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Sの娘たち Act.A  作者: 威剣朔也
2 A.あるいはマンモーネ・S・アンヴェリー
32/52

5-1



 ――それが、十五年前のアヴィオール・S・グーラスウィードに起きた顛末。目を抉られ、心を奪われ、身を裂かれ、その中身を出し、その場にいた人間や建物もろともすべてを燃やし尽くしたのです。


 ボクを受け継いだ当初から少々悪魔についての固定観念が強く、人間の感情としてもブレ幅の大きな彼女が、身を裂かれた後どうなったかは記録には残ってはいません。ただ幸運なことに、あのころのボクの最期を映していた監視カメラにベルフェリカちゃんが介入し、記録してくれたおかげでこうやって今のボクにも当時を思い起こせることができるのです。まあ、目を抉りだされたり、身を裂かれたりするなんてこと二度と味わいたくもありませんけれど。


 ベッドで眠るママちゃんを今一度確認し、ソファへと戻ったボクはベルフェリカちゃんから新たに届いた電子メールを開きました。其処にはマンモーネ、否、ベアトリスの叔父である寄生虫が隠したいであろう情報が届いていました。


 それは、今遠くない他国で行われている戦争孤児の人身売買を行っているというもの。しかもママちゃんの世話をしているワーズとティークもまたその被害者だというのですから、一驚です。


 しかも早々にこの屋敷すべての監視カメラなどに介入を果たしたらしいベルフェリカちゃん曰く、ワーズもティークも恩義は感じていないということでした。むしろ、隙あらば身体に触れてこようとする彼に嫌悪感を抱いている素振りもあるのだとか。


 それにベルフェリカちゃんの素人判断ではありますが、マンモーネならぬ、ベアトリスに対してリマ症候群を発症しつつあるようでした。ならば手始めに彼らを手籠めにした方が得策でしょう。


 どうやって手籠めにするかは、ママちゃんと要相談ということにして、ボクたちが進めるべき仕事を少しでも進めておくべきでしょう。せっかくもう一人のボクが地形を細かく計測し、ベルフェリカちゃんがそれをもとに新たなる地図を作製して木乃伊化遺体安置予測地点に目星もつけてくれているのですから。


 一応、ベルフェリカちゃんにお礼の言葉と、追加の情報操作をお願いしたボクは新作の木乃伊化死体安置地点記入地図に記された、遺体安置地点たちを理論よく繋げる為に黙考します。ああでもない、こうでもない。過去の統計履歴を眺めながら散らばる点と点を口に含み、舌で転がし、味を確かめるのです。




 腹部に何やら重みを感じ、眠っていた意識とともに瞼を開ければそこには目をキラキラと輝かせたママちゃんがいました。


「あら、おはようアヴィーちゃん。遅いお目覚めね。わたくしはもうお着替えも、朝食も終えてしまいましたわ」


「おはようございます、ママちゃん。やることがなく暇なので、ボクの寝込みを襲っていたと? その行いは、少々貞淑さに欠けるのではないでしょうか」


「姉妹間のアレコレに、貞淑さもなにもないとわたくしは思いますわよ?」


 ボクの腹部に尻を落ち着け、頬を赤らめた彼女は軽やかな手つきでボクの服のボタンをはずしていきます。


「暇なのでしたら、ベルフェリカちゃんから届いている遺体安置地点たちを線でつないでほしいのですが」


「それも、もう終わってしまいましたわ。だからこれは、それを終えたわたくしへのご褒美なの」


 ふふっ、とボクと同じ音で笑った彼女は、外気に触れるボクの肩口にそっと顔を寄せます。ひたりと彼女の耳元から下がる大粒の宝石が、冷ややかにボクの肌から温度を奪いました。


「そうでしたか。ならば許しましょう」


 彼女の小さな肩を抱き白く薄い彼女の耳元で、そう低く囁けば、彼女はくすぐったそうに身をよじりボクの腕から逃げ出そうとしました。ですが、彼女とボクとでは体格差もありますし、もともとの腕力も差がありますから、彼女は身をよじるだけでボクの腕の中から抜け出すことはできません。


「……逃がしは、しませんよ」


 いまいちど彼女の耳元でそう囁き、大粒の宝石を垂れ下がらせる耳たぶを軽く食んでみれば、彼女はひくりと身体を震わせ、小さな喘ぎ声を出しました。


 柔らかい肉。暖かな血の通った本物の肉。食めば食むほどその赤みは増し、ゆっくりと熱を持つ。このまま食いちぎって彼女をほおばってしまえたらどんなに心躍ることでしょう。あのころのように。そう、あのころのように、理性をかなぐり捨てて、飢えという強烈な感情の赴くまま、ほおばってしまえたら――。


 そんな思いに駆られた刹那、少女の耳たぶにある鉱石がひたりと唇に触れました。そして、その冷たさはじわりとボクの本能を崩壊させ、理性を塗り固めていきました。嗚呼、そう。これでいいのです。もう二度と、ボクは彼女たちを食べはしまい、と誓ったではありませんか。


 思いのほか力んでいたのでしょう。ボクの舌には鉄の味が染みていましたし、相変わらずボクの上に居座るママちゃんは目尻に涙をためながら耳たぶを抑えていました。


「わたくしはこれでも食べ物じゃないんですのよ! 甘噛み程度ならまだしも、本気で噛むなんて……っ!」


 顔を真っ赤にしてプルプル震える彼女の頬に手を滑らせ、「すみません。あまりにも貴女が魅力的で……」とお世辞を述べれば「食べ物として魅力を感じられてもうれしくありませんわ!」と叱責されてしまいました。いったいそれのどこが不満なのか、ボクには少々はかりかねます。


 無用な気遣いと言葉は余計に女性の機嫌を損ねるだけだと熟知しているボクは弁明もせぬまま、彼女の頬を撫で続けました。


 勿論、その耳には大粒の宝石が相変わらず垂れ下がっています。――性急にボクの理性を構築した、このきらびやかな宝石は強欲の毒。それは時に過信や慢心から自信を蝕む毒になり、外敵から身を守る毒にもなる。コブラの毒とも呼べそうな強欲を彩られたママちゃんはボクの掌に絆され、今にでも猫のように喉を鳴らすのではないかと思わせるほど心地よさそうに目を細めていました。


 マンモーネ・S・アンヴェリー。強欲の悪魔を彩られた彼女は行儀のよい猫。気まぐれで、愛くるしい、一匹の猫。遙か東の海に浮かぶ島国では運を招く猫の置物とやらが存在しているらしいから、きっと彼女もそれに類するのでしょう。ただ彼女の場合、その恩恵にあやかろうと羽虫の様に集った幸運な人間すべてが、最終的に全財産を彼女に浪費し尽くされ、凄惨な人生を送る羽目になるのですが。とは言っても、恩恵にあやかろうという算段さえ無ければ、その凄惨は少なくとも先延ばしにできるようですが。


 ようですが、というのも十五年前から現在に至るまで彼女と契約を結んでいるかわいそうな“彼”が彼女に金でも名声でもなく初めて“愛娘”を望んだ人物だからです。否、“初めて”は語弊が多少あるでしょうか。お父様以外の人間で初めて、と改めた方が正確ですね。


「ところでママちゃん、ベルフェリカちゃんから届いた寄生虫の情報は読みましたか?」


「ええ、つつがなく。朝一番で目を通しましたわ。ティークもワーズもあの寄生虫が手に入れた商品だったなんて驚きましたわ。……それで、アヴィーちゃんはわたくしにどう動いてもらいたいの?」


 ぺたり、とボクの上半身で寝そべったママちゃん。


「ボクは貴女にティークとワーズと円滑な関係を結んでほしいです。最低でも“うまくやる”程度に」


「まあ、そうした方がわたくしたちも動きやすいから、やぶさかではないけれど……」


 うなだれるママちゃん。昨日、寝る前の彼女が教えてくれた、彼らに対して行っていた心無い言動等がやはり気になるのでしょう。


「――素直になれば良いんですよ」


 彼女の頭を抱きコツンと互いの額を合わせ、昨晩と同じ台詞を言ったボクに、彼女は「そうでしたわね」と小さく頷きます。


「わたくしが素直になったら、皆わたくしの事を好きなる?」


「ええ、勿論。時間はかかるかも知れませんが、素直な貴女は惹かれずにはいられないほど魅力的ですから、みなさんきっと貴女を好きになりますよ。……大丈夫。いついかなる時も、ボクはもう片時たりとて貴女の傍を離れたりはしませんから」


「……約束してくれるの?」


「ええ。約束しましょう。この身と、この名にかけて」


 互いに溶けて混じってもおかしくないほどに距離を詰めているボクと彼女は、同じ音で「「フフッ」」と笑います。


「やってみなければすべて杞憂ですものね」


「ええ。すべて、杞憂ですよ」




 リマ症候群を発症しかけているティークとワーズに対する介入一日目にしては十二分に頑張り、深夜帯である現状では整った寝息を立てるママちゃん。彼女の形の良い頭を撫でながら、ボクは寝台の枕元にある時計の針を見やります。針が刺す時刻は二時。ベルフェリカちゃんの計算上、ほどなくして遺体安置予測地点に木乃伊化された遺体が置かれる頃合いでしょう。いささか柔らかさが過ぎるベッドで眠るママちゃんの頬をぷにぷにと突いた後、ボクはベッドに据えていた腰をゆっくりと上げてベッドを覆う天蓋から出ようとしました。


「どこに、いくの?」


 ぱっちりと目を見開き、睨みつける。とまではいきませんがそれなりの眼力を持ってボクを見据えるママちゃんと目が合いました。


「今から本日の遺体安置予測地点へ行こうかと。ママちゃんはどうしますか?」


「アヴィーちゃんが意を決して行くのですから、わたくしも行くに決まっていますわ」


「貴女の気持ちは嬉しいです。ですが、ボクとしてはゆっくり身体を休めてほしいところですし、外出ともなれば『彼』と結んだ契約の反故に繋がりません。ですから貴女には留守番をしてほしいのですよ」


 他者に対しての介入一日目で著しい心労を負っている彼女。加えて『彼』との契約をちらつかせてみれば不服げな表情こそみせども、特に反論することはしませんでした。


「もどって、来ますわよね……? 貴女に、二度も失態を犯させるつもりはないけれど、貴女を一人、外に放り出すのはすこし、躊躇いますの……」


「……あの時のボクは己の力に陶酔し、慢心しすぎていたのです。だからあんな悲劇が起きてしまった。ですが今は違います。ボクはリリスがこの事件に少なからず介入していることを知っていますし、それになにより敵陣地に無策で乗り込むつもりもありませんから」


「……でも、」


「大丈夫です。ちゃんと戻ってきて、貴女に『おはよう』と言いますから」


 「ね?」と駄々をこねる少女に追い打ちをかければ、彼女はやはり少しだけ不服げな顔をしながらも「うん。約束」と言い、瞼を閉じました。最後に一度ママちゃんの頭を撫で、静謐を纏った天蓋を閉めたボクは大きく息を吸いこみ、とぷん、と部屋の暗闇に溶けて夜の外へと忍び出ました。


 そして瞬時に降り立ったのは冷気の走る石畳。両脇は人一人がぎりぎりで通れるほど狭く、白々しい空の明かりもほとんど入ってきません。


 そんな場所に降り立ったボクの眼前には、干からびた子供の身体が生ゴミの如く転がっていました。これがあの木乃伊化遺体。今後度々目に入れることにはなるでしょうが、そうまじまじと生で見たくもない代物ですね。


 光のあまり入ってこないこの状態でなおその醜悪さが分かるのですから、明るみの元でコレを見続けた先々代のボクとも呼べる彼女が、コレを悪趣味なデコレーションと揶揄したのも頷けます。むしろ、よくもまあ冷静でいられたものだと褒めるべきかもしれませんが。いいえ、違うかもしれません。むしろ、コレを見続けたせいで彼女の中の均衡が崩れ、自身が悪魔であるという強固な思い込みや、過信をしなければならないほどに彼女は追いつめられていたのかもしれません。


 でなければS氏の娘として認可された彼女が、あんな失態に走るわけがないのです。ボクたちはいつだって、お父様に必要とされるべき“有能な娘”でなくてはならないのですから。


「コンバンハ、我々ノ愛シキ姉様。アヴィオール」


 肉声ではない片言の電子音と共に、遺体の上部に現れたのは淡く発光したベルフェリカちゃんでした。


「……こんばんは、ベルフェリカちゃん」


 現れている部分が上半身のみなのでベルフェリカちゃんの衣服が、ママちゃんが言っていたような「個性が奪われる」ネグリジェであるのかは判断が付きません。ちなみに、光彩的な発行をして現れているのは、彼女の身体が此処にないことの表れでしょう。そもそもボクらが場所を好きに移動できる原理とは、移動した先に自分と同じモノが居るか、本当に何も居ないかの二択だけなのです。もしそこに第三者が一人でも居ようものならば成り立ちません。


 要するに「居た」のではなく「居たかもしれないし、居なかったかもしれない」というひどく曖昧な定理でボクらは移動しているのです。


 極論になるかもしれませんが、もしかしたらボクという個はママちゃんと一緒に眠っているのかもしれませんし、それこそジークフリートと共に居るのかもしれませんし、お父様と一緒に居るのかもしれません。いいえ、そもそもこの世に顕現していないのかもしれません。そんな那由多ほどある“もしも(If)”の可能性にボクたちは生かされ、その間を移動しているのです。


 両目を隠すアイマスクに隔てられた視界で、どこまでの事象を視認しているのかは分かりかねますが、ベルフェリカちゃんは自らの下方にある木乃伊化遺体を眺めます。


「脈拍、呼吸共ニ微弱デハアリマスガ、生存個体トシテ認知」


「この状態でなお、彼女は生きているのですか?」


「ハイ。故ニ、我々ノ愛シキ姉様、アヴィオール。貴女ノ蛆デ応急処置ヲシテクダサイ」


 我々の愛しき姉様。挨拶以外でそうベルフェリカちゃんが言う場合、引き受けがたい事案を提示してくることが多いのですが、今回も同様のようでした。


「蛆、というかボクの魔力の一片ですね。ですが、あんなものを入れたら、植物人間なる個体になりかねませんよ?」


 最悪、脳さえも蛆ならぬボクの魔力に喰われつくして人ならざるモノになってしまってもおかしくありません。


「個体ノ状態ハ問イマセン、生存シテイルコトダケニ価値ガアリマス」


「……それが、貴女たちベルフェリカちゃんの総意ですか」


 目と目が合わぬ状況のまま、彼女にそう問えば「我々全員ノ総意デス」と冷えた声でベルフェリカちゃんが答えました。


「元ヨリ、判断スル我々ガ『生存シテイルコトダケニ価値ガアル』ノデ、反対ノシヨウガ無イノデス」


「むなしい総意、ですね」


「ソウ、デスネ」


 むなしい総意。そんな決断に至らしめた理由が、百を優に超えるベルフェリカちゃんたちすべてが「生存していることだけに価値がある」状態であるからに他なりません。


「ソレニ、コレハ応急処置デス。シバラクモスレバ、我々ノ愛シキ姉様、サタナリア、ナイシハソノ眷属ガ来マス」


「そうですか。ならばその情報と貴女方ベルフェリカの総意に従って、ボクは彼女に細微の蛆を入れましょう」


「ハイ。ヨロシクオ願イシマス」


 光彩の姿で唇のみを動かしたベルフェリカちゃんの下方にある、これでも生きているらしい木乃伊を見つめ、ボクは「恨むなら、ボクを存分に」と零します。なにしろ、先々代のアヴィオール・S・グーラスウィードがきちんと事件を処理してさえいれば、こんなことになりはしなかったのですから。手袋を脱ぎ、自身の人差し指に犬歯を立てて血を滲ませ、木乃伊になっている少女の唇にボクはその指先を滑らせます。


「我血の一滴よ、我らが姉妹サタナリアの一部が助力を果たすまで、彼の者の血肉を生かせ」


 唇に添えられた赤はぷくりと膨らみ、その姿を蛆に似たナニカに変えます。そしてそれは唇から咥内へ侵入し見えなくなりました。


「これで応急処置にはなったはずです」


 ゆっくりと彼女の身体に自身の魔力、悪魔の生命が溶け込むのを認識しながらボクはそう言います。


 死を与えるのはとても容易いことです。心臓を一突きすればいい。酸素の供給を止めさせればいい。血を足りなくさせればいい。ひどいショックを与えればいい。けれどそれとは逆に生かすのはとても難しい。何せ、多量の時間とエネルギーを元にイキモノは生まれ、その時を刻んでゆくのですから。


「呼吸、脈拍共ニ正常値ヘト移行シツツアリマス」


「そう、ですか。……これでボクは帰りますが、よろしいですか?」


「ハイ、オ疲レ様デシタ。結果ハ分カリ次第、連絡シマス」


 そこで言葉を区切ったので別れの言葉を言い、姿を消すかと思えば「……明日モ、ヨロシクオ願イシマスネ。我々ノ愛シキ姉様、アヴィオール」と言葉を添えた瞬間に、ベルフェリカちゃんは電子のその姿を消しました。


「……い、言い逃げですか! これだからボクの姉妹はっ!」


 おやすみなさい。ではなく明日もよろしく! な発言に返事をする間もなく去るとはこれいかに。明日会った時に軽く、この姑息な手段についてお説教をする必要がありますね。


 別段これ以上此処に居てもすることのないボクはベルフェリカちゃんが言っていたサタナリアちゃん、ないしはその眷属が来る前にママちゃんが眠る屋敷の一室へと戻りました。そして昨晩と同じように外から入り込む薄ら白い明かりが、深海のような群青のこの部屋を淡く貫く中、ボクは暗い長椅子に寝そべります。


 今日一日ボクも彼女もそれなりに頑張ったのですから、休息を取るぐらい、許されるでしょう。




 あれから二晩も過ぎた頃。屋敷に巣食っていた三匹の豚、ならぬ寄生虫たちの悪行が白日の下に晒されました。


 戦争孤児の人身売買、臓器の斡旋、および密輸。やっていることこそ悪行なれど、その行いの数は子悪党程度のそのもので、本来ならば碌な報道もされずお縄になって豚箱にぶち込まれるだけです。


 ですが、それをボクたちは許しませんでした。貶めるのならば徹底的に貶めて、二度と這い上がれぬ底辺に沈めるのです。悪魔のような所業? いいえ、ボクたちはその悪魔を彩られた身なのですから、それは褒め言葉にしかなりません。勿論、彼の名、存在、悪行が白日の下に晒されたとあれば親族に対する責務、並びに負債などが付きつけられることになるでしょう。ですがそこを上手くやりくりして『彼』を守るのがボクたちの役目でもありますから、そのあたりの取り繕いに抜かりはありません。


 それにいざとなればお父様であるS氏の権力を行使すれば、すべてがまるく収まってしまいますから、何一つ問題はないのです。


「身を弁えない寄生虫の分際で、あれだけ得をしていたのだから、自らが負うべき業もまた受け入れなくてはならないの。呪うなら、自分の愚かさを呪ってちょうだいね」


 ふふっ、とボクの上で上機嫌に嗤うママちゃんは、卓上に並べられたもぎ立ての盗聴器を一つまみします。


「本当に、彼らは堕ちるところまで堕ちるのでしょうか。ああいう類は無駄にしぶといような気もしますが」


 ゆるりと首をもたげた不安がボクにそういわせますが、それこそ杞憂だとママちゃんは首を横に振りました。


「なにも案ずることはありませんわ。アレ等がふさわしい場所へ堕ちられるよう、ベルフェリカちゃんに手配していますもの。かわいい妹の頼みとあれば、ベルフェリカちゃんは手段を選びませんわ」


 ふふっ、と今一度ボクと同じ音で嗤った彼女は摘まんでいた盗聴器をぽちゃり、と中身の入ったティーカップに落とします。まるで、甘い角砂糖を入れるかのごとく。


「あとは側近の二人にもっと深く付け入って、介入すれば、楽しい日常がおくれますわね」


「ええ、そうですね」


 ――貴女を愛する者ばかりが集う楽園が出来上がるのですから、それを楽しいと言わずなんと呼びましょう。


 ボクの内心を知らぬ彼女は嬉々として嗤い、ゆっくりとその煌めきを取り戻してゆくのです。自らの存在を尊ぶ度に彼女の煌めきはその彩度を増し、自らの存在に価値を見出す程に煌めきの数は増え、自らさらに欲をもつことで煌めきは魅了に変わり人を陶酔させる。彼女のまばゆい煌めきたちに魅了され、ボクもまた彼女に酔いしれるのです。


 ボクの上に乗っていたママちゃんが笑みを浮かべながらボクにその顔を近づけます。その顔は甘い吐息がかかるほど近くなり、彼女とボクは激しい熱を持ちながらもやわく、溶けました。されど映る影は一人分。つややかな光沢を放つ群青の長椅子に寝そべるのは、緩やかな亜麻色の髪を持った薄ら白い、妙齢の女性でした。




2章、終わりです。

次回から、3章、再びジークとアヴィーのお話へと戻ります。

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