表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sの娘たち Act.A  作者: 威剣朔也
4「M-Ave」及び「M2-Ave」製作実験メモ
42/52

1-1




 私の愛娘マリアが亡くなって五年の時が流れた。彼女の遺体を使用して蘇生作業に従事したがついぞ彼女が目を覚ますことはなかった。しかし、私は彼女を取り戻すべくマリアを再びこの世に生まれ直させることを決意した。(マリアの死亡後、職を失った私を研究者として快く受け入れてくれたイーエッグ島を基盤とした製薬会社、黒山羊製薬には多大なる感謝をここに記す。)彼女を再びこの世に生まれ直させるための実験材料の一部として黒山羊製薬が製作した特殊な薬品「TB-13」を提供された。


 「TB-13」の製造方法は企業秘密らしいが「人間の―――主に発育途中である子供の遺伝子に別の遺伝子を組み込み再配列させることが可能」と、添付されていた資料に記述されている。彼らが一体どのような目的でこの薬品を製作したのか私の知るところではないが、ありがたく使用させてもらうことにする。私はその薬品に亡きマリアの遺伝子を配合させ液状とし、注射の方法での投与を可能とした。その薬剤の名を今後「M-Ave」と称することにする。




二〇六四年 四月 二日


・「M-Ave」開発段階において、イーエッグ島に住まう検体の使用が黒山羊製薬から制式に許可が下りた。本日、四月二日は試験日として「M-Ave」の投与実験を開始する。


 黒山羊製薬より提示された実験場所はイーエッグ島内の某教会。神父との交渉はすでに終了しているらしく、その交渉役であるリリス・クレメンスが私の実験の補佐をしてくれることとなった。試験日である今日の検体は事前に黒山羊製薬が確保してきた少女ベアトリスク・イースト(7)を使用。


 実験時間は午前二時、場所はイーエッグ島中央教会の聖堂。


 交渉役であり私の助手でもあるリリス・クレメンスが主立ってその場を取り仕切る中、信者の男たちは聖堂の床に魔法陣を描きその中心に椅子を設置する。そして、検体ベアトリスクをそこに縛り付けたのち、ピンク色のワンピースを着たリリス・クレメンスが魔法陣に足を踏み入れた。彼女が戯言のような台詞を詠えば教会の神父と思しき人物や信者たちが魔法陣を取り囲む。信者たちの中に紛れる私もまた彼らに倣った。その後リリス・クレメンスが検体の首元に「M-Ave」を投与。一体どのような反応が起こるのか至近距離で彼女を観察した結果、検体である七歳の少女ベアトリスクは干からび、木乃伊と化した。


 黒山羊製薬から添付されていた「TB-13」の資料では木乃伊化する危険性など微塵も書かれていなかったはずなのだが、一体どういうことなのだろうか。改めて添付された資料を読むとともに、もし無いようであれば具体的にどの「別の遺伝子」まで実験したのかを問う必要があるだろう。


 検体の状態を詳しく確認した後、教会の信者たちが遺体の処分を行った。私個人としては研究材料として遺体も入手したかったのだが、助手であり交渉役であるリリス・クレメンスによると、この行為は黒山羊製薬がかかわる実験だとわからないように見せるための偽装行為なのだと教えられた。加えて、必要であれば彼らが遺体を遺棄した後回収することも可能であるとも。遺体の受け入れ準備が整い次第、彼らが遺棄した検体の回収も行っていきたい。



  四月 十四日


・検体の木乃伊化の反応に関して黒山羊製薬より連絡が届いた。


 簡潔に述べると「黒山羊製薬では人間と獣の遺伝子を織り交ぜての実験しか行っておらず、人間と人間の遺伝子を織り交ぜての実験はしたことがないため木乃伊化に関して進言することはできない」とのことで、「これからの実験に期待している」とも記載されていた。これを踏まえ本日より「M-Ave」の正式な実験を始動する。


・実験場所は四月二日に試験を行ったイーエッグ島内の某教会にて行った。


・検体名アナスタシア・レーヴェ(7)


 健康状態は良好。多少脈拍に大きな乱れが出ていた。


 検体は前回の実験同様椅子に縛り上げ、助手のリリス・クレメンスが首元に「M-Ave」を投与。投与直後三分間は以上に身体を痙攣させる、呼吸、脈拍の乱れが見られたものの、それ以降から徐々に身体中の体液、栄養分が抜き取られるように木乃伊化した。おそらく薬品投与による急激な栄養失調である。遺体は教会の信者が遺棄した後、研究員を検体の回収に向かわせた。



 四月 十七日


・検体名オデット・クーベルタン(6)


 健康状態は良好。他検体同様多少脈拍に大きな乱れが出ていた。


 昨晩までの実験を踏まえて改良した「M-Ave」を検体に投与。投与直後化呼吸異常を起こし、それから三分ほどたった後身体を痙攣させた。一通り身体を痙攣させ安定した容体を五分ほど保っていたが、身体の末端から急激な栄養失調の兆候が表れ、結果として昨晩までと同じく木乃伊化し失敗に終わった。


 遺体は教会の信者が遺棄した後、研究員を検体の回収に向かわせたがそこに在ったのはオデット・クーベルタンではなく昨晩遺棄されたはずのオディール・メロネスだったとの報告があり、そのまま遺棄させることにした。だが一体オデット・クーベルタンの遺体はどこへ遺棄されたというのだろうか。進歩のあった遺体をみすみす逃すのは惜しいことではあるが、まだ実験は続けられるのだから明日の実験に期待するに越したことはないだろう。



 五月 一六日


・教会の人間たちが遺棄した検体がイーエッグ島内を騒がせているようだが、黒山羊製薬は私の実験を中止するよう求めてきてはいない。


・検体名エルヴィエラ・クロムワール(8)


 健康状態は良好。脈拍に異常はなく、気丈なほどに安定した状態を見せていた。


 検体にリリス・クレメンスが「M-Ave」を投与。呼吸異常を起こすことはなかったが、身体の痙攣は自重できなかった模様で自身を縛り付ける椅子ごと検体は身体を振るわせた。その後は前実験と同じく、結果的に木乃伊化となった。一体どうすれば検体は私のマリアを受け入れてくれるのだろうか。



 六月 二七日


 イーエッグ島を領土とした国の政府も重い腰を上げたらしく、イーエッグへの視察が決まったと連絡が入った。それにより黒山羊製薬から明日からの実験を一時中止するよう求める通知が届き、これを受理した。本当ならば実験を中止したくはないのだが、連日による実験により研究成果をまとめきれずにいたため良い頃合いだと判断した。


・検体名アヴィオール・S・グーラスウィード(16)


 リリス・クレメンスが検体に「M-Ave」を投与。連日の検体反応とは違い、急激な栄養失調状態となることはなかった。椅子に縛り付けていたのだが、その拘束を自ら解き、自身の皮膚をその強靭な力でかきむしり始めた。もしや、奇跡が起きたのではないか。最後の最後に、私のマリアは微笑んでくれたというのか。


 実験の進展を察知したリリス・クレメンスは他の研究員に指示をし、幻覚作用の強い薬品を教会内に噴霧させ、成功検体の奪還を行った。その後、証拠隠滅のため実験場所となっていた教会の一部を破壊、および神父と信者を含めた二十四名を巻き添えに教会を炎上させたと連絡が入った。


*「M-Ave」投与実験・成功検体名「アヴィオール・S・グーラスウィード」


 以後アヴィオール、および成功検体と呼称する。


 来歴として教会の者たちが遺棄した検体を基盤としたイーエッグ木乃伊化殺人事件と呼称された事件を解決すべく、島の外から訪れた探偵。現在は教会から遠く離れた場所にある研究所にて身体を安置させた。けれど眠るアヴィオールが欲するエネルギー量はすさまじく、成人男性の五十倍ほどを供給しなくては生命維持が出来ないという状態になっていた。これはおそらく彼女に投与した「M-Ave」の副作用―――木乃伊化の減少を緩和した状態だと思われる。


 そのアヴィオールを使用して万人に適合する「M-Ave」を製作。同時にアヴィオールの受精卵に私の精子を組み込んだ人工人間、ホムンルスの作成も開始した。その後接種の簡易化及び保存期間延長のため液体から錠剤型の栄養剤となった「M-Ave」を改めてイーエッグに住まう健康な少女検体に投与。結果、栄養失調状態に陥ることなく生存し、遺伝子配列も微量ではあったがマリアの物と見受けられるものに再配列されていた。これにより、マリアの母体を製作することが可能と判断。発育途上の間に「M-Ave」を大量摂取させ、マリア化を促進。そのご成長した彼女たちを母体とする。多少時間はかかるだろうが、堅実な方法は現時点でこの程度しかない。勿論、「M-Ave」の投与が成功していれば、その成功検体に続けてマリアの遺伝子を組み込ませただろうが、成功例がアヴィオールしか居ないためそうすることはあまり得策ではないといえる。


 そう判断した私はまずマリアの礎となりえる母体の総数を増やし、マリア生誕の可能性を大きく進めるべく、栄養剤「M-Ave」の長期生産、販売を黒山羊製薬に打診。販売場所は黒山羊製薬の権力下であるイーエッグ島内部にとどめることを特筆した。その後、一般的な非臨床実験や臨床実験などの偽造を行い、製造販売の承認を得たのち、製造ラインの増設が行われ、一般販売に至れたのは、成功検体「アヴィオール」が出来てから六年が経った頃である。その一年後から順調に、イーエッグ内で生まれた赤子の中でマリアの因子を強く持つ検体が現れ始めた。


 特にその因子が色濃く表れたのは、検体名ノーラ・クーベルタンが産み落とした女児である。黒山羊製薬の権力等を使い、彼女の名がマリアになるよう仕向けた。検体名マリア・クーベルタンが私のマリアに成るための下準備として、「M-Ave」研究実験での結果等を踏まえ黒山羊製薬の特殊な薬品と私のマリアの遺伝子を再配合させた薬品「M2-Ave」の研究開発を開始した。



 二〇七九年 四月 九日


・一五年越しに黒山羊製薬から検体実験の許可が下りた。今晩より「M2-Ave」投与実験を開始。前回の実験場所であり、今回も使用することとなったイーエッグ中央教会へ下準備を行いに行った際、「アヴィオール」と名乗る一人の少年を目にした。成功検体と同じ名に加え、似た姿を持つ人物と出会うのは初めてである。同時にその付き添いとみられるジークフリート・クーベルタンの姿も目視できた。おそらく彼の娘であったオデット・クーベルタンの墓参りであろう。


・「M -Ave」実験の助手、および教会との交渉役となっていたリリス・クレメンスの後見として彼女の従妹であるローラ・クレメンスを採用。彼女もまた前任のリリス同様ピンクのワンピースを纏い、教会の者との交渉を行ってもらった。「M -Ave」の初期実験同様、「M2-Ave」の初期実験もまた注射での投与実験となった。検体は、黒山羊製薬が手配した少女の検体を使用した。この検体は「M -Ave」を日に十三錠摂取しており、遺伝子の再配列も進んでいると問診票に表記されていた。


・「M2-Ave」投与実験をイーエッグ島内の某央教会にて午前二時開始。


 検体名レミリア・エクスピアリス(11)


 十五年前の実験と同じく、教会の意向により魔法陣の中に椅子を設置し、そこへ検体を縛り付け、リリスを名乗るローラ・クレメンスが「M2-Ave」を投与。結果は「M -Ave」の失敗例同様、急激な栄養失調状態となり木乃伊化した。「M-Ave」を摂取し幾分かはマリアの遺伝子配列を得ていても、やはりあまり似通っていない人間同士の遺伝子を再配列させると急激な栄養失調を起こすようだ。できることならば検体の遺伝子配列具合を要検証した後に検体として使用したい考えだ。前回の実験同様、今回も教会の神父より遺体の遺棄を打診され、今回もまたこれを受理した。次回より遺体の処分方法を彼らに委ねるものとする。



 四月 一七日


・ジークフリート・クーベルタンが連れる「アヴィオール」に関しての情報が更新された。先日、少年だと記した「アヴィオール」は女性であり、実際の名は「M -Ave」の検体で使用したオデット・クーベルタンであることが判明した。木乃伊化し、遺棄された遺体をイーエッグに訪れていた暴食探偵、のちの成功検体となる「アヴィオール・S・グーラスウィード」に発見され病院へ搬送。左目を失うことにはなったが、命は取り留めた模様。特筆としてオデット・クーベルタンがかなり過食を帯びている旨をここに記す。アヴィオール両者の背後には世界的大富豪とされる「S氏」の存在が認められており、オデット・クーベルタンが実父ジークフリート・クーベルタンのもとへ戻るまで「S氏」のもとで生活していたとみられる。この研究が、すくなからず政府とのパイプを持つ「S氏」に認識されている可能性が非常に高い。今まで以上に、政府の動向に目を配らせておくべきと判断する。


・検体名リーゼロッテ・ブラウン(24)妊娠している現在も、栄養剤「M-Ave」を服用。遺伝子配列は進行中だが大人であるせいかその割合は一割にも至っていなかった。連日通り、助手であるローラ・クレメンスが検体に「M2-Ave」を投与した。結果は失敗。連日の結果同様、急激な栄養失調状態となり母体の死亡が確認された。同時に胎児の死亡も確認した。



 五月 一〇日


・久しぶりに朝の新聞にて昨晩遺棄された検体の記事を読んだ。どうやら教会の者は母体に入ったままの赤子を取り出し、それを遺棄したらしい。警察これを再び世間を賑わせているイーエッグ事件とは別件と判断し、赤子の死体遺棄事件として捜査する方針のようだ。


・検体名ゼノビア・ルーヴィエイツ(15)


 一日におよそ十五錠「M-Ave」を服用しており、遺伝子の二割五分がマリアのものへと再編列されていた。ローラ・クレメンスが検体に「M2-Ave」を投与したが、連日同様今晩の実験も失敗に終わった。薬品の成分再配合や、胎児を使用など検体のバリエーションも増やしているものの「成功例」には程遠い状態が続き、実験は難航している。


・「M2-Ave」実験の難航具合に反し、六月二七日に記した観察対象「アヴィオール」と私との間に作ったホムンクルスの制作は上々であった。現時点で三十体以上の製造が成功。フラスコ外での生命活動も順調であり、現在は生後半年の人間のような状態である。ただ脳化指数が通常の赤子よりも非常に低いため、脳、および身体的にも大きな欠陥があることが予測される。難点とすればホムンクルス達の必要とするカロリーが成人男性の一日摂取するべきものよりも多いことだろうか。これはおそらく受精卵を生み出している母体のアヴィオールが持ってしまった「M-Ave」投与による副作用の形質を継いだものと思われる。となれば、「M -Ave」実験での生存検体であるあのオデット・クーベルタンが帯びる過食も「M-Ave」の副作用なのだろう。



 五月 一六日


・オデット・クーベルタンと、実父ジークフリート・クーベルタンが都市へと一時移動した。理由はおそらく彼等が住まうコロニーでの実験が過激になり、逃げだしたものと判断する。


・検体名イザベル・オクトバーニ(32)


 今回の実験において、検体は島外からの旅行でやって来た者を使用する。調べで今回の検体はジークフリート・クーベルタンが都市で働いていた時の直属の上司であり、その胎盤には彼との子が孕まれているということが確認されたため、実験に踏み切ることとなった。


 連日通り、助手であるローラ・クレメンスが検体に「M2-Ave」を投与した。事前に栄養剤である「M-Ave」を摂取しておらず、マリアの遺伝子配列を持ち得ていない彼女は、近日見受けられていた急激な栄養失調を更に加速させた形で死亡した。母体の心肺停止と共に胎児の死亡もまた確認された。実験は失敗に終わった。


 五月 一七日


・本日から検体の母体が「M -Ave」を摂取し、マリアの遺伝子を再配列させた後に生まれた検体を使用する。


・検体名ローザ・B・ネビル(7)


 検体は「M-Ave」の服用はしていないが、マリアの遺伝子を四割ほど検体から確認することが出来た。


 ローラ・クレメンスが検体に「M2-Ave」を投与。五月一五日以前までの検体よりも非常にゆっくりとした速度で栄養失調状態に至ったものの結局は木乃伊化し、実験結果としては失敗に終わった。要因として、やはり検体自身の遺伝子が多すぎたためではないかと判断する。投与前の検体選抜時には遺伝子がどれほどの割合でマリアの遺伝子となっているかは一応調べているのだが、改めて細かく調査するべきだろう。備考として、研究所にて要観察中の成功例「アヴィオール」の脳派にわずかな乱れが見られたとの報告が離れの研究所より寄せられた。



 五月 一八日


・検体名エラメル・キュニシア(5)


 マリアの遺伝子は昨晩の検体と同じく四割ほど確認することが出来た。


 ローラ・クレメンスが検体に「M2-Ave」を投与。前日の実験結果とは異なり、投与最中にもかかわらず極度の拒絶反応が発症。投与量が約半分の状態で検体の様子を観察した。実験結果として、今回の実験も失敗。彼女の身体に「M2-Ave」は不適合だったらしく、木乃伊化も歪な状態となった。検体の遺棄は多少躊躇われたが実験を知らない教会信者たちに半ば無理やり遺棄される運びとなったため、後程回収するよう研究員に手配した。


・イーエッグ島の土地を半分保有する地主の娘、ベアトリスク(成功例「アヴィオール」や「アヴィオール」を名乗るオデット・クーベルタン同様「S氏」の支援を受けていたとみられる)が本格的に今回の事件に興味を持った模様。おそらく昨晩失敗した検体「ローザ・B・ネビル」及び、今夜の検体であった「エラメル・キュニシア」が瀕死の状態で病院へと搬送され「S氏」の援助のもと生存してとの情報も遅れて届けられたことから、ベアトリスクによる采配が濃厚とみられる。検体「エラメル・キュニシア」はサンプルとして入手したかったため、病院から連れ出せられるか黒山羊製薬に申請を出してみたが、受理されることはなかった。




 五月 二四日(水)


・失敗検体の病院搬送が五月十八日の実験から連続して続いていた。教会の物が奪還されないように手筈を打つかと思ったのだが、彼らは検体を特定の場所へ遺棄しただけで満足するらしかった。これではサンプルの検体が入手できず、研究が難航する。その旨を助手であるローラ・クレメンスに零したところ「何かしらの手を打つので待ってくれないか」と言われた。一体彼女は何をする気なのだろうか。



 六月 一五日


・ジークフリート・クーベルタンとオデット・クーベルタンがイーエッグ島へと帰郷したとの報告が入った。船の入る港町にてクレーンが大破するという大事故があり、ジークフリート・クーベルタンやオデット・クーベルタンが病院に搬送されたとの情報が入った。だが両者ともにその日のうちに退院し家に帰宅していた。


・検体名メロニアス・ハンバート(5)


 選ばれた検体の中でもマリア・クーベルタンに次ぐマリアの遺伝子を保有する検体で、マリアの遺伝子を七割も確認することが出来た。


 ローラ・クレメンスが検体に「M2-Ave」を投与。投与後も安定した容体を見せたが五分が経過した頃、身体を痙攣させ意識が朦朧とし始めていた。検体の遺伝子を急激にマリアの物へと再配列されているせいか、身体と意識が保てなくなり始めたものと推測。三分ほど痙攣状態を続けた後、検体の身体が二十分ほどの時間をかけて徐々に木乃伊化した。結果として失敗に終わり、教会の人間が遺棄した検体は連日通りベアトリスクの采配で病院に送られサンプルを入手することは叶わなかった。


 遺伝子の再配列を行っている、ないしは促す痙攣を起こしたのち、身体が徐々に木乃伊化したことについて「やはり身体という器が出来ている状態で多くの遺伝子再配列を行うことは得策でない」と私は判断する。人間の遺伝子に猫や犬などの他の動物の遺伝子を組み込むのならば、発育途上の検体が望ましかったのだろうが人間の遺伝子を他人の遺伝子に再配列をする場合、その期間として最も望ましいのは精子、受精卵の頃から胎児までの間とみられた。だが発育途上ではなくなった母体に「M2-Ave」を投与したところでマリアの遺伝子をほぼ持たぬ状態では、妊娠していた検体、「リーゼロッテ・ブラウン」のように母体が耐えきれなくなってしまうだろう。


 発育途上の少女に錠剤の「M-Ave」を服用させ徐々に遺伝子をマリアの物へと再配列させる。そして再配列された少女たちを母体として次なる検体を作成する方法を構想していたのだが、これほどまでに実験が難航するとなると別の案も考え出さねばなるまい。嗚呼、それならばいっそのこと私とアヴィオールの間に出来たホムンクルス達の制作過程時にマリアの遺伝子を組み込んでみてはどうだろうか。今このイーエッグ中央教会にはホムンクルス達を製造する機械や受精卵を持つアヴィオールはいないため、今すぐその実験に取り掛かることは不可能だが、もし、今の実験がひと段落したらアヴィオールの受精卵にマリアの遺伝子を組み込んでみることにしよう。もしかしたら、良い結果が得られるかもしれない。


・ローラ・クレメンスから明日昼ごろに教会にマリアに近しい遺伝子を持った小児とその保護者が集められる旨を伝えられた。どうやら先日彼女が私に言ってくれた言葉に虚偽はなかったようだ。



 六月 二九日


・昨日の報告の通り、教会に検体たちが集まってきた。その中にはあのマリア・クーベルタンとその母体も含まれていた。集まった検体たちを捕縛し、教会内部の地下施設へ移動。準備が整い次第、研究員のみでの「M2-Ave」投与実験が行われた。前日までの実験とは違い各検体を細かくモニタリングし、全てを計測することが可能となった。無論、教会のものに遺棄される失敗作もすぐに調査することが可能となり、「M2-Ave」の飛躍的な進化が期待できそうだ。


・加えてその「M2-Ave」の研究対象に私とアヴィオールの間に出来たホムンクルスを検体とし使用したところ、特殊な過程を見ることが出来た。検体の首に「M2-Ave」を投与した直後、生後半年の赤子を思わせるホムンクルスが立ち上がり、あたりをゆっくりと徘徊し始めた。知能も僅かばかりに発達したのか、私を認識した検体は私の服の裾を掴み「ギィギィ」と人ならざる声で鳴いた。しかも、結果としてそのホムンクルスの身体は木乃伊になることはなかった。イーエッグに住まう検体同様木乃伊化になると予測していたため、この結果に私は驚きを隠せなかった。しかしこのホムンクルスたちには人間の確固たる遺伝子と言うモノが存在していないためではないかと判断した。少なくともこのホムンクルス達は、人間のまがい物でしかないのだ。「M2-Ave」製作の結果としては失敗ではあるが、他のホムンクルスにも「M2-Ave」を投与し研究してみる価値はありそうだ。同じく知能指数や遺伝子変化もモニタリングしていきたい。


・午前零時半頃、教会に侵入者あり。深夜でも教会の出入りは自由だが、彼の明らかにおかしい動向を不思議に思った研究員が声をかけた際、顔を殴られ捕縛するに至った。侵入者の名前はランス・クーベルタン。地下研究施設で現在観察対象となっている検体マリア・クーベルタンの父親であった。


 自白剤を投与し質問したところ研究内容に関して彼は何も知らないようであったが、此処にマリア・クーベルタンと彼の妻が掴まっているということは知っていた。情報漏洩の可能性を考えたが、情報はジークフリート・クーベルタンと行動を共にするアヴィオールから聞いたと答えられた。


 アヴィオールことオデット・クーベルタンがジークフリート・クーベルタンと共に都心部へ戻った際「S氏」に接触し、そこから位置情報を得たものと思われる。


 それに加え可能性として、アヴィオールことオデット・クーベルタンとジークフリート・クーベルタンもまたここへ来ることがランス・クーベルタンより告げられた。これが本当ならば非常に良い機会だと判断し、二人が来た時に備え教会の物に手筈を整えさせるようローラ・クレメンスに指示を出した。私は、観察対象として地下研究施設から二人の動向をモニタリングすることにする。


 同時に「S氏」等との繋がりのあるオデット及びベアトリスクの今後の行動を予測するに、病院関係者や警察官の立ち入りの可能性が浮上。そのため先日より行っていた研究機材やホムンクルスの撤収や隠蔽作業を更に急がせた。


・午前二時ランス・クーベルタンの証言の通りオデットとジークフリート・クーベルタンが教会の敷地内に侵入したとの報告が入った。これより監視作業に移行するため記録を一時中断する。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ