5-3
「貴女はとてもいい子ねぇ」
音を遮る物の無い真白の間に反響するのはとろみのついた甘美な声。
「そう、そのまま楽にして。私の眼を見て、ゆっくりでいいのよ。無理はしないで」
その声の主―――梟の預言者が触れたのは、椅子に縛り付けられた大人の女。その腹は大きく膨れている。
「ふふっ、ええそうよ。楽にして、すぐに、もっと楽になれるから」
嗤う梟の預言者は、線引きされた円の中で女の顎を愛おしそうに撫でる。虚ろな表情を浮かべ、放心状態となっている女は少女の声に乗せられるまま、とろん、とまどろみの表情を見せる。おそらく彼女は今、快感、恍惚の渦に飲まれ、ある種の域に達しているのだろう。
「さあ、罪を産みましょう」
生前の罪、生後の罪。様々な罪と汚れと業を孕み、普通ならば主を招くための要点、人柱となることも憚られる貴女だけれど罪を産めば貴女は生まれ変われるわ。さあ、一点の曇りもない、全てが許される貴女へと生まれ変わりましょう。
「恥じることない、汚れなき純粋な身体と心と御霊に貴女を還しましょう」
梟の預言者が自身の白い手を女の首に添え、緩やかに撫でおろしながら「育みなさい」と呟けば、女の身体はぶるりと震え、次の瞬間悶えるような奇声をあげ身体をくねらせ始めた。
手足を懸命に振るい、首元に在る預言者の腕を必死で振りほどこうとするが梟の預言者は離さない。否、離さないどころか微動だにしない。火事場の馬鹿力とも取れるような勢いと力で女はもがいているにも関わらず、梟の預言者は絶対に腕を動かさない。
もがいていた女の肌は徐々に浅黒く変色し、肉が削げ、余った皮が幾重もの皺を作る。そして次第に女の奇声は弱弱しくなり、口から唾液が零れ始めれば梟の預言者がやっと女から手を離す。
ゴトン、と頭から床に倒れこんだ女だったモノの身体は幾度か痙攣しているがもはや虫の息で、その姿は木乃伊そのものへと変貌していた。生前の艶やかな、みずみずしかった彼女の面影は無いに等しい。床に倒れ、伏せる女の口からは一口大の赤い果実がころりと現れ、冷たい床の上を転がる。唾液まみれのそれは転々と床にシミを作りながら梟の預言者の元で止まる。足元で止まったソレを彼女が拾い上げ、そっと隠すように懐に滑り込ませて言葉を紡ぐ。
「さあ罪の除去は終わったわ。あとは我等が王を招くためのデコレーション、よろしくねぇ」
意気揚々と小気味よく魔法陣の線を飛び越え、振り返る梟の預言者。そこには男が一人―――だけではなく、無数の人影が蠢いており時折呻き声のようなものさえ響いている。
「ふふっ、明日も楽しみにしているわぁ」
そう満足げに嗤い、くるりとその身を翻せばその姿は宵闇に溶け混じり、消えた。




