ。南だけ平和なわけがないだろう」
その言葉にサンズははっとする。なぜその考えに至らなかったのか。むしろ東門でこの数と言うことは、本命は南門だった可能性もある。そして今南門を守っているのは横助一人。
「俺も北を片付けたらすぐに向かうが、西都の内部は今、軽くパニックになっていて街中を突っ切るのは無理だ。だからお前はここを片付けたら外壁沿いに南へ走れ」
「……了解です」
サンズは力強くそう言った。ガロンはそれを見て頷くと、そのまま一人で北門へ向かって走って行った。
「まあ、ガロンさんなら一人で十分なんだろうが……」
あっという間に見えなくなるガロンの背中を見て、サンズは改めて自分とガロンの間にある差を思い知らされる。かつて最強と言われた戦士に少しでも近づくため、いや、追いつき追い越すためにひたすら鍛練を積んできたが、道はまだずっと遠いようだ。
「だが、悩んでいる暇はないか」
横助もクラウディアも強い。なら彼らを信じ、今は目の前の敵に集中することだと、サンズは大太刀の柄を握り直した。




