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Sの娘たち Act.A  作者: 威剣朔也
1 ジークフリート・クーベルタン
7/52

3-2



 アヴィーが所望し俺が案内した紅茶の店は、既にオルゴール店へと変わってしまっていたが、それでも彼は嫌な顔一つ見せず、むしろ中を見て「素敵なお店ですね」と言って興味津々気に中へと入ってしまう。


 ぐるりと店内を練り歩き、その中でも特に気に入ったらしい、緑青色をベースに金色の装飾が施された小箱型のオルゴールを購入するアヴィー。その際に女性の店員から紅茶を取り扱っている店の場所を聞きだし、そこへ繰り出しさえもしてしまうから俺としては驚きであった。


 というのも彼が纏う堅苦しさや感情の希薄さでは女性のほうも取つきにくく、会話もままならないと思い込んでいたからだ。実際は彼にもベルフェリカという病床の妹が居るわけだし、女性の扱いは得意だったのだろう。これからはアヴィーに女たらし、の要素も追加であることを鑑みねばなるまい。


 オルゴール店の女性店員に教えてもらった茶葉の店を後にした俺たちが、船着き場の目と鼻の先にある停留所で弟の迎えを待っていれば、見覚えのある白のボックスカーが俺たちの前で停まった。そしてチカチカとハザードランプを点け、その中から俺と九つ歳の離れた弟のランスが現れる。


「ジークフリート兄さん!」


 嬉々として名を呼んだその顔の造形こそ俺によく似ているのだが、彼の中身は俺と似ても似つかないほど彼は活発で溌剌としており、正直言うと俺は弟が少し苦手である。生気に満ち溢れた弟が、人の目も気にせず俺に抱きついてくるところもまた、苦手意識を持つ要因でもあるのだが。


 だがしかし、動じてはならない。これぐらいあの町では当然の事なのだから、なにひとつ動じてはならないのだ。そう、これは彼等のスキンシップ。彼らの善意。やましさなんてないのだ。都会の人々と違いすぎる彼のその行動に早くも辟易しながら「久しぶりだな、ランス」と言ってやると、彼は「四年と三カ月、九日ぶりだろ兄さん!」とジョーク交じりに笑う。そんな顔を見れば、やはり俺とコイツでは似ても似つかないな、と否が応でも認識してしまう。


「っと、後ろの子は兄さんの子供……じゃないよなあ?」


 俺の後方に立って、ジークが一方的に施してきていた抱擁を見ていたアヴィーを、不思議そうに見やるランス。その視線が品定めをしているように見えて、俺はすかさず「一応昨日電話でも話しただろう、知り合いの子供を一人連れていくと」と二人の間に割って入った。


「そうなのか? オレは兄さんが子供を一人連れてくるってアイツに聞いていただけだからな。ああでも、似てないし、子供にしてはでかすぎるな」


 電話をした時には彼女も理解していたはずなんだが、ランスに話し忘れたのだろうか。昨晩、俺の電話に応対してくれたランスの妻であるノーラの顔を俺は思い浮かべる。近所に住んでいた彼女は昔からそそっかしいところがあり、俺や周りの人間をよく心配させていた。それも本人の自覚がないからことさらに。


 俺を間に挟みながらもランスと顔を合わせたアヴィーが「はじめまして、アヴィオール・S・グーラスウィードです」と何時にない無表情で名乗る。


「オレはランス・クーベルタン。ジークフリート兄さんの弟だ、よろしくな」


 ランスは無表情を貫くアヴィーに対しても、人懐っこい笑みを浮かべて手を差し出す。しかしアヴィーは相変わらずの無表情と口調で「こちらこそ、よろしくお願いします」と言うだけで、ランスが差し出している左手には反応しない。むしろ俺越しに差し出されているそれに気づいてのるかどうかでさえ怪しかった。


「それじゃあ、アヴィーの持っている荷物はトランクに乗せるとして、俺とアヴィーは一緒に後ろの席で良いか? 早くしないと真夜中になるから、ジーク急いでくれ」


 空をかく可哀想なランスの左手のフォローと言うわけではないが、アヴィーは今荷物を持っているため手が離せないことと、辺りが徐々に暗くなりつつあることをアピールしたのだが、単純なランスはそれに気付いていないらしく「ええー、兄さん隣に座らねぇのか?」と不服げに眉をハの時にした。


「ボクのことはお構いなく。兄弟水入らずでどうぞ」


 車の持ち主の手も借りず、トランクに手早く荷物を詰めたアヴィーが冷めたように言う。


「なあ、彼もこう言ってくれていることだしさ」


「……アヴィーがそう言うのならば」


 そう言って助手席に俺は座るものの内心は、せっかく強制的にアヴィーの隣に座れると思ったのに。という思いでいっぱいだった。でも、彼の言った「兄弟水入らず」は、彼の兄妹関係にヒビがないことの表れなのだろう。彼の会話の中に頻繁に出てきていた少女、彼の妹であるベルフェリカと彼の関係を思えばある意味必然とも言えよう。


 それに、俺は電車の中であれほどまでにアヴィーに強く「他に何か言うことはないのですか」と言われていたにもかかわらず良いことばかりを伝え、弟に対して抱いている劣等感やそれにからなる汚い感情を言えずにいたのだから、これは自業自得だ。


 車に全員が乗り込み、きちんとシートベルトをしたことを確認したランスは、車を発進させる


「二週間前に兄さんが連絡してきた時はびっくりしちまったぜ。ノーラなんか帰ってくるのは二週間後だって言われてるのに、急いで兄さんの家を掃除しててさぁ」


「彼女には世話をかけるな」


「家族なんだから、いいじゃねえか」


 ニカッと人懐っこそうな笑みを浮かべるランスは、取り留めもなく話を続けてゆく。俺は彼の言葉を左から右へと聞き流し適当に相槌を打つ。嗚呼、彼と俺とでは持ち得ているエネルギー量が違うのだ。生きるための活力、気力、精神力。そのどれもがランスより劣っている。


 俺が卑屈な感情に苛まれていようとも、進み続けている車の外の風景は整備された街から麦畑や雑穀を育てたりしている畑へと移り変わる。茜色の夕日に揺れる穂たちは都心では決して見ることの出来ない懐かしい景色だ。


 ちらりと後部座席に座っているアヴィーを鏡越しに見てみれば、彼の瞳もまたその神々しい景色に視線を向けていた。きらきらと輝く風景も日が沈みきれば色を失い闇が映る。それでも彼は外の風景を見つめていた。


 一体彼は何を見ているのだろうか。彼に質問しようか、如何するか、そう思っていても車を運転しているランスの話しは止むことはない。結局アヴィーに話しかけることが出来ないまま、一時間ほど過ぎれば車は目的地の家へと到着してしまった。既にオレンジ色の光が灯っていることから、ノーラが家で夕食の支度でもしてくれているのだろう。


「アヴィー、着いたぞ。此処が俺の家だ」


 車から降り、俺はトランクから荷物を取り出しているアヴィーから、自分の荷物を受け取る。そして、懐かしい我が家の扉を開けた。


「あら、お帰りなさい、ジークフリートさん。えっと、隣にいるその子が知り合いのお子さん?」


 扉を開けた俺を出迎えてくれたのはランスの妻であるノーラ。そしてその足元には彼女によく似た女の子も居た。そういえば結婚式をした後、子供が生まれたと連絡が来ていたか。


「初めまして。これからしばらくお世話になる、アヴィオール・S・グーラスウィードです」


「こちらこそ初めまして、私はノーラ・クーベルタン。この子は娘のマリアよ」


 さ、マリア。この人がパパのお兄さんとその知り合いの方よ、挨拶してごらんなさい。とノーラは笑い、足元に居た幼い少女はノーラの顔色を窺った後、俺とアヴィーの双方を見上げる。


「はじめまして。マリア・クーベルタンです」


「よろしくな、マリア」


 ポンポンと彼女の頭を撫でれば、彼女の視線は何故か触れている俺ではなく、俺の隣に居るアヴィーへと移る。マリアに凝視されていることに気付いたのか、アヴィーはしゃがみこみマリアの視線になると

「よろしくお願いしますね、マリアさん」と、わずかにだが表情を緩ませた。


 ……ような気がした。実際の表情筋はちっとも動いてないのかもしれないが、俺には少なくともそう見えたのだ。マリアもアヴィーのその微妙な表情の変化に気付いたのか、ランスのようにニコッと人懐っこい笑みを浮かべて「はい」と返事をする。そして「中に入りましょう」とノーラに招かれるまま玄関を抜けリビングに入れば、十五年前と大差ない家庭風景がそこにはあった。


 温かさを表すオレンジ色の灯りにやさしい木の家具、ノーラとマリアが置いてくれたのだろう花瓶に活けられた花。まるで、もう居ない娘や妻が居るのではないかと錯覚させられるほどにあの頃と同じ温かさがあって、涙腺が緩んだ。だが彼らの前で年甲斐もなく涙を流すわけにもいくまい。嗚呼、この壁に向かって妻はオデットの名を呼んだのだ。この机で彼女とオデットと食事をして笑いあっていたのだ。次々と思い出されるあの頃の記憶は色褪せることはなく、生々しい程に俺の脳内をいっぱいに満たし尽くした。


「ジークさん。コレ、弾いても構いませんか」


 アヴィーの声につられて、ふと視線を部屋の壁から少しずらせば、そこには初孫のためにと、今は亡き父と母が買った黒いピアノが相変わらず置いてあった。


 在りし日の中で妻と娘のオデットが並んでこのピアノを弾いていることもあったが、音楽にそれほど理解がなかった俺と妻では娘にピアノをきちんと教えてやることは出来ず、まともに使われたことは殆どなかった。その黒い蓋をアヴィーがなぞっている。


 彼の白い手袋と黒いピアノのコントラストに軽く眩暈を覚えながら、「あ、ああ。構わないが」と返事をすれば、彼は遠慮なくピアノの蓋を開ける。そして蓋の下にあった白と黒の鍵盤の幾つかをポーンポーンポーンポーンと弾いた。


「……問題はなさそうですね」


 何が問題ないのだろうか。俺には分からないが、彼はそれだけを行うと蓋を閉めてしまった。一体アヴィーは何をしたかったのだろうか。


「ジークフリートさんとアヴィーちゃんはもう夕食を食べたのかしら?」


「いや未だだ、もらうよ。アヴィーも食べるだろう?」


「はい」


 平然とした顔でそう答えたアヴィー。実の所、船着き場の街で時間を潰していた際にも彼は頻繁に物を食べていたのだが……、問うべきではないだろう。それに彼の過食ぶりを疑問に思いながらも、今まで一度も質問しなかったのは俺自身だ。今更その理由を問う権利はあるまい。俺が彼の過食に目を瞑り、ノーラが嬉しそうにキッチンへ向かう一方で、アヴィーは俺の視線に気が付いたのだろう「どうかしましたか、ジークさん」とこちらを向いた。


「いや、なんでもない」


 顔を横に振り「なんでもない」と言っておきながら、すらりとした体躯に燕尾服をキッチリと着こなすアヴィーの身体を眺めて溜息を吐いてしまう。


 あれだけの量を食べているにも関わらず何故この細さなのだ。一体その物量とカロリーは何処へ消えたのだ。消費されたとは考えにくいそれらの行方に思いを巡らせていると、不意に肩を掴まれた。


「兄さん、酒飲もうぜ! 酒!」


 肩を掴み、ぐわんぐわんと揺らしてくるランスの片手にはすでに中身が減った酒瓶が握られている。どうやら、もうすでにそれなりの量を飲み、出来上がりの状態となっているらしい。


「兄さんも飲もうぜー!」


「……嗚呼、そうだな」


 オウムのように同じ言葉を繰り返すランスの表情は、アルコールの影響もあってか何時も以上に軽快な笑みで、俺もまたそれにつられるように笑顔を向けてしまった。




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