6話 魔剣士、給仕を学ぶ
そうして俺は馬鹿でかい家に連れて行かれ、生まれて初めて風呂に入り、そして生まれて初めて──
「似合ってるよクロト!」
服を着させられた。
給仕服、執事服? よく分からんが、人に仕えるのに適した服装らしい。
「……何故、何故だ? お前は何故、俺にこんなにも良くしてくれる?」
「アーデンベルク領は奴隷禁止なの。それでも奴隷を買う人がいるから、そういう人達から奴隷を押収して、身分と仕事を与えるのが私の仕事の一つだからね。いずれ奴隷制が無くなればいい、とは思ってるけど」
「そうか」
奴隷にも対等な私カッコいい!
とか思っているんだろ?
綺麗事だけで奴隷制がなくなるなら、もうとっくのとうに無くなっている。
思ったが──
「でもここまで世に根付いた奴隷制を消すなんて簡単に出来ることじゃない。というか、奴隷制を貴族が望んでいる時点で国は変わらないよ。でもそれでも、私は一人の貴族として、そういう貴族にならないように在りたいと思ってる」
「…………」
エアリスは奴隷制の現実を知っていた。
綺麗事を連連 並べるだけの貴族や肥え太った豚共とは違い、こいつは現実を知った上でそう言った。
「……そうか」
エアリスはガキだが、俺には今まで会ってきた大人達よりもよっぽど聡明に見えた。
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その後──
「本当はクロトには職を与えてあげたいんだけど……街で仕事をするにしては幼いし、用意してあげられそうに無かったんだよね」
「お前も幼いだろ」
「私、天才なので(●´ω`●)」
後から知った事だが、エアリスは本物の天才だった。
エアリスはガキのくせに領地運営をしてやがる。
親は何をやっているんだ。
「だからクロトには私専属の執事になってもらいます!」
「そうか……は?」
何がどうなってそうなった?
だがそれ以前に──
「俺には給仕の心得が無い」
奴隷と言えど、俺に出来るのは力仕事くらいだ。
その力仕事も大した戦力にはならない。
だが──
「あ、それについては大丈夫。セバス!」
「仰せのままに」
「なっ!?」
いつの間にか俺の真後ろに立っていたジジイに首元を捕まれ、部屋の外に連れ出される。
「行ってらっしゃい。頑張って!」
「何を頑張るんだよクソが……!」
「ホホホホホ」
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それから二週間──
俺はセバスチャンとかいう執事のジジイに、徹底的に給仕の基礎を叩き込まれた。
他の執事やメイドから聞くに、かなり厳しい指導らしい。
奴隷時代と比べればこんなのは序の口だ。
仕事は俺にとっては楽だし、食事や睡眠の保証までされている。
更には屋敷の一室を使ってもいいとの事だった。
まさに至れり尽くせり。
それに──
「クロト殿には給仕の才があります。あと数年鍛え上げれば、お嬢様の側付きとしても十分でしょう」
執事歴三十年のジジイからの評価も悪くない。
にしても、よくもまあこんなにも俺を信用するものだ。
「なあジジイ。あんたは俺がエア……お嬢様の側付きになる事を良しとするのか?」
試しに聞いてみると──
「ホホホ、確かに私は少し心配ではあります。ですがお嬢様本人から、貴方を側付きにしたいと言われてしまったのです。お嬢様に同年代の友人はいませんし、大方そのような間柄の同年代が欲しかったのでしょう。聡明なお嬢様ですが、あれでいて年齢らしい子供っぽい所もあるのです。それに、今のクロト殿でお嬢様を殺す事など出来ませんよ」
お嬢様は白魔法の天才ですから。
そう言って、いつもの様に笑いやがるジジイ。
「ところでクロト殿。クロト殿は何故執事服を着ているのです?」
「? おいジジイ、今日は何をするんだ?」
「昨日言いましたぞ? 意欲があるのは結構ですが、本日は休みです。ゆっくりするも良し、出掛けるも良し。ご自由になされ」
「休みって……まる一日か!? 俺に何を要求するつもりだ……!」
奴隷時代は病気だろうが、一日中休みなどしたら確実に殺されていた。
いくらここが清潔でまともな職場だとしても、まる一日の休み等、相応の対価がある筈だ。
「クロト殿は何を言っているのです? 貴方は二週間文句も言わずに仕事をこなして来たのです。本来ならばニ日三日の休みをとっても良いのですぞ? 寧ろ働き過ぎ。本日は存分に身体をお休みなさいな」
「これが働き過ぎ? 何を言っている。こんなの全然大したことないだろう」
「いや、働き過ぎだってクロト」
「お嬢様」
エアリスが何処からか湧いてきた。
「エ ア リ ス !」
他の奴らがお嬢様と呼んでいたから真似してみたんだが、お気に召さなかったようだ。
「分かったエアリス」
「よろしい! そして命令。街を楽しんでこい!」
何やら変な紙を渡してくるエアリス。
「何だこれは、ケツを拭く為の紙か?」
「お尻を拭く為の紙が欲しいなら、この紙で何個も買えるけど?」
「と言う事はまさか……金か?」
まさか銅貨、銀貨、金貨の他に金があったとは……驚きだ。
「そう、紙幣って聞いたことない……ないよね」
「死兵? 聞いたことあるぞ」
「何か違う気がする……取り敢えず、これはクロトのお給料。クロトの好きな様に使えばいいよ。いいから今日は街に行ってきなさい!」
エアリスは紙幣とやらを何枚か持たせて、俺を屋敷から追い出した。
ミニマム執事。