ある学生の戯言
駅一つ分の移動時間で読みきってください。
「やぁ、泣き止ます必要なんてありません。この子にとってはそれが仕事。きっとあなたがこの午後六時半の六両目の車両の皆さんに、何かしら悪魔的推察と罪悪感をまぜこぜで感じているならそれはある意味正しいのかもしれないですけど。
何故かってこの子の方に、みんな、黙れと殺気を送っているのは明らかなのですから。そりゃあこれだけ送られてきたら、膨大なものは赤ん坊にだって、すぐわかりますよ。
でね、僕思うんです。この子とあなた、が今現在恨まれつつある理由。
それって、多分、ただ単に泣き声がうるさいからって訳じゃないです。泣き声の一つや二つ、そんなチープなものなんて、普段感じすぎているから瑣末なものになってしまっている。じゃあこの怒りはなんだって。
それは、みんな羨ましいからなんです。
こんなに晒せてるのが、羨ましいからなんだって。
大人になった僕達は、きっとこの子より生きるのが辛いのになんっにも晒せない。ビル群の中で、人混みに紛れて、あるいはこの車両の一席で、泣き叫ぶなんてとてもじゃないが出来ない。
誰が親の愛に充ちた庇護の元で、こんな人生を夢見たか。
誰が孤独に生きて、揉まれ揉まれて、寝るだけの家を持つのを望んだか。
僕は学生だから働くことはわからない。でもね、よく大人なんだから我慢出来ると言うけど、実際そんなことまったく無いし、むしろ大人なんだから我慢出来なくなっちゃう。二十歳になった今少しずつ見えてくる、僕に降りかかる何もかもが、とても耐えられる代物じゃない。母親も父親もいない、愛もない、誰がそんな世界に骨を埋めたいですか。本当は大人もさらけだしたくてしょうがない。
とは言ったって、それはできないから、吐き出せないから、みんな首を下に曲げてる。みんな口を開けないで吐き出してるんです。シラフじゃ吐けないからね、吐くふりです。オロオロって、目線が嘔吐の流れを示しています。心の糞詰まりをバレないように流してて、それゆえこの車両は、ゲロで満ちているんです。言葉の、憎悪の、悲しみの、そんなゲロが溜まりに溜まって、横の方の吐くそれをみて、あなたも辛いんでしょ。分かるわよって、共感して、そうしてないと孤独にも、悲しみにも勝てない体になってしまった。
そんな時にどうでしょう。目の前のこの子は、なんとまぁ、泣いている。 持っている、特権を、泣くという特権を持っている。
自分たちの到達できないことを、なんて簡単にやってしまっているんだ、僕らのこの共生の意義はなんだ、ゲロまみれで生きているのに、なんでこうも泣いてしまって、これじゃまるで辛い僕らの全否定だ。ってことで、みんな嫉妬してるんです。悲しいことも、嬉しいことも、欲求も、吐き出しているのは、なんて羨ましいんだろうって、泣きたくなるんですよ。
やっぱり人を恨むなんてしちゃダメだ、赤の他人だからなおさらなんてこと永遠に教わってきている。どけど、家族じゃないからちょっとだけ恨んでもいいかなって、考えてしまうんです。私は苦労しているのに、なんにも叫べないんだろうなって、この子より、この子より、辛くて、でもなんにも叫べないのはなんで?ずるいよね?って。
その子はそうして嫉妬されるんです。仕方の無いことかもしれませんね。僕には分からない。まだ20歳だから、僕より年の上の方達はきっと僕以上の計り知れないつまりを覚えているはずです。
だから僕はこうやって、赤の他人であって、かつ泣き叫んでいるうるさいガキといつまでもその子を泣き止ませない無力な母親に対して優しくできるけど。
あ、ガキなんて思ってないですよ。きっと年上の方々の何人かはこう暴力的に思っているでしょうということの代弁です。思っていないと言われても、それは自分の本心を隠しているだけ。ほら隠している。 ね?叫べていない。こうやって隠して生きて、いるんです。そうして僕もその人達と同じになっていくんです。大人って、寂しいですね。日本人の大人が寂しいんでしょうか?寡黙は美徳か、そんなこと分かりません。
でも、まぁとにかく、あなたがこの子を泣き止ませられないことに、責任を感じることはありません。なぜならば、泣くことはこの子の義務だから。人間は義務を果たして生きるんです。その観点からすれば、この子は精一杯生きているじゃあありませんか。
さぁ、思う存分泣かせてください。このうるささを感じながら、僕は学び舎に行きます。年上の方々は働きに行こう。義務を果たそう。思う存分、叫べない人生を謳歌しましょう。
そして死にましょう。それが人生です。死んだ時には身体が焼けて、中に貯めてたものぜーんぶ抜け出していきます。溜め込めば溜め込むだけ、中身は熟成されますから、デトックスの効果も高くて、その反動で天に昇華しましょう。ピューって。僕らには信じる神もいませんからね。日本人的宗教観では誰が僕らを救うか分からないから、自力で飛ぶしかありません。人生万歳、昇るための充電時間万歳、苦しみましょう、生きましょう。それが、人生です!どうかお子さんにも伝えてください。この生の苦しさを。
あ、では僕はここで乗り換えです。またお逢い出来るといいですね。それでは。」
こんにちは、コーノです。暑くなってきましたね。夏は嫌いです。アイスは好きです。