2-1
研究員からオデットとジークフリートの侵入を聞いた私はメモを取っていたノートから顔を上げ、目の前に置かれている教会の外を監視するモニターを見つめた。
その中では二人の姿が今まさに映されているところだった。微量な光しか持たぬ月明かりと、画質の悪い監視カメラの映像下でもはっきりとわかるオデットの白い髪。服は燕尾服ではなく、軍服を思わせるような衣装。ソレに見覚えのある私は、嗚呼やはり彼女は紛れもなくあの「S氏」と繋がりのある「アヴィオール・S・グーラスウィード」なのだと思わずにはいられなかった。
何故なら成功検体アヴィオールの着ていた衣装と、今彼女の着ている衣装が同じ物だったからだ。彼女が歩けば肩口にある肩章と胸元の白いスカーフが僅かに揺れ、スカーフの中心で孔雀石だろう丸みを帯びた宝石が跳ねる。何のためらいもなく教会の敷地内を進むオデットであるが、一方その父親であるはずのジークフリートの足取りは非常に重たそうだった。
始終不安げに辺りを見渡し、颯爽と先を進むオデットと距離が開くや否や小走りで彼女の背を追う。まるでカルガモの親子を見せられている気分だ。いいや、むしろカルガモの子の方がジークフリートより親鳥の後を追うのが上手いかもしれない。
そんな二人は教会の扉の前で立ち止まる。嗚呼、そんなところで立ち止まらず、早くその目の前の扉を開いてくれないか。私の思いを察知したかのようにオデットがジークフリートをよそに、扉を引き開く。
刹那、教会の中から大人の男が二人飛び出し彼女に襲いかかった。一体ローラ・クレメンスは教会の信者にどのような支持を出したのだろうか。そんな疑問を抱きながらも私はクーベルタン親子の行く末を監視することにする。何せ、マリア再誕の根幹となりえる「M2-Ave」の実験で最も必要な検体マリア・クーベルタンはすでに私の研究観察下に置かれているのだから。
それにもしそのマリアでの実験が失敗したとしても、私にはアヴィオールの受精卵をマリアの遺伝子に組みかえ、ホムンクルスとしてマリアを再誕させるという実験も待っている。故に、ただの検体でしかないオデットやジークフリートが殺されようと実験には何の影響もないのである。
男二人に押しつぶされるようにして消えたオデットがどうなったのか。じっと画面を見つめていればずるりと、男の形を成していない肉塊が動き、その下から黒みを帯びたオデットが姿を現した。
嗚呼、彼女は一撃で彼らを仕留めたのか。それも粉砕、とまではいかないがそれに近い状態にまで。
それを理解した私がずい、と前かがみになり画面を食い入るように見つめれば、彼女はそれに答えるように足元に転がる男の腕を折り、それを口に食んで見せた。その後彼女が地に伏せる男たちの一部をジークフリートに投げれば彼はおののき、その一部を投げ捨てた。
そんな気の抜けた一幕を縫うように、教会内から小さな影が複数飛び出る。襲いくるソレ等をたやすく腕で跳ねのけ、ボタリと力なく落ちたそれをオデットは自身の白いブーツで踏み潰す。踏み潰されたそれはびくりと肉を跳ねさせた後、息絶えたように動くことを止めた。しかし、よくよく画面を見てみればその小さな影は私とアヴィオールのホムンクルス達で、流石の私もガタリと椅子を鳴らし立ち上がる。
一体これはどういうことだ。誰が、私のホムンクルス達を私の承諾も得ずにあの場に出したのだ!
じわじわと込み上げてくる激情を抑えるようにして、私は今一度椅子に座り直し目の前のモニターを見つめる。……ホムンクルスなど、また作り直せばいいことだ。今は、この画面の向こうがどうなるかを見てみようではないか。しかし、この一件が終わり次第誰がホムンクルスを無断で持ち出したのか調べる必要はあるだろう。私に反逆しようという部下などに、私のマリアを汚されるわけにはいかないのだから。
教会内から姿を現した神父。そしてその背後からフードを被った信者達が現れ、オデットと後方に居るジークフリートの方へ走り寄る。ジークフリートは恐れの為か腰を地に着け後ずさる。だが彼女はやはり彼とは違い臆することはなく、腰部から一本のテーブルナイフらしき物を取り出し、果敢にも彼等に応戦した。ナイフ一本ごときで複数人相手に何ができるというのか、すぐに捕まえられるに決まっている。そう思っていた私の予想を裏切り、彼女は華麗なまでにしなやかに、信者共を地にひれ伏させる。そんな彼女の姿は優美な獣のそれで、私はほぅ、と感嘆の声を漏らした。
教会の出入り口でわずかにたじろいだ神父は教会、聖堂内の闇に消え、それを追うためオデットはジークフリートを立たせ、神父が消えた暗い聖堂の中へと歩を進める。無論、私も移動する二人に合わせてモニターの画面を切り替え、別の監視カメラから彼らを監視し続けた。
太陽の光を取り込む昼間とは違い月特有の薄く白い光が聖堂内を満たしており、そのせいか蔓延る闇もより一層その黒さを増させているようにも感じる。その中を滑るようにして進むオデット。そして彼女を不安定ながらも追いかけるジークフリート。そんな二人に向かって影たちが忍び入り、円を描くようにして彼らを囲った。そして彼らを囲う影の一つがオデットの後ろに居るジークに近寄る。だがそれを見逃すオデットではなく、彼女は自身が持つテーブルナイフで不躾な影の指を切り取るとその頭部に膝鉄を与え、男を沈めた。
足手まといでしかないジークフリートを守るようにして彼の前に立つオデットの前に、再び神父とその従者が姿を現す。しかも彼らは私たちが先ほど捉えたランス・クーベルタンを連れており、なおかつ彼の口腔に拳銃を押し込んでさえいた。
囚われのランスを見るオデットは無表情のソレであったが、彼の兄であるジークフリートはひどく狼狽しており、あろうことかオデットの守りをないがしろにし、ランスの方に向かって駆け出した。そんな愚かしい彼に向かって信者が襲い掛かるのは当然と言え、容易く信者たちに取り押さえられた。そしてその後ダニエル神父に彼は渡され、神父の足蹴を受けていた。愚かな彼らを使いオデットを脅しているのだろう、無防備にその場に膝を着くこととなった彼女に向かって神父は私のホムンクルス達を襲い掛からせた。反抗の意思を示さないためにか彼女はホムンクルス達の攻撃をその身に受ける。しかし彼女は直ぐにそれらを無下に破壊した。
人質を取られているにも関わらず、そのようなことをしでかしたオデットに、私は再び「ほぅ」と感嘆の息を吐く。彼女は、叔父はおろか、実の父親でさえ殺されてもいいと思っているのだろうか。娘が父を想う気持ちは、その程度のものでしかなのか。しかし画面の中の神父はオデットが反抗的な行いを見せたというのにランスも、ジークフリートも殺しはしなかった。もしやオデットは彼らのそんな甘さを見抜いていたのだろうか。
互いに見合い、何かを話しているオデットと神父であったが、突如として神父がジークフリートの腹を蹴る。しかも、一度蹴っただけでは納まりが着かなかったのか、神父は幾度もジークフリートを蹴りつけた。けれどその蛮行もすぐに止むこととなる。何故ならリリス・クレメンスに扮したローラ・クレメンスが教会信者たちの居るその場に現れたからだ。
彼女が現れるや否や神父やその従者、信者たちはすぐさま姿勢を低くし頭を垂れる。まるで神と対峙しているかのような彼らの姿勢に病的なまでの厚かましさに嫌悪感を抱いていれば、画面の中のローラがジークフリートに手を伸ばした。
地に転がっていたジークフリートは差しのべられた彼女の手を取るとゆっくりと立ち上がる。そんな彼の歩く姿は異様なほどにふらついており、腹を蹴られただけの状態ではないことがうかがい知れた。それに周りの信者たちもどこか虚ろな表情を見せはじめており、私はもしや。と一つ思案する。
モニター越しであるが故に断定はできないのだが、もしやローラは他の研究員を使い幻覚作用のある薬品を現場に噴霧させているのではないだろうか。そんなことをすれば彼女自身もまたその薬品の影響を受けてしまうだろうに。一体何を考えているというのだ。
危うげな現場になりつつあるモニターの中では、出遅れたオデットが二人の間に割り込みローラの手を大きく弾く。そして軽々とジークフリートを横抱きにしたかと思うと、すぐに彼を神父たちとは逆の方向に投げ飛ばした。
少しでも彼等から距離を取らせるための行いだろうが、投げ飛ばした後の隙を狙ってオデットは信者たちに取り押さえられ、両の手を縛り付けられてしまう。
そして彼等信者は儀式を執り行うかのようにオデットとローラを取り囲み、ぱくぱくと口を動かし始める。嗚呼、儀式を執り行うかのように、とはいささか語弊があるか。彼らにとってこの行いも、今までの行いもすべて等しく儀式なのだから。
使用している監視カメラが音声も拾うことのできる物であったなら、彼らの中で伝わる古の呪文とやらが聞こえてくるに違いない。両手を縛られたオデットの頬に手を滑らせ、上を向かせるローラ。そして手に持っているだろう注射器で彼女の首元に「M2-Ave」を投与し、その身体を無造作に床へ転がした。
さあ、二度目のマリアを投与された彼女はどのような反応を私に魅せてくれるのか。そう思いながら画面を食い入るように見つめるが、すぐに反応は出ない。一分、三分、五分。手元の時計をこまめに確認しながら画面を見つめていれば、ピクリとオデットの身体が跳ねた。
嗚呼、どうやら彼女の身体を私のマリアが食い破り始めたらしい。彼女の身体がびくりびくりと痙攣するたびに、彼女の遺伝子がマリアのものへと変わっていっている。それを実感しながら私は弧をえがいている口元をそっと隠す。
一通り痙攣し終えたらしいオデットはしばらくの間肩で息をしているようだったが、突如、彼女は両の腕を縛っていたロープを自らの手で引き千切り自身の身体をかきむしり始めた。オデットを縛るロープは決して強固なわけではなかっただろうが、両の手に幾重にもまかれたソレを引き千切ったオデットの腕力は明らかに少女のものではない。嗚呼これは「M-Ave」の成功検体アヴィオールと同じ反応ではないか。もしやマリア・クーベルタンの成功や受精卵からのマリア再誕を待たずに、マリアは私の元へ帰ってきてくれるというのか。
女性であるのかと目を疑うほど平たんで凹凸のない身体なのは惜しいし、幼かった彼女の成長をこの目で見られなかったことは悔しい。けれど大きくなった彼女を抱擁できるのは、親として正直にうれしいところである。何せ彼女は今の今まで失われたままだったのだから。
嗚呼、彼女が私の元へきちんと帰って来たならば、今は短い髪も長く伸ばして、きれいでかわいいドレスを着せて、失われてしまった左目には宝石のような義眼も込めよう。そしてずっと私の腕の中。鳥かごの鳥でありつづければいい。彼女の薄い唇が「パパ」と二度跳ねるのが待ち遠しくて仕方がない。
そんな私の想いを引きずり戻すかのように、金色の糸が私の眼の前をよぎる。嗚呼いけない、必要以上に夢想してしまっていたようだ。夢想するのは、オデットの遺伝子配列などを詳しく調べてからにしなくては。
現実へ意識を戻した私の眼の前にある画面の中ではどうやら私が夢想している間に決裂が起きていたらしい。むしろ決裂というより因果応報と呼ぶべき出来事が起きていた。結論をいうなれば、神父が私のホムンクルスに食い千切られていた。推察する経緯として、「M-Ave」を投与されながらも生存した検体「オデット」の血肉を食んだホムンクルスたちが、彼女「オデット」を自分たちの「母体」と同じ上位個体と認識。そしてその上位個体「オデット」が出したであろう命令に従い、神父を攻撃したものと思われる。
後半がほぼ仮定であるのは、現場の音声が私には拾えないからに他ならない。嗚呼、音声を拾わない監視カメラを設置したことを、これほどまで恨むことになろうとは。次回からはこの失敗を生かし、監視カメラを設置する場合は音声も拾うモノを設置することにしよう。
神父を襲ったホムンクルス達は、次の標的を信者へ変えたらしい。一人、二人と信者が喰われ始めてやっと身の危険を感じ始めたらしい他の信者たちは、外へ向かって一目散に駆けてゆく。勿論逃げられたのなら追うのが条理。ホムンクルス達もまた彼等を追うため外の方へと向かいはじめた。しかし流石にホムンクルス達をむやみやたらに外へ出すわけにはいかないため、私は現場に居る研究員に連絡をし、外に向かうホムンクルス達の回収を命じる。
しかし、その後すぐに黒山羊製薬の方から「じきに警察、医療関係者が教会へ集結する模様。迅速に撤退せよ」と連絡が入った。ホムンクルス達と成功検体と思しきオデットを回収してから撤退をしたい所存であったのだが、流石に黒山羊製薬から直の連絡を入れられたとなるとそれに従うしかない。あちらもこの実験、いやこの非人道的と呼ばれる事件と繋がりがあるとは露見されたくないのだろうから。
私は再度改めて現場に居る研究員と連絡を取り、早急に撤退する旨を伝えた。取り逃がしたホムンクルスなどは後日回収するとして、今は黒山羊製薬や私たちの痕跡を消すことこそが先決だとも添えて。
ホムンクルスになす術もなく襲われながら、多少の使い物にはなる神父をローラが回収。教会の闇に隠れるように急ぎでホムンクルス達を回収する研究員たちの姿をモニターで確認した私は立ち上がる。成功例と思しきオデット・クーベルタンの回収は名残惜しくもあるが、彼女は後日私の研究所へ招待することにしよう。
画面に映るオデットの姿を消し、モニターのある部屋から退出する。そしてホムンクルスの回収作業をあらかた終えた研究員や、そのホムンクルス達。そしてついぞ私が欲していた検体、マリア・クーベルタンを乗せたバスに私も乗りこみ、教会から離脱した。
だが移動のために乗り込んだバスの中は、ローラや他の研究員が教会内で使用していたと思われる幻覚作用のある薬品の香りが充満しており、私は頭を抱えた。花の蜜を濃縮させたような甘い香りが鼻腔をくすぐり、脳髄を溶かしていく。その感覚に耐え切れなかった私はバスの窓を開け新鮮な空気を肺に取り込んだ。
一通り身体を蝕んでいた香りを一新し、バスの窓を閉めたもののその甘ったるい香りはローラや他の研究員達の衣服にしみついているようで、窓を閉めたバスの内部は濃い甘さに満ちていた。バスの不安定な揺れに甘い香り。新鮮な空気を求め、改めて窓を開けて外気を身体に取り込むが、ひどく気分が悪い。
「すみません博士。……乗り酔い止めの薬飲まれますか?」
そう声をかけてきたのは前の座席に座っていたローラ。彼女はすまなさそうに眉尻を下げ、酔い止めの薬らしき錠剤と飲み物を持って私の隣へとやってきていた。
「嗚呼、もらうとしよう」
軽く返事をし、彼女が差し出してきた薬と水を受け取り体の中に流し込む。
「教会の方は如何なっている?」
「あちらに残った研究員からの報告によると、私たちが離脱するまえに到着していた薄情者のサタナリアがすべての証拠を隠滅。それから二十分も経たずに病院関係者や警察官が押し寄せたようです」
ノーラが放った薄情者のサタナリアの名称。何時も眉間にしわを寄せ、苛立ちを隠そうともしていない女性。黒山羊閣下の意思に染まろうとせず、人体の再構成について研究している彼女を思い浮かべ、すぐに消した。今彼女の事を考えたところで何にもなるまい。私と彼女には黒山羊閣下の元で実験を行っている研究者という接点以外、無いのだから。
それにしても予想以上に早い警察の到着はおそらく「ベアトリス」の采配だろうが、一足遅かったな。と嗤いもする。後半刻―――いや、事前に病院関係者や警察官を教会付近に常駐させていれば、私たちの悪行を世間に知らしめることが出来たというのに。
自然と上がりつつあった口角を隠すように口元を掌で隠し、私はローラに「ところで、研究所まではあとどれくらいで着く予定だ?」と問いかける。
「ええ、そうですね……。まだ一時間ほどかかるかと思いますが」
私の問いかけにちらりと自身の時計を確認したローラ。彼女が動く度に彼女にしみついた濃い香りが振りまかれ、鼻腔がしびれる。しかしその自覚がないらしい彼女は不安そうな表情をし、ずい、と私にその身体を寄せた。
「あの、何か急ぎの要件がありましたか?」
「いいや、特に急ぎの用はないよ。むしろ君は早く自分の席に戻りなさい。嗚呼、あと私は少しばかり仮眠をとるから、到着したら教えてくれたまえ」
身を寄せていた彼女を半ば強制的に元の席へ戻らせた私は窓から入り込む新鮮な空気を吸い込み、瞼を閉じる。黒く染まった窓越しに見えたピンクのワンピースを纏った少女が歪な笑みを浮かべているのを否定するかのように。
「博士、博士。起きてください。研究所に到着しましたよ」
ぐらぐらと私の身体を揺らし目覚めの声をかけてきたのは、私が事前に声をかけておいたローラだった。
「ああ、ありがとう……」
強張っていた身体を少しだけ伸ばしたあと、私は座席から立ち上がる。すでにバスの中に研究員たちはおらず、ローラによればバスの下にしまわれていたり、別の車で運び出されていたりする資料などを研究所内に荷物を運びこんでいるとのことだった。
「検体であるマリア・クーベルタンはどうした」
「未だ下に置いてあります。一応、仮置きする部屋が後五分ほどで整備を終えるそうなのでそれが終わりしだい運ぶ予定にしているのですが、人員が少し足りなくて―――「私が運ぶ」
「博士が、ですか?」
言葉を遮った私に嫌悪も示すこともなく、きょとんとした表情を見せたローラに「嗚呼」と短く返事をしてバスを降りる。そしてバスの下にある荷物置き場に乗っている検体、マリア・クーベルタンを抱き寄せた。
薬剤により深い眠りに着かされている彼女の身体は厚手の毛布でくるまれており、加えてその周りに拘束帯もつけられているという厳重ぶり。「逃げだされでもしたら私が困るから、これは致し方のない行為なのだよ」と自分自身に言い聞かせ、私はマリアの身体を毛布ごと抱き抱えた。
二十年ぶりに抱えた小さな命の重み。すぅすぅと安定した寝息を立てるソレを取り落とさないようにと強く抱き、薄明りの灯る研究所内に入った。そしてその後ローラが案内してくれた研究室のベッドに彼女を降ろし拘束帯を解けば、どっと疲れが身体に押し寄せてきた。バスの中で仮眠をしたせいか未だに眠気が体の中に残っていたようだ。
徹夜明けでの研究もざらではあったが冷静な判断を下すため、休息を挟むに越したことはあるまい。それに意識を失っている状態とはいえマリア・クーベルタン自身にも安息は必要だろうから。
「ローラ、荷物の運び入れとホムンクルス達の安置が終わり次第今日はもう休むよう研究員たちに伝えてくれ」
「わかりました。博士は、どうなされますか?」
「私も、荷物を仕分けたら休むことにするよ」
眠気がとれる気配がなくてね。そう零しながらローラと共にマリアのいる部屋を出ればオートロックで部屋の鍵が閉まる。
「それじゃあ、また明日よろしくたのむよ」
「ええ。おやすみなさい。博士」
扉の前でローラと別れた私は「くぁ、」と気だるげな欠伸をし、その研究室の奥にある自分の部屋へ私は足を向けた。




