(19)また死体がない
ある日の正午、ギルドに寄せられた依頼のため、横助とクルミは西都北西部の森林地帯を訪れていた。依頼は近隣の村からで、最近オオカミがよく人里に出てくるようになったので、その原因を探って欲しいとのことだった。内容的には簡単な調査。その過程でオオカミと戦闘になる可能性はあるが、戦闘慣れした戦士ギルドの人間からすれば決して危険な任務ではない。ましてやギルド長が出張ってくる程のことではないはずだった。
「いやー、やっぱり外はいいな!横助、お前もそう思うだろ?」
そう嬉しそうに言うサンズに、横助は呆れ気味に言う。
「思いますけど……。いいんすか?こんな所にいて」
「まあよくはないな。でもな横助、人間たまには息抜きが必要なんだよ」
「いやまあ、それはそうなんでしょうけど……」
サンズは戦士ギルドを統括する百戦錬磨の戦士ギルド長。統括力も高く部下からの信頼も厚い、リーダーとして申し分ない素質を持っているのだが、ギルド長というのは立場上どうしても書類仕事が多くなる。そして腕っ節と人間性だけでここまでのし上がってきたサンズは書類仕事が大の苦手。要するに任務にかこつけてサボっているというわけだ。
「大体な、レインのやつは書類を書かせすぎなんだよな」
西都にある各ギルドは、それぞれどんな仕事をしてどれくらいの利益が出たかという情報をまとめてギルドの統括組織であるギルド同盟議会に報告しなければならない。加えてギルド間の依頼や依頼の斡旋などは細かく書類にして残すように議会から指示が出ている。それを決めているのは同盟議会の議長であるレインだ。書面で残すことの重要性を何よりも理解している商人ギルド長らしいやり方である。
「それにあいつ、自分とこの秘書まで送り込みやがって……。あの子、怖すぎんだよ……」
サンズは苦い顔で言う。先日、何度指示しても書類を書かないサンズに業を煮やしたレインがついに自分の秘書をサンズの元に寄越してきたのだ
「ま、まあ、悪い人ではないと思いますよ?」
横助は遠慮気味にフォローを入れた。
(目付きはめっちゃ鋭いけど)
そうしてしばらく森の中を歩く一行だったが、森は平和そのもの。特におかしな所は見受けられなかった。
「何もありませんね……」
クルミが少し残念そうに言った。それを聞いてサンズは肩をすくめる。
「何もないに越したことはないんだけどな」
「やはり、シルバーウルフが原因なのでしょうか」
「シルバーウルフ?」
横助が首を捻る。それに対してサンズが答えた。
「シルバーウルフはオオカミ型の魔物だ。もともとこの森にはオオカミとシルバーウルフの縄張りがあって、狩猟ギルドがシルバーウルフを狩ることでバランスを保ってたんだが、どうもここ最近この辺りでシルバーウルフの数が激減してるらしい」
魔物とは千年前に現れたという魔王が生み出したモンスターのことで、形態的には動物に近いが、その戦闘力は高い。そして何より人間やその他の動物に対して非常に敵対心が強いのが特徴である。
「だから俺はこの依頼が来たとき真っ先に狩猟ギルドに問い合わせたんだが、奴らも原因が分からないらしい」
「つまり、シルバーウルフが消えた原因を突き止めれば、間接的にオオカミの数も減らせるってことか」
「まあ、そういうことだな。ただ、全く心当たりがないわけじゃねえんだ。実はこの先に連中のたまり場があってな。そこに行けば何か手がかりがあるんじゃねえかと踏んでるんだが……」
その時、クルミが何かを見つけたようで、前方を指差した。
「何か、おかしな気配がします……!」
「おかしな気配?」
「こっちです!」
横助の疑問には答えず、クルミは駆け出した。
「あ!おい!」
クルミを追いかけて横助達も駆け出す。するとしばらく走った先でクルミは呆然と立ち尽くしていた。
「一体何が…………っ!?」
その光景を見て横助は目を疑った。森の中にあって、そこだけ異様なほど荒れた血なまぐさい空間が広がっていたのだ。
「これは……どういうことでしょう……?」
クルミは振り返って尋ねた。
「なんだこれ…………。ここで何があったんだ……?」
まるで殺し合いが行われたかのように凄惨な現場を見て横助も呟く。地面は踏み荒らされ、木の幹には細かな傷が無数についていた。
「たぶん、シルバーウルフと何かが戦闘をしたんだろうな。ほら、これを見てみろ」
そう言ってサンズが地面を指差した。横助とクルミが覗き込むと、そこには鋭い爪を持つ獣の足跡と牙が落ちていた。オオカミのものよりもはるかに大きい、シルバーウルフのものだ。
「もしかして、誰かが先に駆除したとか?」
横助が言うが、サンズは首を横に振った。
「いや、それはないな。この辺の奴らには森に入るなって言ってある。それにこの感じを見るに、結構な数のシルバーウルフとやり合ったはずだ。そんな手練れで、しかも狩猟ギルドにも戦士ギルドにも入ってないなら名前ぐらいは知れてるはずだが、そんな噂は聞いたことがねえ」
サンズの視線の先にはシルバーウルフのものと思われる爪や牙、それに血液が辺り一面に広がっていた。
「でも、だったら一体誰がこんなことを……」
そこで、クルミが口を開いた。
「あの、実はずっと黙っていたのですが…………」
「なんだ?」
サンズが尋ねた。横助も黙ってクルミを見る。
「ここには、死の気配があるんです」
「死の気配?」
横助は聞き返す。
「死の気配とは生き物が死んだときにその体から放たれる生命力の残渣のようなもので、治癒魔法の素質がある人の多くがそれを認識できるんです」
魔法と同じく、治癒魔法にも素質というものがある。誰もが使えるわけではなくて、魔法が使える人の中でも特に素質のあるものにしか使えない魔法なのだ。
「私はその気配を辿ってこの場所にたどり着いたのですが……」
クルミはそこで言葉を切った。クルミの言わんとしてることが分かり、横助はその跡を継いだ。
「死体なんて見当たらないな……」
「なあクルミちゃん。その死の気配ってやつに、人間のものが混じってるか分かるか?」
そこでサンズがクルミに向かって尋ねた。が、クルミは申し訳なさそうに首を横に振る。
「すみません、そこまでは……。もっと高位の治癒術士なら判別できるのですが…………」
「いや、いいんだ。ただちょっと気になることがあってな」
「気になること、ですか?」
横助が聞くと、サンズは「ああ」と頷いて奥の地面を指差した。
「見てみろ。あそこの地面と……それから周りの木にも、不自然に焦げた跡があるだろう?」
サンズが示したとおり、現場の周囲には焦げて黒くなった植物が点在していた。
「この燃え方はたぶん魔法によるもんだ。だが、さっきも言ったがこの森でシルバーウルフを倒したなんて話はなかった」
「ということはつまり、誰かがこっそりシルバーウルフを倒して、その死体を持ち去ったということですか?」
横助の言葉にサンズは重々しく頷く。
「でも、どうしてそんなことを……」
死の気配を感じ取れるクルミは、この現場の凄惨さをよく分かっていた。だが、それでなくともこの現場の状況は酷かった。例えばこれが猟師だとすれば、ここまで場が荒れることはない。彼らは命の重さを誰よりも理解しているので、基本的に一撃で仕留めるからだ。だが、今三人の目の前には蹂躙とも呼べる生々しい戦闘の跡が残っている。さらにそれを行った誰かはその死体をご丁寧に全て持ち去っている。
しばらく黙り込んでいた三人だったが、やがてサンズが口を開いた。
「ま、考えても分からないことは、分かる奴に聞けばいいだろ」
「と、言うわけなんだが……」
サンズが話し終えると、レインは顎に手を当ててしばらく考える。商人ギルドのギルド長室。その中央に設置された来客用のソファにサンズ、横助、クルミが並んで座り、向かい側に座るレインの言葉をじっと待っている。しばらくしてレインは顔を上げた。
「死体が消えた……か。それを聞くとどうしても例のアンデッドゴブリンを思い出してしまうけど…………」
横助達三人は一様に顔を曇らせる。それの可能性は横助達の頭にもよぎっていたからだ。しかしアンデッドゴブリンの襲撃と今回のシルバーウルフの件は微妙に状況が違う。アンデッドゴブリンは向こうから来たものが消えているが、シルバーウルフの場合は完全に狩られている。
「まあ、あくまでも僕の勘だけどね」
レインは茶化すように言ったが、サンズは顔をしかめた。
「お前の勘はよく当たるからな……」
「そうなんですか?」とクルミ。サンズは「そうなんだよ」と頷いた。
そんなやり取りを聞きながら横助はじっと考え込んでいた。別に勘という程のことでもなかったが、横助もどこか嫌な予感を覚えていた。何か大きなことが起こりそうな気がしていた。
そんな横助の不安を煽るように、軒先から一羽のカラスが分厚い雲の立ちこめる空へと飛び立った。
毎度ありがとうございます




