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「その頃わたくしたちは寄生虫の処理に追われていたり、木乃伊化遺体の生存に追われていたり、黒山羊製薬の研究所から逃げ出した個体の捜索に追われていたりしましたから、よくは知らないけれど、結局そのアヴィーちゃんは無事ジークフリートを回収してベルフェリカちゃんの死に目に会えましたの?」
ボクとママちゃんと二匹の子猫しかいない天蓋の中。遊び疲れ、眠りについてしまった子猫たちにかまえなくなり、手持無沙汰になったママちゃんがこちらを見やります。
「ええ。少々彼の方にトラウマはついてしまったようですが、大きな問題もなく回収できたようですし、ベルフェリカちゃんとは二週間ほどかけてじっくりと、会えたそうですよ」
「……そう、それならよかったわ」
『彼』との契約上、此処に縛られているボク達は、この金庫からは出られません。故に姉妹の死に目に会いに行けないのは勿論、墓に行くことすらできないのです。
「何時か、行けるようになると良いですね」
持っていた電子端末をシーツの上に置き、ママちゃんの形の良い頭を撫でれば、彼女はぱっちりと目を見開きボクに迫ります。
「アヴィーちゃん。『行けるようになると良いですね』じゃありませんわ。わたくしは行けるように、一生懸命頑張るの。できるだけ努力するの。だからアヴィーちゃんは、わたくしに『彼女たちの墓標に祈りをささげに行けるように、一緒にがんばりましょうね』と言わなくてはなりませんのよ!」
ねぇ、わかりますわよね? と言い、ボクの腹部に抱きついたママちゃん。ぐりぐりと頭を押し付けるその姿は駄々をこねる子供そのもの。そんな彼女の小さく細い彼女の肩に指を這わせ、なだらかな背に滑らせれば、そのくすぐったさにママちゃんは身を捩ります。
「ふふっ。そうやってごまかそうとしても、だめですわよ」
とはいうものの彼女は満更らでもないようで、ぐっ、とボクに体重をかけボクをシーツの海へと沈めます。そしてゆっくりとボクの上着のタイをほどき、ボタンを手にかけ脱がしにかかりました。
「貞操の危機、というやつでしょうかこれは」
「危機ではなく嬉々でしょう?」
「そうかもしれませんね」
前ふりこそ貞操だとか言いはしますが、実際することと言えば触れ合うだけのささやかなもの。触れる以上の交わりはなく、彼女はボクの腕に抱かれ瞼を閉じるのです。互いの心音は同じ時を刻み、優しい温度は混ざり溶ける。何時しか互いの境界線も分からなくなるほど混ざりきった頃、シーツの上に置いていた電子端末が震え、ボクたちに朝を知らせます。
「「失礼します」」
もはや聞き慣れたと言っても過言ではないワーズとティークの声が室内に響き、ボクたちを囲む天蓋がさざめき揺れます。そして不意にその天蓋が大きく開かれれば、目を焼くほどのまばゆい朝陽がボクたちの夢である泡沫を破裂させ、ボクたちの守りである深海の夜を解きます。白く鋭い陽の光はシーツを刺し貫き、寝ころんでいた子猫たちの姿を消し去り、二人混じるボクたちもまた、一人の身体へとその彩りを変えるのです。
亜麻色の緩やかな髪。薄い唇。幸福から少しばかり縁のなさそうな憂いの色を浮かべた妙齢の女性がため息を一つ吐き、憂鬱気にその身を起こせば、彼女の肌の上を宝石の粒たちが揺れ踊ります。
「おはようございます、ベアトリスお嬢様」
「今日も旦那様が、貴女との朝食を楽しみにしておられますよ」
やわらかな笑みを向けるワーズとティークに対して、小さく「おはよう」と零した彼女は今日も『彼』の娘であるベアトリスとして生きるのです。いつか『彼』と共に外に出る夢を胸に抱いて。




