表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

一話 少女と竜の旅路

 馬車の揺れに身を任せながら、小さな窓の外を眺める。

 すでに王都の防壁を抜けてしばらくが経っていて、周囲は舗装された街道と草原ばかりが目に入る。


「こんな遠くまで来るの……いつぶりだろう」


 小さく呟いて、側で丸くなるミトラの首を撫でた。

 彼は気持ち良さそうに喉を鳴らしながら、私と同じように外に目を向ける。


『この感じ、この匂い……なんだか懐かしいな』

「そっか。ミトラは私と会う前は、ずっと外に居たんだもんね」


 思えば、ミトラに出会って絆獣として迎えてからは、王都から一度も出ていないような気がする。

 彼に乗せて空の散歩をする時も、こんなに遠くまでは来なかったのだ。


『でも、本当に良かったの? ルティシラ、もう王家の人間じゃないんでしょ?』

「まあ……そうなるわね、形式上は」


 私はそっと窓に頬杖を付いて、ここを出た時のことを思い出していた。


 “儂は、いつだってお前の帰りを、待っているぞ。それはおそらく、国民もそうであろう。くれぐれも無事に戻るのじゃぞ”


 それは王宮を出発する直前、あの謁見室で国王様に言われたこと。

 歴史上どこにも残らず、私と国王様しか知らない秘密の対話。それはあまりにも、国王という座に着く人間とは思えないものだった。

 ほんとうに、彼は身内には甘いんだから。甘すぎる。


 “分かりました。では……もし私が血統解放出来るようになれば……いや、誰よりも強くなれた時、私は戻ってきます。必ず絆獣とともに国に帰ってみせます”


 そう言って私は、アルバート王国(この国)の王都を飛び出したのだ。

 絆獣結晶の無い私たちに、強くなる術などほとんど無いのではないか……きっと彼はそう思っただろう。


「でも、実際に見てみなきゃ、分からないことだってあるはず」


 私が自らの意思で飛び出した理由は、国交上の問題にもたくさんある。

 その一つが、私の身に起こった“不可解な現象”の数々をこの目で確かめて、強くなる方法を模索すること。

 王都にはアルバート王国全体の情報が集まり、計り知れない量の文献も存在する。

 しかしそれでも、不足する情報というのはいつも存在していた。


「だから、この目で確かめに行くんだ。ミトラ、あなたも一緒に連れていくからね」

『もちろんそのつもりだよ! ボクは何処へだって一緒だから!』

「ふふ、ありがとう」


 ミトラは嬉しそうに目を細めると、私の懐に頬ずりをしてくる。

 それを優しく受け止め撫でてあげながら、馬車の前方にいる専属御者に声を掛けた。


「もう、このあたりでいいわよ。もう十分だわ」

「お嬢様……? し、しかし」


 御者が止めようとするのを聞かずに、私はミトラと共に軽やかに馬車から降りた。


「私はもうお嬢様じゃないわ。いいの、ここからは私たちだけで行くわ。心配しなくたって、ミトラが居るんですもの。大丈夫よ」

「ルティシラ様……」


 心配そうな表情をする御者に、ここから帰還するようになんとか説得を試みる。

 そんな私の姿勢に、ついに彼も折れたようで、ゆっくりと馬車を旋回させ始めた。


「ここまでありがとう。帰りも、気をつけて」

『ありがとうございました』

「ルティシラ様……そして絆獣様、どうか、ご無事で……」


 やがて元来た道を引き返して行き、しばらくもしないうちに馬車は小さくなっていった。

 今思えば、これは追放なのだろうかと疑問に思ってしまう待遇である。ここまでは普通のお出掛けと変わらないのでは。

 しかし、きっと王都では私の追放の事実が大スクープとして取り上げられ、周囲の街に知らせる早馬が走っているに違いないだろう。


「さてと……」


 私は大きく伸びをして、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。

 ミトラも、狭い馬車の中に詰め込まれていたからか、翼をピンと伸ばしていた。


 ここからは、使い魔を持つ一人の旅人として進むことになる。

 移動用の馬車も無ければ、金属の鎧に身を包んだ護衛も居ない。

 その状況が、なんとも私をワクワクさせた。


「よし、じゃあミトラ、いくよ!」

『任せて〜』


 私はミトラに一声掛けると、鞍の付けてあるその背中に飛び乗る。

 それから軽く首を叩けば、彼は勢いよく走って助走を始めた。

 やがてふわっとした感覚が感じられ、緑に覆われた地面がどんどんと遠ざかっていく。


「さてっ、とりあえずこのまま西に進もうかっ!」


 ごうごうと風が叩きつける中、伸ばした銀髪がなびくのを押さえながら声を掛ける。

 まず目指すのはアルバート王国の西端に位置する街、オーヴェスト。そこからさらに北西に進んで、狐の血統国“アルメン”を目指すのだ。


『よ〜し、久し振りに自由に飛べる……!』

「はしゃぐのは構わないけど、ちゃんと目的地には向かってよねっ!」

『もちろん!』


 翼をはためかせてどんどんと高度と速度を上げていく彼に、私は注意しながらも少し嬉しく感じていた。

 彼にとっても、やはり王宮での暮らしは窮屈だったのだろう。その分、多少は羽を伸ばさせてあげてもいいだろう。


 そうやって自由に空を駆ける彼の背中に掴まって、私はこの旅のスタートを切ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ