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ピースブリッジの幻想郷(東方Project短編集)

残り逝く幻想

「おーい、霊夢。起きろよ。いつまでも寝てるんじゃなくてさ」

「うん……」

「悪戯するぞー。腕の所の布取って、脇どころか袖無しにしてやるぞー」

「……うん? 魔理沙?」

「やっと起きたか。そんなに寝てちゃ、目玉が腐っちまうぞ。偶には起きて、掃除くらいしたらどうだ」

「……あぁ、魔理沙。いらっしゃい。お茶……淹れるわね」

「いや、遠慮しておくぜ。もう、お茶の葉も何もなくなっているからな。薬缶の底に穴が空いていないかが心配なくらいだ」

「何よ失礼ね。お茶っ葉だってきちんと干しておいたし、薬缶なんて、滅多と穴があく物じゃないじゃない」

「……それもそうだな。でも、今日は茶はいい。それよりも見てみろよ。もう寒くもないから、雨戸なりは全て開けたんだが。どうしても、霊夢と見たくてな」

「わぁ……。桜ね。満開なのに、殆ど花弁が散っていない。今年は余程天候が良かったのかしら」

「そうだな。気温、天候、全てが春らしかったからな。理想的な春だった」

「そう。そうね」

「一杯だけだが。やろうじゃないか、久しぶりに」

「そんな、勿体ないじゃない。お酒なんて」

「なぁに、飲むのはお猪口に一杯だし、しまっておいても腐るんだ。美味しい内に呑むに限る。ほら」

「……ありがとう。あれ、このお猪口、変わってるわね。底が尖っているじゃない。これじゃ置けないわ」

「これは、どこかの地方の物らしいが、それを飲み終わらない限り、置けば酒が零れるから置けないという代物らしいぜ。さぁ、出した出した」

「魔理沙に酌をされるのもなんだか、懐かしい気もするわね」

「私だって、手酌すら久しぶりなんだから、間違っちゃいない。……すまない。並々は注げないが」

「いいのよ。これだけで十分。あら、魔理沙のはこのお猪口とは違うのね」

「あぁ、これは私が愛用しているやつでな。中々上手に焼けたと思うんだが」

「うん、ごつごつしてる素焼きの部分と、却ってむらのある釉薬が、魔理沙らしいわ。うん? もう注いであるの?」

「あぁ、霊夢を起こす前にな、我慢出来なかったから一杯だけ引っかけたんだ。だから、その残りがあるんだぜ」

「そう……。なら、この綺麗な桜に、乾杯」

「乾杯」

「……美味しい。久しぶりに飲むからかしら。染み渡るわね」

「霊夢はそうやって、酒飲んでる姿が一番似合うよ。御札とお祓い棒振り回してるのも愉快でいいけどな」

「失礼ね。八卦炉に振り回されながら、遠心力に耐える魔法使いに言われたくないわ」

「ははっ、違いない」

「……」

「……」

「ねぇ」

「どうした?」

「私、どれくらい寝てたの?」

「さぁな。一昨日からくらいじゃないか?」

「二日間で、どうして紅葉が桜に変わるのかしら。その紅葉も、貴女とこうして一杯だけ酌み交わした」

「いいじゃないか。暢気でいられることが、博麗の巫女の条件なんだろう?」

「それは先代に対しての冒涜よ。それは私だからこそ」

「そうかもしれないが、私からみれば博麗の巫女は霊夢である訳だし、それ以外はさっぱり知らないからな。私の知る限りそうであって欲しい。そう思っているぜ」

「……」

「……」

「ねぇ」

「どうした?」

「異変は、起こらない?」

「……あぁ。起こらないな。平和そのものだ」

「平和、か。これが平和、か」

「寝起きの癖に、何か言いたげじゃないか」

「そうね。確かに言いたいことがあるわ」

「言うのか?」

「えぇ。言わなければいけないこともあるし、貴女ともっとお話していたいのもあるし」

「……」

「人間も妖怪もいないこの二人だけのお花見。実は、昔からやってみたかったの。だって、この時期なんて毎日が宴会だし、片付けと準備で一日が潰れてしまうし。貴女も楽しそうだったから、それはそれで楽しかったけど」

「そうだな。鬼とかが出てくるともう収拾がつかなかったからな」

「そうそう。亡霊とか、不老不死とか。胡散臭い奴も出てくる時期だし、新参も集まっての飲めや歌えや。懐かしいわね」

「でも、いいじゃないか。その理想だった、二人のお花見が出来ているんだから」

「そう、なんだけど。何か違うのよね。これに不満という訳ではないけど。何か違う」

「気にするな。気にするだけ、損じゃないか。こうしてまたお花見が出来たんだから、気にするな」

「……人里はどうなってるの?」

「人里か? そうだな……。まぁ、賑わっているさ。そこそこにな」

「それなら良いんだけれど……。いや、でも、きっと。私の勘が、魔理沙の言葉を否定してる」

「ほう、霊夢の勘はなんと?」

「幻想郷なんて無くなってて、そして、元々の場所には貴女と私、二人だけ」

「そんな馬鹿な。そんなこと言ってたら、寝起きの紫に小突かれるぜ」

「幻想という物に帰依すること。それは現実から忘れ去られ、幻想に成るということ」

「霊夢」

「しかし幻想に成ったとしても、それはそもそも、それらが望んだ存在ではない」

「霊夢」

「外の世界でやっていけるならば、己が想いに生きるのが、本望のはず。そうなれば、結界なんて邪魔な代物でしかない」

「……」

「楽園なんて、妥協した結果を煌びやかにする為の装飾でしかないの。そしてその楽園の巫女は、楽園であり続けることに限界を感じた。一度幻想に帰依し、もう一度現実へと戻ったなら。幻想は現実になり、忘れられても同じ幻想には戻れない。戻ることは、出来ない」

「……さぁ、まだ寒い。布団に戻ろうか」

「……そうね。貴女の眠り薬はよく効くから。またゆっくり、眠ることが出来そうだわ」

「気付いていたのか」

「勿論。貴女が半年に一度注いでくれるお酒が、私の時を止めていること。薄々だけど、気付いていたわ。寝起きはどうしても思い出せないけどね」

「全く、勘が鋭すぎるのも困ったもんだぜ」

「……ねぇ、なんで魔理沙は出て行かないの? 貴女の技術があれば、この国でも外の国に行っても、通用するでしょうに」

「ははっ、冗談はよしてくれ。ただの人間が、そうそう世間で通用するもんじゃないぜ」

「嘘」

「……」

「魔理沙は、魔法使いになったんでしょう? 人間を辞めて」

「……」

「一緒に紅葉を見た時にも思ったけど、貴女からは霊気なんて微塵も感じられないし、魔力だってその時よりも強くなってる。もう、一人前なのね」

「止めろ」

「もう、貴女をこの場所に縛り付けるものなんて何もない。だから、もっと自由に生きて。貴女だって空を飛べる。どこにでも飛べる力を持っている」

「止めろ」

「もう、人里も何も、残ってないのでしょう? 人が居たとかの程度じゃなくて、野原に帰っているんでしょう? 私達が居た証拠なんて、何もない」

「止めろ!」

「……」

「……」

「……お布団が暖かくて、すぐにでも寝てしまいそう」

「ゆっくり休めばいい。霊夢は少し、頑張りすぎたんだ」

「ねぇ、魔理沙」

「どうした?」

「……うぅん、なんでもない。忘れて」

「霊夢らしくないじゃないか。言ってみろよ」

「そうね……。もしもまた、私が起きた時には、きっと貴女が居てくれるでしょう。そして、またお猪口に一杯のお酒を飲んで、こうして眠っていく。きっと、幻想郷が戻るまでの間、永遠に。……でも、幻想郷はもう直らない。この地はもう朽ち逝くだけの、幻想の地なの。私は共に、朽ち逝きたい」

「……そろそろ、薬が効き始める頃だ。目を閉じて」

「ねぇ、魔理沙」

「どうした」

「きっと、あの瓶に入ったお酒が、手元にある最後のお酒でしょう? そして、魔理沙が飲んでいたのは、きっと水だったでしょう」

「……そこまでお見通し、か」

「次に起きるのは、またこんな春がいいわ。柔らかな日が差し込む、花弁が舞い散る日。そして、二人で、残ったお酒を飲み干しましょう? 薬なんかは入れずに、ただ、私達の為だけに、乾杯しましょう」

「……」

「ありがとう、魔理沙。貴女の努力は見られないけれど、きっと、幻想郷を戻す為に、色々調べて、試したんでしょう。ありがとう。とても、嬉しい。だから、最後のお酒だけは。貴女と、笑顔で、過ごしたい……」

「……霊夢」

「……」

「……寝てしまったか。また、幾度となく巡った春に、な」



 霊夢の時を止めて、その間に幻想郷を直して、理想だった幻想をやり直すつもりだった。


 やり直せるまで、霊夢の時は止まったままのはずだった。


 人間を捨てて、魔法使いになることも、怖くはなかった。


 ただ霊夢と、共にあの輝かしい幻想の中で消え去ることだけを夢見ていた。


 でも、我慢は出来なかった。美しい桜を、美しい紅葉を、共に見て、感じたかった。半年に一度、誰とも話すことの出来ない私は、それを楽しみにしか、精神を保てなかった。


 残ったお酒は、あとお猪口二杯分。これ以外で霊夢を眠らせることは不可能だろう。人間すら潰えた今、酒を造る人はいない。私が作ればどうしても、霊夢に勘付かれてしまう。


 霊夢の言う通り、この幻想郷を直すことは不可能だ。


 これからを選ぶなら、二杯の酒で霊夢を二回分眠らせて、つまり私がその間を生き永らえるか、次回にお互いが酌み交わして、朽ち逝くか。もう、薬は使いたくないし、霊夢だけを眠らせたまま捨てることもしたくない。未来の私はきっと、今日のような素晴らしい日に、霊夢と酒を飲み干して消え行くのだ。


 またお前と酒が酌み交わせたなら、それはどんなに美味しいんだろう。一杯であっても、きっとそれまでの時間を埋めてくれるんだろう。


 虹が出ている。幻想郷を生んだ龍が、空を駆けた跡だ。


 ……なぁ。眠っているお前の喉元に手をかけたこと。見捨てて外の世界まで行ったこと。それでも忘れられなくて、こうして涙していること。そんなことを全部酒に溶かして、飲んでくれ。私と一緒に。


 良い人生だったと。

 私とお前の夢を、二人で微笑み、終わらせる為に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 存在出来なくなってしまった幻想郷と、その境界の最端にあった博麗神社と巫女を拠り所に幻想郷を戻そうとしている魔理沙。 と言う背景が、とても好みでした。 未来の魔理沙は『その』時に、結局どうい…
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