Part1 (25 years old-1)
1
俺は自分が嫌いだ。たまらなく嫌いだ。どうしようもなく嫌いだ。
全人類の中で、いや、全生物の中で、いやいやいや、全次元全宇宙の中で最も嫌いだ。
ゴキブリやダイオキシンや核廃棄物や世界規模の戦争や地震や台風やその他の災害や人種差別や拷問やお家騒動や茶碗にこびりついたカピカピの潰れた飯粒よりも、ずっとずっと嫌いだ。
オールタイム・ベスト・オブ・ナンバーワンに嫌いだ。いや、ベストじゃなくてワーストというべきか。
つまり、オールタイム・ワースト・オブ・ナンバーワンに嫌いだ。
いや、そもそも「ワースト・オブ・ナンバーワン」って文法的にどうなんだ? なんだかおかしい気がする……。
……いやいやいやいや! そんなことはどうでもいい、とにかく自分が一番嫌いってことだ。
2
なぜ自分が嫌いなのか、真っ先に挙げられる理由の一つが、この「否定癖」だ。
前段落に出てきた「いや」の数を数えてもらいたい。
なんと10個だ。
俺がどれだけ「否定したがり」かがおわかりいただけただろう。
他人の話を「いや、」と遮って自分の意見を述べたいだけ好き勝手に述べる。それは、円滑なコミュニケーションにおける禁忌であり、良好な人間関係を築く上での妨げになる。
生まれてこの方、その禁忌を犯し続けたことに気づけなかった俺は、物心付いた幼稚園時代から25年経った今日に至るまで、良好な人間関係を築けなかった。要は友達がいない。振り返ってよくよく考えてみると、我ながら本当にひどいと思う。
一番古い記憶は幼稚園年中の春。休み時間に8人程のクラスメイトと遊ぶことになったが、何をして遊ぶのかが決まらない。『かくれんぼ』派と『こおりおに』派が真っ二つに分かれて互いに譲らなかったためだ。そこで俺はある提案をした。
「いや、『かくれんぼ』でも『こおりおに』もやめよう。かわりに2つをがったいさせればいいんだよ!」
そのゲームを俺は『れいとうかくれんぼ』と名付けた。ルールは簡単。かくれんぼと同様に1人の鬼を決め、他のプレイヤーは物陰などに潜む。鬼は目を瞑って任意の秒数(10~100秒)を数えた後、隠れたプレイヤーを探し出してタッチする。触れられた相手は負け、ではなくこおりおに同様にその場で凍りつく、というものだ。
単純で飲み込みやすい上に、どうなるか全く予想のつかない未知のゲームの提案に、クラスメイトは興奮の色を隠さなかった。俺の提案は即座に受け入れられ、『れいとうかくれんぼ』世界初のプレイが始まった。
俺にとって『れいとうかくれんぼ』は、既存の遊びを組み合わせるだけというシンプルだが斬新なアイデアであり、おにごっこのパラダイムシフトといっても過言ではないほどのイノヴェーションだったが、重大な欠陥があった。
それは勝敗判定条件と終了条件を決めなかった、ということだった。
ゲームが始まった2分後には、あちらこちらの物陰に幼児の凍死体が転がった。鬼以外のプレイヤーは、ただ徒に凍死させられるのを待つしか無く、凍らせた犯人である鬼は全ての人間を凍死させた直後に行動目的が消滅したために、この後に何をどうすればいいかわからず、立ち尽くす他なかった。
その時は発案者たる俺もまた、凍死体であったために手足を動かすことはもちろん、物を言うことさえできなかった。
その結果、『れいとうかくれんぼ』は1回きりで打ち切られた挙句、俺は卒園までおにごっこに入れてもらえないというペナルティを食らった。これ以降、一度も追いかけっこやかくれんぼのような遊びに参加したことはない。
次に振り返るのは小学5年の秋、国語だか道徳だかの授業時間に作文を書かされた時。
テーマは『周りの人への感謝』。原稿用紙5枚がノルマで、書きたい奴はそれ以上書いてもいい、という指示だった。
俺はとにかく当時の担任が何かと気に食わなかった。その見た目に苛立ち、その発言に苛立ち、その一挙一動に苛立っていた。そのため、俺は常に、そいつの前では不貞腐れた態度を取り、小競り合いを頻発させていた。
その男性教諭は桜田という名で、当時の年齢は40代半ばくらいだったろうか。
ゴワゴワの天然パーマヘアを庭木のように角刈りにし、銀色の縁無しメガネを装着した素肌は骨格標本のような不気味な白さだったが、顔の下半分は濃いヒゲのために砂利道のように青く、荒くザラついていた。顔面の上下で構成される白色と青色のコントラストがたまらなく不愉快だった。
基本の服装は、両肩に白いフケのトッピングをあしらった毛玉だらけの青いジャージの下に、買ってから一度もアイロンがけをしていないようなシワシワのスラックス。上履きはシックな黒を基調とした便所サンダルをチョイスすることで桜田のトータルコーディネートが完成する。
男なら誰しも「ダサくて臭くて汚くて、こんなオッサンにだけはなりたくねぇなぁ」という印象を抱く中年と出会ったことがあるはずだ。桜田こそまさに、「こんなオッサン」なのだった。
そんな外見よりも俺が気に食わなかったのがその性格や授業方針だった。
とにかく暑苦しく、細かくいちゃもんをつけ、説教を始めたがる。そして、やたらと作文を書かせることが多かった。
作文の時間が始まったら、とりあえず適当にノルマの枚数を書いて提出したとする。そこからが、桜田の本領発揮だ。
桜田はその場でさっと流し読みをする。そして必ず突き返す。「これでは、まだまだ内容が足りない。お前の想いが伝わってこない。まだ書けることがあるはずだ、お前の本当の想いはもっと違うはずだ、さぁ書くんだ」と。
こんなことをクラス全員に行っている。1度でOKが出ることは絶対に無い。
一人ひとりに2度、3度と強制的に増補改訂が繰り返され、やっとこさOKが出ると10枚を越えていることもザラだ。
こうして書き終えると、決まって児童に握手を迫り「お前の想い、伝わった! よくがんばった!」と熱烈に褒め称えるのだった。当然、全員がこうした過程を経て書き上げるために、授業時間を急遽延長させることだってしょっちゅうだ。
つまり、桜田の好みに適合した分量、内容を満たしていなければ延々とやり直しをさせられるという思想統制であり言論統制だ。クラスメイトは徐々に桜田の好みにアジャストしていき、次第に、より少ない時間で効率よく作文を完成させることができるようになっていく。ファシズムの完成である。
そんなファシズムに洗脳されることをよしとせず、一人反旗を翻し反乱分子となったのが俺である。
その日、作文の時間が始まってクラスメイト達が鉛筆を握り、一斉にカリカリと原稿用紙を埋めだしていく中で、俺はただ一人黙って腕組みをしたまま動かずにいた。
「どうした、なぜ書かない?」と桜田が近づいて声をかけてくる。
「『周りの人への感謝』だ。いつもお世話になっている人の顔を思い浮かべるんだ、そうすれば自然と想いが溢れ出てくるだろう?」
桜田は常に、こんな吐き気がするほど青臭い台詞を平然と言ってのけるのだった。
「いや、僕は感謝は文章でなく直接会って言葉で伝えているので。それに書いたって結局先生の思い通りに直されるじゃないですか」
桜田はハァーッと大きくため息を吐いて、呆れた表情を見せた。
「あのなぁ、お前。先生は思い通りに直させてるんじゃなくて、より良い文章に高めているだけだ。『推敲』といってな……」
「いやいや、たかが推敲で5枚が10枚にまで膨れ上がるわけないでしょ。大体、量が多ければ多いほど良いってのはおかしいと思うんですけど」
「ただ量が多い少ない、という話ではない。情熱ややる気があればそれなりの分量になってくるものだろう……」
「いや、情熱とかやる気とか先生の好みでしかないし、なんでそんなのに振り回されなきゃいけないんですか?」
「先生に向かってそんな口を聞くってことは、ちゃんと書けるのかお前は!? そこまで言うんだったら書いてみろ! 先生は一切口を出さんからな!」
桜田は眉を顰めて語気を荒らげる。
この時、俺の顔にツバがかかった。臭い。
「そうですか。じゃあ15枚は書いてやりますよ」
結局書かされることになったこと、怒鳴られたことなどに苛立ちながらも、俺は初めて自分の意思によって鉛筆を握った。内容は、概ね左記のようなものだったと記憶している。
「桜田先生への感謝
桜田先生はいつも暑苦しい言葉を口にして、暑苦しい身振り手振りをしています。そんな先生にはうんざりしていますが、ひとつだけいいことがあると気が付きました。
それは、真冬でも暖房がいらないということです。先生が一人で盛り上がって暑苦しいので、真冬でも自然と教室の温度が上がります。
なので、先生には寒い冬のときだけしゃべっていてほしいです。
だけど、暑い夏の間は夏休みがあって、先生とあんまり会わないので関係ないです。
暖房や冷房をつけると電気代がかかってしまいます。冬は先生が教室にいると、あまり暖房の温度を上げなくていいので、電気代の節約になります。
また、社会の時間に、日本は電気を作ったりするための資源を外国からの輸入に頼っていて、さらにそうした石油などの資源は徐々に少なくなっている、と習いました。なので、先生がいることで、そうした資源の節約にもなります。
先生の暑苦しさは、世界のエネルギー問題の解決に貢献しているんじゃないかなあと思うので、いつもは好きじゃないけど、本当はとってもすごいと思います。ありがとうございます。
また、先生は腐ったネギのような変な臭いがするし、うちのお父さんの靴下と同じ臭いもします。さらに先生は休み時間になるといつもコーヒーをガブガブ飲んでいるので、口からはコーヒーの臭いがして、とっても臭いです。
また、先生の肩にはいつも、白い粉雪のようなものがかかっています。ある時、お母さんに、冬でもないのに先生の肩にだけ雪が積もっていると言うと、それはフケといって、頭をきちんと洗っていない不潔な人に出るものだと教えてくれました。
なので、僕は先生のようになりたくないので、毎日きちんとお風呂に入って、変な臭いがしないようにゴシゴシ体を洗って、フケが出ないようにゴシゴシ頭を洗います。
ご飯を食べた後は忘れずに歯磨きをしています。先週の歯科検診では歯医者さんから「虫歯が一本もなくて、とってもきれいなお口ですね」と褒められました。
僕に体を清潔に保つことの大切さを教えてくれて、ありがとうございます……」
こんな調子で、書き上げた原稿の数が23枚を突破したところで授業終了のチャイムが鳴った。
俺の作文を回収した桜田は、いつものようにさっと流し読みをした。その瞬間、白と青のコントラストだった顔面が青一色に染まったのを俺は見逃さなかった。全身が小刻みに震えていたようにも見えた。
その後はいつもと違い、俺に原稿用紙を突き返すことはしなかった。全員分の作文があることを確認すると無言で教室を出ていった。
放課後、母親が学校に呼ばれた。俺は職員室で母親とともに頭を下げさせられた。
「最終的にしっかりと指定通りに作文を書いたのに、なぜ謝らなければいけないのだろう。」
その理不尽さのために覚えた憤りは今でも忘れることができない。
そして、中学時代には人生最大の失敗を犯しているのだが、それは今回の『計画』とも関連してくるために次の段落に譲ることとする。
――えっ、この段落の冒頭に書かれていた「いや」の数が違うって……? 『災害や~』の「いや」を含めれば全部で11個……? いや、もうそんなことはどうでもいい!
3
こうして、25年間凝りもせず、対人関係における禁忌を犯し続けた俺が現在どうなっているだろうか。
無職だ。
約3年前、持ち前の否定癖は大学4年時の就職活動においても存分に発揮され、応募した数十社の企業からはことごとく『お祈りを申し上げ』られた。面接試験での応答ですら、「いや、」と入り、否定的な意見を述べるのだから当然だ。
そんな状況を見かねたゼミの担当教員も「こないだの面接はどうだった?」と、顔を合わせる度に気にかけてくださっていた。さらには、「知り合いの会社を紹介しようか」とありがたいお話を持ち掛けてくださったことも数回あった。
しかし、俺は恩師のご厚意を無下にし、平然とこう切り返していた。
「いや、そんな会社は俺に向いてないっす。まぁ、まだ卒業まで半年くらいあるし、なんとかなるでしょう。」
なんとかならなかった。
初雪がちらつき始める頃には、ゼミ教員も匙を投げたようで気にかけられることも無くなっていた。俺は一切己を顧みることなく面接試験の度に選考落ちを繰り返し、無事に無内定での大学卒業を決めたのだった。
卒業後は派遣やバイトを転々としていたものの、先月近所のスーパーから解雇を申し渡されて以来無職となり、この度生活のための資金繰りが破綻、ここ数週間、食事は1日1度の冷凍うどんのみ、明日食うものにも困り果てているのが現在進行の俺だ。
なぜ、非正規雇用の職を転々としていたか。入職後、必ずトラブルが起こるためだ。
上司と揉める。先輩と揉める。そうでなければ客と揉める。注意を受ければ「いや、」と返し、クレームがあれば「いや、」と返す、そんな奴がどこで働いたって長続きはしない。
直さなければ、と思ったところで直らない。話しかけられたら反射的に「いや、」と切り返してしまう。 気づいたら貧乏ゆすりが始まっていたように、気づいた時は既に口から出てしまった後。当然、言ったことの取り返しはつかない。
直らない、直せないから『癖』なのだ。
いや、これはただの開き直りか。
4
貯金、コネ、スキル、ゼロ。身長163㎝、体重42㎏、筋力体力持久力の類も無し。
俺の人生は詰んだといっても過言ではない。いや、「この程度で詰みだなんて、お前はまだまだ甘い」と鼻で笑う無職や非正規雇用を渡り歩く先輩各位も多数いらっしゃることだろう。
だが、待ってほしい。この程度で詰みと感じてしまうほど、俺は自らを過大評価し、己の尊厳を高く持ち、自惚れていた。
悪い意味でプライドが高く、自分の間違いを認めることができない。だからこその『否定癖』だ。
あまりにも自らを尊ぶからこそ、他を否定してしまう。それも無意識のうちに。こんな自分が嫌いでたまらないが、その意識下ではどうしようもなくプライドが高く自分が一番可愛い。
自分が一番で、自分が正しい。他の全てが二の次で、他のすべてが間違っている。
他を『否定』せずにいられない俺だからこそ、こんな『能力』があったのかもしれない。
『能力』に気づいたのは約半年前。ある事務系の非正規社員として入職したその日の夕方だ。
その会社では雇用形態を問わず、業務日報を細かく記入しなければならなかった。
あらかじめ、PC上にある、表計算ソフトで作られたファイルの雛型を使って作成するのはいい。だが、そのファイルをA4コピー紙で印刷後、手書きしなければならなかった。事務の仕事なので1人1台PCが使える環境にも関わらず、非効率極まる作業手順である。その日の業務内容を直接PC入力した後に印刷をかけて、保存せずにファイルを閉じればいいだけだ。
その非効率さを即座に上司に慨嘆したことは言うまでもなく、あしらわれて渋々書式通りに書き進めていた時にそれは起こった。
その雛型では、勤務開始時間からいつどこで何をしたか、進捗状況はどうなっているか、勤務終了時間は何時か、などを分単位で記入しなければならない。
『20XX年6月1日(水) くもり 9時00分~9時10分 業務:郵便物受け取り、開封――とここまで書いたとき、ネット通販で注文してコンビニ受取を指定してたアレが、近所の店舗に届いたとメール通知が来たから取りに行かなきゃな、と思った――セブロー』
と誤って、思い浮かんだコンビニの名前を記入した、その瞬間。
突然、脳ミソを固いバンドで思い切り締め付けるような激しい頭痛に襲われた。
同時に全身の力が抜けていき、目の前が真っ暗に染まり意識が遠のいていく。身体がバランスを失い床に崩折れそうになったので、体勢を保とうとするが体は動かなくなっている。
そのまま床に倒れこむと同時に意識は途絶えた。
――目覚めたそこは、見覚えのあるコンビニ。毎日のように立ち寄っていたのですぐにわかった。セブローだ。すぐに立ち上がろうとすると……。
――立ち上がる?
俺は視線を下げて気づく。先刻、確かにオフィス内で気が遠のいて床に倒れそうになった。
だが今の俺は先程と同じスーツ姿のまま、後ろに置いた両腕で体を支える三角座りの体制で目覚めている。なぜかコンビニの中で。
左を向くと、レジカウンターの白い側面部分が間近に迫っている。右を向くと、お菓子やカップ麺が並ぶ陳列棚。
前方には、作り立ておにぎりや弁当がきれいに陳列されている。間違いない。ここは、いつも寄っていたセブローだった。
ゆっくりと立ち上がってみる。頭痛は無くなっているし、体も異状なく動きそうだ。
「うわっ! ……いっ、いらっしゃいませー」
と声がした方を向くと、レジカウンターの奥で若い女性店員が目を剥いて、引きつった笑顔をこちらに向けていた。唇の端がピクピク震えており、怯えているのがわかる。
客に向かって「うわっ!」は無いだろう、と思ったが無理もない。どこのコンビニでも、客の入退店時は大概短いメロディが流れたり、何らかの音が鳴るものだ。
それが無かったのだから、客が突然その場に出現したようなものだ。
いや、実際そうなんだけど。
ゆっくりと、辺りを見回しながら店内を歩いてみる。フライドチキン160円。ミントガム128円。たっぷりミルクコーヒー162円。週刊少年チャンプ230円。ぐるっと店内を一周しながら、商品やポップの表記をチェックしてみたがセブローに違いなかった。
雑誌の陳列棚の前から店外に目を向けた。車や通行人が行き交う往来も見慣れた光景だった。差し込む朝陽が眩しい。
――朝陽? 夕方5時半だろ?
壁掛け時計を探す。あった……9時6分? ってことは朝の9時!?
レジ奥にかかっている、日めくりカレンダーの日付は……6月1日。
6月1日の朝9時……?
再び気が遠くなりそうだった。どうなってんだ……?
店内放送が流れていることに気づく。爽やかな女性のアナウンスに耳を澄ませてみる。
「おはようございます。今日から6月、ジメジメしたり暑くなったり、体調を崩しそうな季節ですね。今日もがんばって!いってらっしゃい!……」
どう考えてもこれは朝だ。往来にもスーツ姿が目立つ。
一つの疑問が頭に浮かび、そばに刺さっていた新聞を一部抜き取って日付を確認する。
『20XX年6月1日 水曜日』
念のため他紙やスポーツ新聞も抜いて日付を読む。全て同じ、今朝の朝刊だった。
これは……。
――時間が戻ってる。
そう確信した瞬間、再び激しい頭痛に襲われた。と同時にやはり、意識も遠のいていった。
――目覚めると、目の前には書きかけの業務日報。辺りを見回すと、夕陽が差し込む新しい職場の中。
1度目の頭痛に襲われる直前と何ら変化はない。新しい環境のために、疲れて居眠りでもしてしまったのだろうか?夢にしては、生々し過ぎたと思う。見慣れたコンビニの店内も、商品の手触りも、店内放送の聞こえ方も。
俺の五感が静かに、だが力強く訴えていた。
さっきのは夢なんかじゃなかった、と。
時計に目を向ける。17時30分。朝9時のセブローに『飛ばされる』前から1分も時間は進んでいない。
あっ……17時31分に変わった。時計も壊れていない。
どうなってんだ。気味が悪い。
しかし、確かめなければいけないとも思った。次またいつ……いつどこに『飛ばされる』のかわからない、では困る、ものすごく。
もしかしたら、また明日に業務日報を書いたときに『飛ばされ』、そして『戻ってこれない』としたら……どうなるのか。
確かめなければいけないと感じていた。『飛ばされる条件』を。
俺はすぐ、業務日報に誤記した『セブロー』の文字列に二重線を引いてから、訂正印を押した。残りの空欄を埋め、上司に提出すると同時にオフィスを飛び出して、まっすぐ帰路についた。
5
数時間後、俺は自分に備わっていた『能力』の検証を終えた。
いや、細かい部分やまだ想定していない不確定要素があるだろう。だが、大体のことはつかめたし、それで充分だと思った。
――間違いなく俺は『時間を戻る』ことができる。
加えて、『任意の位置に瞬間移動』ができる。それもほぼノーリスクで自由に。
リスクらしいものといえば、開始と終了を告げる、あの『頭痛と暗転』だけだ。
発動条件は実にシンプル。『好きな紙にボールペンで、希望する年月日、曜日、開始時刻、終了時刻、指定の場所を全て3分以内に記入する』だけだ。
年は西暦でも和暦でも問題ない。多少の表記ゆれがあっても問題なく『飛ぶ』ことができた。
記入するのは紙でなければならず、掌や机の隅に書いたものはダメ。シャーペンやマジックで書くのもダメで、必ず『紙とボールペン』が必要だった。
記入事項はすべて埋めないといけない。つまり、『終了時刻』を記入しなければならない以上、必然的に旅行には『制限時間』が存在する。
ただ、任意の時刻で書ける以上、1時間でも2時間でも、あるいは1年でも10年でも『旅行』できるということになる。
そして『指定の場所』だが、これは『飛べる場所』と『飛べない場所』があった。その検証として、先程1分だけカンボジアに飛ぶことができた。書いた内容は
『20XX年6月1日水曜日 5時30分~5時31分 アンコールワット』
である。
早朝のアンコールワットで眺める朝陽は、世界的に有名な絶景の一つとされている。以前訪れた際には、あいにく雨が降っていたため見ることができなかったが、この度初めてお目にかかることができた。足場の狭い、遺跡の岸壁に観光客がギュウギュウに押し寄せていたため、居心地は悪かったが。
しかも、アパートの自室で上半身裸に青いステテコで素足、という非常にラフな部屋着で検証作業に没頭していたため、アンコールワットの観光客の群れのど真ん中に半裸で瞬間移動を決めてしまった。
突然、俺の目の前には、西洋人と思われるブロンドヘアのマダムと口ひげを蓄えたその旦那が出現した。彼らの目の前には手ぶらで半裸の東洋人が音もなく現れる。容姿は現地の物乞いと変わらない。
マダムは驚きのために目を剥き、叫び声を上げて失神してしまった。旦那の方はこちらに向かい、何語はわからないが罵りつつ、怒り狂って掴みかかろうとしてきたので、俺は慌ててその場から逃げ出した。
すし詰めの観光客の間を素足ですり抜けながら、俺は横目で、世界遺産を照らすご来光を拝んだ。
旦那が追って来ないか、後ろを振り向いたところで頭痛に襲われ、俺は夜8時のアパートに戻ってくることができた。
念のため、『終了時刻』を1分後に設定しておいて本当に良かった。
これで自由に世界のあちこちに旅行ができる、というわけではなかった。俺は続いて、カンボジアへ『飛んだ』右記の内容を、場所だけを『グランドキャニオン』にしてみた。
――だが、頭痛は起きず、『飛ぶ』ことも無かった。
そもそも半裸でカンボジアに『飛んで』酷い目にあったのになぜ服を着ずに続けざまにグランドキャニオンに『飛ぼう』とするのか、はさておき、『指定の場所』の条件が大体わかった。
一度『訪れたことのある場所』にしか『飛ぶ』ことができない。
なので、高校の頃の修学旅行で俺はカンボジアを訪れていたから、『アンコールワット』は可能。アメリカには行ったことがないので『グランドキャニオン』は不可能。
もしかして、この条件は『開始時刻』にも当てはまるだろうか、と思いつき、未来の時刻である『20XX年12月31日土曜日 0時0分 セブロー』と記述。
頭痛は起きなかった。未来の時刻にはまだ『訪れていない』から、『飛べない』という理由付けができた。
これで大まかな条件がわかったし、なんとなく疑問だった点も納得がいった。興奮のために心臓は高鳴り、幾度も意識を飛ばしそうになったがハッキリした。
『過去に訪れた任意の場所、時刻に飛べる』。
映画やアニメでよくある過去へのタイムトラベルと似たようなものだ。
ではなぜ、20年以上生きてきて、今日初めて経験したのか。
それは俺にきちんとものを書く習慣が身についていないせいだろう。
俺は昔から、学校で授業を受けてもろくすっぽノートも取らず、絵日記やレポートもいい加減に済ませてきた。
『飛ぶ』ためには必要事項を全て、『3分以内』に記述しなければならない。検証の結果、1秒でも過ぎると頭痛も移動も発生しなかった。なので、発動条件を満たすことが今までに無かったのだろう。そう俺は解釈した。
そして、『能力』の概要をつかんでいた俺には、この度、一つの『目的』ができた。そのための『計画』も同時に思いついていた。
――その『目的』は、最も嫌いな自分自身を殺すこと。他を否定し続けた、己自身を『否定』すること。
6
お気づきの方も多数おられるだろう。
第二段落終盤で俺の『人生最大の失敗』と今回の『計画』を第三段落にて述べると予告した。
だが、ご覧の有様だ。できていない。第二段落終盤の当該部分の記述は撤回、いや、『否定』させていただきたい。こうした方が俺らしい。
さて、改めて『人生最大の失敗』と『計画』に移る。
俺の『人生最大の失敗』。それは『女性を知らずに生涯を終える』ということだ。
それは『肉体的』に、ということでもあるし『精神的』に、ということでもある。俺は25年間、純潔のままであるし女性と交際したこともないのだ。
しかも、女性を知ることができたかもしれない、その決定的なチャンスを自らの手で潰している。今から振り返ると、それが俺の人生で唯一のチャンスだったし、例によって『否定』してしまった。
絶対に忘れることができない一日。中学2年の夏休み中、8月16日火曜日の夜8時頃。
毎年恒例、地元の夏祭りがクライマックスを迎え、打ち上げ花火が上空に咲き乱れるその最中。
俺は女子と二人きりだった。
そして――俺はチャンスを潰していた。あまりにもくだらない理由で。その無垢で懸命な誠意を、真心を、踏みにじって『否定』してしまった。
彼女は恩田ユキという名前だった。水泳部のマネージャーを務めていた彼女は、小柄で非力ではあるが、快活で誰とでも分け隔てなく接していたので、とても好かれていた。
丸顔にウェーブがかかったボブカットをしており、愛嬌があって声が大きく、男勝りにも見えた。
彼女の顔にはそばかすがあった。鼻や頬骨の辺りを広範囲に覆っていた。水泳部の男子から「ジュディ」と仇名がつけられていた。
そばかすが由来でいつしか男子の間に広まったらしいが、俺にはわからなかった。なので、俺は仇名で呼ぶことは無く、名字で呼んでいた。
また、彼女は歯並びが悪いのか、矯正器具を歯につけていた。口を開いて笑うだけで、嫌でも銀色の骨組みが相手から見えてしまう。
思春期は特に、男女問わず容姿を気にするようになる。容姿の優劣で虐めたり虐められたりなど日常茶飯事だ。
恩田も、そのそばかすと歯列矯正をネタにされ、同じ部の男子達によくからかわれていた。
「やーいブス!」
と野次られても
「うっさいアホ! とっとと泳げ!」
と、大声で明るく切り返して見せた。一度だって、人前でそばかすも歯列矯正も隠そうとはせずに、常に大きな口を開けて笑い、堂々とふるまっていた。
当時、水泳部だった俺はそんな光景をよそに、ただ黙々と一人で遠泳を続けるだけだった。
中学では部活に所属することが強制されていたので、一人でも取り組める水泳部を選択していた。持ち前の否定癖により、毎日顔を出す水泳部の中ですら友達はいなかった。
8月16日。3年生が引退した直後の夏休みからは、2年生が部の中心になる。秋の新人戦に向けて、朝から夕方まで練習が続いていた。陽が傾いて、蜩が鳴き始めた頃にその日のメニューが終わると恩田が声をかけてきた。
「ねぇ、今日の夜ヒマ?」
「暇だけど……? なんで?」
気安く訊ねる彼女に、その時の俺は怪訝そうに返事をしていた。
「えっ!? なんでヒマなの? ウケんだけど!」
「いや、なんで? ってなんでだよ。夜が暇で何か悪いのかよ」
「だって今日祭りじゃん。行かないの?」
「行かない」
「なんで?」
「いや、なんでって……いや、別に関係ないだろ」
祭りも花火も興味が無かったし、1度だけ小さい頃に親に連れていかれたきりで、その後は開催日もロクに知らなかった。同級生は、男も女も徒党を組んで祭りに行くのが普通らしい。
「なんかウケる。みんな行くって言ってるのに」
「そうなんだ、オレはもう疲れたし帰ったらすぐ寝るわ」
「えー!? つまんなくない? いいの、それで? 夏だよ? 祭りだよ? 青春だよ? 寂しい人生~」
「いや、そんなの知らねぇよ。なんでそれが寂しい人生になるんだよ」
さすが恩田だ。慧眼である。当時から俺がこうなってしまうことを見越していたのかもしれない。
「なんかかわいそぉ。……よし、じゃあ今日の7時半に花田川の『サンクマート』に集合ってことで!遅刻しないで来てね」
「は!? いやいやいや、オレは帰ったら寝るって。明日も練習……」
「あたしだって明日も練習出るし。新人戦あるから2学期からもっとキツくなるんだし、だからこそ今遊ばなきゃ!」
「えー……だから、オレは別に行かなくても困んねぇし……」
「行くよ!!! ね!!?」
恩田は目を見開いて俺の顔を真正面から捉え、近距離では不必要な大声で同意を迫った。銀色の歯列矯正が、建物を囲む有刺鉄線のような威圧感を出していた。近くの木からバサバサとカラスが数羽飛び立つ。 恩田の迫力に気圧されたようだ。
「……わかった。行くよ」
この時、俺は視線を斜め下に逸らして、恩田の目を見ずに同意した。
誰かと意見の衝突が起こったときに恩田が見せる得意技。
自分の顔を不必要に相手に近づけて大声を出し、相手を同意させるという強引な力技だが、元々愛嬌のある恩田であるためか、不思議と不快な気はしない。
俺が中学生活で、こうして恩田に押し切られたのはこれが3度目だった。恩田は、部内で大会の選手決めを行う際にこの技を多用していた。
前2回とも、俺はこの技を食らったことで、背泳の選手に選出されていたのだった。
7
こうして俺はあの日、恩田と2人で夏祭りに出かけることになった。
待ち合わせ場所の『サンクマート』に着くと、
「あっ……来てくれたんだ」
と多少の驚きを含んだ声がした。
恩田は明るい水色の浴衣に身を包んでいた。髪を丁寧にまとめて飾り付けており、香水でもつけているのだろうか、ほのかに甘い香りがした。
明らかに、いつも学校で見る恩田には見られない……気品、そして奥ゆかしさのようなものがあった。
当時から現在まで、衣類にまるで興味が持てない俺だったが、この時ばかりは、着古して首回りがヨレていたTシャツ1枚でノコノコやって来た自分を恥じた。
バツが悪く、恩田の隣を歩いていた時は、常にカタカタと軽快に鳴り続けている彼女の下駄を見つめていた。
だが、下駄の鼻緒を挟んでいた足の指が全て、浴衣と同じ水色に染まっていたことに気づき、ますますバツが悪くなってしまった。
なんだか……恩田はとんでもなくオシャレをして、気合を入れて祭りに臨んでいるように思えた。
露店が立ち並んだ街の大通りは人が溢れかえっていた。
俺と恩田はその中をかき分けながら歩き回り、かき氷を買い求めると空いているベンチを探し、並んで座った。歩いているときも、座ってからも俺と恩田の間に、なぜか言葉は無かった。
待ち合わせ場所で顔を合わせた瞬間から、何か言葉をかけるべきだと思っていた。だけど、なんて言えばいいのか、その答えがわからなかった。
もしかしたら、自然に頭に思い浮かんだ言葉が正解なのかもしれなかった。
けど、それを口に出すのはとても恥ずかしくて、口に出すための勇気は、その時の俺にはまるで無かった。おそらく、緊張していたんだと思う。
恩田の方を見た。いつものような、歯列矯正を見せながら口を開けて笑う快活さは見られなかった。穏やかな表情で虚空を見つめているように見えたが、普段とのギャップからか、ひどく落ち込んだ様子にも見えた。
手の中で持ったままのかき氷が溶け出してきた。先の割れたストローで掬って口に運ぶ。冷たさはあったが、なぜか甘さは全く感じなかった。
恩田の様子が気になっていて、味覚が働いていないようだった。
恩田も俺の動きに倣ったのか、かき氷に口をつけた。
一口食べるとストローを容器に差して、手を休めた。
そして、恐る恐る、ゆっくりと言葉を発し始めた。
「ねぇ……この浴衣さ、おばあちゃんが買ってくれて、着付けもしてくれたんだ」
「えっ……? あっ、あ、そうなのか……」
返答がたどたどしくなってしまっていた。
この時、似合うね、とか、きれいだよ、なんて言葉が浮かび、そのように口を開きかけたが思わず噤んでしまった。
そんな甘ったるい台詞がしれっと出てくるような俺ではなかった。
そのまま再び沈黙が流れてしまう。
「ねぇ」
口を開いたのはまた恩田だった。
「もうすぐ花火始まるじゃん? それで、この辺に花火がすごい近くで綺麗に見えるのに、あんま人来ない場所あるんだけどさ、行ってみない?」
「……うん、いいよ」
俺にしては珍しく、否定から入らずに、肯定した瞬間だった。
もしも、普段から常に、いつだってこういう風に素直に受け入れていたら。この後だって、もっと違った未来が訪れていたのかもしれない。
8
恩田の後に続いて、俺は険しい山道のような場所を歩いていた。
すっかり陽は落ちていたため足元はよく見えないが、足裏に当たる土や木の根の感触でどんな道なのかは見当がついた。顔や頭に木の枝が当たるので、手で払い除けながら歩かなければならなかった。
頭を飾り付け、素足に下駄を履いているはずの恩田なら、もっと歩きにくいはずだった。
やがて、足元の険しさが無くなって道が平坦になったと同時に、そこが小高い丘の上にある、平たい草原のような場所だとわかった。
「どう、結構キレイでしょ」
そこにあったのは市内全体の夜景だった。無数の建物からバラバラに漏れ出た光が、一つの銀河系のように景色を形作っていた。
普段高いところに登ることもなく、まして夜に外出することもない俺にとって、それは新鮮な眺めだった。
ふいに、空を切る高音が響き渡ったかと思うと――目の前に巨大な一輪の花。赤や青に輝きながら花弁を広げた。
少し遅れて爆発音がし、その花はすぐに散り去った。
打ち上げ花火の時間になった。
「あっ、始まったね。ここならよく見えるでしょ」
俺は恩田と並んでしばらく花火を見ていた。
その間もやはり、俺と恩田の間に会話は無かった。恩田はどことなく上の空のように見えた。まるで、目では花火を見ていても、頭に入っていかないような様子だった。
次々に打ちあがり、爆発音が絶え止まない。花火の光が俺と恩田のいる場所を照らし続ける中、恩田が口を開いた。
「ねぇ……好きな子とかいるの?」
「は? ……いねぇし」
「あっそ…………なんかさ、いっつも『いや』とか言って喋りだすよね。それやめたら? なんか感じ悪いし」
「……うっせ」
「……ごめん」
それで会話は終わった。
この日、三度沈黙が流れたが、これが最も気まずい沈黙だった。
「……それでは、最後の演目です。恒例のスターマイン・ナイアガラの100連発、お楽しみください!」
祭りのアナウンスは、そのひとときが終演に近づくことを告げた。
花火はこの町を真昼のように明るく照らし、火薬の弾ける音が次々に響く。
「ねぇ……なんで今日誘ったか、わかる?」
「えっ?」
恩田が予想だにしない問いをぶつけてきたために、思わず俺は恩田の方に振り返った。
俺の顔を見つめていた恩田と目が合う。
その時、俺は初めて気がついた。
――恩田のそばかすが無い。
花火の光が恩田を照らしていたから、初めてわかった。
いや、俺はこの日、ずっと俯いたまま過ごしていたから、ロクに恩田のことを見てもいなかった。
だから気がつかなかった。思春期特有の照れくささや気恥ずかしさ、その他諸々のくだらない虚栄があった。
それは、俺の人生で初めて異性を意識した瞬間といってよかった。
俺は恩田の問いに答えられず、また俯いた。恩田の素足が目に入った。水色に染まっていた足の指は、ところどころに土がついて汚れていた。
「………………」
「えっ?」
恩田は何かを呟いたが、花火の音でかき消されてしまった。
その直後、恩田は元来た道を足早に戻り始めた。
俺は茫然としたまま立ち尽くし、恩田の動きを目で追うことしかできなかった。
恩田は一度止まり、こちらを振り向いて言った。
「じゃあね」
一言だけ残し、暗い山道の中に恩田は消えていった。いつものように、銀色を纏った歯並びを見せながらの笑顔だった。
――恩田が立ち去った後に俺は気づく。この日、恩田は俺の前で歯を見せて笑っていなかった。
最後の笑顔が唯一だった。
この時、俺は立ち尽くしたまま、恩田の言動の真意を初めて考え出していた。
恩田は何で俺をここに連れて来たんだろう。恩田は何を言いたかったんだろう。
俺の人生で初めて、そして唯一、他人の気持ちを思っていた時だったかもしれない。
いつの間にか祭りは終わっていた。辺りは夜の闇に包まれて、虫の音だけが響いていた。
次の日以降、恩田と言葉を交わすことはなかった。進学した高校も違っていたため、中学卒業後に再会することもなかった。