(1)横助の日常
(俺の名前は奥前田横助、ごくごく普通の男子高校生である)
日曜日の正午、コンビニの袋をぶら下げ歩きながら横助は一人心の中で語る。男子高校生特有のモノローグである。
(今日も今日とて一人である)
横助は分厚い雲が立ちこめる空を見上げてそう続けた。事実、横助はいつも一人であった。一言も喋らずに一日を終えることなど日常茶飯事で、究極ぼっち生命体を自称していた。
なぜそんなことになったのか。話は小学生の頃まで遡る。
別にいじめられているわけではなかったが、人一倍おとなしく、人見知りだった横助は友達が出来なかった。クラスの輪にも入ろうとせず、話しかけられても『はい』か『いいえ』で済ます日々。そうして気がつけば横助はぼっちになっていた。二人組を組まされればいつも余り、席替えで隣の席になった女子にはことごとく微妙な顔をされた。
しかし横助にとってはそれが当たり前だった。だから何人かは友達になろうとしてくれた人もいただろうが、横助は気付かなかった。そうして横助は小さいうちから究極ぼっちとしての土台を着実に築いていったのだ。
(そしてこれが、我が輩の家である)
横助は立ち止まって、自宅のあるマンションを見上げた。だがすぐに恥ずかしくなって俯くと、早足でマンションの中に入っていった。
駅から徒歩二十分の所にある二十階建てのマンション。そこが横助の自宅だった。周辺に別系列のコンビニが三軒あって、その日の気分でどのコンビニに行くか決めることが出来る。優良物件である。横助の住む部屋はそこの十五階、眺めもなかなかだった。
横助はいつものようにエレベーターに乗り、部屋の前まで来るといつものように鍵を開けて中に入る。いつものように家には誰もいない。
横助の両親は仕事人間で、横助小さい頃からあまり家にいなかった。そして横助が成長するにつれ両親が家にいる時間も短くなっていき、それに反比例して横助のゲームやアニメに費やす時間が増えていった。そして横助が高校生になったときついに父親が以前から希望していた海外転勤になり、母親も仕事を辞めてそれについて行ったため横助は家でも学校でも、完全に一人になった。
誰もいない家というのは本当に静かだ。咳をしても一人、壁に染みいる独り言である。だから寂しくなかったかと問われれば全くそうでなかったとも言いいきれない。だが、横助はそれなりにぼっちライフを満喫していた。一人でいると楽しいことや嬉しいことが少ないが、逆に哀しむことや怒ることも少なくなる。結果心は落ち着く。それに男子高校生にとって家に人がいないというのはパラダイスだ。案の定横助はゲームに漫画にアニメとオタクライフを満喫し、勉強もそこそこに想像力を大きく培っていった。
とまあ、自称ごく普通の男子高校生、奥前田横助の現状はこんな感じである。
「しかしあれだな。いざ弁当を目の前にすると、あんまり食欲湧かないな……」
横助は独り言を呟く。日曜日だからといって、十二時間はさすがに寝過ぎただろうかと少し反省する。
だが食欲が湧かない原因はもう一つ考えられた。原因というか、原因不明の原因なのだが、ここ数日横助の体に異変が起きていた。これまた異変と言うほど変でもないのだが、何というか、妙な虚脱感というか、現世に未練がないというか、まるで悟りを開いたような感覚にとらわれていた。
横助は取りあえず弁当を冷蔵庫にしまうと自分の部屋に戻った。それから机の上のノートパソコンを開く。
「こんな時は検索するに限る」
横助は分からないことがあると大抵はネットで検索する。今回も大手検索サイトゲイゲルで調べてみることにした。ゲゲレカス。
ところが、検索ワードや組み合わせを変えて何度か検索をかけてみてもこれといった情報は得られなかった。それどころかヒントになりそうなサイトすら見つからない。
しばらくパソコンに向かっていた横助だったが、段々お腹が減ってきたので諦めて遅い朝食でも食べるかとブラウザを閉じかけたその時、横助の目にとあるサイトが飛び込んで来た。
『異世界に行く方法』
いかにも怪しげだが、横助はは興味半分、詐欺サイトではないかとの恐怖半分でそのサイトを開き、内容に目を通す。そして戦慄した。多少大袈裟な表現になってしまったが、それも仕方がなかった。その怪しげなサイトに書いてあった内容が今の横助の状況とぴったり合っていたのだから。
異世界に行く方法
手順1
この方法を試すにはまず、一年間誰とも喋らないことが前提条件です。まあたいていの人はこの時点で断念するでしょう。一級在宅士の資格を持つ私でも、この条件はさすがに達成できるか分かりません。そのためこれから書くことは全て実体験のない、私の得た情報のみの記述になります。
手順2
手順1のあと、どうも悟りを開いたかのような、ふわふわとした不思議な感覚に陥るようです。その感覚が訪れたら今度は12時間ほど断食します。これは断食が目的ではなく、胃の中を空っぽにすることが目的のようです。
手順3
これは手順2の胃の中を空っぽにすることも同じ理由なのですが、異世界に行くときにこちらの世界のものを持って行くことが出来ないらしいのです。当然服を脱いで、全裸にならなければなりません。メガネやコンタクト等をしている人は外してください。
「……………」
そこまで読んで横助は一旦手を止める。普通に考えて一年間もの間誰とも喋らないことなど不可能だ。だが、その不可能を可能に出来る男が存在する。究極ぼっち生命体、奥前田横助だ。
両親が海外に行ったのは横助が高校に入ってすぐ。そして現在高校二年の七月なので、家族とは一年間以上会話していないことになる。学校の方は入学してすぐぼっちまっしぐらだったので一年は経っているはずだ。
電話は取らないし、親との連絡は基本メールでする。買い物もコンビニぐらいで、首の縦振りと横振りで対応できるので会話は必要ない。
これで最大の難関である手順1はクリアだ。昨夜は十二時間睡眠だったので手順2もクリアしている。手順3はまあいいだろう。視力だけが取り柄の横助はメガネをかけていないし、服を脱ぐことに関しても今は自宅なので別に問題はない。
(あれ?これ、異世界行けちゃうんじゃね?)
そう思おうと横助はなんだか興奮してきた。しかしまだこの情報が本当なのかどうか分からない。よく見るとこの記事が書かれたのは十年くらい前で、出所もはっきりしないし、そもそもこんな情報、それっぽい学術書に載っていても疑うだろう。本物である可能性は限りなくゼロに近い。それでも、ここまで条件が揃ってしまうと試さないわけにはいかなかった。
横助は高鳴る胸を押さえながらパソコンの画面をスクロールした。
手順4
さあ、いよいよ最後の手順になります。一年間誰とも喋っていないこと、胃の中が空っぽであること、全裸で、この世界のものを一切身につけていない状態であることを確認したら…………
「異ー世界にッ行きたいよォーーー!!!キャッホォーーーーーウ!!!!」
と言いながら踊りまくってください。
「はぁぁーーーーっ!!!??」
別に台詞はなんでも構いません。異世界に行きたいという気持ちを前面に押し出して、ひたすら踊りまくってください。
「いや台詞とかそういう問題じゃないだろ!踊る!?踊るって何!全裸で踊る!?ふざけてんのかてめえ!いや、ふざけろって言ってんのか!あああああっ!?」
パソコンに向かって叫んだが返事は返ってこない。
「はぁはぁはぁ…………」
時計の音が聞こえる。横助は息を整えた。ひとしきり叫んだら少し落ち着いた。冷静な頭でもう一度考えてみる。これを逃したら二度とチャンスは訪れないだろう。
「…………」
横助は服を脱ぐと綺麗にたたんで床に置いた。特に意味はないが座禅を組んで目を閉じる。深呼吸をすると現世での雑念が全て消えたような気がした。今横助の中にある感情はただ一つ。
「異ー世界にッ行きたいよォーーー!!!キャッホォーーーーーウ!!!!」
横助は踊った。両手を振り上げ、そして振り下ろし、ひたすら踊った。飛んで、回って、転がった。自分の手足がどういう動きをしているのかすら分からなくなったが、それでも横助は踊り続けた。
「異世界に行きたいんだァーーー!!!行かせておーーーーくれーーーッッヤス!!!!うぅっひょおおおおおおおああああアアァッ!!!!!!ロッケンロー!!」
「うおおおおおおああああっっっ!!!!シャスシャス!お願いシャス!ハーレムカモン!カモンベイベッ!ふううううぅぅぅぅおおおおおああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
どれくらい踊っていただろうか。たぶん一分にも満たないと思うが、数十分は踊り続けていたのではないかというほどの無駄な達成感と疲労感があった。そして横助はどっさりとベッドに倒れ込むと目を閉じた。
「こんなんで行けるわけねえ……」
全裸で踊ったぐらいで異世界に行けるならみんな行ってる。それに、そもそも異世界なんて存在するかも分からないし、というかきっと存在しないだろうし、それらを加味して考えると今の横助はただの全裸で踊り狂う変態だった。誰かが見ていたら一発で精神病院送りだろう。
異世界になんか行けやしないことは最初から分かっていた。それでも、ほんの少しだけ期待していたのだ。でも実際に試してみて、それでも行けなかったことで横助は諦めが付いた。
(一つ大人になったところで、さっきの弁当でも食うか。新しい俺の、最初の晩餐だ。昼の朝食だけど)
そう思い、横助は目を開けた。
投稿ペースはまちまちです。