6-1
「まただぞ、兄さん!」
昨日よりも僅かに遅く、俺が寝ている部屋の扉を勢いよく開けてきたのは弟のランスだった。
着替えをしながら奴の話しを聞けば、今日発見された木乃伊遺体はこの町ではなく、三つ隣の町。それも今日がごみ回収の日でなければ誰も通らないような場所に捨てられていたらしい。流石に余所の町なので遺体の詳しい情報まではランスも知らないようだったが、どちらにせよ今日もアヴィーは署に行くだろうし、その時にでも話を聞くことが出来るだろう。だがソレを知らないランスは俺を引っ張り「昨日のように事件現場へ行こう!」と躍起になる。
事件捜査にあまりいい顔をしなかったランスがわざわざ俺を引っ張って現場に行こうだなんて、何を考えているのだろうか。昨日だってコイツは事件現場付近までは行ったが、現場を見るために野次馬の群れには入らなかったではないか。
無理やりにでも俺を連れて行こうとするランスの手を振り解き、「今日も仕事があるのだろう」と諌めて俺は奴を家から追い出した。
朝から面倒事を処理してしまった俺は深いため息を吐いて、リビングに入る。
どうやらアヴィーは既に起きて朝食の支度をしていたらしく、部屋は朝食の芳醇な香りで包まれていた。匂いから察するに、トースト、スクランブルエッグ、蒸かしイモ、オニオンスープは確定だろう。
キッチンに居るであろうアヴィーに声を掛けるためにリビングを横切ろうとすれば、自ずと机の上に何かが乗っているのが目に入った。それも、昨晩アヴィーがマフラーを作るために使用していたネールピンクとシナモンの色合いをしているから尚更に。
机に近づきその物体を確かめてみれば、ソレは紛れもなく昨晩アヴィーが作っていたマフラー。しかもその上には律儀に「ジークフリートさんへ」と書かれたカードまで添えられている。嗚呼、昨日俺が寒そうにしていたのをアヴィーはちゃんと知っていたのだ。
アヴィー手作りのマフラーを手に取り、手作りとは思えぬ精巧さに目を見張る。否、俺自身がおそらく縫い物や編み物の類にあまり知識がないからそう見えるのかもしれないが、それでもこれは高値で販売されている物等にも見劣りしない出来栄えだ。それにアヴィー直筆のカードは後で財布か、パスケースに入れて折れ曲がらないようにきちんと保存しておかなければなるまい。どちらもアヴィーの手作りで、俺にとっては変わりのない物なのだから、大切に、大事にしなければ。
取り急ぎ、双方を汚れないような場所に置き直していれば、キッチンからアヴィーが皿を持って現れる。
「おはようございますジークさん」
「おはよう、アヴィー」
ことん、と皿を机の上に置いたアヴィーの視線が俺の手元にあるマフラー向けられたが、すぐに視線は俺へと戻る。
「今朝方の事件に関して、署長さんから呼び出しがありましたので、朝食を食べ次第警察署に向かいます」
「嗚呼、分かった。……マリアはどうした?」
マフラーに関しては直筆のカードで事は済んだと判断したのだろう。後で礼を述べるつもりだが、まずはリビングにも、アヴィーの傍にも居ないマリアの所在を尋ねなければ。まだアヴィーの部屋で眠っているのかもしれないが、朝食を終えたら俺たちは署へ行くつもりだし、この家にマリア一人を残すわけにもいくまい。
「ランスさんが来た際ノーラさんも玄関先まで来ましたので、その際にお帰ししました」
「そうか」
流石のノーラも俺にあそこまで言われて家に上がり込む度胸は持ち合わせていなかったらしい。やっと分かってくれたか。
ノーラの愚行が終わることにホッと胸を撫で下ろしていれば、いつの間にか机の上には本日の朝食であるスクランブルエッグ、ポテトサラダ、ハムとチーズのホットサンド、オニオンスープが並んでいた。
嗚呼、せっかく出来上がった物を机に並べるという細やかな手伝いができたのに、別の所に考えを向けていたせいでソレを無為にしてしまった。せっかくの機会を失ってしまったことを悔やむと同時に、今日もまたアヴィー手作りの朝食を食べられることに深く感謝する。この幸福がずっと続くのであれば、俺はもう何も必要としないだろう。
アヴィーと共に二人きりの朝食を終えた後、俺たちは警察署へと向かった。勿論、マフラーをくれたアヴィーに礼を言い、ソレをきちんと装着して、だ。アヴィー手作りのマフラーで首元を温めながら警察署に入れば、署長が俺たちをすぐさま出迎え、昨日も使った部屋へ通す。そして部屋に入るや否や懐から一枚の写真を取り出し、アヴィーに見せた。
「これは……おかしいですね」
写真を見せられたアヴィーは写真を受け取るとすぐさまそう零す。
「一体何がおかしいんだ?」
写真を見ることが出来ていない俺がそう尋ねれば、「嗚呼、すみません」と彼女は俺に写真を手渡す。そこに映っていたのは昨日と同じ木乃伊。浅黒く干からびた女性の木乃伊。……女性? 女性とは言わば骨格の発達した大人の人間で、今までの少女たちと似て非なる存在ではないか。
「今回は大人なんだな」
ぼそりと呟けば「そうなんです」とアヴィーが俺に同意する。
「ジークさんの言う通り今回の被害者は大人なんです。十五年前の事件と今回の事件の犯人、または犯行理由が同じと仮定するならば、大人の遺体が在ることがおかしいのです」
そう、確かに今までは年端もいかぬ子供や、昨日のような少女止まりの「女児」ばかりだったが、今回の被害者は紛れもない「大人」。これは一体どういうことなのか。
「それが……彼女、妊娠していまして」
そう言った署長に写真を差し出せば、彼はその写真に映る木乃伊の腹部あたりを指さす。その部位はパックリと裂けており、写真の大きさが小さいため見えづらいが、中に何かがあるようにも見えなくもない。
「相手の目的は彼女自身ではなく、彼女が宿した赤子ですか……」
年端もいかないどころか、未だ生まれてすらいない赤子。何の咎も、罪もない存在が標的になったというのか。犯人は母子ともに木乃伊にし、あまつさえ町に捨てるなど、一体何がしたいのだ。
未だ正体の知れぬ犯人を憎々しく思う俺を置いて、アヴィーは「彼女の妊娠を知っている者は?」と署長に尋ねながら今日の日付が書かれた資料を手に取り、広げる。
「どうやら彼女妊娠が分かってすぐに周りの人間に言いまわっていたようでして……友人知人と、多くの方が知っている状態です」
「それでは誰しもが彼女の妊娠を知ることが出来たのですね」
「はい。ですが彼女、胎児の父親に関しては誰にも教えていない状態でして……」
「父親不在の赤子、そして母親は一人暮らし。相手方にとっては好条件ですね」
手元の資料に指を滑らせ、顔を上げたアヴィーは俺にその資料を手渡すと「署長さんに自販機のある場所を教えてもらいにいってきます。ジークさんはこの資料に目を通しておいてください」と言って署長と二人で部屋を後にしてしまう。おそらく俺には言えない何かを二人で相談するのだろう。彼女たちの会話内容が気になるものの、アヴィー直々に「この資料に目を通しておいてください」と言われている以上、ソレに従うのが得策だろう。
それにもしストーカー紛いの如くついて行き、二人の会話を盗み聞きしようものならアヴィーに落胆及び、失望の念を抱かせることになるかもしれない。自身の株を下げたくない俺にとっては、避けなくてはならない事項の一つだ。
だから俺は大人しくこの部屋で資料を読み、そして思うのだ。
俺のような人間が増える前に、一刻も早くこの不幸な事件を終わらせなくては、と。




