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Sの娘たち Act.A  作者: 威剣朔也
2 A.あるいはマンモーネ・S・アンヴェリー
26/52

3-1



 楽しみ。とは思ったものの更に一考するうちに、ボクたちが監視カメラを回収したことを相手方に知られると「何故カメラがないにもかかわらず映っているのだ?」という疑問を抱かせてしまいかねないという事実に気付き、ベルフェリカちゃんにダミー映像を流してもらうだけに留めることにしました。


 おそらく監視カメラや盗聴器を設置したのはこの部屋に頻繁に出入りが可能な、ママちゃんの身の回りをする青年達でしょうからもしそれら、の機器が無くなった場合、即座に相手方に伝えられることでしょう。ボクたちが直に頼れる人間がいない以上、何事も自衛するに越したことはありません。


「せっかく楽しくなってきたと思いましたのに。残念ですわ」と口をすぼめて残念がるママちゃんの肩を抱きながら「これからもっと楽しくなるでしょうから、そう気を落とさないでください」とボクは励まします。


 そんな仲睦まじいボク達二人の世界を割いたのは「「お嬢様、夕食のお時間です」」という二つの声。その主たちは、彼女の主であり、この屋敷の当主でもある『彼』に彼女の世話役を仰せつかっているらしい二人の青年でした。


「アヴィーちゃん。あの白い方がティーク、黒い方がワーズですわ」


 白い方。即ち金色の髪に、白い肌の青年がティーク。そして黒い方、黒い髪に褐色の肌を持つ青年がワーズということでしょう。


「把握しました」


 小声で二人の名を教えてくれた彼女は即座に電子端末をドレッサーの一番下の引き出しに入れ、隠します。そして、何事もなかったかのように彼等の方に向き直りました。


「それが今日のイブニングドレスなの?」


 白い方。ティークの腕に抱えられた群青色のドレスを投げやりに見つめれば彼は「はい」と短く答えます。


「そう。それじゃあよろしくお願いするわ」


 両の手を緩く左右に広げるママちゃん。その前に立ったワーズは彼女が纏う群青色のワンピースに触れ、そのリボンを解き、彼女を脱がしにかかります。


 一体何を。一瞬そう思いましたが、ボクは思い出すのです。“此処ではそれが当たり前なのだ”と。


 しゅるり、と軽い衣擦れの音を立て、ボクとおそろいの白い手袋で手際よく、丁寧に彼女を剥いてゆくワーズ。そんな彼の頬が薄ら赤みを帯びているのを目ざとく見つけたボクは笑みを堪え、飲み下します。


 おそらく頬の赤身はいつものことなのでしょう。まあ、彼の心中を推し量る術を持たないボクには知る由もないことのですが。滑稽とも言えるその様子に自身の口角が上がりきってしまわないよう気を付けていれば、ワンピースは愚か下着の類も取り払われ、傷一つないママちゃんの裸体があらわになりました。


 発展途上の少女体型故に胸も慎ましやかで、体毛も薄い。それに日の当たらない監禁生活を強いられているため肌も白いまま。ただ裸体になってもやはりというべきか彼女の白い耳や首元にはしっかりと豪奢な宝石が着けられていました。


 素肌を惜しげもなく晒す彼女に、ワーズは勿忘草色の生地に白の刺繍を施したショーツやストラップレスの慎ましやかなブラジャー等の肌着を着せていきます。一つ一つ丁寧に、彼女の柔肌に傷をつけないように優しく。壊れ物を扱うかの如く彼女に下着を着せる彼の頬からはいつの間にか赤みは消えていました。


 やはり男という生物は脱がせるということに興奮するのでしょうか。ボク個人としては脱がすことよりも、少女の裸体に下着というベールをラッピングさせてゆく行いの方が、そそられるのですけれども。それはきっと、個人差なのでしょう。


 他愛のないことを考えてワーズの手によって丁寧に、されど手際よく進められる着替えを眺めていれば数分もしない内に、彼女はティークの抱えていた群青色のイブニングドレスに身を包んでいました。そして豪奢な装飾品をふんだんに侍らせます。その装飾たちは、目にも見えず舌でも触れることのできない名声をこよなく愛し、誇りとする小さな少女に相応しい代物で、ボクは自ずと頷いてしまいます。


 そうやって、夕食の為の身支度を十分に整えた彼女と従者二人に続きボクもまた部屋を出て、屋敷の廊下を歩きます。十五年ぶりに歩く色味の薄い廊下は彼女の部屋程豪奢ではなく、築年数も相まってかむしろ古びた洋館をも思わせました。ですが手入れはマメにされているようで、流し見程度ですが埃もあまり見受けられません。そんな廊下を歩けばすぐにボク等は目的地である食堂の扉の前へ辿り着きます。


「……叔父様は?」


 叔父様。とは誰なのでしょうか。そんなボクの疑問を晴らすことなく、彼女の傍に立つティークが「おられます」と答えました。


「そう……」


 嗚呼、嫌だ。あの寄生虫が居るのね。そんなことを言いたげな表情を一瞬浮かべたものの、傍らのボクを見たママちゃんはにこりと笑います。眼を爛と輝かせた彼女は今生で先ほど見ましたが、笑みを浮かべた彼女を見るのは今が初めてでした。しかも彼女の笑顔を見るのが初めてなのはボクだけではなく、彼女に仕えるワーズとティークも同じだったようで、二人共が非常に驚いた顔をしています。


 いいえ、驚いたというよりも呆けた表情と表現した方が良いのでしょうか。ぱちぱちと瞬かれる瞼に、呆けた口。驚きを顔全体で表す二人を見ながら、彼女は今一度笑みを浮かべます。


「いきますわ」


 笑みと共に放たれた彼女のその言葉で正気を取り戻した、ワーズとティークは食堂の扉を開きます。そしてボクは彼女と共にその食堂へと足を踏み入れました。


 威風堂々、乗り込んだ食堂の中はボクが居た頃となんら変わりのない物が並んでいました。ただ、変わりがあるとすれば、食堂の椅子に座る顔ぶれでしょうか。


 先人として食堂に居た四人の内、ボクから向かって左の席に座る白髪の薄皮が目立つ老人を、ボクは真っ先に見やります。


 ええ、『彼』の事は十五年たった今でもボクもしっかり覚えています。容姿こそ老けていましたが、『彼』こそが、この屋敷の当主で、現マンモーネ・S・アンヴェリーと契約している『彼』なのです。


 ですが『彼』の前座る他の三人が誰であるのか、ボクにはさっぱり分かりません。


 『彼』の前に座る男は『彼』に似ていますが、意地の悪さが顔からすでに滲み出ていますから明らかに別人です。そしてその誰とも知れない男の隣には同系統の顔が二つ並んでいました。


「彼はお父様の弟でわたくしの叔父様。名前を言うのも汚らわしい、寄生虫ですわ。そしてさらにその右側に居るのがその息子と娘よ」


 『彼』の親族とは思えないぐらい下品でしょう? 「下品」と彼等を揶揄した彼女は『彼』の隣に腰を降ろしました。その表情はすこし強張っていますが、ボクが彼女の肩を叩けばゆるやかな笑みへと変わります。そうすると『彼』が目を見開き、震えました。


「如何されたの、お父様?」


 ふるり、ふるりと震える『彼』の皺が刻まれた手を優しく握りこみ、無垢な表情と柔らかな口調で彼女はそう尋ねました。


「今日は、ずいぶんと機嫌が良いのじゃな……」


「あら、やっぱりお父様にはわかるのね? わたくし、今とっても気分が良いんですの」


 嬉々とした発言に笑みを添え、彼女は『彼』の手を摩ります。そんな彼女を『彼』は嬉しそうに眺め、「そうか、そうか」とひたすら言葉を零します。一方彼女の向かいに座る寄生虫と二つの下品はギリギリと歯噛みをしていました。


 歪な顔、下品で醜悪。嫉妬心を隠すことさえ忘れてしまった、愚か者。彼等の表情をボクが眺めている間、彼女は『彼』に話しかけ続けます。運ばれてきた料理を咀嚼している時以外ずっと。そのおかげで『彼』に話しかけることのできない寄生虫たちは、さらに顔を歪ませていくのです。それがボクには面白くて仕方がありません。


 嗚呼、歪んだ顔がさらに醜く成る様の滑稽なこと。心がひしゃげれば身体も顔もひしゃげて醜く歪む。本当に、愚かで、浅ましい寄生虫。


 ですがそんなボクと彼女と『彼』にとって楽しい夕食の時間は、料理を食べ終えた寄生虫が放った舌打ちと、寄生虫及び二つの下品の足早な退出により終わりを迎えることとなりました。


「ねぇ、お父様。今日はわたくし、久しぶりにお父様をお部屋までお送りしたいのだけれど良いかしら?」


 おずおずと、一応の配慮を見せながら彼女は『彼』にそう懇願しますが、『彼』は「じゃが……島では今事件が起きているのじゃろう……」と難色の色を示します。


 『彼』が彼女を求める原因となったあの事件。『彼』が彼女をあの厳重な金庫に押し入れる理由でもあるあの事件。島中の少女たちが連れ去らわれ、翌日木乃伊となって捨てられる事件。その再来が今起きているのです。二度も娘を失うわけにいかない『彼』が彼女の懇願に難色を示すのも致し方ないでしょう。


 ですが彼女は言うのです。「大丈夫よ、お父様。お父様を送り届けたら、ワーズとティークと共に部屋へ戻りますもの。そう数分もかかりませんわ」と。


「じゃが……」


「お願い、お父様」


 渋る『彼』に顔を近づけ甘く強請る彼女。流石の『彼』も愛娘にそこまでされては折れないわけにはいかなかったようで「儂を送ったらすぐに部屋へ戻るのじゃぞ」と念を入れつつ受け入れました。


「ありがとう、お父様。大好きよ」


「儂もじゃよ――ベアトリス」


 にっこりと笑う『彼』と。自らの名ではない名を呼ばれた彼女もまた、にっこりと笑います。そうやって意味のあるような、無いような、素通り気味の笑みを浮かべた二人はその表情を崩すことなく食堂を後にします。そんな歪な二人を見たワーズとティークは「理解が追いつかない」とでも言うように顔を見合わせますが、すぐに元の調子を取り戻し、ゆったりと先を歩く二人の後に着いて行きました。


 食堂から『彼』の部屋まではそれなりに距離があり、『彼』につきっきりになっている彼女との会話もままならないボクは、ぼんやりとこの屋敷の廊下を見て回ります。そうすればするほど、あの頃のことが昨日のように、ありありと思い出せました。そう、ボクがこの屋敷に来ることになった理由やママちゃんがボクに代わって此処の金庫に居座ることになった経緯、その全てが詰まった、あの、十五年前を。




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