ヒーローは時を越えて
「ただいまー。」
男が仕事を終えて家に帰ってきたのは午後9時を過ぎてからのことだった。
「おかえりなさい、お父さんっ。」
居間のドアが開き、飛び出してくる男の子供。男は子供を抱きとめ、頭を撫でる。子供は嬉しそうに身をくねらせた。
暫くして男の妻も玄関へと出て来た。
「おかえりなさい。ご飯、温めておいたから早く上がって、テーブルについたらどう。」
「ありがとう。それじゃあ早速……。」
男がそう言って靴を脱ぎ玄関へ上がって居間へ向かおうとすると、子供が男にしがみついてそれを遮った。
「どうした。もっとナデナデしてほしいか。」
男が苦笑いをしながら尋ねると息子は男の両手をつかんで怒ったようなそぶりをしていった。
「帰ったら手を洗わないとダメなんだぞ。」
その日の夕食はカレーライスだった。夕食を終えた男はコップのお茶を飲み干すと子供に声をかけた。
「ところで、お前はどうしてまだ起きているんだ。9時には寝るってお父さんと約束したはずだぞ。」
「だってだって、ジェネレイダーがカッコよかったんだもん。」
子供はそう言うと手足をバタバタと動かしていくつかのポーズをとった。
「今日ね、ジェネレイダーの映画を観に行ったの。それがあまりに面白かったものだから未だに興奮が冷めていないみたいで。」
すかさず妻が男に事情を説明する。
「ジェネレイダーというと、今やっている特撮のか。」
男が納得したように頷く。
「ねえねえ、僕もジェネレイダーみたいなカッコいいヒーローになれるかな。」
目を輝かせながら息子はそう言ってポーズをとる。
「そうだなあ……良いことをしていればいつかはなれるんじゃないか。」
「たとえばなに。」
男がそう答えると子供は更に尋ねた。
「例えば、規則正しい生活を送るとか。要するに早く寝なさい。」
「えー、本当にそれでヒーローになれるの。」
親の答えに不満があるらしく子供が口をとがらせて言葉を返すと、男はかがみ込み子供の目を見ながら返事をした。
「何事も小さなことから始めるんだ。ジェネレイダーもきっと早寝早起きだよ。」
男がそう言うと子供は少し疑った様な目をしつつも寝室へと歩いて行く。やがて寝室から「おやすみなさあい。」という声が聞こえると、それきり息子は居間に戻ってくることはなかった。
「ジェネレイダーか、懐かしいな。」
男がふと呟くと妻が不思議そうな顔をして男に尋ねた。
「懐かしいってジェネレイダーは半年くらい前に始まったんだから、懐かしいっていうのは変じゃないの。」
「ジェネレイダーは俺の子供の頃にやっていた特撮のリメイク作品なんだよ。たしかその頃はジダイマンって言ったっけな。」
「あ、ジダイマンなら聞いた覚えがある。お兄ちゃんが好きだった。」
妻が答えると、男は瞼を閉ざして息を吐いた。
「あの頃の男の子にとってジダイマンは唯一無二のヒーローだった。強く、優しく、正しい心を持ったジダイマンは憧れの的だったよ。皆ジダイマンのようなヒーローになりたがっていたから、あいつの気持ちもよく分かるよ。」
瞼を開き、寝室の方向を愛おしそうなな目で見つめる男。妻がクスリと笑った。男もクスリと笑う。
「今でも俺はジダイマンになりたいと心のどこかでは思っている。だからこそ、強く優しく正しくあろう、そう思っていられるんだ。」
「無邪気だね。」
妻が呟いた。男は構わず話を続ける。
「おそらく、ジェネレイダーはいつまでのあいつの心に住み続けるだろう。あいつを善い道へと導いてくれるだろう。それを忘れることがなければ、ヒーローにはなれるだろうさ。」
男はそう言うと、少し照れくさそうにしながらもジダイマンの変身ポーズをとってみせた。妻も真似してぎこちなくポーズをとった。夜の空はいつもと変わらず、静かに人々を見つめていた。